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宮原少年の怪奇譚 ~桜無垢の巫女~  作者: 北森青乃
第1章 宮原透也という青年
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近づく違和感

 


 気が付くと、おれは川の真ん中に立っていた。

 目の前には大きな山、左の方には川岸と砂利道。右の方にはなんか木がいっぱい生えていて、その景色にはなんでかわからないけど懐かしさを感じる。そんな中、おれはゆっくりと川岸に向かって1歩、また1歩と歩いて行くと……その内に岸まで辿り着いていた。


 なにげなく自分の足元を見てみると靴は履いている。見た事のあるような、ないようなそんな靴だった。


 この靴なんだっけ……

 そんな疑問が頭に浮かんでいると、ふと右側に誰かの気配を感じる。そのままゆっくりと顔を上げると、2mくらい先の方に着物を着た髪の短い女の子が裸足で立っていた。


 不思議とその女の子に対しては特に何も感じなかったけど、顔から目を離すことができない。ただそれは女の子の方も一緒で、静かにおれの方じっとを見ているだけ。しばらくお互いの顔を見合っていると、おもむろに女の子の口が動きだす。何かを話してるのはわかるけど、何を言っているのかまったく聞こえなかった。


 それを聞き取りたくて、近づこうとしたけれど……その瞬間、さっきまで自由に動いていた体はまったく動かなくなっていた。まるで誰かに操られているかのように。

 その間にも、女の子はひたすら何かを話している。


「……け……の……」

「……す……け……し……の……」


 断片的ではあるが、徐々に言葉が聞き取れる様になっていた。


 す、け、し、の? どういう事だ?

 不思議に思いながらも、必死に女の子の言葉に集中する。


「……す……け……た……し……の」


 わからない……

 いくら聞こえた単語を並べても意味わかる文章にはならない。


 君はおれに何をしたいんだ、何を言ってるんだ、何を伝えたいんだ。

 わからない怒りと疑問、そして焦り。それらが体の中をぐるぐる回って、思わず目を瞑ってしまう。


 そして目を開けたその瞬間、おれの腰ほどだろうか……そのくらいの身長の女の子が目の前に立っていた。その女の子はさっきと変わらずおれの顔をじっと見上げている。

 一瞬の出来事に何も考えることができなかった。さっきの距離では気付かなかった、女の子の透き通った水色の瞳から目が放せずにいると、ゆっくりと女の子の口が動き出す。


「たすけて」




 目を開けたその先には、見慣れた天井。横からはスマホのアラーム音が聞こえる。寝起きのはずなのに、頭の中ははっきりとしていた。そんな変な感覚のままアラームを止めると、しばらく天井を見つめてさっきの夢の事を考えていた。


『たすけて』


 夢の中の女の子は確かにそう言った。そこだけはちゃんと聞こえた。だけど助けてって? 

 そう思いながら女の子の顔を思い出そうとしたけど、思い出せない。覚えているのは髪が短くて、着物を着ていて裸足。顔以外の外見は覚えているのに顔のことは全然思い出せなかった。


 着物……

 ふと頭に昨日の朝、テレビの画面に写ったものを思い出す。


 たしかあの時写っていたのも着物を着た……女の子! 

 それを思い出すと上半身を起き上がらせて、もう1度夢について考え始めた。


 顔は覚えていない。でも着物を着ているということは昔の人? でも着物を着たあのくらいの女の子と会った記憶はない。場所も川の中にいたのは覚えているけど、周りの風景までは覚えてないなぁ。まさかっ前世の記憶! いやいや、いくらなんでも……。

 そんな感じで考え込んでいると、ふと机が目に入る。机の上には何か丸い物が転がっていた。


 ん? なんだろう? 

 そう思い、カーテンを開けて机の前へ向かう。朝日に照らされた机の上には、お守りが置かれていた。組紐が真っ二つに切られた状態で。その無残な姿に、言葉を失う。


 どういうことだ? なんでお守りが? 昨日は何ともなかったのに……まさか湯花が昨日の仕返しに? いや、いくらなんでもこんな事はしないはずだ。だったらだれが……


 お守りをよく見てみると、組紐の部分が真ん中から切られていて、その切り口から丸い石と木の欠片がが逃げるように転がっている。


 ん?

 そんな中、おれは組紐の切り口がなんか不自然なのに気付いた。よく見るとそれはハサミとかで切ったような綺麗な切り口じゃなくて、まるで引きちぎったかのように乱雑な感じだった。


 実際、組紐の部分は結構しっかり出来ているし、引きちぎるにしても相当な力が必要だ。となると、そんな事ができるのは……親父? いやいや有り得ないだろう。それに宮原家に受け継がれてきたお守りをこんな形で壊すわけないし……余計にわからなくなってきた。


「さっきの夢に、このお守り……なんか嫌な予感がするなぁ。まぁとりあえず、お守りをどうにかするか」


 原因もその根拠も、考えていても無駄な事はわかっていた。だったら、今できるのはお守りを直す事しかない。


 なにかあるかな?

 組紐の代わりになりそうなものを探して、机の上を見渡したけどそれらしきものは見当たらない。次に机の引き出しを開けてみると、その中に釣りで使うテグスを見つけた。


 まぁ、これでいいか。

 テグスとその隣にあったハサミを取り出して、机の上に置く。テグスの先を持って数㎝伸ばすと、それを切って、お守りに付いていた丸い石を2つと四角い木の真ん中にテグスを通していく。そのまま両端をきつく結ぶと、キーホルダーのようなものの出来上がり。


 今は応急処置。とりあえず今日ははこれ持っていこう。

 昨日の母さんの話しの通り、お守りが本当におれを守ってくれていたのかわからない。けど、ほぼ毎日身に付けていたものが無いと、何だか違和感を感じる。テグスを通しただけのものだけど、今まで着けていたお守りの1部だけでも持って行きたかった。


 おれは即席で作ったお守りを一旦机に置くと、千切れたお守りと散らばっている丸い石と四角い木を机の真ん中に集める。

 そしてそれを終えると、着替える為にタンスの前に向かった。昨日用意しておいた紺色の長袖のインナーに黒のポロシャツ、下はストレッチジーンズって言うんだっけ? 延びる素材のジーパンを履くと、机に置いたお守りをポケットに入れる。昨日用意したリュックを持ち、部屋の扉を開けると、1階へ向かい歩き始めた。


 階段を下りて、洗面台へ向かう。顔を洗い、寝癖を直し終えたおれはそのまま台所へと向かったけど……引き戸の先には誰も居ない。


 みんな旅館の方へ行ったかな? 

 そう思いつつ冷蔵庫の扉を開ける。お客さんの多い日のは、母さんも手伝いに行くことが多い。特に朝は各部屋に朝食を持って行ったり、早々に帰るお客さんの見送りもあったりして、従業員と親父だけじゃ人手が足りない。おれもちょくちょく手伝いはするけど、朝の手伝いはあまりしたことがなかった。子どもたちに対する親父の優しさだろうか? まあ、今はそう思っておこう。


 冷蔵庫の中にあるペットボトルの飲料水を2本取るとリュックの中に入れ、チャックを閉める。これで持っていく物は全部揃った。そしてリュックを背負うと、台所を出て玄関へ向かう。


 今日は……これかな?

 茶色のブーツを取り、床に置く。滑り止めもばっちりだし、表面も厚いから足の保護も万全。まぁ夏に履くには少し蒸れそうな気もするけど仕方ない! 靴に足を入れ、靴紐を結び終えると、ゆっくりと立ち上がった。


 よし! なにがあるか分からないけど、行ってみよう! 決意も新たに玄関を開けると、おれは自転車にまたがって、畑に向かってペダルを漕ぎ始めた。



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