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宮原少年の怪奇譚 ~桜無垢の巫女~  作者: 北森青乃
第1章 宮原透也という青年
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宮原家

 



「透也ー、ごはんできたよ!」


「はいよー、今行くっ!」


 聞こえてくる母さんの声に、大声で返事をする。窓からはうっすらと夕日がこぼれてて、部屋の暗さと交じり合っていた。その中で、おれは机の上に置いた小さめのリュックの中に懐中電灯を入れると、


「とりあえずこんなもんかな。あとは飲み物か……」


 そのままリュックを閉めると、晩御飯を食べに1階に向かう。

 あの後親父達にはなんにもなかったなんて言って、何食わぬ顔で葉取りをしてたつもりだったけど、内心勘づかれてないか気にはなっていた。特に母さんなんかはそういうの鋭いし。今のところは大丈夫みたいだけど、気付かれたら絶対に止められるのはわかってる。それだけは勘弁してほしい。


 そんで畑から戻って来て、晩御飯の前に明日の準備をしようと、急いで風呂に入ったまでは良かったんだけど、その準備がなかなか上手く進まなかった。

 万全の準備をするために大きなリュックを用意して、多めの非常食にガスバーナー。万が一に備えて寝袋を詰め込んでみたものの、背負った瞬間に予想以上の重さがのしかかる。さすがにそれじゃまともに歩ける気がしなかった。


 軽量で動きやすさを取るか、さっき程じゃないにしろ少しの重さは覚悟して安全第一を取るか、それをなかなか選べなくて、気付けば日も暮れかけていた。そんでついさっき、ようやく軽量・動きやすさを選ぶ決断をしたところだった。タオルにバランス栄養食、単3電池にLEDの懐中電灯。そこに飲み物を2~3本を入れれば準備は完了だ。


「飲み物は行く直前に入れるとして……うん、大丈夫だな」


 そう呟きながら、おれは台所の引き戸を開ける。台所にはすでにみんな揃ってて、晩御飯を食べていた。自分の椅子に座ると、母さんがご飯を盛った茶碗を渡してくれて、それを受け取るとおもむろに晩御飯を食べ始める。


「透也、おまえ珍しくお守りつけてないな」


 爺ちゃんの言葉におれは自分の左手首を見る。確かにいつもつけているお守りがなかった。


「あれ、どっかに落としたかな?」


 お守りといっても、ブレスレットとか数珠って言ったほうが正しいかもしんない。小さな丸い石と立方体の木が何個か交互に並んでいて、真ん中を紺色の組紐が通してある。それらがが落ちないように両端が丸結びで止められてて、その先には手首に巻けるだけの組紐が伸びている。


 小さい頃、母さんから貰ったんだよなぁ。なんでも家庭を守るという意味合いで、宮原家に来たお嫁さんに代々受け継がれてきた物らしい。お嫁さんに受け継がれてきたのに、なんでおれに渡したのか、その辺は良くわからない。もしかしたら一生結婚できないとでも思ったのか?


「あっ、お兄ちゃん洗面台に置いたでしょ? 洗面台と扉の間に落ちてたよー」


 隣に座る湯花(とうか)はそういうと、ポケットからお守りを取り出すとおれの前に差し出してきた。


「おっ、サンキュー! 明日ジュース奢ってやるよ」


「コーラねっ! 2本!」


  湯花からお守りを受け取ると、ポケットに入れる。


「2本? んーなんか不服だが……よし! いいだろう!」


「やったね! ありがとう」


 湯花の顔には満面の笑みが浮かんでいる。

 今時中2にもなってコーラ2本でこんなに喜ぶとは、とても純粋無垢なのか、はたまた精神年齢が低いのか……おれは絶対に後者だと思う。


「あっ、お兄ちゃん今湯花のこと馬鹿にしたでしょっ!?」


 思っていたことを当てられて、一瞬焦りを感じる。そういえばこいつ、こういう勘だけは母さん譲りで異様に鋭いんだった。


「そ、そんなことないぞ。全然!」


「怪しい……本当かな? まあ良いや、コーラに免じて許すよ」


 なんとか誤魔化せたか。こいつ、怒らせるとうるさい上に、しつこいんだよなぁ。


「はいはい」


 と悟られないように何気なく対応する。やっぱりまだまだ子どもだな……なんて思っていた時だ、


「そういえばお兄ちゃん、そのエセ標準語いつまでやるの? ちょっと変だし、浮いてる感MAXだよ? 湯花の友達の間でも少し話になってて、ちょっと恥ずかしいんだけど」


 浮いている? 恥ずかしい? 

 その言葉耳にした瞬間、怒りが沸々と湧き上がる。


 大学生活の4年間だけは都会で過ごしたいと思ってるからこそ……勉強している標準語。日常生活でもなるべく話していた標準語。浮いているのはなんとなくわかってたけど、高校の友達は慣れているみたいだし、自分でもほぼ完璧に近い仕上がりになったと思ってたのに……

 なんで妹にバカにされて、中坊ごときに浮いてるなんて噂されなけれないといけないんだ?


 まぁ、おれもいい歳だ。ここで恥ずかしげもなく感情を爆発させればこの中坊と同レベルになってしまう。あくまでスマートに、おれにとっての標準語の必要性とうまく説明しよう。

 一旦気持ちを落ち着かせて、


「いいか? お兄ちゃんは都会の大学に行こうと思ってるんだ。そこではみんな標準語を話しているわけだ。ひとりだけ訛っていたら変だろ?」


 表情を軟らかく、優しく問いかける。


「えー、全然! 訛っててもいいじゃん。それよりお兄ちゃんのせいで湯花まで変だって言われそうなのが嫌なの! うみちゃんもなんでお兄ちゃんみたいな人に憧れてんだろ?」


 なんだぁ? そのぶりっ子みたいな怒り方は。それにいいじゃないか! 俺に憧れるだなんてうみちゃん……いや雨宮君だっけ? 彼は良い子だな! そんな子を悪く言うなんて……許せん!

 湧き出る怒りを心の中で昇華している時だった、


「お兄ちゃん! 聞いてるー? とにかくそれやめてね? あと今顔めっちゃキモイよ」


 それを聞いた瞬間、体の中から熱いものが上ってくるのを感じる。気付いた時にはそれが全部喉を通って口から放出されていた。


「なにが恥ずかしだバカタレ! 自意識過剰なんだよ! あと田川君なんて輝いて見えるのもあと1年ちょっとだぞ! 高校行ったら奴のレベルの男なんて100人はいるんだよ」


「えぇー、そんなことないよっ!」


 おれはさらに捲し立てる。


「それにな、そんなくだらねぇことばっか考えてるから栄養が体に行ってねぇんだよ! だから身長も胸も小せぇんだよ!」


「身長と胸は関係ないでしょー! お母さん、お兄ちゃんがひどいこと言うよー」


 湯花はすかさず、隣に座る母さんへ助けを求める。


「まぁまぁ、2人ともホントに仲が良いわねぇ」


「よくないっ!」


「よくねぇよ!」


 母さんの言葉に、おれと湯花は口を揃えて反論すると、お互いの顔を睨みながらいがみ合う。


「透也! 湯花!」


 おもむろに声を出した親父に、家族全員の視線が集中する。


 やべっ、少し言い過ぎたかな。ただでさえ親父は湯花に甘い所があるからな……。

 きっとおれが叱られるんだろう。そう思っていると、


「コーラは1日1本にしなさい! 今からそんなに飲んでると骨が溶けて体に悪いぞ!」


 ………… …………

 突拍子のない発言に、無言の時間が生まれる。コーラで骨が溶ける……頭の中でそのフレーズが繰り返される。そしてその度に自然と口元が緩んでしまって、完全にツボに入ってしまった。


「ぷっ! ぷはは! 親父、今時そんな話する人いないぞ。さすがに骨は溶けねえよ」


 我慢の出来なくなったおれは、ついに吹き出してしまう。親父は、なに? みたいな顔をしたけれど


「なっ、なん……」


「お父さん! コーラは湯花のエネルギー源だよ! それをバカにしてっ!」


 親父は何かを言おうとした瞬間、みごとに湯花に遮られてすかさず口撃を受ける。


「いっ、いや湯花、お父さんは冗談を言ってこの場を……」


「コーラの侮辱は、湯花が許さないもん! だいたいコーラは風邪の時の時に飲むと――――――」


 湯花の矛先がおれから親父へと変わる。一方的に口撃をする湯花に、それを絶え間なく受け続け、困った表情の親父。

 そんな状況を見ていると笑いが止まらなかった。2人の間に座っている母さんも同じようで、2人のやり取りを笑顔で眺めている。


 おれの隣に座っている爺ちゃん婆ちゃんに至っては、お茶を啜りながら、


「この感じ、やっぱり落ち着きますねぇ」


「まぁ、宮原家は代々こんな感じで賑やかじゃからな」


 と呟きながら、のほほんとその様子を眺めている。

 他の所から見たら良い意味賑やか、悪い意味で騒がしいと思うだろうけど、これが宮原家のいつもの日常なんだよなぁ。

 そう思いつつ、おれも笑い続けながら、親父と湯花のやり取りをしばらく眺めていた。



 夜に見る旅館は、照明と部屋の明かりも相まって綺麗に見える。歯磨きを終えたおれは、カーテンを少し開けて、窓から旅館を眺めていた。この位置からだと丁度旅館が斜めに見えて、この角度から見る旅館が好きだった。雪が降り出すと、明かりと舞い降りる雪がうまくマッチして、夏とは違った姿を見せるのも魅力の1つだ。


「透也? どうかしたの?」


 その声に、おれは後ろを振り向くとそこには母さんが立っていた。


「なんでもないよ。ただ旅館見てただけ」


「あら。そうだったの」


 少し笑いながら返事をすると、母さんも同じような表情だった。

 その時、おれは晩御飯を食べていた時の事を思い出した。そういえば、なんで母さんはお守りをおれに渡したんだろう? お守り自体はだいぶ昔にもらった気はした。だけど、どうしておれに渡したのか、その部分については特に今まで興味もなかったし、だから聞こうとも思っていなかった。


「そういえば母さん、なんでおれにこのお守りくれたの?」


 その言葉に、母さんは一瞬驚いた表情を見せると、


「えっ、覚えてないの? まぁ昔の頃だから忘れてても仕方ないか」


 ポツリと呟いて、話を続けた。その表情を見たおれは、なにか重大な何かしでかしたんだと瞬間的に感じる。


「透也が6歳くらいの時かしら、たっちゃんの所に遊びに行くって出掛けたのよ? でも夕方になっても帰ってこなくて、たっちゃんの所に電話したらたっちゃん風邪でずっと寝てるっていうし。透也は来てないって言われて、お父さんとお爺ちゃんと母さんで探しに行ったの」


 6歳? そんなに昔のことはさすがに覚えてない。あと母さん、佐藤の事をたっちゃんなんて呼んでるのは全世界で母さんだけだぞ。


「そしたら、林檎畑に入って行く道路あるでしょ? そこ歩いてたの……全身びしょ濡れで」


「まじか、全然記憶にないんだけど」


 予想以上の出来事に、小さい時の自分が我ながら少し恥ずかしくなる。


「そりゃ当時から、どうしたの? どうして濡れてるの? 誰といたの? って聞いても、わからないってしか言わなかったしね。それに嘘とかついてる顔じゃなかったもの」


「そっか……もしかしてその事件があったからお守りを?」


「当たり。母さんもだけど、特にお婆ちゃんは何か嫌な予感がするって強く言ってたから、2つお守り透也に渡したのよ」


「なるほどなぁ、ん? 2つ? おれ1つしか持ってないけど?」


 ポケットからお守りを取り出すと、つまんで見せる。おれの中ではこのお守りをもらった記憶しかないんだが……。


「まぁそれも覚えてなくても仕方ないわよ。渡してすぐに透也、なくしちゃったもの」


「はぁ? まじか! やばくないかそれ?」


 やばい。だんだんと子供の頃の自分がとんでもない奴だった気がしていく。


「その時もいくら聞いてもなくした、なくしたってしか言わなかったのよ。それにあんなことあった後だったし、またなんか危ないことから助けてもらったんじゃないかって、皆で話して終わったの」


「なんか……すごい奴だったんだな……」


 昔の話を聞けば聞くほどなんだか悲しくなってくる。記憶にないだけで、どんだけのことを仕出かしたのか、苦笑いしかでない。


「まっ、そういうことだよ。そんな気にしないの。それじゃおやすみなさい。」


「あっ、おやすみ」


 母さんはそう言うと、2階へと向かっていった。お守りをもらった理由を思い出しながら、お守りを見つめると少し複雑な気持ちのまま、それをポケットの中にしまう。そして、もう1度旅館の方へ目を向けた。



 しばらく旅館を眺めた後、そろそろ自分の部屋行こうと窓のカーテンを閉める。すると階段を上り終えたところで、ばったり湯花とすれ違った。


「おう、おやすみー、トイレか?」


「ふあー、うん。おやすみー」


 大きなあくびをしながら、1階へ下りる湯花はいつもと変わらない様子のようだ。さっきの事を忘れたのか、親父への八つ当たりで気が紛れたのか。まぁ、あのくらいの賑やかなら日常茶飯事だし、特には気にする必要もないか。


  部屋に着くと、ポケットに入っているお守りを机の上に置いて、おれはベッドに横になった。昔の自分の話を聞いて少し恥ずかしかったけど、まぁそんなことはこの際どうでもいい。そんなことより、いよいよ明日だ。あの洞窟の先、何もないかもしれないけど行って見ないとわからない。それにめちゃくちゃ楽しみだ。

 よし、明日の為に早く寝よう。そう思って目を閉じる。


 ベッドに横になってそのくらいの時間が経っただろう。目の前に広がる景色に、歴史感じる廃墟。頭の中の妄想は止まらなかった。


 謎の装置に謎の……

 次第に、体全体が心地のよい温かい感覚に包まれていった。




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