自分がやるべき事
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「まじ……かよ……」
そこに居たはずの人間が消える。それは現実にはあり得ない。でも三好だって、式柄家の前でそうなったであろう人だって……気が付けばそこから姿を消していた。言い方はおかしいけど、似たような経験をしていたからこそ……その非現実的な光景に慣れて始めてた自分が居た。
それでも目の前で、しかもこんな短時間でそれを見せつけられると……驚きを通り越して……
「ふっ、ふはは……」
無意識の内に笑いが零れる。
着物の生地や、流れていたはずの血の跡さえ見当たらない。まるで最初からそこには何もなかった様な地面。目を逸らして、御神殿の方を向いて、振り返って……それでも3分と掛かってはいない。その光景に改めて感じる。
ここは現実であって現実じゃない。
ここで起きている事は事実であって事実じゃない。
『いいか、透也。この場所に出口なんてものは無い。そういう類を期待するだけ無駄だ』
そう、出口なんてない……
『儀式が失敗すれば、この村一帯に禍溢日が訪れる。それは人はもちろん村一帯を飲み込むだろう。禍溢日に飲み込まれれば最後、現世から隔離される』
ここは、現世から……隔離された場所なんだと。
「隔離か……」
「ちょっとー早くしなさいよぉ」
っ!!
その唐突に聞こえて来た声は、少し自分の世界に入って浸っていたおれを焦らせるのに十分なものだった。
誰かの声?
それは明らかに女の人の声。それも右手に見える、さっきまでもぬけの殻の様だった左代守家の中から聞こえてくる。
「もう、早く行かないと! 儀式に遅れたら元もこうもないんですよ?」
「大丈夫。今年は縁起のいい歳だからなっ」
「でもさー、それでも緊張するよ?」
「はぁー面倒くさいなぁ」
更に複数の声が入り混じり、その声は次第に大きくなっていく。
いっ、意味がわからない! さっきまで誰も居なかったのに……いきなり声? しかも複数? それに儀式に遅れるって……
「じゃあ行きますよ?」
ガタガタ
やっ、やばい!
そうこうしている内に、聞こえてくる音。それはまるで木製の……そう、引き戸を開けるかのようなものだった。幸い、目の先にある玄関らしき場所の戸は開いていない。となれば、左代守家が真千さん達の家と同じ……雪が降る地域の家の作りなら、おそらく……
直ぐに外に出て来るっ!
その瞬間、おれは隠れられそうな場所を探して辺りを必死に見渡す。家の方には身を隠せる場所は……ない。となれば反対側。おそらく庭なんだろう場所に目を向けると、そこには井戸と立派に育った大きな木。そんな中おれは……
井戸の陰は危なくないか? 頭見えるかも……だったらあの木の陰だ!
一目散に木の陰へとその身を隠した。
たぶん……大丈夫。ぎりぎり隠れてると思う。だから……こっち見るな!
大きな木の幹の感触が、背中に伝わって来る。それと同時に後ろから聞こえてくる人の声。
「じゃあ婆ちゃん。頼んだ」
「はいよ。さよ? しっかり太鼓打つんんじゃぞ?」
「がっ、頑張るっ!」
「ちかげもな?」
「わかったよ。やる事ないけどねー?」
ん? ちかげ? ちかげって……千景さん!?
「じゃあ行きましょう? あなた」
「あぁ、行こう。必ず成功させんとな?」
その声を後に、聞こえてくる複数の足音。会話の流れからして、おそらく彼らは左代守家の人達で間違いはなさそうだ。そして儀式という事は……向かう先は御神殿。そこまではなんとなく理解はできる。ただ、問題は……
ちかげって人が、もしかしてさっきまで話してた千景さんなのか?
それだけだった。それを確かめるべく、おれは静かに体を反転させると、ゆっくりと木の幹から顔を覗かせる。先頭は男の人、おそらくここの家長なんだろう。その隣には女の人……男の人と話す姿、声的に玄関の戸を開けて皆に声を掛けていた人に違いない。そしてその後ろには、白い着物を着た髪の短い女の人。さらに半歩後ろを歩くのは同じく白い着物を着た髪の長い……
ちっ、千景さんっ!
「はぁ……本当に面倒だぁ」
「じゃあちーちゃん、私と変わってよぉ」
「えぇ? 無理無理無理。あんな冷たい水に浸かりながら太鼓打ち続けるなんて無理」
「そうだよねぇ」
髪の長さや横顔。それにあの声は間違いない。そしてその体は至って普通で、首は勿論さっきの姿とは全く違う。それに周りに居る左代守家の人達……
普通に話もしてるし、信じられないけど……首だって元通り。それにあの人達はどこから? ずっと家に居た? いや、だとしたらおれ達が話してる声に気付くだろ。それに千景さんだって怪しい奴を目の前に助けを求めるはず。
身に起こった事、目の前で起こった事。それらをゆっくり思い出して考えていくと…………少しずつ何が起こっているのかが見えてくる。ただそれは、到底起こり得る事じゃない。
やばいな……にわかには信じられない。けど、これしか考えられない。確かに儀式が失敗して、耶千さんは恐ろしい姿になってた。でも今はどうだ? さっきとは明らかに違う、夕暮れが近いような明るさ、太鼓の音、息絶えたと思った人が目の前に居る。そうそれはまるで……
時間が巻き戻ったかのように。
……もしかしたら剛さんの言って居たのは……こういう事だったのか?
『儀式が失敗すれば、この村一帯に禍溢日が訪れる。それは人はもちろん村一帯を飲み込むだろう。禍溢日に飲み込まれれば最後、現世から隔離され……』
皆、白巫女と同じく負と永遠を共にしなければならない
負と永遠を共にしなければいけない。その意味が最初は分からなかった。でももし、それがその言葉通りなら……
永遠と儀式の日を繰り返している?
あとは負って意味。白巫女の負っていうのは、多分……儀式の中で身に起こる事。両手両足に傷をつけるだけでも痛いのに、さらにそこに溜まりに溜まった憎しみとかが入り込む。その痛みは想像もできないって言ってたな。だから……たぶん間違いない。
だったら村人が受ける負って? 耶千さんと同じくらいの負って言ったら……
その瞬間、頭に浮かぶ光景。
『ひぃぃぃ』
『はっ、はつ! 何してる! 早く来い!』
『はつ! はつ!』
耶千さんが……村の人を……
『いっ、いてぇ! お、お前ふざけんな!』
『くそっ、くそっ! 血がっ……血がっ! はっ!? おまえなに言って……』
『うあぁ! 熱い、熱い! 足が!』
それだけじゃない。三好だって……それに……真白にも迷わず鎌を振りかぶって殺そうとした。
待てよ? だとしたら150年前、儀式が失敗した後……村人達はどうした? 逃げた? それとも……
さっきの人みたいに殺された?
だったら、儀式の日が永遠と続いているのなら、村人達は必ず耶千さんに……
そして目覚めると、また儀式の日。そして最後には必ず……まさか、村人たちが背負う負っていうのは……
永遠と耶千さんに……殺される事?
永遠と味わうのか? 鎌で刺され苦しみ……その身に感じる痛みを……
そう考えると……まるで地獄の様だ。
150年という歳月、耶千さんはその身に想像できない様な痛みを受け続け
村人は何十回、何百回と自分の死を痛みと共に受け続けてる
それもさっきの様子を見る限り、儀式が失敗する事も、自分がどうなるのかさえ分かってない。だからこぞ、毎回毎回降りかかるのは初めて抱く死への恐怖。
……そう言う事か、千那。耶千さんを助けてくれってそう言う事かよ。
真千さん達から話を聞いて、儀式を成功させないとって御神殿に急いだ。でも、その最中失敗した事を知って……三好とかを殺し、儀式を失敗させた原因だと思ってた赤い着物の女。それが耶千さんって聞いて驚いた。自分達も襲われて絶望した。
そして儀式の失敗と共に村全体を覆う禍溢日。
それは村全体が負を繰り返す地獄。
その儀式の日を繰り返す中で、どうにか儀式を成功させて……耶千さんを、村を……救って欲しいって事なんだろ?
ふっ、めちゃくちゃだよ。いくらおれ達が禍溢日の干渉受けないからって、いきなり連れてくるのはなしだろ? 大体、ヒーローでもないし、耶千さんにやられたら多分容赦なく死ぬ。
でも、何回もチャンスがあるなら別だ。ていうか、これ以上グロテスクな光景は目にしたくないんだよ。だったら、やるべきことは1つ。
今から御神殿行って、儀式めちゃくちゃにした犯人を止める……それだけだ。
だからさ……
「ちゃんと鶴湯に戻せよ? 千那」




