事実と現実
本日も読んで頂きありがとうございます<(_ _)>
たった今、目の前で起きている事は現実なんだろうか。
いや、むしろここへ……式柄村へ来てからは有り得ない事だらけで、それを必死に肯定しようとしていたんだ。けど……けど……
それは余りにも唐突で……余りにも奇怪で……
余りにも残酷だった。
目を見開き、口は開いたまま。自分の骨にすら響く音と共に、首をだらりとさせる千景さん。そしてその体は、まるで人形のようにゆっくりとゆっくりと……地面へと崩れ落ちて行った。
まるでホラー映画やゲームでしか見た事はない。だけど、
くっ、首が折れて……しっ、死んでる……?
うつ伏せになり、首があらぬ方向を向いている千景さんの姿に……そう思わない人は居ないと思う。そしてもう1度頭の中で問い続ける。目の前で起きた事は、
現実なんだろうか……と。
有り得ない。有り得ない。さっきまで話してたんだぞ? なんでいきなり? ここに来て人がそういう事になった場面は、遠目だけど目にしてきた。でもそれは、当たり前だけど人と人。加害者と被害者が居てこそ成立するものだ。なのに……なのに……なんで千景さんはいきなりこんな事に? 近くには耶千さんは居ない。俺だって何もしてない。だったらどうして? どうやって……いきなり首が折れた?
正直、まだ目の前で起きた出来事を頭で整理できない。髪の毛をを掻き毟り、大声を上げたかと思うと急に苦しみ出し、突如として顔がその支えを失う。ましてや誰も居ない、何もしていない状況でそれは決して起こり得る事じゃない。
しかし、現に彼女はそうなって……地面へと倒れ込んでいる。それは現実では理解できない。
けど……ピクリとも動かないし、やっぱ…………っ!?
理解は出来なくても、倒れている千景さんは少しも動かない。それはその姿を見れば一目瞭然。しかし、その有り得ない方向へ向いている部位を凝視したのは間違いだった。
皮膚が裂け、そこから見える尖ったモノ。その周りから顔を出す赤黒い断面と……深紅の液体。一瞬で分かる距離でのそれは……余りにもリアルだった。
「うっ!」
それを認識した瞬間、反射的に目を瞑って顔を逸らす。そして胃の中で感じる何かを遮るように手で口抑え込むと、無意識の内に何度も深呼吸をしていた。
ヤバイ。ヤバイ。落ち着け……落ち着け……なんでこうなったのかわからない。てか今までもおかしな事ばかりだったけど、この状況は更におかしい。でも事実だ。おれはこの村の人に、この村の物に触れられる。そんな状況で起こった事は信じられないけど……事実であり現実なんだ。それがどれだけ有り得ない事だとしても。
そう自分に言い聞かせながら、ゆっくり深呼吸を続けると酸素が体中に巡り巡る。次第に胃の中に感じた不快な感覚も落ち着き……
「はぁぁ」
塞いでいた口から、大きく息を吸い込んだ。
いいかおれ。ここは現実であって現実じゃない。想像もつかないようなことが平気で起こってるんだ。だからこそ……受け入れろ。目の前の事実を受け入れるしかないんだ。そして耶千さんを助ける……それしか、帰れる方法はないんだ。もちろん千那の言ってる事が100%信用出来る訳じゃない。けど、それしか方法がないんだ。だから……
逃げるな。
自分に言い聞かせた言葉を、何度も繰り返しながら……ゆっくりと目を開いて行く。もちろんぼやけた視界が晴れた瞬間、さっきまでと何ら変わらない光景が広がっている。
それは変わり様の事実だと思っていた。思っていたはずなのに……
「えっ?」
その考えは裏切られる。
「なっ……なん……で……なんで……だ? なんで……」
ある意味、悪い形で……
「明るいんだよ……」
その異変に気付いたのは一瞬だった。
さっきまで、薄暗かったのに……なんで明るくなって!?
いつからかは分からない、どうしてなのかも分からない。けど、明らかに周囲の様子が鮮明に見える。まるで夜が明けたかのような明るさのおかげで。
なんでだ? 夜が明けた訳じゃないだろ? ついさっき夕暮れから夜になりかけって感じだったはずなのに……なんだ? おれが目を瞑ってる間に、あの一瞬で何が起こった!?
そんな焦るおれに追い討ちをかけるように、今度は、
ドンッ、ドンッ
太鼓の音が響き渡った。その太鼓の音は、紛れもなくさっきまで聞こえていたのと同じ。その音が耳に入った瞬間、おれはすかさず御神殿の方を見つめた。
太鼓の音? でもこれって儀式の最中に鳴ってるんじゃ……しかも失敗した後はそれすら聞こえなかったのに! なんで? というより、誰が太鼓を?
その音は、確かにさっきまで鳴り響いていたはずの太鼓の音。けど、今聞こえてきた太鼓はそれとは少し違っていた。
それに、太鼓の音が2回? 2回だけ……あっ!
2回だけ鳴り響く太鼓。おれはそれを聞いていた。忘れるはずがない。真千さんの家いた時、剛さんにこの村や儀式、耶千さんの事を聞いてた時に耳に入った太鼓。そして剛さんはその太鼓の音を合図だって言って……家を出て行った。
そうだ! 儀式が始まる合図!
その太鼓の音で式柄家と右代守家、左代守家が御神殿に集まり準備を行う。それは……儀式の始まる合図だった。だけど、そうなると余計に頭が変になる。
おかしい。なんでまたその合図が聞こえる? 儀式は失敗したはずだぞ? 大体千景さんだってこんな状況で、御神殿に行ける人なんて…………はっ?
頭の理解が追い付かないおれを、どれだけ追い詰めるんだろう。
何も考えずに振り向かなければ良かった。
できる事なら気付かなかった方が良かったかも知んない。
そうすれば、こんなに悩む必要はなかった。でもおれは……それに気付いてしまった。見てしまった。
それは自分の目を疑いたくなるような光景。
あらぬ方向に首が曲がり、倒れ込んでいた千景さん。
気が緩めば一瞬で気絶しそうなくらい生々しく、痛々しい姿だった千景さん。そんな彼女は……
千景さんが……居ない……?
まるで最初から居ないかのように……
消えていたんだから。




