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宮原少年の怪奇譚 ~桜無垢の巫女~  作者: 北森青乃
第3章 渦巻く思惑
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その正体

 



 何かの花が彫られた引き戸。見るからに高そうな扉の前におれは立っている。この中に誰かがいる……少し不安で少し怖くて、それでもちょっとは期待があった。けど、引き戸に手を掛けたおれの手はなぜか重たくて、なかなか開けれずにいた。

 自分でも、なんでこうなってるのかは薄っすらと分かっている。その要因はおそらく2つ……1つはここに来るまでに、あるはずだったものがすっきりなくなっていたこと。それはさっきこの家の前で殺された女の人。耶千さんに切られて血を噴き出しながら倒れたはずなのに、その姿はもうどこにもなかった。もちろん血の痕さえ。それはまるであの当て逃げの犯人のような消え方で、その不可解な現象に少し気持ち悪さを感じる。

 そして2つ目、それは……


「いやぁぁぁ」


「うわっ、あぁぁぁ」


 またかよ……。

 どこからともなく聞こえてくる村人の叫び声。しかも場所はバラバラで、最初は遠くから聞こえて来たのに、次は結構近く……そして今はまた遠くからだ。それが耶千さんの仕業って分かってるし、村人を襲っているならここには来ないっていうのも分かる。けど、それでも人の叫び声や悲鳴なんて聞いてて慣れる訳がない。それらが聞こえてくるたびに、なんか胸が痛くて、どうしようもない感情が浮かんでくる。


 とりあえず……中に入るしかないか。 そうだ、中に居る人が耶千じゃないってのは確かなんだから、だとしたら村人か式柄守家の人。どっちにしろ話くらいはできるだろうし……じゃあ開けようか。


 ガラガラ


 こんな状況で、中にいるはずの人物が耶千さんじゃない。それはおれにとって唯一の救いだった。その情報だけを頭で繰り返しながら、おれは式柄守家の引き戸を開けていく。目の前には立派な台所、そして左側には段差があって、その上には何枚もの襖で仕切られた部屋のようなものが奥まで続いていた。しかもそれだけじゃない、その襖は左の方にも続いていて、この家の広さが一瞬で分かる。


「お邪魔します」


 小声で呟きながら、家の中に足を踏み入れる。その間にも、さっき程ではないにしろ何を探すような、そんな物音は続いてて、まだ誰かが居るのが分かる。玄関の周りにはそれらしき人も見えないし、だとしたら音がするのは奥の方、襖の先かそれとももっと奥か、おれはしきりに続いている物音を頼りにゆっくりと進んでいくと、土間から廊下へ上がる為の段差、それを靴のまま上がっていく。


 扉は開けといたままでいいな。もし万が一ってことも有り得るし……、土足でもいいよね? それにしても音は奥からだよな? すぐそこの部屋ではなさそうだけど。

 目の前の襖に耳を近づけてみたけど、その中からは物音は聞こえない。念のため少し襖を開けてみると、隙間から見えたのは、囲炉裏に座布団のような敷物。さらに奥にはまた襖があって、どうやら他の部屋に繋がっているみたいだった。今で言うリビングのような部屋なのかもしれない、それに少し薄暗いけど荒らされた様子は見当たらなかった。


 となると……

 襖を閉めて、辺りを見渡す。まず右側の奥に続く廊下、少し先には壁が見えるけど、廊下はそこから左に曲がってまだ続いている。そして、左側の角から覗き込んだ先の廊下、こっちも奥に壁は見えるけど、目に見えて右側の廊下よりも長い気がする。それにこっちの廊下は右の方に曲がってて同じように続いていてるのが分かる。


 どっちから行くべきかな? ていうかたぶんこの廊下、長方形のみたいな感じで一繋がりになってないか? 

 さっきの覗いた部屋や、そこに隣接している部屋、それらを囲むように廊下が繋がっている。それは両方の廊下の続いている方向を見れば、自然と出てくる考えだった。


 じゃあ、あとは物音を頼りに行くしかないか……。

 そうなると、どっちから行くなんてどうでもよくって、とりあえず最初に目に入った右側の廊下の奥の方を見つめると、さっきから聞こえる物音、それに注意しながらゆっくりと歩き始めた。


 コツコツ


 廊下を歩くブーツの音が少し響く。普段廊下を靴で歩くなんて有り得ないから、少し変な感覚で複雑な気持ちになる。

 そんな中、相変わらず物音は時間を空けて聞こえてくるけど、その音はまだ遠くて、気付くとおれは廊下の端まで来てしまっていた。そこから左側に曲がって続く廊下、その先を見ると、左側には部屋の襖がずっと続いてる。それに廊下の奥の方には少しだけ壁があるけど、その隣には横に並ぶ襖と同じ柄の襖が見えた。


 右はずっと壁だから、ここが式柄守家の後ろってことか。左の襖はさっきのリビングみたいなところの、隣の部屋のはずだし……てことは奥のに見える襖の先、あそこが玄関から1番遠い部屋。


 ドンっ!

 それは、さっきまで聞こえてきた物音とはまったく違う鈍い音。地面とか壁に何かを勢いよくぶつけたようなそんな衝撃音。その音に、体が少し浮き上がる。


 うわ! でかっ。

 そんなことを思ったのも束の間だった、その音が聞こえて間も無く、奥に見える襖がゆっくりとこっちに倒れてくる。少しずつ見えてくる部屋の中……だと思った。けど、見えてきたのは部屋じゃなかった。黒い髪……鋭い目つきと形相、そして白い着物に、腰辺りまで伸びた髪。


 えっ? 耶千さん?

 いきなり聞こえてきた音と倒れてきた襖に驚いていたおれに、追い討ちを掛けるように現れたその姿が、一瞬耶千さんに見えて思わず息を飲み込んだ。でも、よく見ると着物の色が赤くないし、持っているはずの鎌も手にはなかった。


 あれ? 少し似てるって思ったけど、それに顔もなんだか……違う。それにしてもなんていう力だよ。

 そんなことを思いながら、その人を見ていた時だった、


 あっ! 

 顔を見た瞬間、目が合ってしまった。それと同時にその人の目が見開いて、それは明らかに驚いているようなそんな表情。あっちもおれが居るなんて想像してなかったって感じだった。


 あっちも驚いてる? まぁ耶千さんじゃないし……少し話だけでも聞けるかな?


「あの、ちょ……」


 それは一瞬だった、おれが話しかけるや否や、その人物は部屋の奥の方へ走り出す。こっちからは壁の陰になっててその姿は瞬く間に見えなくなった。


 あれっ? おれに驚いてた? ちょっと待ってくれ!


 その行動に、おれは思わずその部屋目掛けて走り出す。この状況で話を聞ける人物、そんな人にまた出会えるなんて可能性は低いし、だからこそこの機会を逃したくはなかった。


 倒れた襖の上を通って、部屋の中に入ると、さっきの女の人の姿を探してみた。けど、そこにはすでに誰も居なかった。かなり荒れていて、箪笥とか押入れとかは見当たらないし、この部屋に隠れる場所はどこにもない。ただ1つ、目の前の空いている障子窓を除いては。


 窓! こっから出たのか? 

 急いで障子窓まで向かうと、身を乗り出して辺りを見渡す。すると右の方に、裏口のみたいなところがあって、そこの扉がゆらゆら揺れている。


 裏口!? まじかい。くそっ!

 窓枠に掛けていた手と、両足に急いで力を込めてそこを乗り越えると、おれは外へと飛び出した。着地と共に両足に土の感触を感じると、休むことなく裏口を目指して走り出す。そして勢いそのまま裏口を抜けると、さっきの女の人の姿がないか必死に辺りを見渡していた。


 こっちはいない。真っ正面には御神殿があるけど、姿はない。てことは残るはこっちの左側……いたっ!

 右の方から見渡して見たけど、女の人の姿はない。そのまま真っ正面に見える御神殿、そこへ続く階段にも姿はなかった。そして左の方に目を向けた時だった、目の前に流れる小川っていうより水路のようなとこの向こう側に坂みたいな道があって、それを登りきった辺り、そこに白い着物の女の人の後ろ姿が見えた。


 坂の上! 

 その姿を見つけた瞬間、両足に力を込めると一直線に水路の方へ向かって行く。そしてそのままそれを飛び越えると、目の前の坂を一気に駆け上がった。


 あっちは女の人だし、それに着物。拓けた道なら追い付けるはず。

 そんなことを考えながら坂を登りきると、目の前の道をさっきの女の人が走っていた。その距離はさっきより少しは縮んだ感じがしたし、自分の予想通り登りきった先は拓けた1本道が奥の方まで続いている。


 よし追い付ける!

 おれはそのまま必死にその女の人の後を追い掛けた。女の人はやっぱり走りづらそうで、その姿がだんだんと大きくなっていった時だった、女の子が必死に逃げてる方向の奥の方が目に入る。


 あれ? なんか道の先になんか見えるな……? 家?

 少しずつ見えてくる、まるで村を見下ろすように建てられている家。そんな場所に建てられた家のことを、おれはなんとなく思い出していた。


『ここから、まっすぐ行けば村の中心、沢山の家があるわ。その中心にある大きな家が本家の式柄守家よ。あと、ここから見えると思うけど、村の両端には少し小高い丘があって、向かって左側が左代守家、右側が右代守家って言うの』


 浮かんでくる真千さんの声、その声が目の前の家の正体を教えてくれる。


 小高い丘の上……そして、こっちは本家から左側。ってことはあそこの家は……左代守家? だとしたら……そこへ向ってるこの女の人は、左代守……


「きゃっ!」


 そんなことを考えていた時だった、突然聞こえてきた甲高い声に目の前で前のめりに倒れている女の人。その様子を見る限り足がもつれたか、着物を踏んだかそんな理由で盛大に転んだんだと思う。


 ありゃ……転んだか。大丈夫かな? おれのせい?

 少し駆け足でそばまで寄ると、少し優しめに、


「だっ、大丈夫?」


 声を掛けてみた。すると、女の子がゆっくり起き上がってこっちの方を振り返ったけど、その表情は怯えてるって言うよりもむしろ、


「何なのよあんた! 稀人のくせに! 近寄ってくるな!」


 嫌な奴を本気で拒否る、そんな鬼のような形相だった。




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