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宮原少年の怪奇譚 ~桜無垢の巫女~  作者: 北森青乃
第3章 渦巻く思惑
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誰の為に

 



 この体のだるさはなんだろう。この胸の痛みはなんだろう。ただ、あの場に居るのがつらくて、離れたくて、ただただ歩いてきた。目の前でおれを見下ろす御神殿。それだけを意味もなくじっと見つめてどのくらい経ったんだろう。その間、桃野さんの言葉が頭の中でずっとグルグル回っていた。


『もう嫌ぁ!!』

『なんで! なんで? みんなが呼んでるからっ、わたしを呼んでるから! だから湖の中に入って死んだのに!』

『もう……放って置いて!』


 もちろん、桃野さんが嘘をついてたことも、湖に入って自殺しようとしたことも驚いた。けど、それ以上に優しい口調でなんでも聞いてくれていた桃野さんの叫んだ本音が……胸に突き刺さって、自分の心をえぐっていた。

 たぶん、滅多に怒らない温厚なやつがいきなりブチ切れた時と似たような感覚。桃野さんはそれに加えて、結構衝撃的なことも言ってたし、最後に止めの放って置いて……あんなこと言われたらなにも言い返せなくって、その場に居ることすら苦痛で仕方なかった。


 あぁ、みんな呼んでるってことは、桃野さんの家族って死んでるってことなのか。だったら桃野さんも驚いただろうな……みんなを追って、勇気を出して自殺してみんなに会えると思ったら、気がついた先が、天国でも地獄でもない1869年のどこかわからないような田舎の村。そんな時、おれを見つけたってことか……そりゃあんなに嬉しい感じにはなるわな。

 洞窟の中で、桃野さんに起こしてもらったことを思い出す。


 叩かれて……でもおれ夢だと思って、普通に可愛いとかって言っちゃって。桃野さん驚いて、みぞおち叩かれて、まぁなんやかんやでお互い笑ってて……あれも本心といえば本心だったんだよな。変な場所で、あっ……そいえば桃野さんも当て逃げ犯人見たって言ってたよな、そりゃそんな変な奴見た後だったら、寝てたのがおれでも安心はするか。


「はぁ」


 大きく息を吸い込んで、体の中を駆け回るモヤモヤを一気に吐き出す。けど、それでなくなるほど甘いもんじゃなかった。桃野さんが居る、桃野さんも助けたい……それがモチベーションの1つになってたのは考えるまでもなかった。


 まぁショックっちゃあショック……けど、おれはここで死にたくない。やりたいことも、やり残したこともたくさんある。桃野さんの本音聞いて驚いたけど、それが彼女の本心ならしたいようにするべきなんだ、無理矢理手を引っ張っちゃダメなんだよ。だったら、おれは……おれは自分がやりたいことをやる。


 それはある意味自己暗示だったのかもしれない。現に桃野さんが居たから、格好つけようとしてたし頼れる感を出しまくってた。人の空気を読んで、自分が思ったことはちょろっと呟く。意見がどっちに転ぼうとあんまり気にしない。上手くいったらみんなでワイワイ、失敗したらドンマイドンマイ。そんないつものおれからは考えられない行動だった。けど、もう誰も居ない……意見を言う人も格好つける相手も。だったら、自分の意思で、自分の為に、自分が生き残る為に……やりたいようにもがき続ける。それしか方法はなかった。


 桃野さんのことは忘れろ……。そして考えるしかない。儀式が失敗した今、どうやったら耶千さんを助けることができるのか。

 頭の中の切り替えは、やっぱり難しい。分かってはいても桃野さんのことは頭のどっかに残ってた。けど、それでもそれでも、無理矢理頭の中で考えを巡らせる。


 まず、儀式が失敗したらどうなるんだっけ……? たしか、


『儀式が失敗すれば、禍溢日が訪れる。禍溢日に飲み込まれれば最後、現世から隔離され、皆、白巫女と同じく負と永遠を共にしなければならない』


 みたいなこと言ってたよな? 禍溢日……じゃあ今まさにそれに村全体が飲み込まれてるってことか。それで、白巫女と同じく負と永遠を共にする? 白巫女と同じって……たしか両手両足に傷を付けて、そこに宵ノ谷に溜まった負の感情が入り込むんだよな? 焼けるように痛いって言ってたし、同じくってことはその痛みを村人も味わうのか、それ相応の痛みを味わうのか……普通に考えるとどっちかなはず。

 それにもっとも意味が分からないのが、現世から隔離されるって意味。現世から隔離されて、負と永遠を共にする……現世から隔離ってことは時間軸がなくなるってこと? パラレルワールド的な感じで、おれが過ごしてきた時間軸ではないってことなのかな? そこで永遠を共にする……けど、たった今儀式が失敗したって感じだし、真千さんも剛ちゃんも佐一だってなにか痛い思いをしたって雰囲気はなかった気がするけど……


 ガタガタガタ


「うわっ」


 静けさが広がる中、いきなり聞こえてきた音。何かが上から落ちて来たようなそんな音に、思わず驚いて声が漏れる。


 なんだ? こっちから……だよな? まさか耶千さんか?

 音のした場所、そっちには本家って言われてた式柄守家があった。おれは思わず身構えたけど、しばらく経っても耶千さんが現れる様子はない。


 やっぱり家の中の何かが落ちたのか? でも急に物が落ちるもんなのか? 自然に落ちたにしてはかなり大きかったし……。それとも……誰かいる?

 外にまで聞こえてきた音、それは自然に何かが落ちた音にしては大きすぎる気がしてならなかった。そう、まるで誰かがいて、何かをしようとして床に物を落とした……それくらの音の大きさ。


 ん……なんか気になるなぁ。音もそうだし、もしこの状況で誰かがいるなら……いろいろ聞きたいこともあるんだよな。

 式柄守家の方を見つめながら、少し考えていた時だった、


 ドンドン、ガシャン


 何かの鈍い音、何かが割れたような甲高い音が続けて聞こえてくる。


 うはっ、マジか? こりゃ明らかに誰か人の仕業じゃないか? なにか探してるっていうより壊してる? だとしたら余計気になるな……

 続けて聞こえてきた音、それは明らかに人為的な感じの音で、ますます家に誰かがいる可能性を高めていた。それに、そこに誰が居るのか気になって気になって仕方がない。


 村人だったら話し掛けてみよう。もし、耶千さんだったら…………考えたくはないけど全力で逃げよう。

 正体不明の何か、それを確かめようと、おれは式柄守家の入り口にゆっくりと歩き始めた。




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