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宮原少年の怪奇譚 ~桜無垢の巫女~  作者: 北森青乃
第3章 渦巻く思惑
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秘めた思い

 



「はっ!」


 その瞬間、その人物がこっちを振り返る。髪の短い男性。年齢は……なんとも言えないけど子どもじゃないのは確かだった。


寿敬(じゅけい)おじさん……?」


 その顔を見た佐一くんが、小さな声で問い掛ける。


「さっ、佐一か? どうしたんだ……こんなとこで。それに……そいつは稀人か? 一緒に何してる」


 佐一くんの顔を見た時は、少し安心したような感じだったのに、わたしを見た瞬間その表情は一瞬で消えて、なにか軽蔑するような、苛立っているような……そう、まるで見下しているような眼差しだった。


「この人は稀人じゃないよ! だって……」


「佐一、お前知ってるだろ? 稀人は罪を犯した人の()れだ。なるべく関わるな、信じるな。憑かれたくなかったらそうしろって言われてるだろ。村の決まりだぞ?」


「でも……」


 威圧するような、冷たい目。それは佐一くんに、こんな小さな子に向ける目じゃなかった。


 なにこの人……なんかやけに言い方がきつくない? 佐一くんが村の決まりを守ってないから? それとも……元からこういう言い方をする人なのかな? 

 村の大人に叱られる子ども……普通に見たらそんな光景かもしれない。けど、なにかが引っ掛かる。口調、表情その何かが……。


「あっ、あの……ちょっといいですか?」


 とにかく、責められてる佐一くんが可哀想で、その寿敬おじさんって呼ばれた人物に話し掛けてみたけど、


「うるさい。稀人は黙れ!」


 わたしには一切聞く耳さえ持たなかった。


 わたしはこの人のこと全然知らない。けど、稀人に対してすごい嫌悪感を抱いてるのはわかる。だったら、こっちのこと気にも留めてないなら……、じっくり観察させてもらうね。

 佐一くんに向かって何かをグチグチと言い続けてるその男。わたしはその男が何者なのか、どうしてここにいるのか、怪しいところはないか頭から足の先まで、ゆっくりと見渡した。


 やっぱり髪は短い。顔からしてそんなに歳はとってないと思う。それにたぶん青色をした着物に帯……。そして、足には草履みたいなのを履いてる。でも、これじゃあこの人が御神殿から出てきたって証拠にはならないよね……あれ?

 寿敬さんの姿を一通り見渡して、怪しいところがないか探したけど、特段怪しいと思う場所は見当たらない……そう思った時だった。最後に寿敬さんの足を眺めてると、ふと左の足首の辺りに何か違和感というか……そんなものを感じる。


 あれ? 左足のあそこ……なんだろう? なんか足首の一部がなんか違う……皮膚がなんか凹凸になってる? なんか……見たことが……。

 気になったその左足。その足首の一部は明らかに周りの皮膚と違った。それをじっと見てる内に、わたしはそれがどこかで見たような……そんな気がして、必死にそれを考えていた。


 どこで見たんだっけ……? ここに来てから? …………違う。テレビかなにかだっけ? …………違う。だったら、どこで? そんなに前じゃない気がするけど、わたしここに来る前に何してたっけ? 夢を見て起きて、それからコンビニに行って、ご飯買って、テレビが付いて、それで……トイレで吐いて。その後奥豊湖へ行こうと自分の部屋に行って着替えをして…………着替え? 履いていたズボンを脱いで、取り出したジーパンを履こうとした時、わたしは自分の左足の……左足の……


 それを思い出した瞬間、わたしはゆっくりと視線を自分の足元に向けていく。そして、左足……その足首の部分、焦点が合ったそこには……火傷の痕。あの事故の時にわたしに付いた唯一の怪我。それが目に入った時、わたしは思わず息を飲んだ。


 わたしと同じところに……寿敬さんも火傷の痕がある。

 それは偶然なのかな? まったく同じ位置、左足首の外側に似たような火傷の痕。普通だったらただの偶然かもしれない。けど、なぜか胸がざわついて、モヤモヤして……


『なんだ……まだ、たくさ……』


 目の前に耶千さんが立っていて、わたしを見下ろしている。見覚えのあるそれは、さっきの……耶千さんがわたし達の前に現れた時の光景。


 な、なんで? なんで? なんで勝手に頭の中に浮かんでくるの?

 自分の意思とは関係なく、それは止まることなく続いていく。


 目が合った……真っ赤な、真っ赤な目……そして耶千さんは不敵な笑みを浮かべていた。いざ目の前にして、それは遠くで見ていた時の比じゃないくらい怖くて、不気味だった。そしてその後に耶千さんは……だんだんと目線を下に向けていって……その時だったんだ。目が見開いて、


『みつけたぁぁぁぁ!』


 突然大きな叫び声を上げて、鎌を振り上げて……わたしを殺そうとした。

 それは二度と思い出したくない光景だった。あの時の恐怖が記憶と共に思い出してくる。


 でもどうして? わたし思い出そうなんて少しも考えてないのに、なのに勝手に浮かんでくる……。もしかしてなにかあるの? この光景と火傷を結ぶなにかが……。

 それは今までにない感覚だった。勝手に頭の中に浮かんできて、勝手に再生されて、勝手に全部を思い出させて……それはわたしにとって、恐怖を掘り返されるってことだった。だけど、その不思議な感覚……それが思い出させた記憶。それに何の意味もないとは思えなかった。


 思い出して……。そう、遠めに村人を殺す耶千さんを見ていて、その後に耶千さんがこっちに来そうだったから、路地の中に隠れたんだ……。どうしようか考えていた時、いきなり右の方に誰かの気配を感じて、何気なく見たら……耶千さんが立ってた。目が合って……耶千さんはじっとわたしの顔を笑いながら見てて、それから目線を下に向けた瞬間に突然叫んで……。


 あ……れ? そういえば最初、耶千さんわたしのこと見てた。わたしも耶千さんのこと見てたっていうか、目を逸らせなかったんだ。けどおかしいくない? わたしを狙ってたんなら、目が合った瞬間に叫ばない? 躊躇なく鎌を振り上げない? でも耶千さんはそうしなかったんだよ。そう、耶千さんが叫んだのは目線を下に向けた時、わたしの足辺りを見た時。だとしたら耶千さんの目に写ってたのは……わたしの左足、火傷の痕……? だったら、もしかして耶千さんが見つけたのは、憎しみを感じたのは……たぶんわたし自身じゃなくて……左足首にある火傷の痕?


 その瞬間、また頭の中に記憶が浮かんでくる。今度はついさっき、耶千さんに追い詰められて、尻餅をついたまま動けなかった時の光景。


 ゆっくりと追い詰められて、近付いて来て、殺されるって思ってた。けど、耶千さんは持ってた鎌でわたしの左足首をなぞって……しばらくそこを見てて、それで鎌を振り上げた時、宮原くんが来てくれたからわたしは助かったんだ。でも、思い出せば必ず左の足首……というより火傷の痕を見てる?

 頭の中に浮かんできた記憶。それらを紐解いて、必死に考えて、自分なりに辿り着いた。それは耶千さんが必ずその人物の左足を見るって行動……。


 たしか……、宮原くんも言ってた。


『犯人は着物の女に向かって叫んでたんだけど、いきなり何にも話さなくなって。そしたらさ、着物の女がいきなり、持ってた鎌で犯人の足を切りつけたんだ』


 それに、さっき殺された女の人。あの人の前に立って、鎌で足の辺りを撫でるようにしてて……しばらく見てたと思ったら、いきなり切った……。やっぱり耶千さんは、人の足……そこにある火傷の痕を……探してたんだ。

 その答えが頭のに浮かんだ瞬間、さっきまで嫌みたいに感じてた胸のざわつき、モヤモヤ。それらがスッてなくなっていく。


 左足に火傷の痕がある人……それを探している耶千さん。接点がほぼなくて、火傷の痕があったから襲われたわたし。けど、目の前の左足に火傷のある式柄村の人物。その人はおそらく三家の人で、おそらく儀式中に外へ出ても違和感のない人物で、もしかしたら御神殿から最初に逃げた人で……。もしかしたら……もしかしたら……儀式の失敗に関わっているかもしれない?


 もちろん、これは全部わたしの想像でしかなかった。証拠っていう証拠も全然ないし、否定されたら何も言えない。だから……だったら……。


 本人の口から言わせるしかない。


「おい! お前さっきからなにじろじろ見てる! 稀人はさっさと宵ノ谷に行って彷徨い続けろ!」


 目の前の……その容疑者が、変わらない口の悪さでわたしをまくし立てる。


「この儀式が失敗したのも、赤い月だって全部お前らのせいだ! 村の連中が頑張ってるのに、全部お前ら稀人のせいで!」


 失敗……赤い月……村の連中? わかりました。本当にそう思っているのか、感じているのか。教えてください。

 真っ直ぐ、寿敬さんの目を見て……わたしは口を開いた。


「咲送りの儀式」


「はっ、はぁ? お前何言ってやがる! 大体なんで稀人のお前がそれを……、佐一!お前もしかして」


 苛立ちの矛先が佐一くんに変わる。けど、わたしはそんなことお構い無しに話し続ける。


「御神殿」


「おっ、お前! 稀人の癖になにを口にして!」


「太鼓の音」


「なに言ってやがる!」


「桜色の月」


「ふっ、ふざけるな」


 寿敬さんの表情が少し変わった。やっぱり心当たりある感じかな?


「赤い月」


「うるさいぞ、黙れ!」


「頭に袋」


「なっ、なにを」


 少し開いた間。そして、明らかに変わった表情。口が少し開いて、睨みつけるような目が少し見開いて、それは分かりやすい……動揺だった。


 来た! 明らかに動揺してる。ってことは、やっぱり何かしらに関わってるんだ……もう少し揺さぶってみよう。


「白巫女」


「いっ、い……」


「式柄守耶千」


 その名前を言った瞬間、寿敬さんは何も言わなくなった。目尻は下がり、開いたままの口。肩が上下に大きく揺れて、苦しそうな……わたしを警戒しているような、そんな姿を見せる。その姿は、


 寿敬さんは儀式に……儀式の失敗に関わってる!


 そう確信するには十分だった。だけど、やっぱり証拠はない。様子だけじゃなんの解決にもならない。認めさせたい、理由を聞きたい、情報が……聞きたかった。


「左足首」


 寿敬さんの顔が一気に引きつる。そして額に流れる1粒の汗。


「火傷の痕」


「おっ、おまえ……どこまで知ってるんだ……どこまで知ってるんだ!」


 体は震えて、それを止めようとしたのか、辺りに響く怒鳴り声。けどそれに力はなくって、わたしが想像していたことのほとんどが正しかったって返事のように聞こえた。


「全部」


 それを口にした瞬間、寿敬さんは顔をうつむかせた。そして、少しの空白の時間が生まれる。




 ここまで来たら、やっぱり間違いないよね。あとはどうやって本人の口から……


「くっ……くくく……」


 それは、意外なことだった。


「くはっ、くはっはっはっは! はーはっはっはー!」


 寿敬さんが空を見上げて笑い出す。それはまるで狂ったかのような、何かに吹っ切れたかのようなそんな甲高い笑い声だった。


「はっはぁ。そうだ……俺が、俺が儀式の邪魔したんだよ」


 認めた……。

 それはわたしにとって1番聞きたかった言葉だったはず。けど、寿敬さんはそれをあっさり認めて、拍子抜けというより逆に、一気に不安になって来る。


「どうして……?」


「どぉしてぇ? はっ! あいつが気に食わねぇからに決まってんだろ?」


 あいつ?


「俺は昔っからあいつのことが気に入らなかった。年が近けぇってだけで本家のあいつと比べられて、皆言ってたよ、清寿は凄い。清寿くんは頭がいい。清寿さんはカッコいい。どいつもこいつも清寿! 清寿! 青寿!」


 清寿って……たしか耶千さんと千那ちゃんのお父さん?


「親父にも、お袋にもことあるごとに言われたよ。耳にたんこぶが出来るぐれぇなぁ! お前にわかるか? そいつのようになれるようにって、そいつの漢字一文字を名前につけられた、おれの気持ちが!」

「だからよ……やったんだよ。まぁ考えたのは俺じゃねぇけどよ、まぁんなことはどうでも良かった。村の大事な儀式、あいつが仕切る儀式が失敗したら、あいつはもうこの村には居れねぇ。だからやったんだよ! ぶち壊したんだよ!」


 寿敬さんの語った言葉、それが余りにも衝撃的で……わたしはそれを黙って聞いていた。心の奥底からこみ上げてくる、何かを抑えながら。


「それで……儀式をめちゃくちゃにしたの?」


「あぁ、そうだ。最高だった! 俺が本殿に入った時のあいつの顔、慌てふためくあの顔! 心の底から笑わせてもらったよ。けど、それだけじゃ足りなくてな……俺の恨みはそんなんじゃ晴れねぇんだ。だからよ……切ってやった! あいつを、それも娘の前でなっ! はーはっはっはっ」


 抑えつけていた、こみ上げてくる何かが少しずつ溢れていく。


 嘘でしょ……? 真千さんも剛さんも佐一くんも、村の人皆がこの儀式を迎えれることを光栄に思ってたのに……失敗できない使命感で一杯で、たくさんの思いを懸けていたのに……。

 耶千さんは、白巫女って大役を任されて、皆からの期待を背負って……生きるか死ぬか分からない儀式に身を捧げたのに……。

 こんな……こんなくだらない。こんな子どもみたいな。こんなちっちゃな理由で、大切な儀式を失敗させて……。村の人の……真千さんや剛さん、佐一くん……そして耶千さんの気持ちを……思いを……踏みにじったの?


 その瞬間、抑えてた何かが……一気に溢れ出した。目からこぼれる涙が熱い。力を込めた両手が痛い。目の前のそいつが憎くて……悔しくて。わたしはゆっくりと近付いていく。


「なっ、なに泣いてんだおまへっ!」


 何かに驚いたように、寿敬さんは途中で話を止めた。


「みんな死んだ、みんな死ぬんだ。あんたのせいで」


「やっ、やめっ……」


「耶千さんはあなたを絶対に許さない……どこまでも絶対に……」


 感情のまま口から出た言葉、それを聞いた寿敬さんは体を震わせて、ゆっくり後退りしていく。


 逃げたきゃ、逃げればいい。逃げればいい。


 あと少し、あと少しで寿敬さんに届きそうな時……それは一瞬だった。


 井戸を背にして、必死に逃げるように後退りしていた寿敬さん。その体が、ゆっくりと後ろに倒れていく。何かにつまずいたのか、それは分からない。けど、その重心が後ろに向いて頭が……肩が……背中が順番に後ろに倒れていく。そして、腰が……井戸の木の部分に乗っかって、回るように上半身が井戸の中に消えていく。そうなったら最後、重力には逆らえない。抵抗する間も無く、上半身に付いて行くように寿敬さんの下半身も消えていく。


「うわぁぁぁぁぁ」


 最後に残ったのは、井戸に響く叫び声だけだった。




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