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宮原少年の怪奇譚 ~桜無垢の巫女~  作者: 北森青乃
第3章 渦巻く思惑
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あなたは?

 



 佐一くんの後を追って路地を走り抜けたけど、意外と建物が少なくてすぐにちょっと拓けた場所に出た。左にはさっき見てた式柄守家、その上には御神殿。そして目の前には横切る川っていうか用水路に、草の生えた壁がある。


 この壁の上が、右代守家に続く道ってことだよね……。

 目の前から横に続いてる壁は、よく見ると少し角度がついてて、斜面って言った方がいいのかもしれない。けど、駆け上がれる程の角度でもなくて、見ただけでそれは無理だってわかる。


「お姉ちゃん、こっちだよ」


 その声がする方へ顔を向けると、用水路を隔てた先で佐一くんが手招きしていた。その足元には板が敷かれてて、その上を通ったんだと思う。それを確認したわたしは、佐一くんの方に向かって小走りで駆け寄ると、その板の上を軽く通り過ぎた。


「この坂道から上に行けるよ。来て」


 そう言って、走り出す佐一くんの先、そこには斜面と用水路の間に作られた坂道があって、少し先の方で1本の道になっているのが分かる。そしてその坂を登るにつれて、だんだんと見えてくる右代守のお屋敷、そこにさっきの人がいると思うと、鼓動が自然と早くなってくる。そして、


 あれが、右代守家。

 坂を登り切ったわたしの目の前に、その右代守家のお屋敷は現れた。本当にそこまでは一本道で、右には沢山の木、左は斜面になっていてその下には田んぼのみたいなのが広がっていて、村を見下ろすって表現の意味が改めて分かる。


「あそこだよ」


 坂の上で待っていてくれた佐一が、お屋敷の方を指差す。そこへ続く道にはもう誰の姿もなくて、その先見える明かりが、今お屋敷に誰かがいるって教えてくれる。


「じゃぁ、行こうか」


「うん」


 緊張と恐怖が入り混じる中、わたしはゆっくりとその道を歩き出した。


 誰かいたら……話してくれるかな? 怪しまれて逃げられそうだけど……。それにもし襲われたらどうしよう……。まず、佐一くん守らないと、刃物持ってたらかなり危険だけど……目の前で誰かが傷付くのはもう嫌だから。

 出来るだけどんなことが起きても大丈夫なように、頭の中で必死にシミュレーションを重ねていく。もし襲われたら、もし逃げられたら……。もちろんその通りに動けるなんて思ってはない。けど、少しでも考えれたら、少しでも想像できてたら、何も出来ないよりはましだと思う。それにここは……この村は有り得ないことが、信じられないようなことが当たり前のように起こる。それは身をもって経験した事実だった。


「お姉ちゃん? なにぶつぶつ言ってるの?」


「えっ、あぁなんでもないよ! それより佐一くんこっちのいっぱい木が生えてるとこなんだけど、この先ってどうなってるの?」


 急に聞こえたその声で、わたしの意識はシミュレーションの世界から現実に戻された。たぶん無意識に、それも佐一くんが聞こえるくらいの声で独り言を話してたんだと思う。横を歩く佐一くんが心配そうにこっちを覗き込んでいた。


 わたしは、そうだってわかった瞬間少し恥ずかしくなって少し歩く速度を早めた。それに佐一くんにはこれ以上心配掛けたくなくって……それで話題をなんとか変えようと、とっさに目に入った左側の沢山生えてる木のことについて投げ掛けていた。


「ここはね、御神林(ごしんりん)って言うんだ。御神殿の横に続いているから、そう呼んでるみたいだけど……あのね、この林の向こうには宵ノ谷って深くて大きい谷があるみたいなんだ」


 宵ノ谷……たしか剛さんが言ってたっけ。儀式をしなくちゃいけない原因、稀人が現れる要因……。


「その谷には悪いお化けが沢山集まって来るから、それが村に来ないようにこの御神林が守ってくれてるんだって。でも実際に宵ノ谷見たことないんだ……けど、爺ちゃんが言ってたから本当なんだよ」


「へぇ、そうなんだ。じゃあ皆にとって大切な場所だね」


「うん!」


 大切な場所か……。あれ? この道……確かに一本道だけど、もしこの林の中に入ってたら……逃げれる?


「ねっ、ねぇ? 佐一くん。この林の中通って何処かに行ったりはしないのかな?」


 それまで全然気にも留めてなかった。確かにこの道は一本道で、行く先は右代守家しかない。分かれ道とかそんなものは見当たらない。そう道は見当たらない。けど、この林の中……そこに入ることは可能なんだ。例えばこの林の中を通って、御神殿に行ったり……その逆も。


「そんなこと村の人はしないよ!」


「えっ?」


 自信満々に答える佐一くんに、良い意味で驚いてしまう。


 なんだろう……この自信。


「村の決まりなんだ、この御神林には絶対に入っちゃいけないって。僕たちも散々母さん達に言われてるし、それに清寿(せいじゅ)さんも直々に言われてるしね」


 清寿さん……?


「そうなの? そういう決まりがあるんだね。ところで清寿さんって……?」


「式柄守家の偉い人だよ。千那と……耶千姉さんのお父さん」


 耶千さんの名前を口にした瞬間に、弱々しくなった声。さっきまで見せていた顔が途端に変わっていくその姿が、まだ佐一くんがショックを受けてるんだって感じさせる。


 やっぱり、相当ショックだったんだ……。それに忘れろっていう方が無理だよね。


「ごめんね……思い出させちゃって」


「ううん、大丈夫」


 話逸らした方がいいよね?

 そんなことを考えてた時だった、


「でもね、耶千姉さんは本当に優しかったんだ」


 佐一くんの声が少し明るくなったと思うと、少し笑顔を見せながら耶千さんのことを話し出した。そんな様子に少し驚いたけど、わたしはそんな佐一くんの話をただただ聞いていた。


「千那とは同じ年でさ、よく一緒に遊んでるんだ。ホントに男っぽくて、うるさくってさ……でも、それはそれで皆一緒になんでも、どこでも遊べるから楽しいんだぁ。それで、耶千姉さんはそんな僕たちを毎日笑顔で見ててくれた。真面目で、静かで、優しくて。お淑やかっていうのかな? 千那とはまさに正反対って感じ」

「それに、村の人皆が耶千姉さんを好きだったんだ。性格も、みんなとの会話も大好きで、心地よくて。本家の人だけど、村の大人にしたら娘みたいで、僕たちからしたらお姉ちゃんみたいな存在だった。そんな……そんな人」


 真面目で、優しくて、お淑やかか……おまけに器量まで良いなんて、まさに大和撫子って感じだよね。


「だからさ、さっきの耶千姉さんは耶千姉さんじゃない、だれか違う人が耶千姉さんに取り憑いてるんだよ。そうとしか思えない……耶千姉さんはあんなこと絶対しないもん。そんな耶千姉さんを……僕助けたいんだ。さっきお兄ちゃんがお姉ちゃんを助けたみたいに……僕、耶千姉さんを助けたい!」


 佐一くんの眼差しが、わたしをじっと見つめてる。こんな小さな子にそこまで決意させる、式柄守耶千って人がどんな人だったのか、どれだけの人だったのか……佐一くんの話を聞いただけでなんとなく分かるし、そんな彼女を少し羨ましく思ってしまう。


「そっか、そうだよね。みんなから慕われてたんだね……だったら佐一くん、耶千さんを助けるのに協力してくれる?」


「もちろん! 僕なにもできない……けど、それでもお姉ちゃんたちの力になるから」


 佐一くんのやる気に満ちた眼差し。それはすごく綺麗で、わたしの心を癒してくれる。それに、本当に真言がすぐ横に居てくれるみたいで、それがわたしを強いお姉ちゃんを見せたいって気持ちにさせる。


 それにしたって、だったら尚更儀式が失敗したのかが分からないよね。宮原くんの考えだと、耶千さんがなにかを探してて、それが原因って言ってたけど……佐一くんの話す限り、おそらく村人達からの印象も良い感じだったはずの耶千さんが、儀式を失敗するぐらいの何かって……心が揺れる何かって一体なんだったんだろう。皆からの期待っていうプレッシャー?


「お姉ちゃん、あそこ」


 佐一くんの声が耳に入ってきた瞬間、私たちの目の前に何かがいるってなんとなく分かった。それに、さっきの力を込めてたものとは違う囁くようなその声が、その何かが明らかに怪しいってことを伝えているような気がして、それを確かめようとゆっくりとお屋敷の方に視線を向ける。


 人……? なんかうずくまってる?

 視線を向けた先には、確かに人のような姿は見える。お屋敷の庭っぽい場所にに入ってすぐのところ、なにか太い木のようなものに手を掛けて、背中を丸めているようなそんな姿。そしてその上には小さな屋根があって、そこからなにかがぶら下がっていた。


 あれって、もしかして井戸?

 音を立てないように静かにゆっくりとその人に近付いていくにつれて、手を掛けていた木の部分が見えてくる。太い木で周りが囲まれて、その間には薄い板。それに、その人の手の先の方は真っ暗で、下の部分が空洞になってるってわかる。


「……そ」


 そんな時だった、近づくにつれて断片的に聞こえてくる声。


「……ない」


 その声は、男の人のような声だけど、もちろん佐一くんじゃない。


「……れたのか」


 なにかしゃべってる? まだちょっと聞こえないな。

 さっきよりは聞き取れるようになってはきたけど、それがどういう意味なのかはわからない。


「まさか……」

「ありえな……」

「こんな……んて」


 やっぱり……なにかしゃべってる。独り言みたいに……。まさか? ありえな……? ありえない?


 その人物との距離がどんどん近付いてきて、わたしたちはついに、ほんの数メートルのところまで辿り着いた。そして、さらにも近付こうとした時だった、


「くそ……あんなことになるなんて……」

「言い伝えが本当だったなんて……くそくそ」


 その人物の言葉を聞いた瞬間、わたしは右手を佐一くんの目の前に出して、進むのを止めた。言い伝え……その言葉が気になって、その人の独り言をもう少し詳しく聞きたかった。


「どうする……? あいつ俺のこと」

「きっと来る……殺される」

「目が合った……必ず俺のところに……くる……」

「どうする……どうする……どうする……」


 あいつ? 殺される? 目が合った? 俺のところに来る?

 今この状況で、殺されるとしたらその人物は1人しか思いつかない。けど、それより気になったのは目が合ったってこと、それと……必ず俺のところに来るってフレーズ。


 目が合ったってことは耶千さんの近くにいた? てことは御神殿にいた? だとしたらこの人が最初に逃げ出した人? でも逃げて来たはずなのに、必ず俺のところに来るって確信を持ってるってことは……もしかして……もしかして……。


 頭の中に1つの考えが浮かんでくる。その時、わたしの心臓は速くなってきて、鼓動が体全体に響き渡る。その考えがもし本当だとしたら、わたしの考えが当てはまっているなら、もしかしてこの人が……


 儀式を失敗させた……?


 それは自分の考え、確証なんてないあくまで推測。けど、もしかしたら……そんな思いで頭の中はいっぱいだった。


 違うかもしれない、けどもしかしたら本当にそうなのかもしれない……。だとしたら……だとしたら……聞きたい、聞きたい、聞かなきゃ……本当のことを……。儀式を失敗させた? させてない? 関係あるの? 関係ないの? ねぇ? どうなの? どっちなの? あなたは……あなたは……あなたは……


「あなたはだれ?」




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