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宮原少年の怪奇譚 ~桜無垢の巫女~  作者: 北森青乃
第2章 月栄え桜染め
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えぐられる心

 



 あぁ、中途半端な人生だった。理想を熱く語るだけ語って、結局東京の大学にも行けなかったし、働くことも出来なかった。唯一続けてきたバスケも怪我で中途半端に辞めちゃったし、結局おれは自分に課してきたことを何1つやり遂げることが出来ないまま、中途半端に死んでいくんだ。あぁ、良いことないまま終わっちゃうのか……、それなら彼女の1人や2人頑張って作ればよかったなぁ。あっ、2人だとあれか…………って、


 目を閉じてから、どのくらい経ったんだろう。あの振り下ろす速度と距離だったら、その刃先を感じてもいい頃なのに、一向にその気配がない。


 あ……れ……?

 そんな疑問が頭を過ぎると、おれはゆっくりと目を開けていった。目の前にぼやけた景色が徐々に姿を現したけど、そこに赤い色が見えるのは確かだった。そしてそれが耶千さんだってことも。


 耶千さんはいる……でも、たしか鎌振り下ろしてたよな?

 だんだんと鮮明になってくる景色の中、おれが探していたそれはすぐ目の前にあった。鎌の刃がおれの丁度目の前で止まっていて、刃先に付いた血のような汚れがハッキリ見える。


 うっわ。

 その近さとその汚れを目にした瞬間、自然と目が見開いて一気に鼓動が早くなる。なんで止まっているのかは分からないけど、目の前のそれがおれを狙い続けているのには変わりなかった。でも、それが動く気配は感じない。


 止まってる……? なんでだ?

 普通だったら生きてることを喜ぶのかもしれない。もちろん嬉しい、だけどそれ以上になんでおれが生きてるのか、なんで鎌が目の前で止まっているのか。分からなくて、それを確かめようと耶千さんの顔に視線を移すと、長い髪の間から見えたのは半開きの口とおれの方を凝視している見開いた目だった。


 うっ! めっちゃこっち見てる……けど、ん? なんかに驚いてる。

 その表情が、さっきまでおれ達を追っかけていた時と違うのはすぐに分かった。けど、なんでおれを見ながらそんなことになっているのかなんて分からないし、見当もつかない。


 おれの顔……? なんか付いてる?


「せ……」


 不思議に思いながら耶千さんの顔を見ていた時だった、半開きのまま微動だにしなかった口が薄っすらと動いたと思うと、それと同時にかすれるような声が聞こえてくる。


 せ?


「せ……た……。せ……ん……た?」


「せ、ん、た?」


 せんた? せんたって……誰かの名前か?

 だんだんと聞こえてくる声が、そう言っているのは分かった。そして、だんだん大きく、はっきり聞こえてくる声と比例するように耶千さんの唇が震えてきて、最後に聞こえたその名前みたいな言葉は、完全に震え声だった。けど、それが名前だとしても何のことさっぱりだし、しかもおれを見ながらそう話してるのが相俟って余計に分からない。


 なんだ? おれの方ずっと見て……。せんた? もしかして誰かと勘違い……


「う……そ……。うそ……よ」


 その様子にどうしていいか戸惑っていた時だった、おれの顔を見ながら立ち尽くしていた耶千さんが、震えた声で話し始めたと思ったら、おれの目の前で止まったままだった鎌をだらりと下ろして、ゆっくり後ずさりしていく。


「まさか……。本当に……」


 驚いたような表情はそのままに、耶千さんはどんどん後ろに下がっていく。


 なっ……なんだ? 人の顔見てたと思ったら……。


「あっ、あぁ……。あぁぁぁぁぁ」


 耶千さんが言葉にならない何かを叫んだ次の瞬間、いきなり後ろを振り返ったと思うと、そのまま急ぐように走り出す。いきなりの状況におれはただ走り去っていく姿を見ていることしかできなくって、耶千さんはそのまま目の前の路地を右に曲がると瞬く間に見えなくなってしまった。


 なんなんだよ。訳分かんねぇ……。けど……。

 一気に静かになったその場に、おれはただ立ち尽くしていた。耶千さんがおれの顔を見て、いきなり止まったことも、そのままなぜかいなくなったことも、その理由も意味も全然分からない。そんな状況に少し動揺していたけど、ただ1つだけ確かなこともあった。


 なんとか生き延びた……

 意識がある。五体満足でここに立っている。その事実を確認したとき、一気に、


「はぁぁ」


 安心感に包まれたおれは、大きなため息を口から吐き出していた。そして張りつめた緊張感、それを出し切って体が解放されたと思った瞬間、


 あっ、桃野さん!

 安心しきった頭の中に後ろで座っているはずの桃野さんが浮かび上がる。そして思い出したその姿を確認しようと急いで後ろを振り向くと、そこには壁に寄り掛かった桃野さんが顔をうつ向かせたまま座っていた。


 よかった……怪我はないみたいかな?


「桃野さん。よかった……無事で」


 その姿を見た瞬間に、自然と笑みがこぼれた。けど、そんなおれの声が聞こえてないのか、桃野さんはうつむいて黙ったままだった。


 あれ? あっ、まぁあんだけ至近距離で鎌振り下ろされたら、誰だって怖いし……それがすぐ消えるわけないよな……。

 ピクリとも動かない桃野さんを目の前に、おれはこれ以上無理に声を掛けるのを止めた。まだあの恐怖で怯えてるならそっとしておいた方がいい。無意識のうちに感じ取った行動だった。


 仕方ない……。あれ? そういえば……佐一は?

 そして、その無意識の行動が一緒に走っていたはずの佐一の存在を思い出させてくれた。だけど、ゆっくり辺りを見渡して見ても、それらしき姿は見当たらない。最悪な結末、それが一気に頭の中を駆け巡る。


「桃野さん……佐一は?」


 その不安に耐えきれなくって、おれは桃野さんに問い掛ける。けど、依然として桃野さんは黙ったままだった。


 やっ、やばい……。もしかして本当に……。


 嫌な予感が当たった……。そう思った時だった。


「おっ、お兄ちゃん。ここだよ」


 どこからか、小さい佐一の声が聞こえてくる。その声が耳に入った瞬間、おれは四方八方をくまなく探していた。


 さっ、佐一? どこだ?


「ここだよ……」


 さっきよりはっきり聞こえる佐一の声。その声を辿るように左の方へ視線を向けた時だった、少し先の方にある井戸の裏っ側。そこから少しだけこっちを覗いている顔。その見覚えのある顔、それまさしく佐一本人そのものだった。


「さっ、佐一! 無事だったのか」


 その顔を見た瞬間、思わず口から声がこぼれる。もしかしたらって最悪な予感が外れたことがこんなに嬉しいとは思わなかった。そして、なにより怪我もしてなさそうな姿を見れただけで嬉しかった。


「よかった……。桃野さん、佐一。みんな無事でよかったよ」


 そんな嬉しさを噛み締めるように、おれは少し興奮していた。


 佐一が無事なのを知ったら、さすがに桃野さんも反応してくれるよね?

 そんなことを思いながら、うつむいたままの桃野さんに向かって明るく話し掛けていた。けど、その言葉を聞いても、桃野さんはなんの反応もしてくれない。


 あれ……? 桃野さんあんなに佐一のこと気に掛けてたのに……無反応? えーっと……どうしたらいいんだ? とっ、とりあえず明るく話して、気分落ち着かせるしかないかな?


「あっ、あれだよね。いきなり追い掛けられた時はびっくりしたよね。まぁ何とか逃げ切れたし、よかったよ。あっ、あと桃野さん怪我とかない? 大丈夫?」


 なんとか明るく振る舞って気分を落ち着かせようと話し掛けたけど、桃野さんは相変わらず何も答えてくれないし、反応すらしてくれない。


「いっ、いやぁ。それにしてもこれからどうしよう? あの赤い着物の人が耶千さんだったなんて信じられ……」


「もう嫌ぁ!!」


 おれの言葉を遮るように、響き渡る桃野さんの叫び声。その声に、一気に背中に寒気が走ったと思うと、目の前で両手で頭を押さえこむ桃野さんの姿が、口から出かけた言葉を消してしまった。


「なんで! なんで? みんなが呼んでるからっ、わたしを呼んでるから! だから湖の中に入って死んだのに! 目を覚ませば目の前にパパもママも、真言もおばあちゃんもいて、みんな笑顔で迎えてくれる……そう思ってたのに! 1868年? なによそれ! こんな訳分かんないとこで、意味分かんない命令されて! パパもママも、真言もおばあちゃんも誰もいない! それに、こんな変な村まで来て、変な儀式に巻き込まれて、変な奴に鎌投げられて、狙われて……怖い思いしたのに、なんでまたあんな意味分かんない奴に殺されかけなきゃいけないの! もう……意味分かんない。わたしが……わたしが行きたかったのは……」


 みんなが呼んでる……? 湖の中に入って死んだ……? でも桃野さん、家族で湖に来て溺れたって……。

 桃野さんの叫んだ言葉、それが衝撃的すぎて頭の中が混乱する。


 しかも、意味分かんない命令されて、こんな変な村まで来て、変な儀式に巻き込まれてって……桃野さんは元の世界に帰る気なんてなかった? ただ家族を捜したいから……その為だけにおれに付いて来たってこと……?

 一緒にここがどこなのか考えた。耶千さんを助ける方法を考えた。真千さんに話を聞いて、どうしたらいいのか考えた。一緒にここまできた。たくさんおれを助けてくれた……けど、それは元の世界に戻る為じゃなくて、家族を捜す為だった……? そんなことが頭の中でグルグル回って、うまく考えられない。今までの桃野さんの行動が言葉が、その全てが嘘だったのか……それが信じられなくって


「もっ、桃野さん……」


 やっと口から出た言葉は、弱々しくって。でも、どこかで冗談だって言ってもらえるような期待を込めていた……けど、


「もう……放って置いて!」


 その桃野さんの言葉が耳に届いた瞬間、放って置いてって言葉が……桃野さんの本音だって分かった瞬間、おれはそんな桃野さんに掛ける言葉がなかなか見つからなかった。そして、ここまで無理やり連れて来たことへの申し訳なさと、頭に残る桃野さんの本音が入り混じって、


「そっか……ごめんね」


 やっと口から出たそれを呟くと、おれは後ろを振り向いて歩き出した。恥ずかしさが、虚しさが、悲しさが……その全てが嫌で、この場から一刻も早く消え去りたかった。


 元の世界には帰りたくない……家族のところに行きたい。放って置いて……それが桃野さんの本心だったんだ。だったら、一緒にいれない……いちゃいけないんだ。必死でおれが考えて、話したことも桃野さんはどうでもよかったんだ、それを馬鹿みたいに頼られてるって勘違いして……浮かれて……。


 おれって……本当に……






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