後ろで見てたのだあれ?
「あの赤い着物の人……あの人が……耶千姉さんだよ……」
信じられないって表情の佐一が、震えるような声で呟く。それを聞いたおれはすぐに佐一の方に体を向けたけど、何を言っているのか分からなくて、、
あの人が……耶千さん? 白巫女を任された……千那が助けてほしいって言ってた耶千さん……? 嘘だろ? 嘘だろ?
その言葉を信じることが出来なかった。
「うっ、嘘だろ? 冗談だろ……?」
重い口を無理矢理開けて、佐一に話し掛けたけど、普通に話しているつもりなのに声が震えてしまう。
「本当だよ……。あんなに髪が長いのは、耶千姉さんしかいないよ……。それに、着ていた着物……あれ、白巫女だけが着れる白無垢なんだ」
「いっ、いや。髪長くたって……顔はっ? ちゃんと見てないだろ? それに着物だって佐一の見間違いって……」
「腰まで髪を伸ばしてるのは耶千姉さんだけなんだよ! 村人ならみんな知ってるんだ! それに、着物だって、耶千姉さんが御神殿に入る前に、家から出てきて村人みんなの前でお披露目してたんだ! あんな綺麗な白無垢の格好、見間違えるわけない!」
怒鳴るような大声で、おれをまくし立てる佐一。その様子の変化に驚いたおれは、黙って見ていることしか出来なかった。そして、少し間が開くと、
「けど……信じたくないよ。あんなに優しかった耶千姉さんがあんなことするなんて……。それに打掛も……掛下だって真っ赤になってるし……」
佐一はまた泣き出しそうな表情を浮かべて、そのままうつむいてしまった。
「佐一……」
その姿におれは掛ける言葉が見つからなかった。
佐一の取り乱し方、尋常じゃない……。だとしたら、本当にあの赤い着物の女が耶千さんなのか? もしそうなら儀式は……失敗した? けど何が原因で? 赤い着物の女が原因だと思っていたのに、それが耶千さんなら、なんで儀式は失敗したんだ?
うつむいたままの佐一を目の前に、色んな考えが頭の中で混ざり合っていっぱいになる。せっかく解けてきた糸が、ぐちゃぐちゃに丸められてまた絡まってしまうような、そんな感覚に襲われる。
まずい……。なんとか整理しろ……考えろ。
まず、赤い着物の女は耶千さん……これは佐一の様子からして間違いないと思う。そうなると、あの洞窟の前で犯人を殺したのも耶千さんってことになる……? おれが見た着物とかあの笑い方……さっきの着物の女と同じだったし、あの異様な容姿を忘れられるわけがない。だったら、耶千さんはなんであの洞窟の前に来た? あの格好でどうやって来た? あんな目立つ格好で村を通れるとは思えないし、さっき佐一は御神殿に入る前に、本家から出てきてお披露目したって言ってたよな? だったら尚更家から抜け出すなんて無理じゃないか? それに、佐一はあの着物が白無垢だったって言ってたよな……? 少なくともお披露目の時には……、だったら赤くなったのは儀式の最中って考えるのが普通だけど、その儀式が始まる前に、おれが見た着物の色は既に赤かった。それってどういうことだよ……そもそも、なんで赤くなったんだ? 時系列がおかしすぎる。
知っている情報を整理しようとすればするほど、それらがおかしくてうまく繋がらない。
耶千さんが洞窟の前に来たこともありえないし、着物が赤くなったのもありえない……けど、おれはこの目で確かに見たし……まてよ? 佐一は耶千さんが着てた白無垢と、さっきの赤い着物が同じだって言ってたけど、遠目から見ただけで同じだって分かるのか? 刺繍とかあるならまだしも、見た感じそんなものは見当たらなかったし無地だった気がする。もしかして、少し似ているだけの赤い着物だとしたら……御神殿に行く前に、赤い着物を着て本家を抜け出して犯人を殺す。そして戻ってきて白無垢に着替えれば……それなら説明がつく! けど、もしそうだとしてもなんで耶千さんはあの犯人を殺す必要があったんだ? どうして時間もない中であの洞窟のところ……。
『実はね……昨日のことなんだけど、うちの鍛冶場に誰か忍び込んだみたいなの』
『鍛冶で使う道具とか、竃の前に置いてた炭なんかが散らばってて、誰かが入ったのは一目瞭然だった。』
その時だった、頭の中にすっと真千さんの言葉が浮かんでくる。
昨日誰かが忍び込んだ?
『明らかに何かを探してたようなそんな感じだった。今までそんな経験もなかったし、あたしは村の誰かが忍び込んだんじゃないかって、剛ちゃんにも言ったんだけど』
何かを探していた……? 今までに経験がない……? はっ、もしかして!
真千さんの言葉と今の状況、それを結びつけたときに頭の中に1つの考えが浮かんできた。
真千さんの話を聞いたとき、おれはその忍び込んだのが赤い着物の女だと思ってた。けど、それは半分合ってたんだ。たぶん、昨日鍛冶場に忍び込んだのは赤い着物を着た耶千さんで、何かを探してた。その探してた物を、おれは赤い着物の女が持っていた鎌だと思ってた……けど、たぶん違う。本当に探していたものは鎌じゃなくて、たぶんその時は見つからなかったんだ。けど、耶千さんはどうしてもそれが必要で諦め切れなくって、だから一か八か本家を抜け出してもう1度鍛冶場に来たんじゃないのか? そして、その瞬間をあの犯人に見られた……、だから追いかけて……殺したんだ!
その考えが浮かんだ瞬間、頭の中が一気に冴え渡るような感覚に襲われる。目の前の出来事にみんなの会話。その全てが噛み合って、矛盾点は見当たらない。そんな考えを導き出した自分に少し興奮さえする。
これだったら、おれが見た赤い着物の耶千さんも、犯人を殺した理由も、佐一が見た白無垢の耶千さんもそのすべてに説明がつく。けど、最後に大きな疑問が残ったな……耶千さんがそこまで必死に探していた物っていったい……
「きゃぁぁぁ」
突然耳に響く叫び声に、背中にぶつかる感覚と伝わってくる体温。それらすべてを感じ取った瞬間、おれは顔をその方向へ向けていた。そして、その目の前にあったのは桃野さんの後頭部。そしてその左脇と上から見えたのは、長い髪の間から左目だけが見えている、赤い着物を着た耶千さんだった。
っ!!
真っ赤な着物に右手に持っている鎌。そして、髪の間から見える真っ赤に充血した右目。間近で見るその異様な風貌に言葉さえ出なくて、その顔から目も離せずにいると、
「なんだ……まだ、たくさ……」
赤い着物の女……耶千さんがゆっくりとなにかを話し始めた……そう思った瞬間だった、
「みつけたぁぁぁぁ!」
突然耶千さんの右目がかっと見開き、大きな叫び声が耳の中を通って頭に響く。何がなんだか分からなくて唖然としていると、耶千さんが右手に持った鎌を振り上げる。
あっ!
その光景が目に入った瞬間、周りの景色が動きがまるでスローモーションのように遅くなる。そして、これから桃野さんがどうなるのか、どうするべきなのか、それを一瞬のうちに頭の中で感じ取っていた。
やばい! 桃野さんが切られる!
そう思った瞬間、気が付くとおれは桃野さんの左腕を力いっぱい握っていた。そして、無意識のうちに前のめりになりながら、視線を川の方へ向けると、目の前でしゃがんでいた佐一の右手を掴む。そして両手に渾身の力を入れて、2人を思いっきり引っ張り上げるように立ち上がると、おれは大声で叫んでいた。
「走れっ!!」




