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宮原少年の怪奇譚 ~桜無垢の巫女~  作者: 北森青乃
第2章 月栄え桜染め
32/49

再会

 



 ここを曲がれば川が見えて、その先には御神殿があるはず!


 相変わらず聞こえてくる太鼓の音を耳に、佐一が消えたその路地に向かって左足に力を入れると、上半身を右に捻る。少し足は滑ったけど、自分の目の前には少し広い路地とこっちを向いて立ち止まっている佐一。その先には薄いピンク色に染まった川と松明が見える。


 佐一?

 おれ達を待っていたのか、顔を見た途端に佐一が、


「こっちこっち」


 手招きをしながら小声で話し出した。その様子に少し小走りになりながら佐一の前まで行くと、佐一はゆっくりと後ろを向いて路地の間から顔を覗かせると、


「あれが御神殿だよ」


 そう言って指刺した先。それを見ようと、おれと桃野さんが佐一の横から覗き込むと、左側には村に入る前から見えていた瓦屋根の家。そしてその後ろの方には、まるで神社のような立派な建物が村全体を見下ろすようにあった。


 まじかよ……。近くで見ると、本当に神社みたいだな……。

 他の家とか建物とは余りにも違うその佇まい。一目見ただけで感じるそれに、改めて特別な場所なんだって思い知らされる。


 近くで見たら尚更すごいな……。入口からしてまさに神聖って感じじゃん。

 両側に立てられた松明の明かりが見るからに重厚そうな扉を照らしていて、その姿は安易に誰もが入れないような、そんな雰囲気を出している。そんな場所からなんだか目が離せなくて、少し見つめていた時だった、ギイィという音と共に、御神殿の扉が片方だけ勢いよく開いた。


 ん? 扉が開いた?

 そんなことを思ったのも束の間だった。その瞬間、中から誰かが出てきたと思うと、勢いよく走り出して御神殿を横切るように右に曲がってへ行ってしまった。一瞬の出来事におれはただその光景を見ているだけだったけど、その出てきた人の風貌には違和感しか感じなかった。


 なっ、なんだ今の……。なんか袋みたいなやつかぶってなかったか?

 勢いよく飛び出てきただけでも目立つのに、その人は頭になにか袋……、そう麻袋のような物を被っていた。しかも服装は普通の着物だったのが相俟って、その姿は余計に目に付いたし印象に残って離れない。


「いっ、今出てった人変じゃなかった?」


 思わず、2人に問い掛けてみたけど、


「えっ? なになに? ここからじゃ、御神殿の入り口見えないよぉ。あれ?」


「ごっ、ごめん宮原くん。わたし違うとこ見てた……」


 残念ながら、その姿を見たのはおれだけだった。


「まじか……。今御神殿から人が出てきたんだよ。けど、その人さ顔になんか袋みたいなやつ被っててさ、しかもすごい勢いで走ってったんだ」


「ふっ、袋? それ本当? それだったら、かなり変だよね……着物に頭が袋でしょ……?」


 2人の顔を交互に見ながら話してみたけど、その反応はどっちも同じ感じで、怪しいっていうより半信半疑って様子だった。


「いや、確かに見たんだって……ほら、扉だって開いてるし」


「えっ……? あっ、確かに開いてる。でも、そんな格好……」


 桃野さんはなんか考え込んでるみたいで、口に手を当てながら御神殿をじっと見ていた。いきなりそんな変な奴が出てきたって言っても、この状況じゃ誰だってそんな話信じられないのはなんとなく分かる。でも、確かにおれはこの目で見たし、その姿だってはっきりしている。それを何とか分かってもらいたくて必死だった。


「本当に袋被ってたんだって!」


「ん……だとしたらその人って三家の人だよね? だったら尚更、大事な儀式の時にそんな格好を……」


「ねっ、ねぇ! 二人とも!」


 桃野さんの声を遮る、佐一の声。そして、それが聞こえたと同時に袖を引っ張られるような感覚。


 ん?

 それを感じた瞬間、すぐに佐一の方を見ると、口が半開きでなんか不安そうな表情でおれの方を見ていた。その眼差しは、何か言いたそうなそんな感じで、さらに袖を引っ張るくらいの行動が少し気掛かりだった。


「佐一、どうした?」


 その様子に、おれは少しかがみながら佐一に話すと、ゆっくりと口が開いていく。


「太鼓……」


 太鼓?


「さっきから……太鼓の音が、聞こえないよ?」


 太鼓の音……?

 佐一の言葉が耳に入ってから、おれ達の間に少し無言の時間が広がる。ゆっくりと御神殿の方へ視線を移して、聞こえた太鼓の音を逃さないように耳に意識を集中させたけど、その無言の時間がどれだけ続いても、さっきまで一定の間隔で続いていた太鼓の音は聞こえてこなかった。


 まじか? 本当に太鼓の音聞こえないじゃん。けど、鳴らなくなったって……。

 佐一の言ったことは正しかった。さっきまで鳴っていたはずの太鼓の音が聞こえない、それは事実として目の前にある。けど、それと同時にそれがどういう意味なのか、儀式に関係があるのかないのか、それがすぐには分からなくて、佐一に向かって、


「さっ、佐一。太鼓が鳴り止むってどういうことだ?」


 急ぐように問い掛けたけど、


「わっ、わかんないよ」


 その答えは、佐一ですら分からなかった。


 どういうことだ? もしかしてさっき出てきた奴と関係してる?

 頭に浮かぶさっきの袋をかぶった人物。いつから太鼓が聞こえなくなったのかは全然分からない。けど、さっき桃野さんの言った通り、儀式の最中に出てきて、それこそ大事な儀式とは掛け離れた格好だったさっきの人物が考えれば考えるほどおかしく感じる。


 考えればやっぱりおかしいよな……? あんな格好で儀式の最中に出て……。 儀式の……最中?


 頭の中に、


『儀式の時、太鼓が鳴り続くんだって……』


 さっき佐一の言った言葉が蘇る。


 まてよ? 儀式が始まったら太鼓がずっと鳴り続く? つまり儀式が終わるまでは鳴り続くってことだよな? でも、今はそれが聞こえない……、てことは普通に考えたら儀式は……終わった?

 佐一の言葉と、今の状況。それらを結び付けていくと、その考えが自然と浮かんでくる。けど、


 じゃあ儀式は成功したのか? でも儀式ってそんなに早く終わるもんなのか? どのくらいかかるとかわかんねぇ……。それにだとしたら、あの赤い着物の女はどこ行ったんだ?

 考えれば考えるほど全然噛み合わなくて、ますます分からなくなる。そんな状態のまま、ただただ御神殿の扉を見つめていた時だった。片方の開いたままの扉からまた誰かが出てくる。1人、2人と出てきたその人達は、まるでさっきの人と同じく急ぐように出てきて、そのまま真っ直ぐ走ってきたまで分かったけど、そこから先は本家が邪魔して見えなかった。


 また誰か出てきた?


「桃野さん! 見えた?」


「あっ、う、うん。見えたよ……。2人……男の人と女の人が出てきた……」


 それを見た瞬間、急いで桃野さんの方を向くと、今度ばかりは桃野さんもしっかり見ていたみたいだった。出てきた2人の性別までも口にしている。


「2人……、しかも真っ直ぐ来たよね?」


「うん。てことは……」


 あそこから真っ直ぐってことは……、階段か何かがある? だとしたら……。

 その道筋をなんとなくイメージしながら目で追ってみたけど、その疑問が解決するのにそんなに時間は掛からなかった。目で追った先、本家を囲んでいる板でできた塀の影からその姿が現れる。けど、本家の前に出てきたのは男の人だけ、あと1人桃野さんが言うには女の人の姿はなかった。


 あれ? もう1人は?

 そんなおれの気持ちと同じように、先に出てきた男の人が立ち止まって塀の方を振り向いた、その時、


「ひぃぃぃ」


 甲高い声と共に、ゆっくり後退りしながら姿を見せる女の人。着物の後ろには泥のような汚れが付いていて、そのまま後ろに進んだかと思うと突然その場に座り込んでしまった。


「はっ、はつ! 何してる! 早く来い!」


 男の人が女の人の名前らしきものを必死に言っているけど、当の女の人は座り込んだまま、自分達が走ってきた塀の奥、その一点だけを見つめたまま動かない。


「はつ! はつ!」


 なんだ? どうして動かない? なんで同じ場所をずっと見てるんだ? あれ?

 必死に叫ぶ男の人に、なにかを見つめたまま動かない女の人。それは周りから見たら異様な光景だった。でもその光景を見ているうちに、だんだんとそれが見たことのあるようなそんな感覚に襲われる。


 この状況……。動けない、一点を見つめる……あっ!

 頭の中に浮かんだのは、洞窟の前で尻餅をつくあの犯人。そして、それをゆっくりと追い詰めていく赤い着物の女。それを思い出したとき、なんだか胸がざわついてくる。


 まっ、まさか……あの女の人の視線の先には……。

 そう思った瞬間、塀の辺りから視線が外せない。そして、ただそこだけを見つめることしか出来ないおれを見計らったかのように、塀の影からゆっくりと鎌の先っぽい部分が出てくる。そしてそれが徐々にあわらになっていくと、見覚えのある鎌がその姿を見せた。


 やっぱり、あの鎌……。間違いないあの女だ、あの女が……来る。

 鎌に続くように、少しずつ見えてきた赤い着物と長い髪の毛。それを見た瞬間、おれの考えは確信に変わる。そして、だんだんと見えてくるその姿に生唾を飲み込むと、赤い着物に顔のほとんどを隠すような長い髪の毛。そんな異様な姿の女がついに塀の影から姿を現した。


 やっぱり……あの女だ。


「うっ、うわぁぁぁ」


 男の叫び声が聞こえても、向かい合う2人の様子は変わらない。男の声に反応すらしない座ったままの女の人に、目もくれず真っ直ぐ近づいていく赤い着物の女。その距離がだんだんと近づいてくる。


 あっ、あぁ。まずい。あの女の人動けないんだ、あの時の犯人みたいに……。それに状況が似すぎてる。このままだとあの女の人、殺される……。

 そうなることは分かっていた。分かっているのに、助けないといけないのに足が、体が動かない。さっきまであの着物の女を何とかするって格好よく言っていたくせに、いざ目の前にするとその風貌と異様な雰囲気にたじろいでしまう。


 そんなおれを尻目に、赤い着物の女は女の人の前に立つと、手に持った鎌を女の人に近付ける。


 切られる。

 そうおれが思ったのとは裏腹に、赤い着物の女は鎌の刃先をおんなの太もも辺りに当てると、そのまま着物を横に退ける。反対側も同じよう鎌でよせると、着物の女はあらわになった女の人のふくらはぎ辺りをまじまじと見つめていた。


 なんだ? 足を見てる? そういえばあの時も確か、着物の女の声は聞こえなかったけどあの犯人は、足? 違うだって? とか、そんなこと言ってたような……。

 そんなことを考えていると、着物の女の目線がだんだんと上にあがってきて、丁度女の人の顔が見える辺りで止まる。そしてしばらく間が開いたと思った時だった、長い前髪の端から見える着物の女の唇が、笑みを浮かべるように上にあがった。


 笑った……。まずい、殺される……。あの犯人みたいに笑いながら殺される。

 見なきゃいいのに顔を動かすことができない。そして、おそらくこの後にあの女の人は殺される。だったら……。おれは腹をくくって、気絶しないよう自分に言い聞かせてその瞬間を待とうとした。けど、それが訪れたのは余りにも早かった。

 左足から血飛沫が噴き出し、着物の女めがけて飛んでいく。右足も同じなんだだと思う。同じような飛沫が女の人の顔当たりまで飛んでいるのが見える。そして左腕あたりが真っ赤に染まっていって、それは瞬く間に着物に染み出していく。

 そんな光景をおれは、目を逸らすこともできずに見つめていた。けど、さっきと違って気持ち悪いとかそんな感じはしなくて、ただその衝撃的な光景が信じられなかった。そしてしばらくして、血飛沫の勢いがなくなってきた瞬間に、座っていた女の人が崩れるように地面に倒れこむ。そんな気絶しそうな光景を、着物の女は目の前で、笑みを浮かべながらずっと見降ろしていた。


 うっ、嘘だろ? なんで鎌で切ってもないのに、血が……あんな勢いで出るんだよ。それに、なんであんなの目の前で笑ってられんだよ。

 鎌で切りつけたわけでもないのに、いきなり噴き出した血飛沫。その意味がわからなかったし、それを目の前で笑いながら見続けてた、着物の女も考えられなかった。目の前で起こったその全てが信じられなくって、胸が締め付けられる。けど、あの女はそれを休ませることすら許してはくれなかった。思い立ったかのように、体を左に向けると、ゆっくりと歩き出す。


 やっ、やばい。おれ達丸見えだ!


 ゆっくりと、こっち側に向かってくる着物の女から見たら、路地から身を乗り出していたおれ達は、丸見えだった。その瞬間、おれは急いで桃野さんと佐一の腕を掴んで、着物の女の視界から消えるように、路地の中に引っ張った。


「きゃっ」


 桃野さんの驚いたような声が聞こえたけど、そんなの気にしてられなかった。そのまま着物の女に見つからないように建物に背を向けて、しゃがみ込む。


 はぁ。はぁ。はぁ。


 3人の息遣いだけが、路地の間に響く。おれは必死に冷静なろうと、何度か大きく深呼吸をすると、


「桃野さん、ごめん。いきなり引っ張ったりして。でも見たでしょ? あの着物の女……」


 ゆっくりと桃野さんに話し掛けた。


「うっ、うん。大丈夫。引っ張ってくれてありがとう。わたし全然体動かなかったんだ……目の前の光景が本当なのかどうか信じられなくて……、でもあれが、宮原くんが見た赤い着物の女なんだね」


 まだ少し息遣いの荒い桃野さんが答えてくれたけど、その様子はおれが想像していたよりも軽そうだった。衝撃的な光景だったし、ショックで固まったりしてなかったのか心配だったけど、少し安心する。けど、そうなると心配なのが、佐一だった。


「佐一。大丈夫か?」


 肩で息をしながら、真っ直ぐ一点だけを見つめる佐一。それはおれが心配していた状態そのものだった。


 まずいな……。やっぱり子どもには刺激が強いよな……。

 そんなことを思っていた時だった、


「赤い……赤い……着物……。な……なんで」


 震えるように、佐一がゆっくりと呟いた。


 赤い着物? 佐一、もしかしてあの女のこと知ってるのか?


「佐一、あの赤い着物の女知ってるのか?」


 赤い着物。佐一の口から出たその言葉に、佐一は赤い着物の女が誰なのか知ってるんじゃないか。それが頭の中に浮かんできて、気付いたら佐一に問いかけていた。

 そんなおれの問い掛けを聞いた、佐一がゆっくりとおれの方を向くと、絞るような小さな声で呟いた。


「お兄ちゃん……。あの赤い着物の人……あの人が……耶千さんだよ……」




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