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宮原少年の怪奇譚 ~桜無垢の巫女~  作者: 北森青乃
第2章 月栄え桜染め
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小さな決意

 



 始まった……? まじか?

 佐一の様子を見た瞬間、なんとなく嫌な予感はしていた。けど、実際にそれを言われると、どこかに信じたくない気持ちがある自分が居る。


「うっ、嘘だろ?」


 震える声で佐一に話し掛けると、右上の辺りを見つめたままだった、佐一がこっちをゆっくり向いて、


「儀式の時……太鼓が鳴り続くんだって……」


 無表情のままそう呟くと、ずっとおれ達の方を見ている。


 太鼓が鳴り続く……?

 そんな中、村に響く太鼓の音。確かに聞こえるその音は、さっき聞いた時から一定の間隔、一定のリズムで鳴り続いていた。


「もう間に合わないよ……。始まっちゃったんだもん。僕のせいで……僕のせいで儀式が失敗しちゃうんだ」


 抑えていた感情が溢れてきたのか、そう言った瞬間佐一の表情が崩れていく。そして、目にはだんだんと涙が溜まってきて、泣き出すのは時間の問題だった。それを見た瞬間、儀式が始まったことよりも佐一の泣き声で誰かにばれやしないか、それだけで頭の中が一杯になる。


 やばい……。さすがにここで泣かれたら誰かにばれるかも。何とかしないと……。


「まてまて、落ち着けって。あれだろ? 儀式の時は家に居て成功を祈らないといけないってやつだろ?」


「うっ、うん。だから、最初の太鼓が鳴ったら早く家に戻って来いって母さんが……」


 涙目を擦りながら、グスッと鼻をすする佐一が必死になって答えてくれる。その姿が何だか痛々しくて、胸が少し痛くなる。


 そっか……、村の人にとって儀式は大切なこと。その儀式のことで村人はこうしなきゃいけないって言われたら、そりゃ必死になるよな……。それを守れなかったって、ましてやこんな小さい子が感じてるプレッシャーって相当かも知れない。だったら泣き出すのも無理はないよな。

 目を擦って、肩を震わせながらすすり泣く佐一が、より一層そう感じさせる。けど、そう感じてはいてもどうしたらいいのか、そう接したらいいのか全然分からない。


 けど、どうしたいい? なんて言えばいい? どうすれば佐一を少しでも落ち着かせれる?


「ねぇ。佐一くん」


 横から聞こえたその声に、反射的にそっちの方へ目を向けていた。そこにはおれの横でしゃがんでいる桃野さんがいて、そのまま佐一に向かって優しく話し掛けていた。


「なっ、なに?」


「佐一くんは儀式成功させたくないの?」


「そっ、そんなわけないよ。絶対成功させたいよ。だって、耶千姉さんが白巫女なんだもん。絶対絶対成功させたい」


 耶千姉さん? 佐一も耶千さんのこと知ってる? まぁ村人だったら本家の人のこと知ってて当たり前か……。


「そうだよね? もちろん村の人たちみんなそう思ってるよね?」


「当たり前だよ! みんなそう思ってるに決まってる!」


 桃野さんと話す佐一の顔がだんだんと変わっていく。佐一の口から耶千さんの名前が出た辺りからか、あんなに涙目で崩れた顔がなんというかキリッとしてきて、その口調もなんだか徐々に激しいようなそんな感じになっていく。


「じゃあさ、佐一くんも儀式が成功するように願ってるんだよね?」


「もちろん! そうに決まってるだろ!」


「だったら……儀式は失敗しないよ」


「えっ?」


「だってさ、村の人は儀式が成功するように家に居なさいっていうしきたりなんでしょ?」


「そっ、そうだけど……」


「それってさ……要は必死に祈って、願う気持ちさえあれば場所なんて関係ないんじゃないかな?」


 佐一の顔が驚くような、拍子抜けしたような表情に変わっていく。


「それにさ、家に居なさいっていうのは、たぶん耶千さんとか白巫女を任された人たちが集中できるようにってことなんじゃないかな? ほら、もし心配してるみんなが一斉に外でお祈りとかしてたら、それを感じた耶千さんも緊張しちゃうでしょ? だからだと思うよ?」


「ほっ、本当に……?」


 佐一は少しうつむきながら、小さな声で呟くと、それを見ていた桃野さんは、


「本当だよ。だから安心して?」


 そう笑顔で答えていた。


 桃野さんやばくないか……? さっきもだけど、子どもの扱いというか接し方が抜群に上手すぎる。たぶん、このくらいの兄弟が居るに違いない。

 桃野さんと佐一のやり取りを、おれは隣で黙って見ていることしか出来なかった。というよりも、桃野さんの佐一に対する会話の仕方や表情と雰囲気、それら全てに目を奪われていた。それだけ、桃野さんの心を掴むやり取りはすごかった。


「宮原くん!」


 そんなことを考えながら、二人の様子を見ていた時だった。不意に桃野さんがおれの方を向いて、その瞬間目が合ってしまう。それに少し焦ったのと、恥ずかしさで、


「えっ、うん?」


「佐一くん大丈夫だって。だから早く行こう?」


 焦るように出てしまった声を、まったく意に介さない桃野さんが笑顔でこっちを見つめる。


 やべっ、完全に桃野さん見てたのバレたよな……。


「さっ、佐一。大丈夫なのか?」


 けど、その桃野さんの優しさが何だか余計に恥ずかしくって、おれは急ぐように佐一に問い掛けていた。


「うん。大丈夫」


 さっきまで泣いていた崩れてた佐一の顔が、スッキリしたように変わっている。それを見たおれは少し安心したし、改めて、こんな状態までフォローしてくれた桃野さんには感謝しか浮かばなかった。


 桃野さんには助けられてばっかだな……。さてと、となると急いで佐一を家に……、家に……? あっ!

 一先ず佐一が持ち直して安心していたのも束の間だった。問題が解決した瞬間、おれの頭の中には本来の目的が蘇る。佐一を家に送る、儀式が始まる前に御神殿に行って赤い着物の女を止める。けど、それらを思い出したと同時に、佐一の、


『始まっちゃった』

『儀式の時、太鼓が鳴り続くんだって』


 その言葉と、相変わらず鳴り続いている太鼓の音が頭の中で溢れ出す。そしておれは考えるよりも先に、急ぐように佐一に向かって口を開いていた。


「佐一! さっき儀式の最中太鼓が鳴り続くって言ってたよな?」


「えっ、うん」


 そんな佐一の返事を聞くや否や、


「桃野さん! やばい。もう儀式始まってるんだ! 早く行かないと、あの女を止めないと!」


 桃野さんの方を向いて、急ぎ早に話す。


 まずい。佐一の言うことが本当だったら、太鼓が鳴っているまさに今、儀式が始まってる。だったらあの女が邪魔をするなら……御神殿に行くのも時間の問題じゃんか!


「あっ! うっ、うん!」


「えっ、どういうこと?」


 その一言で察したような桃野さんに、何のことか分からず戸惑っている様子の佐一。けど、そんなことを気にしている余裕なんてなかった。


「いいか? おれ達は御神殿に行って女を止めなきゃいけない。そいつが儀式の邪魔をしようとしてるんだ。耶千さんを助ける為にも急がなくちゃならない。だから、その前にお前を家まで送る。だから、早く家まで案内しろ」


「儀式を邪魔する? 耶千姉さんを助ける? いっ、意味が分からないよぉ」


 焦るような表情に、一向に動こうとしない佐一に少しイライラしながら、1度約束したことを破れない自分が歯痒い。


「あぁ、もう。おれ達は千那ってやつに頼まれたんだ。耶千さんを助けてくれって。そんな時、鎌を持った赤い着物の女を見たんだ。急がないとそいつが儀式の邪魔をするんだよ!」


「千那に? なんであいつが……でも、本当なの? 本当に千那が言ったの? 本当に儀式が邪魔されるの? その女に……」


「佐一くん、本当だよ。わたし達はその為にここまで来たの。だから信じて?」


 佐一がおれと桃野さんの顔を交互に見つめる、そして少しうつむいたと思ったら、すっと顔を上げると桃野さんの方を見て、


「わかった、信じるよ」


 そう強く答えた。


「よし! じゃあ早く行こう」


 それを見たおれは急ぐように2人に話し掛けると、桃野さんがうなずいた。そして、同じく佐一の方を向くと、顔を上げた佐一がおれの方を見て、


「僕も、御神殿に行くよ」


 鳴り続く太鼓の音の後に、何かを決心したようなそんな眼差しでおれの方を見ていた。


「何言ってんだよ。危険に決まって……」


「急ぐんでしょ? だったら、僕の家に行ってる暇なんてないよ。それに僕も耶千姉さん助けたいんだ! 御神殿まで僕が案内するよ」


 はっ、はぁ? 何言ってんだよ。けど、あの顔……本気で言ってるよな……。

 それを聞いた瞬間、何を言っているのか分からなかった。あの女がどんな奴なのか見当も付かないし、場合によってはおれだってどうなるか。そんな危険な場所に、桃野さんはまだしもこんな小さな子を連れて行くのは不安で仕方ない。けど、そんなことを話す佐一の顔が、その眼差しがどれだけの気持ちで言ったのかはヒシヒシと伝わってくる。そんな佐一の真っ直ぐな瞳に、


「本当にいいのか?」


「うん。儀式絶対成功させたいから」


 押し切られるように佐一に問い掛けると、佐一は力強くうなずいた。


 ここまで言われたら、佐一に任せるしかないよな……。

 同じ男として、1度決心したことは曲げられない。その気持ちはよく分かる。だったら、その佐一の男気に託すべきだと思った。


「じゃあ、佐一頼む」


「うん! すぐ近くだから来て」


 そう言って後ろを振り向くと、走り出した佐一の後をおれと桃野さんは追い掛ける。そして、そのまま走り続けて、2軒ぐらい建物を通り過ぎた時だった、


「ここ曲がればすぐだよ」


 佐一がこっちを向いてしゃべると、そのまま右に曲がって路地に消えていった。


 おれ達が走ってきた方向を考えれば……、おそらくここを曲がれば村の真ん中を流れる川が見えるはず。だったら、すぐに式柄守家が見えてその後ろには御神殿がある。急がないと!


 そんなことを考えながら、おれは佐一の後を追うように路地の中に入っていった。




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