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宮原少年の怪奇譚 ~桜無垢の巫女~  作者: 北森青乃
第2章 月栄え桜染め
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異変

 



 めちゃくちゃ驚いてるじゃんか。なんか小気味に震えてるし、目は見開いてるし……まぁ大声出してないだけマシかも知んないけど。それにしてもなんか可哀相になるくらいの驚き方だな。

 目を見開いて口は開きっぱなしで、尻もちをついている男の子。小刻みに震えながら動いているのは交互におれ達を見ている目だけだった。想像してた以上の反応に、おれも桃野さんもどうしたらいいのか分からない。


 でも……この状況ってチャンスだよな? 変に声出される前に、ちょっと気が引けるけど……少し意地汚くなるか。


 おれは、まだ小刻みに震えて動けない男の子の顔を見ると、それに気付いたのか目が合う。そんな男の子の目を見ながら、


「おい、少年」


 少し低い声で呟くと、男の子が一瞬ビクッとしたのを見逃さなかった。すかさず、


「今、大きな声出して騒いだら……儀式、失敗しちゃうよ?」


 その瞬間、より一層目が見開いた男の子。その姿に少し心が痛んだけど、


「大きな声出さないよね?」


 さっきと変わらない声でゆっくりと話すと、少し間の空いた後に男の子がものすごい速さで何度もうなずく。


 よし、これで少しは安心かな。脅迫じみたことやっちゃったけど……。

 その様子に、とりあえず騒がれる心配はないと思った。だったら、次にやるべきことは自然と浮かんでくる。


「よし、いい子だ。あと、おれ達は別に君をどうこうしようなんて思ってないから。怖がらせてごめんね」


 自分は一体どんな顔だろう。必死に笑顔を作って、笑いかけてみたけど、男の子は相変わらず震えたまま動かない。しいて言うなら開いていた口が閉じたくらいの変化しかなかった。


 やべぇ。やりすぎたか?

 そんなことを思っていると、


「こんばんわ。わたしは桃野真白っていうの。お姉さん達ここに迷い込んじゃってね? もし良かったらお話聞きたいんだけど……助けてくれる?」


 横から聞こえる、優しいトーンの桃野さんの声。ちょっと目線を向けると、おれの作った笑い顔とはまるで違う自然で朗らかな笑顔がそこにあった。


「まっ、」


 そんな桃野さんの笑顔に夢中になっている時だった、横から聞こえる震えるような声。すぐにそっちに目線を移すと、しりもちをついていた男の子が、何かを言いたそうに口をパクパクさせている。


「まっ、稀人なの?」


 ようやく男の子の口から出た言葉、それを聞いた瞬間に一先ず安心することができた。固まった状態から見たら、会話できるだけでも大きな変化だし、それに第一声が叫び声じゃなかったら、おそらくこの後もよほど変なことをしない限り騒がれたりはしないと思った。


「ううん。わたし達は稀人じゃないよ? ちゃんと生きてる人。だから怖くないんだよ?」


「ほっ、ほんとに? 僕、稀人見たことないから、ついに見えるようになっちゃったって思って……」


 おぉ、桃野さんすげぇ。なんか子ども慣れしてるな……。おれとは天と地の差だよ。

 あの状況から、おぼつかないけど会話が出来る桃野さんがとんでもなく凄く感じる。雰囲気なのか慣れなのか、どっちにしろその場慣れ感には尊敬しか浮かばない。


 ここは桃野さんに任せるべきかな……?

 そう思って、とりあえずおれはその様子を静かに見守っていた。


「そうなんだ。ごめんね? びっくりさせちゃったね」


「ううん。大丈夫。僕も少しびっくりしただけだから……、でも……」


 そう言う男の子の明らかに怖がっているような目線が、ゆっくりとおれの方に向いてくる。


 ん? おっ、おれ? やばい……さっきの脅しのこと根に持ってるのか?


「大丈夫。このお兄さんもびっくりしただけだよ? ほら、君ものすごい勢いで起き上がったから……」


「そっ、そうなの? でも……」


 一瞬桃野さんの方を見た男の子だけど、またすぐにおれの方を向くとその表情はさっきと変わっていなかった。


「このお兄さんは、ものすごく優しいんだよ? お姉さんのこと助けてくれたり、だから大丈夫よ? ねっ?」


 そう言って、桃野さんが微笑みながらおれの方に顔を向ける。その笑顔を見た瞬間、なんとなく桃野さんから感じるプレッシャー。うまくやれよ? そんな声が聞こえてきそうなそんな雰囲気を感じる。


 なんか、凄くプレッシャーを感じるような……、ここは何とかうまくやらないと。

 ヒシヒシと感じる圧力に、おれの頭の中はフル回転だった。表情を柔らかく、男の子のおれに対する恐怖心をなくすような言葉。それを表現させるのに精一杯だった。


「あっ、あぁ。ごめんね。お兄さんもびっくりしちゃって……。おっ、お兄さんの名前は宮原透也っていうんだ。よろしくね? ははっ」


 今考えられる、最適な言葉と動作。それをやりきったおれに突き刺さる男の子の眼差し、その一瞬の間がとんでもなく長く感じた。


「うーん……そっか。それなら仕方ないよね? それにお姉さんが言うんだから……わかった」


 その言葉に、一気に体の緊張が解ける。やっと表情もさっきよりは大分マシになったようだし、尻もちをついた状態から立ち上がる男の子を見る限り、おれ達に対する恐怖心はほとんどなくなったって考えても良かった。


 立ち上がって、着物を手で払う男の子。そんな様子を見ながら、


「そういえば、君のお名前はなんていうの?」


 桃野さんがさっきと変わらない様子で男の子に問い掛けると、ひとしきり着物を払い終えたのか、真っ直ぐこっちを向くと、ゆっくりと口を開いていく。


「僕は……、僕の名前は佐一(さいち)式佐一(しきさいち)っていうんだ」


「佐一くんって言うんだ……。よろしくね?」


「よっ、よろしくな」


 完全にとけ込んでいる桃野さんと、ぎこちないおれ。それが分かるのか、佐一の目線もほとんど桃野さんにしか向いてない。こればっかりは、うまく対応できない自分を責めるしかないし、そんなおれを尻目に、桃野さんと佐一はなにやら楽しそうに会話を続けていた。


「それでね? 佐一くん。お姉さん達どうしても行かなきゃいけないところがあってね?」


「それって村の中? だったら案内できるけど……けど今は儀式の……」


 うわっ、完全に蚊帳の外じゃんか……。まぁいいか。ここは桃野さんに任せて、おれはこれからどうするか考え……えっ?

 2人の会話を遠めに見ながら、これからどうするか考えようとしていた時だった、2人の後ろに見える原っぱみたいなところが、ものすごい薄いピンクっぽい色になっているような、そんな風に見えた。一瞬、自分の目の錯覚かコンタクトの調子が悪いのかと、目をこすってもう1度よく見てみたけど、やっぱり薄いピンク色に染まっている。しかも、それはおれ達が渡ってきた川を境にそういう風になっていて、横辺りを見渡してみても、洞窟からおれ達が歩いてきた道やその周辺の雑草なんかも、薄いピンク色に染まっていた。


 はっ、はぁ? どうゆうことだ? まてまて、おれが変なのか? 

 普通じゃ考えられないような現象に、おれは慌てて、自分の手を見てみたけど、幸いピンク色には覆われていない。それに目の前で話をしている桃野さんと佐一。その2人だって普通だし、それが余計に頭の中を混乱させる。


 おれか……? それとも本当にピンク色になってそう見えてるのか? けど、そんな風になるって話なんて聞いたことないし……。しかも、川から向こう側だけじゃんか。あっ、村の方はどうなってる?


 それだけが気になって、おれはゆっくりと立ち上がると、ゆっくりと真ん中を流れる川の方に向かって歩き始める、左側にある建物の陰から、徐々にその川とそれに沿うように立てられた松明、奥に広がる村の様子が近付くにつれて少し薄っすらと見えてきたけど、その色は……やっぱり薄いピンク色に染まっているように見える。けど、不思議なのはおれの横に立っている建物。その建物には色が付いていなくて、薄暗い中にあるただの板だった。


 あっちの原っぱだけじゃない? 村の建物も川も全てが薄いピンク色に染まってる? けど、おれにもこの建物にも色は付いてないし……ますます意味わかんねぇ。

 そんなことを考えていると、ついにその建物の端にまで辿りついた。そしておれはその角っこに手を付くと、恐る恐る家の角から村の方を覗き込む。


 そこにあったのは、建物という建物、流れてる川に松明。さっきうっすらと見えた景色そのまま、その全てが薄いピンク色に染まっている村だった。その異常な光景におれは息を飲むことしか出来ない。


 なんだよこれ……。 どうしちゃったんだ? 

 その見たこともない、衝撃的な光景から目を逸らしたくて、ゆっくりと空を見上げた。けど、そんなおれの願いは儚くも叶わなかった。

 目の前に広がる、薄いピンク色に覆われた空。そしてそこに圧倒的な存在感で見えている月。

 その月が、ピンク色に染まったそんな月が、おれのことを静かに見下ろしていた。




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