表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宮原少年の怪奇譚 ~桜無垢の巫女~  作者: 北森青乃
第2章 月栄え桜染め
28/49

正しい選択

 



 薄暗い中、おれと桃野さんは少し急ぐように歩いていた。目の前に見える密集した家と川沿いに続く道のおかげで、村の中までは迷うことなく行けそうなのは良かった。それに、真千さんが言ってた村の両側にある左代守家と右代守家。少し小高くなった丘の上に建てられたそれは、歩いている途中ですらハッキリと見えた。普通の家とは違う大きさで、まるで村を見下ろすような存在感を放っている。


 真千さんの家から、ここまで桃野さんは無言でおれに付いて来てくれた。話をする暇もなくて、急いでたってのもあるけど、心のどこかで桃野さんもおれと同じことを考えているって気がして、どんどん村に向かって歩いていた。右側に流れる川の音だけが薄っすらと聞こえる中、そんなおれ達の目の前についに式柄村の町並みが姿を現す。


 これが、式柄村……。

 道に沿うように流れていた川が二手に分かれ、その一方が村のを分つように村の真ん中を流れている。もう一方の川が丁度おれ達の目の前を流れていて、川隔てて少し向こう側には家のような建物が何軒も立ち並んいる。一体何人暮らしているのか分からないくらい、それは多く見えた。


「結構……建物多いね」


「そうですね……」


 洞窟のところから見ていた時は、そんなに大きな村だって感じなかった。でもいざ目の前にすると想像していたよりずっと建物が多くて、その大きさと広さに少し驚く。だけど、そんな中でもすぐに本家って言われてた、式柄守家らしき建物を発見できたのはありがたかった。真ん中を流れる川に沿って松明がしきりに立てられてて、ずっと先の方までハッキリ見える。立派な門に、その後ろの瓦屋根。それが近くの茅葺屋根の建物と違うのは、一目見ただけで分かる。そしてそのさらに奥、少し高くなった場所に見えるさらに大きな瓦屋根の建物。その全てが式柄守家よりも大きくて、まるで神社のような圧倒的存在のそれが、儀式の行われる御神殿に違いない。そう思うには十分だった。


「桃野さん、あのずっと先に見える建物わかる?」


「まっすぐ……、あっ、あの門があるところですか? なんかあそこだけ豪華って言うか……」


「だよね……、たぶんあそこが式柄守家だと思うんだよね」


 指を刺しながら、お互いに目を細めてその建物を注視する。


「たしかに……、本家って言うくらいだから、周りより家が豪華ってのもうなずけるね」


「うん。ってことは、丁度ここから見えてる、あの大きな建物……」


「あれが……儀式の行われる御神殿……」


「そういうこと」


 そう言いながら、桃野さんの方を見ると、丁度目が合う。ここからは面倒なことを避ける為にも、村人や三家の人達にも見つかっちゃいけない。おそらくそれを桃野さんも思っているに違いない。おれが無意識にうなずくと、桃野さんも同じようにうなずいた。


 真っ直ぐ行けばすぐに辿り着けるのは分かるけど……さすがにど真ん中の目立つところは通りたくないよな。やっぱり、家の路地裏とか通って、目立たないように行くのが無難かな。

 周囲を少し眺めてみると、家の間に見える路地のような空間。それは目立たず村を通り抜けるには格好の場所だった。真ん中に流れる川で、ちょうど2つのまとまりに分かれてる村の両方に、その路地裏っぽいところは見える。


 さて、どこから行くべきかな? っていっても川が邪魔で向こう側行けなくないか? どっかに橋とか……あっ。


 目の前を横切るように流れる川、それを目で追って行くと少し先の方に橋のようなものが見える。


 あそこからわたって……左の方から行くのが1番早いな。


「桃野さん、あっちの橋渡って家の間通って行こう」


 川の先に見える橋のような場所を指差しながら、桃野さんに話し掛けると、


「あっ、はい」


 それに気付いた桃野さんの返事を聞くと、おれはその橋に向かって歩き始めた。


 歩いている最中も、おれは村の方をゆっくり見ていた。建物の数は結構多くて、そのほとんどの窓からは光のようなものが見える。だけど、人が沢山いるんだろうけど、不思議と生活音とか人の声は聞こえてこない。真千さんの言ってた、儀式の時村人は家の中で祈るってことが本当のことなんだって改めて分かる。


 そうしている内に、目の前には木で出来た橋。おれと桃野さんはそれをゆっくり渡っていく。


 ミシッ、ミシッ


 木のきしむ音がしばらく続いたけど、しばらくしておれの両足は土の感触を感じていた。その時だった、


 バキッ!


 突然聞こえたその音に、


「うおっ」


「きゃっ」


「うわぁぁ」


 無意識のうち声が漏れる。そして、反射的に桃野さんの方を振り向いた時だった。


 ドサッ!


 反対側、家が立ち並ぶ方から聞こえた何かが落ちるような鈍い音。続けざまに聞こえたその音にも、ついつい反応してしまう。視線を戻したその先、路地から少し離れたところにいたのは、うつ伏せになっている着物のような物を着てる人だった。


 人……? いや、よく見ると小さいな。子どもか? なんかうつ伏せになってるし……着物着てるし、この村の子ども……だよな? しかも寝てる? いや音的に、高いところから落ちたような音だったよな? だったら気を失ってる? どっ、どうする?

 ピクリとも動かないその子の姿を目の当たりにして、どうしたらいいのか一瞬分からなくなる。声を掛けるべきなのか、でも目を覚まして騒がれたりでもしたら面倒なことになる。その答えを聞こうと、桃野さんの方にゆっくりを体を向けた。

 そこには驚いたようなそんな表情で、自分の足元を見つめる桃野さん。少しして、おれも視線に気付いたのかゆっくりと顔を上げると、目があった瞬間小声で、


「ごっ、ごめんなさい! 橋渡り切った思ったら、落ちてる枝踏んじゃって」


 手で合唱しながら、何度も謝りだした。その必死な姿に、怒るつもりはなかったし、逆になんだか申し訳ない気分になる。


「大丈夫! それよりこの子どうしようか……?」


 少しでも気を紛らわそうと、桃野さんにそう言うと、目の前で倒れている子どもを指差す。桃野さんもおれの指の先に倒れている子どもの姿を確認したのか、謝るのを止めて目を丸くしてじっとその子の方を見ている。


「こっ、子ども?」


「うん。本当なら起こしてあげるのが当たり前なんだけど、目が覚めておれ達が目の前にいたら……」


「おそらく、大声で叫んじゃいますよね?」


「だよね……」


「でも、こんな小さい子放って置くのは……」


「それもそうなんだよね……」


 騒がれたくない、それだったら放って置くのが1番。けど、目の前に倒れている小さい子その子を放って置くなんて、心が痛むし、絶対に後悔しそうだった。それに、桃野さんだってそれは一緒だと思う。


 あぁ、仕方ない。騒がれても何とかするしかない。起こしてあげよう……。


「桃野さん、ごめん。やっぱり放っておけないや」


「大丈夫。わたしも同じこと考えてた」


 お互いに顔を見合わせた瞬間、桃野さんは少し笑みを浮かべていた。それを見たおれは、視線を戻すとその子の方に向かってゆっくりと歩いていく。


 近付くにつれて、うつ伏せで横を向いている顔が少しずつ見えてくる。髪が短くて、少し太いまゆ毛。そしてその子の近くまで辿り着くと、おれはその顔を覗きこむようにしゃがみ込んだ。


 男の子……だな。

 近くで見る限り、その横を向いている顔は男の子っていって間違いはないと思う。だけど、この際性別なんてどうでもよかった。問題はこの子を起こした時、騒がれないか。騒がれたらどうしたらいいか……それだけだった。


 とりあえず、優しく叩いて……でもおれ達見たら絶対驚くよな? だったら……叫んでる間に急いで路地裏に入って走り抜けるしかないか。

 少し考えてみても助ける、意識がハッキリする、絶対に驚かれる。その流れが完璧すぎて、清々しい程に解決策が浮かばない。だったら残るのは、叫ばれた後どうするか……それしかなかった。


 隣で同じようにしゃがんでいる桃野さんに、


「桃野さん、たぶん起こしたら絶対驚かれて叫ばれると思う……。だからそうなったらダッシュで路地裏に入って走り抜けよう?」


 そう呟くと、


「はい。わかりました」


 桃野さんも呟きながら、うなずいた。


 よし……じゃあ起こすか。


 それを確認すると、おれは目の前の男の子に視線を向けて、左肩辺りを優しく叩いてみる。


 トントン、トントン


「おーい。大丈夫か?」


 同時に、小さな声で呟いてみると、


「んっ、んー」


 男の子の体が少し動いて、眉間にしわが寄る。


 おっ、案外すぐ反応したな。


 おれはもう1度左肩を優しく叩くと、今度は少し様子を見てみた。


「うーん」


 男の子はもう1度唸るような声を出すと、また眉間にしわが寄っていく。そして、閉じていた目がゆっくりと開いていった。


 あっ、目覚める……。動けるように準備しとかないと。

 そんなことを考えている内に、男の子の目が段々と開いてくる。そして、眠気まなこのまま自分の目の前にいるおれ達に気付いたのか、視線が段々と上がっていった。そして、しばらくそんな状態が続いたと思った瞬間、一瞬で眠気まなこだった目がパッチリ開くと、男の子はものすごい速さで起き上がって、尻もちを付くように体をのけぞらせていた。

 その速さに、おれも桃野さんも一瞬驚いてしまって身動きが取れなかったけど、それは男の子も一緒だった。明らかに変な奴らを見て、どうしたらいいのかわからないって感じで目は見開いて、口は開きっぱなし。そんな表情のまま固まっている。


 叫ぶことも、逃げ出すこともできないそんな姿の男の子を、おれ達はただ見ているしかなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ