太鼓
儀式の失敗……そう考えると色々と辻褄が合う。
おれの住んでた2018年に式柄村はない。だけど昔には存在していて、おれはその存在を今目の当たりにしている。なんでなくなったのか……千那が言うには忘れられたから。じゃあなんで忘れられた? 村そのものが……。そして、なんで千那はここにおれを呼んだんだ? この咲送りの儀式当日に……。
それをじっくり考えれば、答えは自然と出てくる。
千那がおれを呼んだのは、耶千さんを助けて欲しいから。そしておれが呼ばれたのは儀式の当日で、その理由はおそらく、耶千さんがその儀式の主役である白巫女の役目があるから。儀式が失敗すれば、村が禍溢日ってやつに飲み込まれて、村人はみんな死んでしまう。そして、事実として式柄村は2018年には名前すらない……ってことはつまり、今日行われる咲送りの儀式はおそらく失敗する。
「みっ、宮原君」
はっ!
耳に飛び込んできたその声と、一瞬驚いてしまう。
「大丈夫?」
心配そうにおれを見つめる桃野さんに、その後ろ辺りで似た感じでおれを見ている真千さん。その二人を見る限り、いったい自分がどんな顔で考え込んでいたかなんて、想像するだけで恥ずかしくなる。
「あっ、あぁ大丈夫」
それでも、心配そうな顔をしてる桃野さんに心配はさせたくなかった。気付いてしまった事実を、いつ話すべきなのかを考えながら接するのがこんなにキツイとは思わなかったけど。
そんなおれの言葉に少し安心したのか、すぐに桃野さんは剛ちゃんの方をさっと見ると、
「あの……、さっき白巫女? は助かる可能性がほとんどないって言ってましたけど……ほとんどってことは助かった人もいるってことですか?」
前のめりになりながら、話し掛けていた。
あっ、そういえばそんなことも言ってたっけ。やばい、大事なこと忘れてた……儀式を成功させたとしても、耶千さんが助からない可能性だってあるんだった……。
「あぁ、そうだな……。記録にある限り過去に2人は助かっているらしい」
2人? 少なくないか? しかも過去って、どんだけ昔から儀式ってやってんだよ……。
「2人ですか……。ちなみに今まで儀式はに何回くらい行われてたんですか?」
「ん~と、記録の限りたしか11、今回が12度目の儀式になるな。ただ……」
「ただ?」
「前の儀式の時、村がどんな様子だったかはわからぇけど、今回の儀式に関してはおれは恵まれた方だと思ってる」
「恵まれた……?」
恵まれたってどういうことだ?
「あぁ。さっき過去に2人白巫女が助かったって言っただろ?実はなその助かった儀式ってのが、4度目と8度目……丁度4の周期の時なんだ。だからな、今回12度目だろ? 案外大丈夫じゃないかなんて思っててな」
少し笑みを浮かべながら話す剛ちゃんに、素直に同意することなんてできなかった。おれもだし、桃野さんだってそう思っているに違いない。ただの偶然だって。さっきの白巫女の話を聞く限り、どんだけ健康だとしても運が悪かったら死んでしまう、そんな厳しいことを強いられるのは誰だってわかるはず。ただ、もしかしたらそんな迷信染みたことでさえ信じないと落ち着かないくらい……つらい儀式なのかもしれない。
「なんて、俺達が思ってないとよ……耶千が不安になるだろ? だから無理にでも明るくしないとよ」
そう話す、剛ちゃんの顔が少し曇りだす。その顔はやっぱりどこか悲しそうな、不安そうな、そんなものだった。その雰囲気に飲まれるように、みんなの表情も自然と暗くなっていて、おれも無意識の内にうつむき加減になっていた。
やっぱり。そうだって思わないといけないくらい厳しいってことなのか。剛ちゃんがこんなに心配してるってことは、村全体の雰囲気も緊張感で一杯なんだろうな……。でも、だったらなんで儀式は失敗したんだ? 50年に1回の大事な儀式で、みんな慎重なはずなのに。考えられるのは、耶千さんになんかがあったってことだと思うけど……儀式を前に逃げ出した? 怪我とか? それとも儀式そのものが邪魔された……?
『いいか、透也。この場所に出口なんてものは無い。そういう類を期待するだけ無駄だ。それと、あたしに呼ばれなくてもここには来れる』
また、頭の中に浮かんでくる千那の言葉。
ん? なんだ? なんでまた千那の声が頭の中に……?
『透也、おまえももう見たはずだ。なぜかここにいる、いるはずのない人間を。そいつらもここには来れるんだ』
これ、さっき千那がおれに言った……。だけどどういうことだ? 見たはず? なぜかここにいる、いるはずのない人間? だれ……だっけ? なぜかいる……?
あっ、あの当て逃げの犯人か! だけどそれがなんの関係が……
『やめろ……、やめてくれ! 俺が何したっていうんだ!』
『おっ、お前じゃない? 当たり前だろ! 俺はお前のこと知らねえよ!』
『人違いだろ! 分かったらさっさとどっか行け!』
まただ。なんだこの感覚……。
意識していないのに、勝手に記憶が溢れてくる。
『いっ、いてぇ! お、お前ふざけんな!』
『うあぁ! 熱い、熱い! 足が!』
なんだこれ……勝手に……
自分の意思とは関係なく溢れ出すそれは、当て逃げした犯人が罵声を上げながら逃げ惑う、自分がさっき見た光景。そして、それに気付いたときおれの目の前に居たのは、笑みを浮かべながらその犯人を見下ろしている、赤い着物の女だった。
赤い着物の……女……
「やばい!」
無意識に出たその言葉は、予想に反して大きかったのかもしれない。顔を上げた瞬間、3人の驚いたような顔が俺に向けれていた。けど、そんなのは今はどうでもよかった。赤い着物の女、その人について何か知らないか? それだけを聞きたくて、そんな3人を尻目に剛ちゃんに向かって急ぐように問い掛けてた。
「赤い着物! 赤い着物を着た女の人知らない?」
「あっ、赤い着物?」
おれの勢いまだ驚いているのか、剛ちゃんの言葉はおぼつかない。
「そう! 赤い着物!」
「あっ、赤い着物ったって、誰だって持ってるぞ?」
そうか……まだこの時代着物が一般的なのか! だったら……
「じゃあ、髪の長い人! 腰くらいまでの!」
「かっ、髪!? 腰くらいまでって」
剛ちゃんはまだ驚いているような、焦っているようなそんな表情だったけど、そんなのお構いなしにおれは話を続ける。さっきより剛ちゃんの顔が近付いていたけど、そんなの関係なかった。
「わっ、わかったから! 一旦落ち着け。真千!」
少し背中を反るように真千さんの方を向く剛ちゃん。それに続くように真千さんの方を見ると、
「えっ? まぁ村に髪が長い子は結構居るけど、腰くらいまでの長さってなると……そんなに居ないと思う」
少し驚いた顔をしていたけど、真千さんがおれに向かって答えてくれた。
そんなに居ない!?
「それって何人くらい? 年齢は?」
「みっ、宮原君! どうしちゃったの? 落ち着いて」
隣から聞こえる桃野さんの声、左腕に感じる温もり。それに気付いて桃野さんの方を見ると、そこにはさっきと同じような心配そうな顔をしている桃野さんがいて、右手でおれの二の腕を掴んでいた。
桃野さん……? あれ?
その瞬間、感じていた焦る気持ちが少し和らいだ気がして、改めて周りの様子を見てみると、剛ちゃんは相変わらず驚いてる顔してるし、真千さんは心配そうな顔しているし、おれは正座のまま前のめりになりなってって、その両手は囲炉裏の縁のギリギリの部分を掴んでいた。
やべぇ……後ちょっとで囲炉裏に手入るとこだった……。
周りが見えないくらい焦っていたことにも驚いたけど、冷静になるにつれて、それを桃野さんに止めてもらったっていうのが、妙に恥ずかしくなってきて何も言えなかった。
は、恥ずかしくなってきた……。
ドンッ、ドンッ
そんなおれを助けるように、何処からともなく太鼓の音が聞こえてくる。
太鼓?
その音が何なのか、訳もが分からないおれ達とは裏腹に、剛ちゃんと真千さんの表情が一気に変わっていた。
「剛ちゃん」
「あぁ……行って来る」
行って来る?
剛ちゃんはそう言うと、おもむろに立ち上がっておれの後ろを横切っていく。そして段差の部分に座り込んでしばらく屈みこんだ後に、ゆっくりと立ち上がったと思うと、俺たちの方を振り返った。
「すまねぇ。もう時間だ……、おれは行かなきゃなんねぇ。儀式で使う送り刃を届けないと」
「送り刃……?」
「さっき言ったろ? 儀式では白巫女の手足に傷をつけるって、その傷を付ける……まぁ見た目はハサミみたいだがな」
確かにさっき言ってた……。それを持っていくってことは、もしかして剛ちゃんは儀式が行われる場所に行くってことか?
「もしかして、儀式やるところに行くの?」
「あぁ。送り刃を研いだ者として責任があるからな……。儀式の場に居ることになる」
まじか……? だったらおれも剛ちゃんに付いて行けば、あの女を止めれる!
「ほっ、本当? だったらおれも……」
「ダメだ!」
おれが言い終わる前に、剛ちゃんの低くて冷たい言葉が耳に刺さる。
「これは俺達式柄村のやつらにとって、絶対成功させなきゃならねぇ儀式なんだ。おまえが何処からか来た特別な奴だってのはわかる。だけど、俺達にも代々受け継がれてきた宿命ってもんがあるんだ。そこに余所者は入れられねぇよ」
そりゃ、村の大事な儀式に余所者は邪魔だと思うけどさ……でも……
「い、いや! でも……あの女が……」
「大丈夫だ。お前の言ってることが本当かどうかはわからねぇけど、そんなに必死な姿見せられたらなんもしねぇ訳にはいかねえよ。おれも注意しとくし、村の連中にも言っとく。だからお前らは安心してここに居ろ。なっ?」
剛ちゃんはおれにそう言うと、今度は真千さんの方を見てうなずいた。それを見た真千さんがうなずくのを確認すると、ゆっくりと玄関のところに歩いていく。引き戸を開けて、そして外に出て行くその光景を、おれは黙って見ているしかなかった。
本当は付いて行きたかった、剛ちゃんに無理矢理にでも付いて行って、あの女を止めたかった。だけど、あの剛ちゃんの表情と話し方、儀式に対する村人としてのプライドみたいなものに、これ以上突っかかる勇気がなかった。
ガタンッ
引き戸の閉まる音。それだけが、家の中に少し響いていた。




