解けかけた糸
「それ本当か?」
顔を見合わせていた剛ちゃんが、一瞬でおれの方に視線を戻す。驚いた様子から一転したその表情を見る限り、
2人ともやっぱり千那のこと知ってる。てことは、千那は本当にこの村に居たってことか。
そうだって思うには十分だった。
「えっ、本当ですよ。千那って言ってました」
おれの言葉を聞いた瞬間、剛ちゃんはまた真千さんの方を向いて顔を近づけると、なにか呟いているみたいだった。
まぁ、よく分からないやつがいきなり村の人の名前を口に出して、しかもその子に呼ばれたなんて言ったら、そりゃ驚くのも無理ないか……。ん?
「今のが確かなら……」
「駄目よ……本家はもう……」
「だとしたら……」
本家……?
うっすらと聞こえたその会話に、なんとか耳を済ませてみたけどさすがに全部は聞き取れなかった。けど、その中で少し気になる単語を聞き取れたのは大きかった。
本家って……、なんで本家が出てくるんだ?
本家って言ったら、真っ先にその土地の支配者ってイメージが浮かぶ。今では単純に、親戚関係に置き換えられているところがほとんどだけど、ここは150年前……もしかしたら、おれがイメージしてる昔の力関係とか本来の形や、儀礼なんかがあるかもしれなかった。
それに、おれ達に会ってから全部知っているようなそんな表情だった真千さんですら驚いているし、その様子はやっぱり少しおかしく感じる。それだけ本家ってとこの力が強いのかもしれない。
やっぱ、全然分かんないことだらけだな……。こうなったら、答えてくれるか分からないけど、この2人に聞けるだけ聞いてみるか。
まだコソコソ話をしてる2人の様子を見ながら、そんなことを考えていたけど、2人はひっきりなしに呟いていて、切り出すタイミングがなかなか見つからない。このままじゃ一生埒が明かないと思ったおれは、
「あの~!」
2人の会話に、少し大きめな声で割り込んだ。
「ん?」
という声と共に、剛ちゃんと真千さんがこっちを振り向く。
「あの……、お取り込み中申し訳ないんですけど、ちょっといいですか?」
「千那ってこの村の子? それと式柄村の本家ってそんなに力があるの?」
「あっ、あぁ。そうだ。千那は確かにこの村の子どもだ……。それに本家は……」
剛ちゃんは少し渋りながらもおれに答えてくれたけど、話す前に一瞬だけ見せた気まずそうな表情をおれは見逃さなかった。それに本家のことだって、真千さんの方を見てその様子を伺ってるみたいだし、その意味が分かったのか、真千さんがゆっくり頷くの見てから、こっちを振り向いた剛ちゃんの顔はやっぱり気まずそうな感じで、そんな剛ちゃんと目が合う。
そんなに言いにくいことなのか?
そんなことを考えながら、じっとおれは剛ちゃんの目を見ていると、顔がうつむいたと同時に
「はぁ」
と、ため息がこぼれると顔を上げた剛ちゃんは、なんかスッキリとした様なそんな感じに見えて、ゆっくりと口が開いていく。
「お前達は稀人じゃない。ここら辺の人でもない。てことは、話を聞く限りお前達は俺達が知らないところから来たってことだ。本来村の詳しいことは、外の連中には教えないってのが決まりだったが……見当も付かないとこから来た奴等にだったら教えても問題ないだろうよ」
そう言うと、剛ちゃんはもう1度大きく息を吐いて、おれの方を覗き込んだ。
「まず、千那って子は式柄村の本家でもある式柄守家の娘だ。村の人なら誰でも知ってる。それにな、千那は村人の中でも稀人を見たり感じたりする力が特に強いんだ」
力が強い? 霊感ってやつか? てか、さっき真千さんも剛ちゃんも稀人見たことあるみたいな話してたけど、そうそう幽霊とかって見なくないか? しかも村人の中でもって複数系だよな?
「ちょっと待って、村人の中でもって言ったけどさ……、もしかして村の人全員が見えるの?」
「全員は見えない。中には全然見えないやつだっている。だけどな、この村ではそういう奴等の方が稀なんだ。」
まてまて、ほとんど全員が霊感持ち? そんなことありえんのか?
「稀って……、普通は見える人の方が稀なんじゃないの?」
「普通はな、だけどここは違うんだ。この式柄村はな……」
式柄村は? どういう意味だ?
「式柄村に理由があるってこと?」
「あぁ。聞きたいなら教えてやる」
ここまで来たら、全部聞きたい。全部聞かなきゃ、たどり着けない。
おれは手に持っている絡まった糸をなんとか解きたかった。その解けた糸が、迷い込んだ迷路の道しるべになって導いてくれる。そう信じるしかなかった。
「全部教えて」
その言葉に、剛ちゃんはまた1つ大きく息を吐くと、ゆっくりと口を開いていった。
「まず、式柄村って言うのは昔、京から来た人達が作った村だって言われてる。まぁ、なんでわざわざこんな山の中に村を? って思うだろうが、どうもちゃんとした理由があるらしい。それがこの村の奥にある宵ノ谷だ」
「宵ノ谷……?」
「あぁ、お前達洞窟のところから見えなかったか? 村の奥にさらに山みたいなの見えただろ? 村の奥とその山の間には宵ノ谷って底なしの谷があるんだ」
確かに、村の奥にはさらに山みたいなのが見えてた。村の奥の方は沢山木が生えてたから、てっきり森なんだって思ってたけど……谷になってるのか。
「その宵ノ谷ってのが……死んだ奴らの魂が集まる場所らしい」
「たっ、魂が集まってくる?」
「そうだ。それここに来る魂ってのは少し厄介らしくてな、死ぬときに強い憎しみ、悲しみ、後悔。そんな負の感情を抱いたまま死んでった奴らの魂がこぞって来るらしい。まぁ、成仏できない魂ってことだ。それにその中でもたまに生前の姿のまま現れる奴もいてな、その理由はよく分かんねぇけど、そういう奴らを昔っから稀人って呼んでるんだ。そんな感じで俺達のご先祖様もそれを定期的に鎮める為に、わざわざここまで来たって訳だな」
やべぇ。内容が想像の斜め上すぎる……。
「まぁ信じられねぇとは思うけどな……だけどそういう使命の基に出来た村、そこで代々生活して受け継がれてきた俺達村人が稀人を見れるってのも、なんとなくわからねぇか? もちろん今まで他の村人と夫婦になった連中も多いが、生活してる近くがそういう場所だと嫌でも目覚めちまうもんなんだよ」
なんだよ、非現実のオンパレードじゃねぇか。でも、剛ちゃんの話を辿っていけば、村人のほとんどが霊っていうか魂を見れるってのも納得はいくけど……。
まるでゲームの設定のようなそれが、平和で何も無くて、そう思って生活していた自分の近くに、昔とはいえ存在していたことがなかなか信じられなかった。けどそれと同時に、話に聞く非現実的なことが目の前で現実として起っていたことを、少し嬉しく思っている自分がいるのも確かだった。この場で剛ちゃんが嘘をつく訳が無いし、つく必要も無いってのも分かる。だからもっと聞きたかった。この時代のこの村こと、何をしていたのか。そしてなんで忘れられたのか。そんな答えを求めるように、おれは剛ちゃんに問い掛けていた。
「じゃあさ……、さっき定期的に魂を鎮めてるって言ってたけど、なんかしてるの?」
「してる。って言うか、今だったらするって言ったほうが正しいかも知れないな……」
する……?
「昔から式柄村に続くそれは、50年に1度行われる。成仏できずに宵ノ谷に集まった魂を鎮める儀式……それが咲送りの儀式だ」
「さっ、咲送りの儀式……」
まじかよ。まじでゲームの世界じゃんか。まさか生贄とかそんなのないよな?
「そうだ。前に儀式があったのも50年前……。本家では暦を計算して、次の儀式の準備をする暦守ってのもやってる。それに儀式の1週間前にはな、月がずっと見え続ける現象が起こるって言われてる。まぁ日中は薄っすらだが、それでも見えていて少し気持ち悪かったがな」
月が見え続けるって、普通じゃ考えられないよな……。ん? 剛ちゃん、見えていて気持ち悪かった言ってなかったか? てことは実際に見た?
「ちょっとまって、見えていて気持ち悪かったって……実際に見たってこと? それにするって言ったほうが正しいって言ってたけど、もしかしてその儀式って……」
剛ちゃんの話し方、それに話した内容からして嫌な予感しかしない。違ってほしかったけど、なんでおれがこの式柄村に呼ばれたのかそれを考えた時、その嫌な予感はほぼ確実に当たってるって自分でも分かる。
「大体は予想が付いてると思うが、咲送りの儀式が行われるのは……今日だ」
あぁ、やっぱり今日なのか……。
想像した通りの展開が、逆に俺の頭をすっきりさせたのかも知れない。それを聞いた瞬間、頭の中でいろんなことが混ざり合って、本当に少しずつだけど絡まった糸が解けていく感覚を覚える。
千那がおれを呼んだ理由は、姉様である耶千さんを助けて欲しいから……、ってことは耶千さんもこの儀式に関係しているって考えた方がいい。その中で、どうにかして耶千さんを助けないと、おれも助からないってことか……。
ゴールしか見えていなかったのに、やっとその周りも見えてきた気がして、少し嬉しくなる。そこに辿り着くまでの道は相変わらず分からないままだったけど、やるべきことがわかっただけでも大きな前進だった。
だったら、聞くべきことも絞られてくる……。
「なるほど……。ところで、耶千さんって知ってる?」
「あぁ、もちろんだ。千那の姉さんだな。それに今回の咲送りの儀式の主役だからな」
やっぱりか……。でも主役ってなんだ?
「主役?」
「あぁ。耶千ちゃんは白巫女って大役を任されている」
「その白巫女ってどんな役なんですか?」
そう言うと、剛ちゃんはまた真千さんの様子を伺うように、顔を向けたけど、それに気付いた真千さんの顔が少し曇りだす。そしてゆっくりとうなずく様子に、おれはまたしても嫌な予感しかしなかった。
この感じ嫌な予感がする、それにさっきもだけど、嫌な予感って絶対当たるんだよな……。
「簡単に言うと、白巫女ってのは溜まりに溜まった魂をその体に受け止めるんだ」
受け止めるって……物理的に?
想像したのは、体に勢い良く向かってくる魂を全身で受け止める姿。だけど、この雰囲気的にそれはありえないと、必死にそれをかき消す。
「えっと……受け止めるって?」
「……檜で出来た箱の中に水を入れて、白巫女は両方の前腕、二の腕、脹脛と太腿辺りに、切り傷を付ける。そしてそのままその箱の中に入って正座して待つんだ……。そして時が訪れると、宵ノ谷の底から魂が浮かんできて、切り傷から白巫女の体内へ入っていく。その痛みは想像もできない程で、絶えず出血しているらしい。それにその魂の憎しみや悲しみ、後悔の念が頭の中に入ってきて、体も精神もひどく傷付く。白巫女はそれをすべて受け止めなくちゃいけない。50年間溜まりに溜まった魂全部をな」
切り傷? 常に出血……? それを50年分?
想像以上の役割。剛ちゃんの話すそれを、おれはどんな顔で聞いてただろう。自分の想像している光景が、衝撃的で痛々しくて寒気が走る。出来るなら嘘であってほしかった。
「ちょっとまって……それって助かるの?」
自分でも、ちゃんと言えてるのか分からない。でも驚きと焦る気持ちを必死に隠すように、剛ちゃんに話したのは覚えている。
「…………話を聞く限り、助かる可能性はほとんどない」
助かる可能性はない。その言葉が胸に突き刺さる。
可能性が……ない? それって今までそれやってきた人のほとんどが死んだってことだよな……。じゃあなにか? 耶千さんを助けるには儀式を止めさせるしかないってことか?
儀式を中止させる。それがどれほどのことなのかは分からなかった。ただ、昔から行っている儀式で、それを目的にここに来た人達にとって、その儀式がどれほど重要なことなのか、それはなんとなく理解できる。
「あの……、その儀式が失敗したり、出来なかったりしたらどうなるの?」
「縁起でもない話はしにくいけどな……、まぁいいか。それに関しては、昔から親から言われ続けてきたことがある。儀式が失敗すれば、この村一帯に禍溢日が訪れる。それは人はもちろん村一帯を飲み込むだろう。禍溢日に飲み込まれれば最後、現世から隔離され、皆、白巫女と同じく負と永遠を共にしなければならない」
現世から隔離? 負と永遠を? なんかサラッと言ったけど……、どゆことだ?
「えっと……、つまりどういうこと?」
「ははっ。まぁ最初聞いたら何のこったかわからねぇよな。まぁおそらく簡単に言うと、儀式が失敗したら、溢れ出した負の魂が現世に影響しないように、ここいら一帯がこの世から隔離されて、俺達は白巫女と同じ苦しみを受けながら、永遠にそいつらと共に生きなきゃいけなくなるってことだな。これでもまだ難しいか」
隔離? 同じ苦しみ? 本気で言ってんのか? いや、この状況で剛ちゃんが嘘を言うはずもないし、言う必要も無い。おそらく大真面目だ。それに親から言われ続けるってことはホントに昔から言い伝えられてきたことみたいだし……。白巫女と同じ苦しみって……
「ねっ、ねぇ。その白巫女と同じ苦しみって……」
「あぁ、単純な話だ。さっき言った白巫女の感じる痛み、それをみんな受けるんだ。まぁ、簡単に言えば……村人みんな死んじまうってことだ」
村人がみんな死ぬ……? いやいやちょっと待て、いくらなんでもそれは無理があり過ぎる話……
『式柄村は忘れられた村だからな』
その瞬間、頭に過ぎった千那の言葉。
忘れられた……。
―――おれはもちろん、爺ちゃん達からも聞いたことないから、本当に忘れられたんだろう。そもそもなんで忘れられた?―――
―――村が無くなるっていって思い当たるのは、ダムとか建設するにあたって底に沈むとか、あとは……地震とか災害で全壊したとか?―――
一気に溢れ出してくる記憶を辿る中で、ここに来てから何度も感じた、冴えわたるような不思議な感覚が頭中に広がる。そんな中、おれがそのことに気付くのにそんなに時間はかからなかった。
村が忘れられた理由、それってもしかして……
「儀式の失敗……」




