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宮原少年の怪奇譚 ~桜無垢の巫女~  作者: 北森青乃
第2章 月栄え桜染め
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鍛冶守

 



「こっちよ」


 その声を追って家の角を曲がると、真千さんが木の引き戸を開けて家の中に入っていく。建物から少し突き出たその場所は、今でいう風除室みたいな感じで、玄関だってことがはっきり分かる。


 やっぱ昔から風除室みたいな造りはあったんだな……。ん?

 視界の脇に見えるぼやけた何か。それが気になってそっちの方を見てみると、その先には小屋のような建物と井戸みたいなものがあった。


 小屋と井戸?

 玄関から、少し広めの庭を挟んだ先にあるそれは、見た感じ倉庫のようにも見えるけど、屋根から突き出でている煙突のようなものがなんなのか不思議で仕方なかった。


 なにか貯蔵用の倉庫? だとしたらあの煙突みたいなやつは……


「どうしたの?」


 おれ達がなかなか来ないからか、真千さんが家の中から出てくる。


「あっ、すいません。あの小屋とか気になっちゃって」


 あんまりジロジロ見てるのも失礼かな……。

 そんなことを思いながら、当たり障りの無いように答えると、真千さんがおれの視線の先に目を向ける。


「小屋? あぁあれは鍛冶場だよ」


「えっ? 鍛冶場って……あの刃物とか作る?」


「そうそう。あたし達の家は代々鍛冶屋なんだよ。だから、苗字も鍛冶守」


「あっ、なるほど」


「そうなんですね」


 なるほど。だから煙突があるのか。

 桃野さんと2人で納得するような声が漏れる。


「さっ、入って」


 聞こえてきた真千さんの言うとおり玄関の方へ目を向けると、開いている玄関と真千さんの間から、かすかに見えている淡い炎の色。それに誘われるように、おれ達はゆっくりと家の中に入っていく。そして風除室から少し出っ張ったくつずりをまたぐと、石のかまどに積まれた薪、流し台に大きな壷。教科書で見たような昔の台所の様子が目の前に広がっていた。


 かまど? しかも石の流し台? まじか……、まじで昔じゃんか。

 この場所が昔だって聞いてはいたけど、実際にその証拠になるようなものを見てなかったから、初めて目の当たりにするそれに一瞬たじろいでしまう。


「ん? んん? 稀人か?」


 そんな時、聞こえてきた少し野太い男の声。すかさずその声の方を見ると、見ただけで分かるガタイの良さ。そんな男の人が囲炉裏の後ろ側に座りながら、土間に立っている真千さんに話し掛けているみたいだった。


「あら、(ごう)ちゃんにも見えるの?」


 ごっ、剛ちゃん?


「あっ、あぁ。だけどこんなにハッキリと見えたのは……」


 そう言いながら、その剛ちゃんと呼ばれた人がおれ達の方に顔を向ける。なんというか顔が少し濃くて、イケメンって感じなんだけど、すぐに眉間にしわを寄せながらこっちを見ている顔が、ガタイの良さもあってより一層恐ろしく感じてしまう。


 なっ、なんか言わなきゃ……。でもやべぇ。こえぇ。 

 そうは思っても、なかなか声が出てこない。そんな中でようやく振り絞って出た言葉が、


「こっ、こんばんわ」


 よりにもよって、かすれた上に上ずった挨拶だった。


「ふっ……。おっ、おう。こんばんわ」


 あれ? なんか若干笑ってね? あきらかにちょっと吹いたよね? 

 おれのかすれた挨拶を聞いた男の人の反応は意外だった。驚いてはいるみたいだけど、意外と優しいトーンでなにより少し笑っている。よほどおれの声が変だったのか、笑いをこらえたかったのか、そのまま真千さんの方を向くと、


「真千、本当に稀人か?」


 まだ若干笑いながら、話掛けていた。


「ん……。あたしも最初はそう思ったんだけど……」


 最初はそう思った?

 意味深に話す、真千さんの方をとりあえず見ていると、こっちを向いて目が合う。その意図がわからなくて、何気なく剛ちゃんの方を見てみると、またもやバッチリと目が合ってしまった。


「まぁ、ここ来て座りな」


 目が合った瞬間、畳をドンドンと叩く剛ちゃん。本人は軽く叩いてるつもりなんだろうけど、思いのほか音がでかい。


「あっ……はい。お邪魔します」


 断ったらヤバイって分かったのか、この人たちにそんな不信感が無いからなのか分からないけど、自分でも驚くぐらいの速度で返事をしていた。


 やべぇ。反射的に言っちゃったけど……刃物とか持ってないよな……?

 そんな考えが頭を過ぎる中、促されるままにおれ達は囲炉裏のある所に向かっていた。少し段差になっていて、敷かれた畳の真ん中に囲炉裏。恐る恐る靴を脱いで段差を上がると、おれはそのまま剛ちゃんの隣ら辺に正座していた。

 それに続くように、剛ちゃんの向かい側に桃野さん。おれの向かい側には真千さんが座って、はたから見たら家族団らんな光景だろう。けど、右側から圧倒的オーラがビリビリと伝わってきて、落ち着くどころじゃなかった。


「それで? 真千。おまえがわざわざ家に連れてくるってことは……なんかあるのか?」


 少し顔を覗かせて、剛ちゃんが真千さんに話し掛ける。


「まぁね。最初はあたしも稀人だと思ったんだけど……、なんか話聞いてるうちに変だなって思って」


「変? 確かに、こんなにハッキリと見える稀人は初めてだ」


「まぁ、それもなんだけど。この2人妙に落ち着いてるの……。それに剛ちゃん、もう分かってるでしょ? この子達がここに座ってる時点で」


「座ってる……、あっ!」


 こっちの方をゆっくりと見ていたと思うと、いきなり驚いた剛ちゃんの声に、一瞬体が浮いてしまう。


「まてまて、嘘だろ? ここには誰も来れないはずだろ? 道も無いのにどうやって……」


 そのガタイからは想像もできないくらいに、動揺している剛ちゃんの様子を見て、正直おれ達もどうしていいのか分からなかった。けど、それと同時に、何をそんなに驚いてるのか不思議でならなかった。


「あの……」


 その声に動揺を隠せてない剛ちゃん動きが止まると、3人の視線が自然とその声の方へ向いていく。もちろんおれがしゃべった訳じゃないし、左から聞こえたその声が誰のものなのか大体は予想がついた。その方向へ向かっておれも視線を向けてくと、3人から一斉に見られた桃野さんが少し周りをキョロキョロ見渡していた。


「あっ、あの……。どうしてわたし達が座っただけでそんなに驚いてるんですか?」


 あぁ、桃野さん。ナイス。

 所々で放たれる桃野さんの言葉に、かなり助けられてる気がする。そんな桃野さんは、そのまま2人の様子をチラチラ見ていたから、おれも便乗して2人をチラチラ眺めてみる。その様子に当の2人はお互いに顔を見合わせると、こっちを向いた真千さんがゆっくりと口を開いていった。


「あのね、稀人って死んだ人ってさっき言ったじゃない? だからこの世にいないはずの人なの。肉体とか無いからいわゆる魂だけの存在なのよね」


 あぁ、さっき真千さん言ってたな。死んでたらそうなるよね。


「魂だけってことは、稀人は物とかに触れないはずなの。でも君達普通に畳に上がって来たし、ちゃんと座ってるのよ。つまり……稀人じゃない」


 隣の剛ちゃんがそれに同意するように何度も頷くように頭を動かしている。


「だけど、さっき言った通り普通の人だと尚更ここに来れないはずなのよ。だったら稀人じゃない……君達は一体何者なの?」


 2人の視線が一気に集まる。


 何者って言われてもな……。まぁ、信じてくれるか分からないけど、とりあえず全部話してみるか……。

 おれ達のこと、ここに来た経緯。どれも普通じゃ考えられなくて、言ったって信じてはもらえそうにはない。けど、なんとなくこの2人なら少しは信じてくれそうなそんな気がした。


「何者って言われても……。えっと、まずおれ達は死んでないから稀人じゃないと思う。あと、どうやって来たかってことですけど、実はよくわかんないんです。穴に落ちて気付いたら洞窟の中にいたんですよね」


 少し明るい感じで話してみたものの、2人の表情は真剣な感じで変わることが無かった。いきなりそんなこと言われても頭のおかしいやつだって思われても仕方ないし、やっぱり冗談だって笑われるんだろうな……なんて考えていると、


「洞窟って坂の上のか?」


「えっ……あっ、はい」


 てっきり笑われるかと思っていたのに、剛ちゃんが表情を変えることなく話し掛ける。


「それで?」


「おっ、女の子に会ったんです。6歳くらいの。実はその子ここに来る前に夢とかで見たことある子で……、それで、その女の子が言ったんです。ここは150年前の式柄村だって、そしておれをここに呼んだって」


「女の子……」


 そう呟くと、剛ちゃんは真千さんの方を向いて顔を見合わせる。


 あれ? なんか思い当たることでもあるのかな? てか、千那ってここにいたんだよな? だったらこの2人は知ってるんじゃ……?


「その子の名前は……聞いたか?」


 あれ? なんか雰囲気が……、まっ、まぁいいか。

 ゆっくりと、押し殺すように話す剛ちゃんが、何かを知っているようなそんな雰囲気なのは確かだった。さっきと違って表情を変えることなく話すその姿に、一瞬で緊張感を覚える中で、おれはゆっくりと口を開いた。


「えっと……千那って言ってました」


「千那!?」


 驚くような反応の速度と大きい声に一瞬体がビクついてしまう。当の剛ちゃんはまた、真千さんの方を向いてて顔を見合わせていたけど、その様子はさっきとは明らかに違う感じだった。焦るようなそんな表情、そしてなにより隣の真千さんですらそんな顔をしている。


 そんな2人の様子を目の前にして、おれと桃野さんは黙って見ているしかなかったけど、この2人は千那のことを知っている。それだけは確かだった。




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