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宮原少年の怪奇譚 ~桜無垢の巫女~  作者: 北森青乃
第2章 月栄え桜染め
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ぼやけた先

 



 まるで夕日を浴びたようなオレンジ色が村全体を覆い尽くす。目の前に広がるそれは、見たことが無いくらい綺麗で、だけどどこか懐かしいようなそんな景色だった。それから目を離せずに居ると、不意に右腕に何かがぶつかってきて、同時にうっすらと聞こえてきたのは桃野さんの声だった。


「……かしいな……。……らさん? 宮原さん?」


 右腕に感じる感覚と、桃野さんの声でおれは我に返っていた。それが無かったら、おれはどれくらいこの景色を見てただろう。そのくらい見惚れていたのは確かだった。


「んあっ、なに?」


 焦るように出た上ずった声が、自分でも恥ずかしくなってしまう。それを隠しながら、桃野さんの方を見ると、そんなおれを知ってか知らずか少し心配そうな表情をしながらこっちを見ていた。


「大丈夫? ずっとあっち見てたから」


「ごめんごめん。大丈夫だよ。あんまり景色が綺麗でさ……」


 恥ずかしさを見せないようになるべく普通に話してみたけど、おれの思い違いだった。話を聞いていた桃野さんの表情が一気に笑顔になってて、嬉しそうにおれに話しかけてくる。


「でしょ? だからわたし宮原さんに見せたくって、ここに連れて来たの。わたしもここに来て不安でいっぱいだったけど、ここの景色見てちょっと救われたんだ」


 救われた……か。確かに綺麗だしな。あれ……? ここの景色見てって、桃野さんってどこからおれの居るところに来たんだ?

 その笑顔に釣られるように、おれの表情も自然と柔らかくなっていく。だけど、それとは裏腹に妙に頭の中は冴えるような感覚でいっぱいになる。ここに来て何度も感じるその感覚が不思議で仕方なかったけど、今はそれを頼りにするしかなかった。


「そうなんだ。見たことないよこんな景色……。あれ? そういえば桃野さんはどこからおれの居たところに来たの?」


「あっわたしはね、目を覚ましたら後ろにある洞窟の中に居たの。洞窟っていうよりは広い空間って感じだったけど」


 桃野さんはそう言うと、後ろを振り向いてそっちの方を指差す。おれもそれに付いて行くようにその先に体を向けると、桃野さんの指の先には2本の松明、その真ん中の辺りには確かに洞窟の入り口のようなところが見えている。


 あれって……。

 それを目にしたおれは、そのままゆっくりと右の方に視線を移してみた。そこにあったのは、おれ達が今出てきた洞窟。だとしたら今、目の前にあるこの場所はやっぱりおれがあの女と犯人を見ていた時、見えていた入り口と同じ場所なのは間違いなかった。


 まてよ……じゃあやっぱりここであいつは殺されたんだ。それにここを通った時、桃野さんも見てるはずじゃ? 心配させないように黙っている? それとも洞窟から出た時すでに居なくなっていた? 普通に考えたら居なくなってたなんて考えられないけど……現に今その姿はないし、血の跡すらない。それにここは現実とは何かが掛け離れてる……。なにが起こっても不思議じゃない。だとしたら……


「でもおかしいなぁ……」


 ん……?

 横から聞こえたその声の方に目を向けると、桃野さんが式柄村の方を向いて、腕を組みながら首をかしげている。


「わたしが最初見た時、ぼやけてて家とかまで見えなかった……。視力は良い方なのにどうしてだろ? 今ならはっきりと村の奥の方まで見えるのになぁ」


 眉間にしわを寄せながら、考え込むように呟いた桃野さんは、また村の方をじっと見ていた。その視線の先にはさっきと変わらず、オレンジ色のぼやけた光が広がっていたけど、心なしかさっきより濃く大きくはっきりと見えている気がする。脇に広がっている森のような場所の木の枝が一斉に風で揺れ出して、この場所でもちゃんと時間が過ぎてるのがわかる。


 ぼやけてたか……、桃野さんが見たときは霧とかガスとかがかかってたってことなのかな? 村の両側には森みたいなのが広がってるし……。だとしたら、自然現象もちゃんと存在はしてるのか。

 ゆっくりと辺りを見渡すと感じる風の感覚。それを感じるだけでそうなんじゃないかって思うには十分だった。何もわからない場所で自分で考えれた仮説が自分自身を満たしていくのがわかる。だけど、それと同時に今のままじゃこれ以外のことは全然わからないってことも身に染みる。


 とりあえず……村の方に行くしかないか。となると……

 おれは目の前に続いている道ようなところを、目でずっと追っていった。さっきより薄暗くはなっていたけど、村までの道のりははっきりと見えていた。それに月の光がかなり強くて、本当にすぐ真上にあるんじゃないかっていうくらいに辺りを照らしている。そのおかげで見える真っすぐなそれは、段々と下るようにおれがいる場所から離れて行って、川に掛けられた橋まで続いていた。そして橋の向こうに見えるのは、何件もの家が立ち並んだ集合地帯、式柄村だ。


 よし……とりあえず道なりに進めば大丈夫か。


「じゃあ桃野さん。式柄村……行こうか。何があるかわからないけど、行かなきゃ始まらないから」


 桃野さんにそう自分で言っておきながら、頭に浮かんだあの女の姿。何があるのか、どんなことが待ってるのか不安しかない。だけどそんな中で、1番の不安と恐怖は途中であの女に出くわすこと、それだった。


「はっ、はい……行きましょう」


 桃野さんの眼差しが一瞬で変わる。たぶん桃野さんもわかってるはずだった。ここから足を踏み出したら、たぶん後戻りできないし、そんな余裕なんかないってことに。それでも、ここから出るには耶千を助けるしかない。

 もしかしたら他に方法はあるかもしんない。だけど、あり得ないことだらけのこの場所で、それも1869年って時代から抜け出せる方法なんて、いくら考えても出てくるなんて思えなかった。それに、背後に立ち塞がっている山のような岩、横一面に広がっている先の見えないくらいの沢山の木。おれ達を村に誘い込むような……そんな自然を前に、千那言われた『出口なんてない』って言葉が突き刺さる。


 やっぱり、千那の言うことを信じるしかない……。

 それだけが頼りだと信じて、おれ達はゆっくりと足を踏み出して歩き始めた。




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