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宮原少年の怪奇譚 ~桜無垢の巫女~  作者: 北森青乃
第2章 月栄え桜染め
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月栄え

 



 目の前の桃野さんと、一緒になって笑っている。それは少し心地よくて、心が落ち着いて、そんな時間だった。だけど、それはほんの一瞬だった。桃野さんの後ろに見える洞窟の入り口、その先には真っ暗い闇だけが続いている。それが目に入った瞬間、今までのこと、これから行かなきゃいけないことが頭の中に溢れ出してきて、自然と笑顔が消えていく。


「宮原……さん?」


 話しかけてきた桃野さんの声は心配そうな、でもどこか不安そうな感じだった。たぶん桃野さんも察したんだと思う。何気ない会話がなんでこんなにも嬉しいのか、おれが見つめるその先に得体の知れないなにかが潜んでるってことに。


 何とかしなきゃ……。じゃなきゃ2人ともずっとここにいることになる。それか……。

 あの犯人を殺した女の姿が浮かんでくる。刃物を振りかざし、返り血を浴びながら笑っていたその姿に、少しでも間違ったら……その不安と恐怖が一気に体を飲み込んでいく。


 それだけは嫌だ。絶対に……。絶対に。

 必死に自分に言い聞かせながら、ゆっくりと桃野さんの方に視線を戻す。そこにいる桃野さんの、不安でいっぱいって表情が、尚更おれをそう強く感じさせる。


 理由は分からないけど、たぶんあの女にあったらまずい気がする……。見つからないように耶千を探す、それしかない。……待てよ? だったらそんな危険を冒すのはおれだけでいいんじゃないか? 桃野さんはここの奥に居てもらって……その方が安全じゃないか?

 村がどうなっているのか、他にどんな奴がいるかさえわからない。だからこそ、桃野さんはここにいるべきだと思った。それにこの状況の中で、自分が桃野さんを気に掛ける余裕がある自信がなかった。


「桃野さん……。桃野さんはここの奥の方で待ってて」


「えっ……」


 おれの言葉を聞いた桃野さんの表情がどんどん沈んでいく。


「この先、なにがあるかわからない。それにおれ見たんだ……刃物を持った、着物を着た女を。たぶんあいつが原因だと思う。それに村だってどうなっているか分からない……だからそんな危険な所に桃野さんを……」


「嫌です!!」


 洞窟に響くその声に、話していた言葉が口から消える。目の前の桃野さんは、さっきの不安そうな表情から一転して今にも泣き出しそうな表情に変わっていたけど、その目は何かを必死で訴えるような、そんな気がした。その変わり様を前に、おれはそれ以上なにも話せなくって、そんな桃野さんをただ見ていることしかできない。


「わたしは……みんなに会う為に、自分の意思でここに来たんだよ。だから、宮原さんに会えた。嬉しかった。自分が何をできるかわからない……でも何もしないで居るくらいなら、行動して自分が後悔しないようにしたいの。わたしが足手まといになったら構わず放っておいていい、逃げてもいい……だから、わたしも行きます。式柄村に!」


 桃野さんのその言葉に、恥ずかしいけどおれは圧倒されてしまった。さっきまで泣きそうだった桃野さんが、意を決したような表情でおれを見つめてくる。その眼差しは力強くて、まっすぐで……。勝手に気弱そうな優しそうな、そんなイメージを持ってたからかもしれない。だから尚更、桃野さんのその言葉が心に突き刺さって、何もいえなくて……彼女の覚悟を認めるしかなかった。


 びっくりした。まさか拒否されるなんて……。それに桃野さんのあの顔、冗談って訳でもないよな。

 ……そりゃ家族に会いたいにきまってる。その為に自分で行動してここに来て、それでおれは助けてもらったんだ、それをやめろって言われたら、誰だって……。

 桃野さんの気持ちも考えないで、そのまま軽はずみに話してしまったことに後悔しか出てこない。なにか話さないとって思っても、次の言葉がなかなか出てこなかった。


 やばい、なんて言ったらいい……。なんか言わなきゃ雰囲気が……とりあえず謝るか……?


「ごっ、ごめん」


 搾り出すようにやっと出た言葉だった。どうしていいかわからないおれと、真剣な面持ちの桃野さん。顔を見合わすおれたちの間に、沈黙の時間が流れる。そんな気まずそうな雰囲気の中、先に口を開いたのは桃野さんだった。


「ぷっ。ふふふ」


 笑った……?

 想像の斜め上を行く言葉……というか反応に、頭の中がこんがらがってしまう。いい意味で、おれは唖然としていたのかもしれない。


「宮原さん、お互い様だよ。」


 お互い様……。あっ……。

 微笑むような表情で、桃野さんが話した言葉。聞き覚えがあるそれは、さっきおれが桃野さんに言った言葉そのものだった。


 そっか……あんまし気にすんなってことか……。

 直接聞いたわけじゃない、だけどきっとそういうことなんだと思う。でなきゃいきなり微笑んだりしないし、そうであって欲しいと自分自身が願っていた。その不確かな感情のまま、それに逆らえずに自分の口が緩んでいくのが分かる。


「そうと決まったら」


 さっきと変わらない桃野さんの声と共に、左手に何か暖かい感触を感じる。それがなんなのか確かめる間もなく、


「いこう!」


 そう言って、桃野さんは体を後ろに向けると洞窟の入り口の方に向かっていく。


 行こう……?


「うわっ」


 それに引き寄せられるように、おれの体は引っ張られるように前に進んでいた。左手に感じる感触が段々強くなってきて、訳も分からず必死にその動きに付いていく。その勢いに、転ばないようにするのが精一杯だったけど、それでも自分の左手が気になって仕方なかった。


 なんか左手引っ張られてる? なんだ……?

 それを確かめようとゆっくり視線を下に向けていくと、おれを一生懸命引っ張ってる桃野さんの背中、その横にこっちに伸びている左腕が見えてきた。そして、その先の左手はおれの左手を握っている。


 桃野さんがおれの手を……。なっ、なんで?

 引っ張られている正体が分かっても、結局おれは何もできなかった。桃野さんがおれの手を握っているのに少しドキドキして、なんで握ったのかわからなくて焦っちゃって、頭の中はグチャグチャなままだった。そんな内に、どんどん洞窟の入り口は近づいてきてて、松明の火の明かりが徐々に大きくなってくる。おれがそれに気付いた時には、桃野さんはもう体半分外に出てしまっていた。


 あっ! まずい。その先にはあの男の……さっき殺された死体が!

 そう思った時、すでに桃野さんはその体全てが外に出てしまっていて、もう手遅れだった。彼女の眼にはあの男の死体が映っているに違いない。それに遅れるように、おれもゆっくりと洞窟の外へ歩みを進めていくと、洞窟の陰からゆっくりと見えてくる外の景色。先の方にある松明……そして、その松明の近くにはさっきの男の死体が……。


 ない……。死体がない。

 おれの眼に映ったのは、入り口の先にある2本の松明とその横にあるもう1つの洞窟の様な所の入り口。それだけだった。男の死体なんてどこにも見当たらない。


 嘘だろ? たしかに男がさっきここで……。

 頭の中に足を切られ、喉を切られた男の姿が浮かんでくる。それは確かに自分が目にしたことだったし、勘違いにしては鮮明な記憶だった。


 見間違いなんかじゃない……。でもだとしたらなんで? おれが気を失った後であの女が片付けたのか? 1人で? きつくないか?


「どうしたの? こっちだよ」


 そんなおれを余所に、こっちを振り向く桃野さんの顔には少し笑みが見えていた。左手にはさっき感じたような力強い感触と引っ張られる感覚。それを感じたおれの体は、またしても桃野さんのなすがままになっていた。


 体がゆっくりと松明の方へ向かっている。おれは死体が消えていることがまだ信じられなくって、頭の中が留守になっていた。かろうじてわかったのは、桃野さんに連れられて、立っている松明の方に向かって歩いてるってことだけだった。


 やばい……訳わかんねえ。片付ければ死体がなくなるのはまだわかる……だけどあの噴き出た血の跡、それらしき物さえ1滴も見当たらない……。


「ここだよ、見てみて? ……あれ?」


 相変わらず、頭の中はぐちゃぐちゃしていて整理もつかない。そんな時聞こえてきた桃野さんの声。前にいる桃野さんはいつの間にか左側の方を見ていて、そっちを指さしていた。


 ん……? 左? いったい何が……。

 それを見た瞬間、何を考えるでもなく、操り人形の様におれは桃野さんの指さした方に視線を向けていた。広く拓けた原っぱのような所に、ここから下るように道が続いていて、その道の先に見えたのは立ち並んでいる数十件の茅葺屋根の家。その見た感じの多さに少し驚いちゃったけど、目の前に映る景色の前にそんなのは一瞬で消えてしまった。


 その真上から顔を出している月の光と、各々の家からこぼれる明かりが混ざり合って、その周辺を淡いオレンジの光が覆い尽くす。まるでそこにある家の全てを包み込むような、そんなやさしい光が綺麗で幻想的で、この世のものとは思えないほど美しくって……ただただ見惚れるしかなかった。


 ここが……式柄村……。




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