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宮原少年の怪奇譚 ~桜無垢の巫女~  作者: 北森青乃
第2章 月栄え桜染め
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朧げ

 



 誰もいない洞窟の奥を、おれはただただ見つめていた。そこにいたはずの千那は、本当に目の前で消えていくようにいなくなった。


 消えた……。本当にいなくなった。

 いきなり現れた時も、どうやって出てきたのか不思議だった。いくら有り得ない存在だってわかっていても、いざそれを目の前にしたらやっぱり夢なんじゃないかって疑ってしまう。だけどそれを否定するように、心臓の鼓動が体の中に響き渡って、それを聞く度に有り得ないことが当たり前のように起こる、ここはそういう場所なんだって改めて身に染みる。


 じゃあなにをすればいい……。この有り得ない現実でおれは何をしたらいい。


『姉様を助けてほしい』


 そんなおれの頭の中に、いないはずの千那の声が浮かんでくる。それは千那の願いであり存在している訳。そしておれがここに呼ばれた理由だった。


 助けるだけならいくらだって助けてやる。だけど、その姉様はどこにいる? なにをしている? 年は? 特徴は? なにをどうしたら助けたことになる? 話しかける? どこかに連れていく? 全然わかんねぇ……。

 ゴールは見えるのに、そこへ行くための道がわからない。今のおれはただスタート地点で千那から渡された絡まった糸を握って座り込んでいるだけだった。


 迷路を抜けるには、この絡まった糸を解いていくしかない。ここが何処なのか何なのか、時代背景に村人達の関係。千那こと、耶千のこと。考えたらキリが無いくらい頭の中に浮かんでくるそれを、おれは自分で行動して全部を知らなきゃいけない。そうしないと紐は絶対に解けない。それが解けないと一生迷路からは出られない。そう思った瞬間、一気に体から力が抜ける。


 目線の先には、変わらないゴツゴツとした岩肌。気が付くとおれは洞窟の天井を見つめていた。特に理由なんてなかった。ただ、黙ってうつむいているのが嫌で、無理やり上を向いたんだと思う。それに黙っていても何も始まらないってことは自分が1番分かっていた。


 わからない……。だったらもう1度起こったこと、千那から聞いたこと、それらを思い出して……動くしかない。

 おれは自分に何度もそう言い聞かせて、まっすぐ前を向いてみたけど、目線はそのまま下に向いてしまう。そのままうつむいていたって、それ以外の選択肢が出てくるなんて思えなかった。だから、無理やりにでも考えるしかなかった、行動に移す……その為の準備を。


 思い出せ……。そしてそれを繋げて、1本の紐になるように解いていけ。

 頭の中で、必死に今までのこと、千那から聞いたことを思い出していく。


 まず、千那とおれは昔会ったことがある。だけど川で溺れて、それからおれは千那が見えなくなったんだよな? それで、昨日なぜか見えるようになった。だからおれをここに呼んだ。

 ここまでは大丈夫。ただ、なんでおれが千那を見えてたのか、あの出来事の後見えなくなったのか、なんで昨日になって見えるようになったのか、その理由はわかんないし、千那がいなくなった以上その答えを聞くことはできない。


 それは仕方ないとして……。次にここのことだ。千那が言うには、ここの名前は式柄村、忘れられた村らしい。おれはもちろん、爺ちゃん達からも聞いたことないから、本当に忘れられたんだろう。そもそもなんで忘れられた? 少なくとも150年前は存在しているはずだし、その後か……。村が無くなるっていって思い当たるのは、ダムとか建設するにあたって底に沈むとか、あとは……地震とか災害で全壊したとか? でも考えてみれば、150年前にダムの建設は厳しいか……。

 だとすれば自然災害による全壊って線が一番近いかもしんない。実際にその村見てないから何とも言えないけど、千那が嘘を付く理由もないし、洞窟出た先に本当に存在してるんだろう。1868年の式柄村が……。


 改めて考えてみると、自分の置かれている状況がいかに現実離れしているのかがわかる。いつも自分が想像していた、世にも奇妙な怪奇現象に遭遇してそれを解決する。そんな妄想は妄想だからいいんであって、実際に目の辺りにしたら、高揚感も緊張感もそんなもの一切感じない。その代わり、悪い意味の緊張感と不安だけがのしかかってくる。


 やっぱちゃんと見るまでは何とも言えないよな……。それに問題は千那の言ってた姉様だ。名前は……耶千って言ってたかな? 助けてってことは、千那自身では助けれない? じゃなきゃ150年も居やしないか。普通に考えれば捕まっているとか閉じ込められてるってことだと思うけど……。 あいつ時空を超えてんじゃん、それで助けれなくて、おれが助けれるって根拠もよくわかんねぇな……。 

 てか、助けるってどういう意味なんだ? 150年前ってこと、それに千那の様子から言って、もう……死んでるってわかる。だとしたら姉様もなんじゃないのか? まぁここでは1868年だから生きてるとして、このまま助けたら姉様が生き延びたって歴史が変わるのか? でもなんでそうしたいんだ? もしそういうことなら自分も助けてくれって、そう言うのが普通じゃないか? なんで姉様だけなんだ?

 それに千那が言ってた『おまえも見たはずだ。なぜかここにいる、いるはずのない人間』って言葉。そいつらもここへ来れるって言ってたっけ……。もう見た? いつだ? 落ちて、目が覚めて、洞窟を歩いて……声が聞こえ……。 あっ!


 その時、頭の中に記憶が甦ってくる。洞窟の入り口の前で後ずさりしていた半袖短パン姿の男……と髪の長い女の姿。そして、その後に起こった光景。その1つ1つが少しずつだけど繋がっていく。


 あの男……。衝突事故の犯人。まさになぜここに? ってやつじゃん……。それにそいつを追いこんでた女。たしか着物を着ていた……ってことは時代的に150年前の人じゃないか? あんな刃物持って挙句の果てにあいつを……、あんなの普通じゃない。

 だとしたら千那の姉様は、あの女の人に追われている? それかどこかに閉じ込められてるんじゃないか? それにもし、あの女が原因で村がなくなったとしたら……極端な話、村人が全員殺されたとかだったら……。どうにかしてあの女から姉様を助け出す。それなら千那の言ってたことも少しは繋がってくるのはくるけど、そうなるとますますわからなくなってくるな……千那が自分と姉様両方助けてくれって言わないのが……。まぁそれも今の段階じゃ何とも言えないか。だったら後は……あの犯人だよな。逃走中の犯人がなんでこの1868年に? いったいどうやって……。


「あっ、あのっ!」


 突然聞こえた声に、一瞬ビクっと体が浮き上がる。


「はい……?」


 声のする方を振り向きながら、情けない声が口からこぼれる。そこには立ち上がった桃野さんがおれの方をずっと見ていた。


 あっ、桃野さん……桃野さん? そういえば桃野さんもなぜかここに来た内の1人じゃないか。でも、さっき千那に言われた後、結構あせってたしな……。さすがに直球では聞けな……


「ごめんなさい。いきなり女の子が出てきてびっくりしちゃって……それなのにいきなり話し掛けられちゃってもう焦っちゃって……」


 さっきの様子からは想像できなかった、思いのほか元気そうな声が聞こえて少し安心する。


 まぁ、いきなり女の子が出てきたらそりゃびっくりもするよな……。それで話しかけられたら尚更だし。なんかしっかりした目でおれの方見てるし、考えすぎだったか?


「わたし……、家族で湖に来てたんです。それでみんなで泳いでで……わたし溺れたんです。手は動くのに足が鉛みたいに重くて、そのうち口に水が入ってきて……。必死に助けて助けてって頭の中で叫んで、それで気付いたらあっちにある洞窟みたいな所で寝てたんです。自分でも信じられなくて、そんな話誰も信じてくれないと思ってたけど、さっき宮原さんが話してるの聞いて……そういう場所なんだってわかって……少し安心しました」


 言い終えた桃野さんは、なんかホッとしたようなそんな表情をしている。おれだって、ここに穴を転がって来たなんて言ってもだれも信じてくれないと思うだろうし、だから桃野さんの気持ちがよくわかるし、結構苦しかったんだと思った。おれは桃野さんのそんな様子を見ながら、立ち上がると、


「まぁ気にしないで。てか千那のこと見えてたんだ。てっきりおれにしか見えないと思ってた。でもよかった、おれ1人で話してたり怒ってたり……変な人に見られたかもって思っちゃってた」


 少し苦笑いを浮かべながら、ゆっくりと桃野さんの方へ歩いて行く。どのみち洞窟を出なきゃいけないし、案外普通な感じなら桃野さんから聞きたいこともあった。


「あっ、はい。わたしそういうの見たことなかったんですけど……。あの女の子、千那ちゃんでしたっけ? あの子ははっきり見えたんです。最初は普通の子どもだと思ってたんですけど、しゃべり方とか妙に大人びてて……それで本当に消えちゃったから……」


「やっぱりびっくりするよね。おれも最初かなりびっくりした」


 桃野さんもやっぱり見えてた。そもそも桃野さんは今までそういう類を見たことなかったみたいだし……そういうのが見える空間? ってことなのかな? てことはここに来た人全員が見えるってことになるのか、千那やさっきの着物を着た女とか……。女に関してはおれも実際に見たしなぁ。

 桃野さんにも千那が見えていた。それがわかった瞬間、考えるべき道筋が頭の中に浮かんでくる。少しずつでも進むことができる実感がちょっとだけ嬉しくて、そのまま桃野さんの目の前で立ち止まった。


「千那のこと見えてたなら話は早いね。信じられないと思うけど、ここは1869年の式柄村ってところで、千那の姉さん、耶千さんを助けないとここから出られない。かなり面倒なことに巻き込まれちゃったけど……」


 ここまで来たら、桃野さんと協力してここを出るしか方法はなかった。それにこの状況で案外普通な感じの桃野さんなら、多少変なことを言っても信じてくれそうで、話がしやすい気がする。


「それはお互い様ですよ」


 そんな桃野さんの少しの笑顔に癒されながら、次にどうするべきか頭の中で考える。


 とりあえず……ちゃんとした自己紹介かな?


「とりあえず、簡単に自己紹介だけするよ……。さっきも言ったけどおれは宮原透也、高校3年生。一応この村があったと言われてる青森県石白市に住んでます」


「あっ、わたしは桃野真白って言います。同い年なんだね、わたしも高校3年生。住んでたのは東京なんだけど……やっぱり、改めてさっきの話びっくりするよね? 東京にいたはずなのに青森県にいるんだもん」


 東京か……うらやましいな。

 初めて話をした時から、訛りが無くてイントネーションが違ってて、こっちの人じゃないってことは薄々感じていた。それがまさかの東京住まい……。それを聞いた瞬間、真っ先に感じる羨ましさ。会話の標準語1つ1つにも少し憧れを感じてしまう。


「東京か……。通りで言葉が綺麗だと思った。おれ東京に憧れててさ」


「そうなの? 綺麗って……あっ、さっきのあれもしかして標準語が綺麗って意味だったの? 恥ずかしい……」


「いやいやそういう意味じゃ……。てかおれも恥ずかしいんだから掘り返さないでよ」


「だって……。ごめんなさい。ふふっ」


 照れ笑いをするような桃野さんの表情に、釣られるようにおれも笑っていた。ここに来て初めてだったし、むしろ本当は笑えないのかもしれない。それだけにちょっとでも笑えたこの瞬間が、少しだけ嬉しく感じる。


 できるなら、この時間が終わって欲しくなかった。




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