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宮原少年の怪奇譚 ~桜無垢の巫女~  作者: 北森青乃
第2章 月栄え桜染め
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忘れられた

 



 なんなんだこいつ……。

 ニヤりとしながらこっちを見下しているこいつを見ているうちに、だんだんと誰かに似ているような、そんな感覚を覚えてくる。


「こいつじゃないって言ってるだろう」


 そこに突っかかるのかよ……。てか、さっきからなんでおれが思ってることに反応してるんだ? こいつ……。

 さっきは頭に血が上ってて気にも留めなかったけど、考えてみると会話をしたような気持ちになっていただけで、おれ自身が声を出してしゃべってた訳じゃなかった。だけどこいつはおれの思ったこと、考えてたことに対して返事をしていた。今だってまさにそうだし。

 それに、無表情で大人染みた感じかと思うと、ちょっとしたところに文句をつけてきて年相応に子どもっぽい所も見せる。その姿はやっぱりどこかで見たことのあるような気がした。


 あれ? なんだか似たようなのを見たことあるような……。小さくて、人をバカにしたような、子どもっぽい感じ…………。あぁ、湯花だ。


「こいつじゃないし、湯花でもないって言ってるだろ。何度言わせるんだ」


 うわ……。言葉遣いは違うけど、反応の仕方はまるで一緒じゃん。まぁうるさくないだけこっちの方がましか……。

 そうなると尚更、さっきまで苛立っていたのがバカらしくなったし、むしろあんなにムキになっていたのが恥ずかしくなってきた。それに目の前に湯花がいるって思えば、一気に気が楽になる。


「わかって言ってんだよ。それにさっきからなんなんだ、こっちが思ってることに反応しやがって。心の中でも読めるのか?」


 そうなったら話は早い。おれは千那に向かって皮肉たっぷりに話すと、シャドーボクシングのように右手でパンチを繰り出す。おれの拳はやっぱり千那には当たらなくて、その体を何度もすり抜けていたけど少しは良いストレス発散になった。


「この(なり)だ、それくらいできる。だから触れないって言っただろう。やめろ、当たらなくても不愉快だ」


 無表情の顔が、少しきつくなる。


 おっとやり過ぎたかな……。

 そう思って、嫌々シャドーボクシングをやめると、改めておれはまっすぐ千那の方を眺めた。目の前にいる千那が現実では考えられないような存在だってことは、身をもって分かった。だからこそ、もう1度ちゃんと聞きたいことが沢山あったし、それをできるだけ知りたかった。


「わかった。じゃあいくつか聞きたいことあるんだけどいい?」


「もちろんだ」


 おれの問い掛けに真面目な空気を感じたのか、千那の表情も少し変わる。そんな中でおれはゆっくりと口を開いていった。


「まず、ここはどこなんだ?」


「ここは……式柄村」


 うん……。少なくともおれの住んでる地域では聞いたことがない。てことは……他の場所?


「それはどこにある村なんだ?」


「今の時代で言う……青森県石白市(せきしろし)。まぁ詳しく言うなら、森白山……その中だ」


 石白市? しかも森白山の中? 林檎畑がある山じゃんか……。

 千那の口から出た石白市、それはまさしくおれが住んでいる所だし、森白山はおれの家からも良く見える林檎畑がある山だった。


 でも、式柄村なんて聞いたことない。親父とか、爺ちゃんからも聞いたことないぞ……。


「ほっ、本当なのか? 本当に森白山の中なのか? 近くに住んでるけど、今まで式柄村なんて聞いたことないぞ?」


「嘘を付いてどうなる。まぁおまえの爺さん婆さんが、村のことをわからないのも無理はない。式柄村は忘れられた村だからな」


 忘れられた村……。

 いきなり飛び出た、まるで都市伝説のような単語。それだけだったら興味が湧いて楽しそうだけど、今までのことを考えると、なんとなく嫌な予感しかしなかった。それでも、おれは聞くしかない。ゆっくりと生唾を飲み込むと、その音は耳に大きく響いた。


 爺ちゃん達でも知らない? だめだ。もっと聞かないと……。もっと、情報を……。


「なぁ、忘れられたって言ってたけど、ここにあるんだろ? その村が。今も人がいるってことなのか……?」


「今はどうなっているかわからない。」


 今は? 今はってどういうことなんだ?


「ちょっ、ちょっとまて。今はってどういう意味だよ。洞窟の外にあるんだろ?」


「あぁ……確かにここを抜けた先に村はある。1868年の式柄村がな」


 1868……年……。1868年? 嘘だろ? 150年も前じゃねぇか……。さすがにありえない。ありえない。

 さすがに話が現実離れしすぎて、ついていけなくなる。近くにあったらしい忘れられた村。その存在だけでも半信半疑なのに、極め付けがタイムスリップ。頭が少しクラクラしてくる。


 嘘…じゃない? 嘘じゃないとは思うけど……。


「おい……今は2018年だぞ? そんな嘘は……」


「あたしは本当のことしか言わない。嘘を付く必要がない。ここは紛れもなく1868年の式柄村がある。そういう場所なんだ」


 震える口で搾り出した言葉に、千那は容赦なく返答する。その表情はまったく変わらず、静かにおれを見ていた。その水色の瞳がまっすぐおれに向かってきて、冷たく感じる。


 たしかに、ここに来たときから少しおかしな感じはしていた。だけど心臓はちゃんと動いているし、色んな物の感触もあった。だから、どこかに迷ったとかそんな風に少し楽観視していた。夢じゃない……今思えばその時点でおれは事の重大さに気付くべきだったんだ。夢じゃない……だから今までのことは全部現実。今起こっていることも、そしてこれから起こることも、全部現実なんだって。


 ふぅ。ため息なのか、深呼吸か自分でも分からないけど少しうつむきながら大きく息を吐くと、おれは千那の方を見つめていた。現実離れした現実、それは事実であってもう避けようのないことだった。だけど、おれの心の奥底には大きな疑問の塊が残っている。


 千那はさっきこう言った『姉様を助けて欲しい』と。だけど、なんでそれがおれなのか、見たことも会ったこともないおれなのか、それが分からなかった。


 なんでおれなんだ……? もっと別な人がいたんじゃないか? たくさん人がいるのによりによってなんでおれなんだ?

 怒りとか不満とかそんな気持ちは湧かない。ただ単純にその理由が知りたかった。おれは千那の目をまっすぐ見ながら、口を開く。


「なぁ……なんでおれだったんだ? なんでおれを呼んだんだ? もっと他にいいやつがいたんじゃないか? なんでおれみたいな普通なやつにあんなこと頼むんだ?」


 千那は少し無言のままおれの方を見ていたけど、ゆっくり瞬きすると、おもむろに話し出した。


「簡単だ。ここ以外であたしのことが見えたのは、おまえだけだったからだ。150年の間でただ1人な」


 見えていた?おれだけが……?


「見えていたって……。おれがお前の姿を初めて見たのは昨日だぞ? いくら見えてたからって昨日の今日で……」


「12年前だ」


 じゅう……に?

 また千那に話を遮られる。遮られるっていうよりは、自分の求めている答えを先に出されて、その速さに理解が追いつかないって言ったほうが正しいかもしれない。


「12年前だ。初めてお前と会ったのは、覚えてないか……」


 12年前、6才の時って……そんなの記憶に……あれ? 6才……?


『透也が6才くらいの時かしら、たっちゃんの所に遊びに行くって出掛けたのよ? でも夕方になってもなかなか帰ってこないからお父さんとお爺ちゃんと母さんで探しに行ったのよ。そしたら林檎畑に続く道路あるでしょ? そこ歩いてたの……びしょ濡れで。どうしたの? どうして濡れてるの? 誰といたの? って聞いてもわからないってしか言わなかったしね』


 頭の中で、昨日母さんから聞いた話が蘇ってくる。おれがお守りをもらうきっかけになった事件、あれがあったのも6才くらいの時だったらしい。もしかして……


「もしかして、上野川(かみのがわ)かどこかで会ったのか?」


 確証はなかった。ただもしあの時千那の言っていた通り、おれ達が会ったのなら場所はそこしか考えられなかった。


「思い出したか? そうだ。そこでお前と会った」


 やっぱり……。だとしたら千那は知っているはずだ。どうしておれはずぶ濡れだったのか、どうしてそうなったのか。


「残念だけど思い出したわけじゃない。だから聞かせてほしい、おれと千那が会った時なにがあったのか。なんでおれはずぶ濡れだったのか」


 それを聞いた千那は、少し間を開けた後ゆっくりと口を開いた。


「あの日あたしは、いつも通り上野川の川岸で1人佇んでいた。だれにも気付かれることもなかったし、そんな毎日が憂鬱だった。だがあの日、後ろからいきなり声を掛けられた。透也、お前にな」

「もちろん驚いた。長い年月の中で、ここ以外であたしの存在に初めて気付いたんだからな。そんなあたしのことなんぞ露知らず、初対面のくせにお前は底なしの笑顔でひたすら話しかけてきた」


 あぁ……やっぱり小さい頃のおれは少しやばい奴だったみたいだな。


「それを聞いているうちに、少し嬉しくなったんだろう。おまえが言うにはあたしは笑ってたらしい。それでそれに気を良くしたのか、お前は魚を取ってやると言って川の真ん中辺りにまで入って行った」

「そこまではよかった。ただ、すぐにおまえの姿はなくなっていた。そしてしばらくして現れたのは、手足を必死に動かして溺れている姿だった」


 あぁ……やっぱり小さい頃のおれはかなりやばい奴だったみたいだな。


「溺れながら流されていくその姿に、あたしはどうすることも出来なかった。触れることもできないし、1歩も足が動かなかった。時間だけが過ぎ、川に流されていくおまえを見てもうだめだと思った時、偶然浅瀬に打ち上げられていた流木の先におまえの服が引っ掛かった」

「そのままおまえは自力で川岸まで戻ったんだ。そのあと大の字になって夕方まで寝ていたがな。あたしは何も出来なかったことが恥かしくて、申し訳なくて、帰って行くおまえの姿を遠くから見ることしかできなかった。これがおまえと初めて会った時の話だ」


 まじかよ……。結構危険な目にあってるじゃん。そんな衝撃的なこと少しは覚えててもいいもんだけどな……。それにしても、小さい時のおれって……。

 予想していたより衝撃的だったことと、自分のバカさ加減がひど過ぎてなんとも言えない。できるならこれ以上昔の話は聞きたくなかったけど、そんな思いを無視するように千那は話を続けた。


「まぁ、それからお前とは距離を開けていた。申し訳ない気持ちも少なからずあったからな」


 少なからずって……。


「だが、少し経って気付いた。自分のことが見えるおまえなら、助けてくれるんじゃないかって。それで、もう1度おまえに会いに行った。前と変わらずうるさくてな、まぁ安心はしたが……。ただ、前と違っていたことが1つだけあった。目の前にいるあたしに、おまえは気付かなかったんだ。それからずっと、昨日までな」


 見えなくなった……? なるほど、なにが原因かは分からないけどそうなったから、昨日おれは初めて千那を見たって思ったわけか……。

 昔に会っていた、でも覚えていなかった。その理由が分かった以上、母さんの言っていたあの事件の真相が理解できた。なんで川であったことを覚えてなかったのか、それはわかんないけど、この際それはどうでもいい。真相が分かればそれだけで。


「まぁ、今思えば見えるようになったのがこの時期で良かったのかもしれんな」


 この時期……?

 それは千那がボソッと呟いた言葉だった。


「この時期って……何でだ?」


「気にするな。それに……」


 その時、しゃべるのを止めて千那は一瞬上の方を見つめた。それは本当に一瞬だったけど、自分で話をする時必ずおれの方を見ていた千那が目線を外したことが、少し引っかかった。


「時間が無くなってきたな。少し急ぐぞ」


 目線を戻したかと思うと、千那は急ぐように話を続ける。口調も少し早口で、だけどその目は時折見せるひたむきな眼差しだった。わかっている、わかっているけど、おれにはその状況がうまく飲み込めなくって、しどろもどろな言葉しか出てこなかった。


「ちょっ……時間がないって……」


「いいか、透也。この場所に出口なんてものは無い。そういう類を期待するだけ無駄だ。それと、あたしに呼ばれなくてもここには来れる」


 見事にぶった切られる自分の話。だけど、それに慣れてしまた自分がいるのも確かだった。急ぎ早に話す千那、だけどそれを言い終えた後、その目線はまたおれから外れていた。今度はおれの左側。

 そのまま体をねじるようにそっちの方を振り向くと、その先に居たのはおれと同じように地面に座って、キョトンとした表情でこっちを見ている桃野さんだった。


 桃野さん……? やばいすっかり忘れてた。 まてよ? 千那のこと見えないんじゃないか? てことは、おれ1人で話してるただの情緒不安定な人物じゃんか!

 今までの千那とのやり取りを見られていた。それが分かった瞬間、一気に恥ずかしくなる。さっきまでうまく行っていたと思ってた関係が崩れていくのが目に浮かぶ。


「おまえも、どうしてここに来たか、自分自身がよく知っているはずだ」


 そんなおれをよそに、千那は桃野さんに向かって問いかける。それを聞いた桃野さんは、無言で千那が居る方を見ていた。まるで、おれしか見えていないと思ってた、千那が見えているかのように。そしてその考えは、桃野さんの目が泳ぎだしたことで確証に変わる。その瞬間、桃野さんは顔を伏せるとそのままうつむいてしまった。


 桃野さんにも見えてる? それに千那が言ってた自分自身がって……。たしかに桃野さんはどうやってここに……。

 わからない。ここに来る方法、桃野さんの様子の変わり方、それがうまく繋がらない。けど、そんなことを考えている暇もなく、おれの後ろからは聞いたことのある声が再び聞こえてくる。


「透也、おまえももう見たはずだ。なぜかここにいる、いるはずのない人間を。そいつらもここには来れるんだ」


 その声に、おれはゆっくりと自然を前に戻す。そこにはさっきと変わらず千那が立っていたけれど、体全体が……なぜか薄く感じる。


「おっ、おい。なんか薄くなって……」


「時間がない。あたしはもういかないと」


 その姿に思わず声が出たけれど、そんな心配そうな声さえ遮って、千那は話を続ける。それはさっきよりも早口で、反射的に本当にいなくなってしまうんだなって感じた。その様子におれは千那の言葉を黙って聞くことしかできなかった。


「透也、酷なのはわかっている。だけどあたしにはおまえ達しかいない」


「姉様をどうか救って欲しい。お願いだ」


 千那の体がどんどん薄くなってくる。そんな姿を前に、


「わっ、わかった」


 できるかわからないのに、そう言うのが精一杯だった。


 その言葉を聞いた千那はひとつ頷くと、こちらの背を向けて、洞窟の奥の方へと歩いていく。その姿は、もうほとんど透けて、千那の体が見えるか見えないか……そんな時だった、


「透也……気を付けろ」


 その一言を残して、千耶はいなくなってしまった。まるで誰もいなかったように、綺麗に。




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