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宮原少年の怪奇譚 ~桜無垢の巫女~  作者: 北森青乃
第1章 宮原透也という青年
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呼ばれて、誘われて

 



 ふぅ……。

 わたしは大きく息を吐くと、額の汗を手で拭う。時々感じる生暖かい風が、心地よく感じる。


 もっと遠くへ……。

 そう思いながら、ひたすら歩いてきた。どれくらい時間が経ったかなんて覚えてもいない


 最初は湖に沿うように続いていた道路も、次第に右へ左へと曲がりくねってきて……。

 そんな道路を通るたびに、どんどん奥へどんどん遠くへ向かっているんだと感じる。


 人の気配はもちろん、車すら通らない。辺りは独特な静けさが広がっていて、聞こえてくるのは虫の鳴く声と、微かな湖の音だけ。


 なんか、静か過ぎて世界にわたししか居ないみたいだな……。

 そんなことを思いながら、急な右カーブの道路を曲がり切った時だった、わたしの目の前に現れたのはずっと真っ直ぐに続いている道路。


「うわっ、すごいなぁ」


 わたしは少し歩くと、いきなり現れた景色を目の前に立ち止まる。左の方には木とか岩とか遮るものが無くて、一面に広がる湖を眺めることができるし、その真上でこっちを見下ろしている月の光が一面に広がる奥豊湖に反射して、波打つたびにそれがゆらゆら揺れてなんだか幻想的な雰囲気だった。


 なんか、吸い込まれそう……。

 そんな雰囲気に吸い込まれそうな感覚のまま、わたしはもう少し近づこうと1歩、2歩と湖の方へ歩き出す。そしてガードレールに手を掛けると、少し前のめりになりながらその景色を眺めようとした時だった、


 あれ?

 わたしは手を掛けているガードレールに違和感を感じる。ガードレールに手を掛けているというより、そのものを握ってる?


 なんでガードレールを握ってるんだろ? 無意識のまま掴んでいたけど、なんか固くて細い線の様な……。


 その正体を確かめようと、ゆっくりと視線を下へ向けていく。自分の手の中にあるもの、それは何重にも編みこまれているワイヤーのような固い紐だった。


 ワイヤー?

 わたしはそれに気付くと、一旦手を離し、そのガードレール全体を見渡した。そこにあったのは、編みこまれたワイヤーが3本等間隔で横に並んでいるそんなガードレールだった。


 これ……ガードレール? なのかな……。

 今まで見てきたガードレールと違って、白い鉄板じゃなくて3本のワイヤーしか付いていないことに、少しびっくりする。


 なんか、弱々しく見えるけど……。

 そう思いながら、わたしは辺りのガードレールを見渡す。すると丁度カーブを曲がりきった所、この景色が始まったあたりからガードレールが変わっているのに気付いた。


 人とかあんまり来ないから……経費削減とか?

 不思議に思いながら、そのガードレールを目で追っていくと、少し先の方で外灯が立っているのが見えた。木とかなにもないから、普通の外灯でもそれなりの存在感を感じる。それに電球の光が点いたり消えたりしていて、それが余計に目立って見えたから、わたしの視線も自然とその外灯へ向いていた。


 あれっ、何だろう……

 不規則に点滅している光。ただそれだけなのに、なぜかわたしには何かの合図のような目印のような……。そんな感じがして目が離せなかった。


 なにか……あるの?

 自分でもわからない。だけど足が勝手に動き出す。


 誰か……呼んでるの?

 何も聞こえない。だけど耳の辺りには、何かよくわからないものに呼ばれるようなそんな感覚がある。


 気が付くとわたしは外灯を目指して歩き進んでいた。

 1歩、また1歩。その不思議な感覚に包まれながら、少しずつゆっくりとその外灯へと近づいていく。


 何かに呼ばれるような感覚……。

 その瞬間、ふと頭の中にパパとママと真言とおばあちゃん、みんなの顔が浮かんでくる。


 みんなが……呼んでいるの?

 迎えに来てくれたの?


 みんなの姿は見えない。

 みんなの声も聞こえない。


 だけど、なぜかわたしはその何かがみんなの声に思えて仕方なかった。


 みんな……まってて……。今行くから……。


 みんなが待っている、呼んでいる。それだけでわたしは嬉しくて仕方なくて、自然と早歩きになってしまう。


 みんなどこに居るの? どこに行けばいいの?

 辺りをくまなく見渡しながら、わたしはいるはずのないみんなに何度も何度も問いかける。待ってくれているって喜びと、それを早く見つけなきゃって思いが入り混じって、とにかく必死だった。


 右側の方には、コンクリートの壁の上に森みたいな感じでたくさんの木が生えていた。こんな森の奥なら滅多に人も来ないだろうし、みんなの所に行くには丁度いい気がする。だけど、このコンクリートの壁を登ることなんて到底できっこなかった。


 さすがに無理か……だったら、こっちしかないよね……。

 歩きながら視線を湖のほうへ向けると、目の前の水面をゆっくりと眺める。そこにはさっきと変わらず、静かに波打つ湖が一面に広がっていた。


 なんだろう……。

 湖の方を見た瞬間、不思議な感覚に襲われる。なんだか、湖全体に見られているような、そんな感覚。

 だけど、怖いとか気持ち悪いとかそんな感じはしなかった。むしろ暖かくて、見守られてるような……。


 そんな不思議な感覚を味わっていた時だった、ふと視界の端のほうに点滅する光のようなものを感じた。わたしはその光のほうへ視線を向けると、そこにはさっきから気になっていた外灯が相変わらず不規則な点滅をしながら立っている。


 いつの間にか、着いちゃったか……。

 わたしは外灯の真下に辿り着くと、電球の部分を見上げる。明るい光がわたしの顔を照らし始めたけど、その眩しさに少し目を細めてしまう。だけどやっぱりそれには耐え切れなくって、すぐに視線をもう1度湖の方に戻す。


 たぶんこっちだと思うけど……どうやって行けばいいんだろう? 飛び降りる? 

 わたしは外灯の真横の辺りにまで来ると、足元の湖を見るために前かがみになった。そして自分の立っている道路のほぼ真下の部分を眺める。


 横にある外灯が、足元から続いているコンクリートの壁を照らしている。下り坂……というには少しきつい傾斜、ある程度の間隔で横に続いている溝。そんな感じでずっと下の方へと続いているのが見えた。

 そのままコンクリートの壁を目で追っていくと、途中からは外灯の光もさすがに届かなくて、月の光を便りに目を凝らすしかなかった。体もどんどん前のめりになっていって、目を細めながらじっとその先を眺めていると、ある部分からコンクリートの壁の色が変わっている。


 ねずみ色のような白っぽい色から、少し黒く。その部分が湖じゃないって事だけは一瞬で分かった。柔らかい水の動きじゃない、硬そうな地面が、目で見える限りわたしの足元に広がってる。


 下が地面だって全然わかんなかった……。もし勢いで飛んでたら……。

 頭の中で、勢いよく飛び降りるイメージが浮かぶ。硬い地面に両足が着くと同時に下半身に衝撃と激痛が走る。足首は曲がり、そのまま地面に膝をぶつけ、そのまま動けず何時間も激痛に悶え続ける。


 想像した瞬間、あまりにも痛そうな光景に一瞬で寒気が走った。すぐさま頭を横に振り、頭の中に残ったイメージを必死に振り払う。


 あぶないあぶない。想像しただけで気持ち悪くなっちゃった……

 わたしはひとつ大きく息を吐くと、改めて真下の部分を覗きこんだ。


 結構急だけど、滑る感じで行けば降りれなくはないかな。

 所々にある溝に足を掛ければ、滑るスピードも落とせそうだし……、よしっ。


 わたしは一旦体を起こして、辺りの道路を見渡す。下に降りるのを万が一誰かに見られていたら嫌だし、誰にも邪魔をされたくなかった。今まで歩いてきた道にも、この先の方にも、人はもちろん車の気配すらない。誰も通らない道路に、それを照らす外灯。それに並んでいるガードレールだけが続いているだけだった。


 誰もいないのを確認したわたしは、改めて湖の方を向くとガードレールの柱に右手を掛ける。目の前に広がる湖はやっぱりとても綺麗で、心が奪われそうだった。自分でもこの場所を見つけたこと、この場所からみんなの所へ行けるなんて、結構運がいいのかな? なんて思っていた時だった、

 突然湖の方から切り裂くような風が吹き込んできた。


 わたしは思わず目を瞑り、一瞬顔を背ける。少し経ってからゆっくりと目を開けると、目線の先にはガードレールの柱。そしてそこに付いている3本のワイヤーが小刻みに揺れている。


 あのワイヤーが揺れるって……やっぱり結構強かったよね……。

 いきなりの突風に少し驚きながら、わたしは揺れているワイヤーを見つめていた。


 ガードレールの柱に、ワイヤー……

 あれ?

 目の前にあるガードレールに違和感を覚えるのに、そんなに時間はかからなかった。


 柱の両側から伸びているワイヤーがそれぞれ隣にある柱に繋がっていて、それが道の側面に絶え間なく続くガードレールになっている。はずだった。

 だけど、目の前にある柱には片側にしかワイヤーがなくて、反対側のワイヤーが出ているはずの場所には、それぞれに金属のようなものが差し込まれているだけだった。


 なんでわたしの方にワイヤーがないの?

 周りのガードレールと違うことに、一瞬戸惑いを感じてしまう。だけどそれと同時に、自分が今右手を置いている物……その存在に気付く。


 無意識に置いていたけど、距離的に……。

 わたしはゆっくりと右手の方へ視線を向ける。それが何なのか、なんとなく分かっていた。だけど、この不自然な事が続いてほしくなかった。


 視線の先に右手が見える。そして、その下には白い円柱。そのままゆっくり下を見ていくと、見えてきたのは隣の柱にあったものと同じ金属のようなものだった。


 うそ……でしょ?

 自然と目が見開く。ここに来て、湖とか自分の足元を見るのに夢中で全然気付かなかった。


 たまたま切れているだけ? だとしても、どっちかからワイヤーが垂れ下がっているはず。

 修理とかの為に、一旦外しただけ? その為にわざわざこんなものを6つもつけるの?


 今思えば朝起きてからここへ来るまでに、色んなことがあった。

 テレビで偶然事故の映像を見てしまったこと……。

 必死に作ってきた姿が簡単に壊れてしまったこと……。

 たくさんの思い出がある奥豊湖に来たこと……。

 何かに呼ばれている気がして、ここで立ち止まったこと……。

 そしてワイヤーのないガードレールに、その先に広がる地面……。


 その瞬間、頭の片隅にあったものが一気に溢れ出した。


「みんなが呼んでる……やっぱり呼んでるんだ」


 そう呟きながら、わたしは湖を眺める。目の前の湖はさっきよりもとても綺麗に幻想的に見えた。


 ここなんだね……。

 みんな……ここなんだね……。


 それが、みんなの合図。わたしはとても泣きたくなる。悲しくなる。嬉しくなる。


 もう自分の感情すらよく分からなくなっていた。


 だけど、早くみんなの所に行かなくちゃ……。

 それだけははっきりとしていて、体は自然と動いていく。


 湖に背中を向けるようにその場にしゃがみこみ、道路の端っこに指をかけると、そのまま梯子を降りるように右足を下ろしていく。つま先に感じるコンクリートの感触。それを確認すると、今度は両手にありったけの力を込めながら左足を下ろす。

 すぐに左足にも似たような感覚を感じたわたしは、その場でつま先立ちのまま大きく息を吐いた。そして道路の端っこを掴んでいる左手を離すと左足を湖のほうへ向けて、まるでサーフィンでもする様な格好になったと同時に、道路を掴んでいた右手を離す。


 そこからはあっという間だった。支えていたものがなくなり、わたしの体はコンクリートの斜面を下っていく。そのスピードはわたしが想像していたよりずっと速くて、必死に足の裏に力を入れて遅くしようとした。

 それで少しでも遅くなったかのかどうか、感じなかったし分からなかった。地面がどんどん近づいていて、気が付けば左足に硬い何かがぶつかった瞬間、勢いよく前のめりになりながら地面の上を進んでいた。


 倒れないよう無意識に体が動く。地面の感覚が足の裏に響いて、少し痛い。1歩2歩とその衝撃に耐えていると徐々に勢いも治まってきて、ようやく顔を上げることができた。目の前に広がってる奥豊湖。それに誘われるかのように、足は勝手に動き続ける。


「みんな……来たよ……」


 わたしの声に答える様に、打ち寄せる波の音がより一層大きくなる。


「待ってて、今からみんなの所に行くね……」


 わたしの声に答える様に、湖に映し出される光がより一層強くなる。


 わたしは1人じゃない……みんながいるんだ……。

 わたしは笑っていた。笑いながら奥豊湖へ向かって歩き続ける。


 水の染みた砂に、靴が少しずつ埋まっていく。そして、足に感じる少し冷たい感覚。それは足の先から、足全体へ、そして足首へと広がっていく。冷たかった感覚も不思議と段々なくなってきて、気付けば腰あたりまで湖に浸かっていた。


 それでも進むのはやめない。やめたくない。湖の先でみんなが待っている。早く行かなきゃ。みんなに会いたい……。

 それだけで頭の中でいっぱいだった。


 足の裏に感じていた、砂の感覚がなくなり、体が浮き上がる。

 とっさに両手で湖を掻きながら、足をバタつかせゆっくりと湖の真ん中へ向かって進み続けた。


 みんなの所へ……みんなの所へ……。

 どのくらい進んだのか、自分がどこに居るのかさえ全然分からない。

 その時だった、


「ここだよ」


 その声に、わたしは一旦泳ぐのをやめる。誰の声かはわからない。だけど、なんだか優しいその声に、わたしは何だか満たされていた。

 顔を上げると、まんまるに輝く大きな月。それはとても綺麗で……優しくて……。


 その月を見つめていると体が徐々に沈んでいく。湖の中へ沈んでいく。

 肩が浸かり首が浸かり、そして顎に感じる湖の感触。それに全身を包まれながら、わたしは目を閉じると沈んでいく動きに身を委ねる。


 怖いとかそんなことは一切感じない。それよりもやっとみんなに会える安心感で一杯だった。


 そして、わたしの体の全てが湖の中へゆっくりと溶け込んでいく。

 その時だった、誰かがわたしの足首を掴んで湖の奥へ奥へと引っ張るような、そんな感覚を覚えた。普通だったら怖いし、びっくりしてあせると思う。でも、今のわたしにとってはどうでもよかった。


 誰かが連れて行ってくれてるんだ……。

 誰でもいいから……ちゃんとみんなの所に連れてって……。


 そんな事を考えていると、段々と頭がボーッとしてきた。水の中で冷たいはずなのに、体がなんでか暖かくなってくる。

 これがとても心地よくて、気持ちよくて。



 あぁ……やっとみん…なに……あ……え……





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