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宮原少年の怪奇譚 ~桜無垢の巫女~  作者: 北森青乃
第1章 宮原透也という青年
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ばいばい

 



 コツ、コツ、コツ

 照明に照らされた非常階段には、わたしの靴音だけが響いている。薄暗くなった空、街灯に照らされる巴公園。それらを眺めながら、ゆっくりと階段を降りていく。


 この風景はなくなって欲しくないな……。

 人や、その人を取り巻く環境なんて一瞬で変わって、なくなってしまう。だからこそ、わたしの好きなこの風景だけはなくならないで欲しかった。


 しばらく降りていくと、次第に車の音や人の話し声が聞こえてくる。徐々に大きくなるその音が、いつもは煩わしく思うのに今はなんだか懐かしく感じる。

 非常階段から歩道へと進むと、ゆっくりと辺りを見渡す。建物の明かりに色んな人の声に車の音。街の環境音が混ざり合い、1つの音となってわたしの耳へと入ってくる。


 この雰囲気……今ここにいる人たちにとっては当たり前の日常なんだよね……。そして事故が起こる前のわたしにとっても……。

 しばらく眺めた後、わたしは大きく深呼吸をした。そしてゆっくりと体の向きを変えると、朝にも来たコンビニへ向かって歩き始める。


「いらっしゃいませ」


 自動ドアが開くと、女の店員さんの声が聞こえてくる。わたしはそのままコンビニの中へ入ると、真っ直ぐにATMへと向かう。さすがに手持ちだけじゃお金が足りないのは分かっていた。

 ATMの前へ着くと、ポーチの中から財布を出して、キャッシュカードを手に取る。それをATMへ入れながら、


 いくらかかるかな? とりあえず10万あれば足りるよね……。

 そう思いながら、タッチパネルを操作する。


 8、万っと。

 確認を押すと、8枚の10000円札が出てくる。こんな一遍に1万円札を下したことも、持ったこともないから、手に取った瞬間思いがけない厚さに少しびっくりする。その厚みを大事に噛み締めながら、財布の中に入れると、そのままコンビニを後にした。


 外に出ると、辺りは更に薄暗く、至る所の明かりがより一層目立つようになっていた。


 そういえば今何時かな……

 ポーチからスマートフォンを取って電源ボタンを押すと、待ち受け画面には18:10と表示されている。


 時間のこと忘れてたけど、そんなに寝ちゃってたんだ……

 そんなことを思いながら、道路沿いに向かうと、スマートフォンを握りながら道路の方を眺める。


 タクシー捕まるかな……? とりあえず来たら手を上げればいいんだよね?

 次々と通り過ぎていく車の中から、タクシーを探していると、意外にもすぐにそれらしき車を見つけた。黄色と黒のストライプが入った車体に、車の上には星のマークが光っている。その車が近づくにつれて、星のマークには【宵谷交通】と書かれているのが見えた。


 あれだ!

 わたしはすぐさま手を上げると、ガードレールに手を掛けて、タクシーに見えるように少し前のめりになる。するとこっちに気が付いたのか、タクシーのハザードランプが点灯して徐々に速度が遅くなってくる。そのまま路側帯の方へ入ってくると、わたしを少し通り越した辺りでゆっくりと停まった。

 タクシーの後部座席のドアがいきなり開く。


 うわっ、自動で開くの?

 自分で開けるものだと思っていたわたしにとって、その仕組みは新鮮で驚きだった。


「どうぞ~」


 運転手さんの声にハッとする。急いでガードレールとガードレールの間を通ってタクシーの方へ向かう。ドアの開いている後部座席の所にに着くと、少し前屈みになりながら、


「あの……乗ってもいいですか?」


 顔をこちらに向けている、眼鏡をかけた運転手さんに尋ねる。


「いいですよ、どうぞ」


「ありがとうございます」


 運転手さんに促されるように、わたしがゆっくりと後部座席に座り込むと、


「ではドアを閉めますね」


 運転手さんの声とともに、開いていたドアが自動で閉まった。


「どちらまででしょう?」


 続けざまに運転手さんはわたしに話しかける。


「あっ、奥豊湖(おくとよこ)までお願いします」


「奥豊湖ですか……わかりました」


 運転手さんはそう言うと、顔を前の方へ向け、ゆっくりと車を発進させた。


 タクシーがゆっくりと動き出す。左側のドアの窓に目を向けると、そこには見慣れた景色。それが、わたしを通り越していく。

 わたしは後ろの方へ顔を向けると、ガラス越しに自分のマンションを見つめた。18年間の思い出が詰まった家。みんなで過ごした大切な場所。


 でももう戻って来れない……

 心臓が少しキュッとして、寂しさと悲しさが入り混じる。その感情に耐え切れず、わたしは思わず目を瞑っていた。


 もう……決めたんだ……

 自分で決めたんだ……

 心の中で自分に言い聞かせると、目を開いて呟いた。


「ばいばい」




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