9話『僕のもの』
「────何?」
その異様な光景を見て、真っ先に怪訝な声を上げたのは嵐条だった。それも当然と言えよう。奴が放ったのは少し触れただけで電車すらも横転させかねない圧倒的な暴風の化身。圧縮された空気の塊。その破壊力は、嵐条自身が一番理解しているからだ。
「これが……ユタカの異能……?」
エデは僕の背中の後ろでボソリと呟く。が、僕はそれに答えられなかった。僕だってこの現象がなんなのか全くわからないのだから。
「ふざけんじゃねえぞ……あれは間違いなく化野の異能だ!あの女いったいどうなってやがるッ、烏丸の差し金か……!?」
嵐条は口の中で押し殺すように独りごちるが、僕は理解した。これは『僕のもの』だ。
ならば、今だけは僕にも、あの地獄を再現できる……!!
────そして。時間が止まった。
「……んだとッ!?」
ドーム状になっていた砂を乖離し、あの時の触手のような鉤爪を作り出した。人間の太腿ほどの太さのそれを三本作り出す。
どうやらこの砂の量ではこれが限界のようだ。
「行けッ!!」
声を上げて砂に命じる。
僕の脳内で思い描くようにその砂は嵐条に襲いかかった。
自動操作は利かないらしく、いちいち頭の中でこの砂をどう動かすか決定する必要があった。
感覚的にはコントローラを握ってゲーム内のキャラクターを操作している感覚に近い。
「……舐めんなよクソガキがぁッ!!」
嵐条の周りを囲うように竜巻が荒れ狂い、三本同時に薙ぎ払わんとする砂の鉤爪は無理矢理分解させられた。
乖離した砂は竜巻に巻きこまれ散り散りになり、今度こそ僕を守るものは無くなった。
「今度こそ終わりに……!!」
そのまま背中に竜巻を接続し、圧倒的な速度でこちらに迫り来る。
……だが、それより早く僕は叫んでしまう。
「再構成!!」
飛び散った砂たちに命じる。すると嵐条より早く、空中にて飛び散った砂は身を寄せ合い、大量の砂の剣へと変化した。そして、落下するように襲いかかる嵐条に降り注ぐ────!!
「チッ……!クソが!!」
やむなく嵐条は途中で竜巻を逆に噴射し、飛び回るようにして剣をかわしていく。
空を切った砂の剣は、アスファルトに突き刺さると、即座に分解し、次は一本の巨大な触手を構成する。あの時僕の体を貫いたものを真似るのは苦痛だが、それしか手はない。
「ワンパかよ、くッだらねえ……ッ!!」
またもや嵐条は竜巻を纏ってガードするが、今度はそうはいかない。
「次は……突き破る……!!」
3本に分けていた先ほどの鉤爪とは違う。それに今回は薙ぎではなく突きだ。この砂の質量すべてを使って、一点から攻めるのだ。竜巻といえど風。確実に貫通できる。
「チッ……!図に乗るなぁッ!!」
しかし、それは烈風の翼でかわされたらしい。あの竜巻を囮に使ったようだ。
「くっ……やっぱり駄目か……!!」
竜巻から飛び出て、高速移動で翻弄しようとしたらしいが、ここで取り逃すわけにはいかない。また砂の触手を3本に分離させ、更にそのうちの1本をガードとして置き、2本を使って嵐条の後を追う。
「ッ!!鬱陶しいんだよッ!!」
二方向から迫り来る砂の牙を拳でかわすが、僕に近づけばガード用の最後の1本が嵐条にクロスカウンターをいれる。
────いける。
これなら戦える。これなら嵐条に勝てる……!!
風と砂。
無形と不定形。
恐怖と恐怖。
もはや人間の動体視力を軽く超えた速度で、二つの異能は火花を散らすこととなった。