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死に損なったエーデルワイス  作者: 釘抜き
一章《返り咲く雪の花》
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5話『エデ』

 そうして彼女は語った。


『クリストファーグループ』。

 イタリアを中心に欧州諸国で徐々に勢力を強めつつある新進気鋭のマフィアの名前だった。


『異能』というものが跋扈(ばっこ)し初めたのはつい最近のようで、強いものならたった一人で軍隊に対抗できる力を持つ異能使いは、全世界の裏社会事情を大きく変えてしまったらしい。


 海の向こうでは新参マフィアのクリストファーグループが多くの異能使いたちを掌握し、この国では件の五陵会(ごりょうかい)が実権を握った、と……。


 このまま、世界有数の先進国である日本にも勢力を広げたいクリストファーグループと、自分の領土(シマ)を守りたい五陵会。

 この二つの組織がぶつかることになるのは、もはや必然だった。


「クリストファー……クリストファー・コロンブスか……。なるほど。開拓者、いや侵略者の名にはうってつけじゃあないか」


 鳥鞠(とりまり)がそう笑いながら呟いたのが印象的だった。いいや、どちらかといえば構図は蒙古襲来(元寇)に近いと思うが。


 兎角、クリストファーグループは五陵会に圧力をかけ、服従を提案したらしいが、五陵会は一向にそれを飲まなかった。

 だから────。


「だから────、二年前の四月一日、クリストファーグループは五陵会の八代目総代である御陵和仁(みささぎかずひと)を暗殺しました」


「……何?」


 鳥鞠の表情が一変し、これまで彼がまとっていた柔和な気配は瞬く間に消え失せた。

 当然だ。

 これまで黒幕と捉えていた男は、二年も前にこの世から消されていたのだ。


 結果、その事件を期にグループは日本に上陸し、本格的な『戦争』が始まった。

 そして、彼女もマフィアの一人として、日本に派遣されたらしいのだが……。


「最初は……私の力で誰かが救えるならと、グループに加担していました」


 肩口くらいまでの白い髪を揺らしながら、少女はうつむいた。


「でも……あの一件で私、怖くなって……、隙を突いてグループから逃げ出してしまって……」


 少女は目の端に涙を浮かべて次の言葉を紡ごうとするが、僕はそこから先のことを思い出させる前に彼女の言葉を嗣いだ。


「それで、逃げてるところを更に五陵会に追われて、現在に至るってところか……」


 エーデルワイスはこくんと頷いた。

 ……それじゃあ、やはりこの子は悪くない。

 二つの組織の歪んだ抗争に、板挟みにされているだけだ。

 僕が彼女にどう言葉をかけたものかと悩んでいると、鳥鞠が先に口を挟んできた。


「なるほどね。つまり連中は、君の異能を欲しがっているか……、それとも単に、君を敵と認識して襲いかかってきているのか。君はどちらと考えるね?」


「……恐らく、前者だと思います。喪服の女の人は『生け捕りにしろ』と命じられていたそうですし……それに、確かに私の能力は、彼らも欲しがる類のものでしょうから」


 鳥鞠は「ほほう」と興味深そうにエーデルワイスに好奇の視線を投げかける。

 促されるように、エーデルワイスは答えを口にした。


「『傷を癒す異能(ヒーリング)』です。私の力は、時間をかければ瀕死の重傷であろうと元に戻してしまえる。そういった異能です」


 ────心臓を掴まれるような気分だった。

 傷を治す。瀕死であろうと即座に回復させてしまえる?

 つまり、喪服の女に破られたこの腹を治したのは、彼女ということになる。

 ああ、なんという思い上がりだったのだろう。

 エーデルワイスを助ける?笑わせるな唯峰豊架(ただみねゆたか)

 お前は、彼女に助けられていたんだ。


「……あ」


 知らずに短く声を漏らしていた。

 結局僕はヒーローなんかにはなれない。そう突きつけられたのだ。数分前まで息巻いていた自分が途端に恥ずかしく思えて仕方なかった。

 ……しかし、ソファで膝に肘を置くように俯いて地面を見つめる僕の耳に、エーデルワイスの柔らかい声は否応なく差し込んできた。


「でも、彼に庇われて……助かりました。私の異能は、自分の怪我は治せませんから……」


 光が差した。

 影に覆われていた僕は、ゆっくりと顔を上げてその光に顔を照らされた。


 彼女は笑っていた。自殺紛いに彼女を庇った僕を、いわば彼女に善意を押し付けた僕を、慈悲で包むように笑っていた。


「……あなたの名前を、教えてくれますか?」


 白い髪は朝日に照らされて冬の日の銀の粒のように透き通っていた。

 ……僕は、彼女の問いに答える。


「……僕は、唯峰豊架だ。……よろしく頼む」


 何にも気の利いた受け答えなんか出来なかった。やはり僕はつくづく根暗なようだ。

 でも、彼女の人生にこの名前を刻みこめた。それだけで、中身のない僕の人生に何かを残せた気がした。


「……はい。ええと……私は、孤児なので名前はありませんが……エーデルワイスと、グループでは呼ばれていました。……えっと、何とでもお呼びください」


 エーデルワイス。

 改めて彼女の名前を口の中で呟いた。

 呼称するには少し長い。それに、喪服の女に吐き捨てられるように呼ばれていたその名は、親しみに欠けているような気がした。


「じゃあ、縮めて『エデ』でどうかな……?ああ、それと敬語を使うのはやめてくれ……。なんだかこそばゆい……」


 エーデルワイスは、少し面食らった顔をしたが、そのあとすぐにまたあの柔和な笑みを浮かべた。


「うん。よろしくね……ユタカ!」


 ……エデが僕の名前を呼んだ。面と向かって女の子に下の名前を呼ばれたのは初めてなので、恥ずかしくなって俯いてしまう。


 この時を持って、僕たちは何かを一つ分かち合えた気がする。


「……フゥ…………いや、いい雰囲気のところ悪いんだがね……」


 鳥鞠は溜息をつきながら言った。

 適当そうな顔で、でも目だけは真剣にこちらを見据えて。


「『赤い点(レッドマーカー)』だ。敵襲だよ」


 彼の言葉を咀嚼する、その前に。


 鳥毱の背後の事務所の窓が一斉に砕け散った。

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