16話『ノー・リーズン』
嵐条の話に、僕らは静まり返った。
かける言葉が見つからない。いや、何を言ってもそれは慰めにはならないと感じたからだ。敵の事情は知るべきではないとは聞くが、それがこんな異様な実感を持ったのは初めてだ。理由なき悪逆はない。そもそも理由なく悪を振りまくものに、善悪の区別などはつかないからだ。
「はァ……ともかくだ。俺はテメエらよりも先に、五陵会をぶっ潰してえってだけだよ」
それは味方についてくれる、という宣言だったのかどうかは微妙だが、ともかく当面の利害は一致したらしい。
「烏丸はぶん殴る。涼夜の馬鹿もぶん殴る。……そのためにまず、化野をぶん殴る。てめえらに手ェ貸すのは、それまでだ……」
嵐条はそれだけ言うと、また眠たそうに保健室のベッドに寝転がった。
「具体的な方法は考えてるんだろうな」
「知らねえ。そういうのは弱え奴が考えることだろうが」
「脳筋だなー……君たちの陽動作戦にまんまとかかって死にそうになった人の気持ちにもなってくれる?」
「知るかボケ。ありゃ化野が考えた策だ。連中、俺たちのことなんざいいとこ手足くらいにしか見ちゃいねェ」
なるほど、これでは化野の苦労が浮かばれるということだ。確かに強い人間に、得に嵐条のような圧倒的な異能を持つものに、作戦などいろうはずが無い。何しろ適当に竜巻でも纏いながら押し入るだけで勝手に場を制圧できてしまうのだから。
行って殴る。
長らくこの男にはそれ以外の戦い方をしてこなかった。いや、必要としてこなかったのだろう。
「まったく、こんなことでどうやって化野を倒すつもりなんだか……」
「お前にゃあそのガキがいんだろうが。エーデルワイスとかいうガキが」
「……確かにわたしの異能は死にかけてる人を治せるけど、傷の大きさに比例して治療にかかる時間は伸びるし……それに、欠損しちゃったらもう治せないよ?」
エデの異能の条件がよくわかっていない以上、頼り切りにするのは少し危ない気もする。というか、それ以前にもうあんな彼女を危険に晒す戦い方は避けたい。
「ふぅむ……やっぱり問題は、やっぱりあの砂の獣をどうやって突破するかだな……」
「お前のチカラでどうにかなんねえのか?確か、お前も砂を操るクソみてえな異能があったよな?」
「君いっつも異様に一言余計だよね……」
確かに僕にも砂を操る異能がある。詳細は自分にもわからない、不確定要素の強い僕唯一の切り札だ。
でも……
「出来なかった。結局僕に操れたのは最初のあの砂だけだったよ」
はぁ、と嵐条が溜息をつく。
早とちりをしてくれてるようだ。
「ただし、それについては向こうも同じだ。僕が操る砂だけは、あの女も操れないらしい」
「……何?」
「僕達はお互いに、お互いの砂が操れないということだよ。どういう理屈かは知らないけどさ」
僕は最初の砂しか操れないが、逆に言えば最初の砂だけは僕だけのものということだ。
ただしそれでも砂自体の絶対量で圧倒的に劣っている以上、真正面からぶつかったのでは勝負にならないだろう。
なんとかこの砂をつかって化野を倒す方策を見いだせないものかと悩んでいると、エデがボソリと呟いた。
「砂を操る……本当にユタカの異能ってそれだけのチカラなのかな……?」
そう問われてしまえば答えが出ない。
そもそも異能に『ダブり』はあるのか?
それ以前にみんな、どうやって異能の詳細なんてものを知った?
「きっと、ユタカの異能は、もっと……」
エデが続けて言おうとする前に、からからから、と軽い音を立てて保健室の扉が開かれた。
「おい、大本命が来たぞ」
嵐条が寝転がりながら、忌々しげにそちらを一瞥した。
その中学生くらいの栗色の髪の少女と、痩躯の中年男性を。
「おまたせしました!」