13話『無用な考察』
そこから先、どう逃げたかはよく覚えていない。
とにかく、数百m以上は走っただろう。
その間、エデは嵐条の体に手を当て続けていて、無人地帯を抜けて人がいるところに出る頃には、嵐条の傷はすべて塞がっていた。僕が操っていた砂も、いつのまにか影も形もなくなっている。
「人……五陵会が現れる時に使うあの人払いは、やっぱり異能か何かなのか……?」
人混みが見えてきても、僕はそのまま嵐条を背負って走っていた。
血みどろの僕達を見てどよめき、それでも歩を止めることなく、行き交う人々の様子に、どこか安心感のようなものを覚える。無関心な民衆の目は、冷ややかながらもどこか懐かしい。少なくとも、あの血と鉄だけの昏い殺風景よりは万倍マシだった。
「……と、知らないうちにこんなところにまで来ていたのか……」
「……?」
知らぬ間に見慣れた通りに来ていたことに気づき、人間の無意識というものに感心する。
エデが不思議そうに僕の顔を覗き込む。それに対し、僕は笑って見返した。
「決まったよ、エデ。ひとまず隠れる場所」
僕は眼前に建つ通り一面を仰々しく占拠する白い建物を指さす。
────公立結円高等学校。
僕が通う学校であり、野火木町周辺では一番大きな高校だ。一応は進学校で通っており、休日の朝方から図書館にこもりきる受験生や、青春の全てを部活動に費やすスポーツマンなどが利用するため、基本的には土日も校舎を解放している。
「じゃあ、私は職員室に戻るわね。ベッドとここにあるものは使っていいから、その人を早く休ませちゃいなさいね」
学生には刺激が強すぎる色香を撒き散らす保健室の先生は、僕に鍵を持たせると、仕事があるのか、そのまま部屋を出ていってしまった。
「さて……これからどうしようかなぁ……」
僕は嵐条を乱雑に寝かせたベッドを横目に保健室のソファに座り、頭を抱えた。
エデは、なれない手つきでポットのお茶をいれようとしたが、結局やけどしたのですぐ手当してやると、そのあとはめっきり落ち着いてしまった。
「……たしか、あとで鳥鞠探偵事務所の人が合流するって……でも、どうやって特定するつもりだろう?」
僕がいれてやったお茶をふーふーと冷ましながらエデは言った。
僕はソファに背を預けながら、自分の推測を交えて言葉を返した。
「友原さん……だっけ、が言っていただろ?所長がいるから大丈夫だって。それに加え、鳥鞠さんは事務所に突撃される前に、大嵐連合の正確な数を割り出していた」
「……、つまり?」
もう分かり切っているであろうに、エデは続きを急かす。
「……つまり、鳥鞠さんも異能使いだということだろう。恐らくは、レーダーのようなね……」
「……なるほど、うーん。あの人達のお話もうちょっとゆっくり聞いておけばよかったかな……。ごめんね?私のお話が長かったかな……?」
なぜエデが謝るのかは分からないが、僕は現実逃避気味に、口を開けて待っていれば勝手に得られる情報の考察を続ける。
「それに友原さんも異能使いみたいだったし……僕達の身柄を保護してくれたことも鑑みると、あの探偵事務所は、きっと異能使いで構成された専門の団体なんじゃないかな?」
「……日本に五陵会以外にそんな異能使いの団体があるなんて……グループからはそんな話、一度も……」
「いや、その話をすると、大嵐連合もだ。エデが知らない組織の異能使いが、この国にはあと何人いるんだ?」
と、そこまで話したところでガバッ、という布の音が後方から聞こえた。
────どうやら。その疑問を紐解く最大の情報源が目を覚ましたようだ。