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死に損なったエーデルワイス  作者: 釘抜き
一章《返り咲く雪の花》
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unknown.『主亡き玉座に鴉が一羽』

 唯峰豊架(ただみねゆたか)嵐条颯斗(らんじょうはやと)が激突した。

 その同時刻のことであった。


「……(かしら)


 野火木町某所の高層ビルの或る一室の扉を、ノックする20代ほどの女が一人。

 その女は極端なまでに全身を黒で統一した礼服。即ち喪服を着用しており、アナウンサーのように整った清潔感のある顔立ちを氷のような冷たさに固めている。それこそ葬儀の参列に並ぶ遺族のように。いや、むしろその表情だけで見れば、葬儀の主役の方が相応しいか。


 化野利咲(あだしのりさき)

 五陵会(ごりょうかい)が擁する異能使いの一人で、『とある人物』の側近を務めている極道だった。


 中から「入れ」と短い男性の声が聞こえたので、化野は扉を開け放って一言。


「失礼します」


 ────いつ来てもこの空間には慣れない。

 化野は真っ暗な部屋に足を踏み入れながらそう心の中で呟く。暗い部屋を照らす光は、部屋の壁に大量に配置されたモニタの不健康なブルーライトだけ。軽く30を超えるモニタが映すのは、この街に取り付けられた監視カメラの映像だった。


 その部屋にいた人間は二人。

 一人は、碁盤の目のように置かれたモニタを背景に、黒い椅子に腰を掛けていた。

 真っ黒なスーツに身を包んだ端正な顔立ちの美青年だ。年の頃は23といったところだろうか。メンズファッション誌のモデルをやっていてもおかしくないと、化野は贔屓目なしに考える。

 敢えて青年の容姿から異質さを取り上げるとするならば、やはりその白すぎるほど白い頭髪だろうか。白髪と言ってもエーデルワイスのような、雪のような清廉な白ではない。まるで燃え尽きた灰のような、終わりを思わせる白だ。


 もう一人は、その青年の座る椅子に寄り添うように佇む、ひらひらとしたメイド服を着た少女だ。紺色の首筋くらいまでの髪をハーフアップでまとめている。こちらは15歳ほどに思える。

 少女は目を閉じて一言も発さずに慇懃に主に付き従っているのみである。


 もしこの場にあの夜の惨劇を知る人間がいたならば、夢か幻かと目を疑うことだろう。

 なぜならあの砂の異能使い化野利咲が、ともすれば自分よりも年下かもしれないこの白髪の青年に畏怖の目を向けているからだ。


 彼の名は烏丸不動(からすまふどう)

 五陵会の若頭であり、会長の御陵和仁(みささぎかずひと)亡き今、五陵会の事実上の指導者として君臨する男だ。

 化野はこの男の側近であり、現在五陵会の全てはこの男の支配下に在った。


「エーデルワイスを逃がしたらしいな、化野」


 烏丸が化野に責め立てるように一言投げ掛ける。化野は、それだけで体中を刃でザクザクと突き刺されるような幻痛を覚えた。


「……(かしら)、その件でお話が」


 気圧された化野だが、それを烏丸に伝えねばならないと、口を開いた。烏丸が続きを促すように顎をくいっと動かしたので、化野は報告した。


「取り逃したエーデルワイスは不運にも巻き込まれた男子高校生と共に鳥鞠看取(とりまりみとり)の下に保護されましたので、鳥鞠への牽制も兼ねて現在支配下にある大嵐(ストーム)連合に向かわせました」


「……それで?」


「期待通りに連合の嵐条颯斗(らんじょうはやと)はエーデルワイスを発見しましたが……」


 化野が少し口澱む。

 ……が、その迷いすら、白髪の青年の瞳は赦しはしなかった。突き立てるような視線に射貫かれた化野は、決意してその先を口にした。


「────エーデルワイスを庇護する件の男子高校生に異能が発現しました」


 口に出した瞬間に、目の前の男の口角が少しつり上がったのがわかった。


「……しかも、その能力というのが……」


「いや、いい」


 化野は続けようとするが、青年の低い声に遮られた。訝しげに青年の顔を見ると、彼は椅子に深く腰掛け足を組み、片目を隠していた。


「視えてるからよォ……」


(……!!)


 気づく。

 彼の傍らにいる少女が片目だけを閉じていることに。少女の異能が発動しているのだ。

 少女の名は三陰水希(みかげみずき)。五陵会当主に使える女給(メイド)にして、五陵会の擁する異能使いの一人である。

 極道としての彼女は新入りも同然であるが、烏丸に絶大な信頼を置かれている彼女は、『白虎』の()で五陵会内部のとある特殊部隊に置かれていた。


「なァるほどなァ……確かにコイツはお前の砂だが」


 青年は愉しそうにどこか遠くで繰り広げられている異能使いのぶつかり合いを眺めている。

 まるで、スポーツ観戦でもしているかのような気軽さで。


「異能をコピーする異能……かとも思ったが、コイツの本質は少しばかり違うらしいな」


 考察するように顎に手を当ててその力の本懐を覗き込んでいた。

 その目にはこの力が敵に回ることによる脅威などは一厘たりとも存在せず。

 ただ絶対的な強者としての余裕だけが宿っていた。


「なるほどなァ……」


 満足げにつぶやくと、幾度か瞬きをして遠くを見るような目をやめた。どうやら観察をやめたらしい。

 男は「よし」と呟くと、その目でしっかりと化野を見据えてこう命じた。


「両方潰してこい」


 意味を噛み砕けなくて、思考が一時的に凍結した。


「……は?」


「は?じゃねェよ。ソイツも嵐条も、両方摘んでエーデルワイスだけ回収しろ」


 応答できずに硬直していると、烏丸は付け加えた。


「あァ、鳥鞠に関しては、奴だけが厄介だが、『羅生門』を使えば奴もなんとか排除できる」


「鳥鞠が、厄介……?あの探偵事務所で面倒なのは、どちらかと言えば友原花澄(ともはらかすみ)の方であると認識していますが……?」


 烏丸は近代的な玉座に腰をかけたまま「わかってねェな」とばかりに首を横に振る。


「まあ時期が来りゃ嫌でも分かンだろうが。一先ず今は、エーデルワイスを回収することだけに注力しろ」


「……私が、ですか」


「当然だろ。お前以外に誰がアイツらの相手をできるってんだ?」


「……四象(ししょう)は?」


「この俺に、こんな初っ端から最後の切り札使えってか?」


 ピクリとメイド少女の耳が動いた。実にわかりやすく四象という言葉に反応したらしい。

 化野は、結局観念したかのように、一つ自分の中にある疑問を烏丸に投げかけた。


「……なぜ大嵐(ストーム)連合を?アレは我々の配下でしょう?」


 その問に対し、男はただ「決まってンだろ」と前置きし、その理由を述べる。


「ブンブンブンブン五月蝿ェンだよ、アイツら」


 本当にただそれだけの理由だったのかは化野には分からない。ただ、化野はこれだけは理解した。

 自分が考える必要は無い。ただ、自分はこの男の命を遂行するだけでいいのだ、と。

 絶対的な強者を前にした女は、ただ、真の強者に理由は要らないのだという簡単な事実を理解した。


「……では、御意に」


 化野は烏丸に一礼すると部屋から出た。

 女はその建物の中で自らの運営するガーデンに向かい、武器()を調達する。

 その量、前回の七倍近く。

 過剰なまでの戦力で持って、彼女は二人の異能使いの制圧に向かった。

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