10話『ゲーム』
やはり、速度の面で嵐条には敵わない。
いくら僕の『砂の爪』が、暴風で自身の背を叩き加速する嵐条に追いすがれる速度を叩き出せるとしても、前述の通りコントローラーを握るのは僕自身。的確に操るためには、僕の動体視力を超える挙動を強いることが出来ないのである。
対する嵐条は長きの間、あの残像が見えるほどの駆動に身を置いてきた疾風の異能使いだ。これもゲームに例えるとすると、レベルが同じでもプレイヤーのそもそもの経験値が違うということになる。
ならば、と僕が選んだ選択肢は、逆に一歩たりとも動かないことだ。地上10m上空をびゅんびゅんと飛び回る嵐条を追う触手の操作に、持てる全ての神経を注ぐことにしたのである。
しかしやはりスピードでは嵐条に遅れをとる。隙を突かれてあの烈風をもう一度使われては、最悪こちらは即死だ。だから僕は、自分とエデを守る役目を兼ねて、カウンター用の触手を一本残した。行動の制限。それが僕の編み出した嵐条対策だ。こちらには三本の手があり、必要とあれば分裂も変形も自由自在。相手が縦横無尽に飛び回るなら、こちらは相手の行き場を塞いで削り勝つしかない。
「ち……ッ!!チョロチョロと金魚のフンみてえに……」
風の噴射で空中を飛び回る嵐条に、ほとんど同速で追随する蛇のごとき爪。一手遅れて背に張り付くそれに、嵐条は遂に痺れを切らした。振り返りざまに、背後から迫り来る砂の触手を蹴り砕く。
確かな手応えを感じた嵐条は空気を短く吐くように「ハッ」と笑う。
「この程度。脆いん、────ッ!?」
「爆散しろ!!」
嵐条がカタルシスに浸る間もなく、僕は蹴り砕かれた鉄骨ほどの太さの爪を分解する。丁度、砂をまき散らして破裂するように、だ。
「ッ……!一丁前に煙幕のつもりかァ!?」
ボンッ!!と、忍者が煙玉でも投げたかのような間の抜けた音と共に、僕から10m前方の空中に黄色い霧がかかった。
「わっ!?」と背中からエデの高い声が聞こえるが、振り返る余裕はない。
飛び散り視界を妨げる砂。馬鹿馬鹿しく聞こえるかもしれないが、この状況で砂が目に入るというのは最悪の致命打だ。奴は目を砂から守るために顔の前に手をかざすと、
「オラよォ!!」
ブオッ!!とまた自分を中心に竜巻を発生させ、砂塵を吹き飛ばす。
その瞬間を狙って背後からもう一方の触手が襲いかかるが、それも予測していたのか嵐条は二本目の触手も両手で掴み取ってしまった。
「万策尽きたってか……?ハッ、無駄に猿知恵捻りやがって……」
嵐条は触手を掴んだまま風の翼を生成し、笑った。
────さて。
ここまでは、思った通りだ。
「はぁ……ッ!?」
嵐条が驚愕の声を上げるのも無理はない。
僕は、嵐条が掴んでいた砂の爪を即座に乖離させ、それをそのまま枷のように手を巻き込んで再構成したのだから。
やはり嵐条はこの砂の触手の本質を理解していなかったのだ。もとよりこれは、一粒の1mmにも満たない砂塵の集積体なのだ。いくら一時的に凶器の形を取れど、その真骨頂は不定形というところにある。
いくらその手で掴みとろうと、逃げるように手から零れ落ちていくが道理。それを、嵐条は分かっていなかった。
「迂闊だったな、異能使い……!!」
わざわざ一本触手を消費して砂塵を撒き散らしたのも布石。
全てはただ一度だけ本命を嵐条に確実に直撃させるための下準備であった。
竜巻に散り散りにされた砂を再集結させ、鉄パイプほどの砂の棒が6本、嵐条を取り囲む。
構成から秒を待たずして、一斉に射出する。これまでの行動パターンからして、嵐条は……
「ク……ッソがァ!!」
巨大な竜巻を自分中心に発生させ、全て薙ぎ払うという選択肢を取る。
赤い髪をたなびかせ、予測通りに竜巻を巻き上げる嵐条。
────さて、ここまで嵐条と戦闘していて、もう一つ気づいたことがある。
なぜ嵐条は背中に風の翼を接続して、飛び回っている間に僕を攻撃しなかったのか。あの問答無用に即死の烈風を逃げてる間に一つでも放っておけば戦況はだいぶ変化していた筈だ。
エデを巻き込まないため?
それとも単純にその余裕がなかった?
それはきっとどちらも違う。確信がない結論ではあるが、その二つの可能性は即座に否定できた。
(だったら……コイツは恐らく、二つ以上同時に風を起こせないんだ……!!)
ならば。手立ては一つだけある。
(砂の触手の突きは竜巻では防げないことは確認済みだ……!!)
動かすのは僕達を守る最後の砦だった。
防御用に目の前に残した最後の触手に命じる。
「終わりだ……!貫けェェええええええええええええええええッッッ!!」
爪は、何者よりも早く僕の命を忠実に遂行する。
それは10mもの距離を秒もかからない勢いで詰め、嵐条の纏う竜巻を突破した。
「待」
嵐条が言葉を紡ぎ切る前に、ザクンッ!!と肉を抉る音が無人の街に鳴り響いた。