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父と母  作者: るるしぃ
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17歳の冬。僕はこの時の衝撃を未だ忘れられない。

あれは年末の大掃除のこと。

途中で達弥さんは会社に呼び出され、慌てて家を出て行った。

その時僕は自分の部屋がだいたい終わっていたから、書庫の整理を申し付けられていた。

達也さんの書庫はそれなりに綺麗にしてあるが、所せましと並ぶ本や雑誌には少しだけ埃をかぶっていた。

窓もなく、書庫事態もあまり広くないせいか暖房器具も置けず、床は氷のように冷えている。

厚手の靴下を履いても、少しひんやり感じるくらいだ。

そんな中だったからだろうか。


分厚めの本を取り損ねた。

慌てて拾おうとしたが、落とした拍子に開かれたアルバム――取り損ねたのは本ではなくアルバムだったらしい――の写真に手が止まった。


そこにはとても仲睦まじい様子の、二人の男女が写っていた。




男は、どこか若い達弥さん。そして女はーーー僕の、母だ。




もうすでに記憶も薄れ、写真の中の存在となりつつある母。

けれど写真であるからこそ、これが母であろうことを確信してしまう。


ーーーなぜ、一緒に?どうして、これが。


僕は動けなかった。

ずっと、”なぜ ”と ”どうして”が頭の中をグルグル駆けずり回っていた。



それから、しばらくして達弥さんが帰ってきた。

全然進んでいない整理を訝しんではいたけれど、開かれたアルバムを見つけ納得したように話してくれた。

彼女、は達弥さんの恋人だったらしい。

いつだかに話してくれたこの部屋を買う決め手となった人で、一人で住むことになったひと。

旅行が大好きで、よく写真を撮ってはアルバムのページを増やしていた、笑顔が素敵なひと。


…そのあとのことは曖昧だ。

達弥さんに何か言ったのか、はたまた何も言えなかったのかーーー。

気が付けば、自分のベッドに横になっていた。

何をするでもなく、ぼけっとシミのない天井を見つめ続ける。

全く来ない眠気すらも気にする余裕がなかった。


ただ、意識が落ちる前。僕の中にあった”何か”が壊れ、崩れてゆく音が聞こえたのだけは覚えている。






僕はこれからどうするのか。どうすればいいのか。


家にいるのが気まずくて、部活帰りはぎりぎりまで友達と遊ぶようになった。

休日も、部屋か図書室で勉強か模型作り。それかラケットを持って公園に行った。


そうして過ごすうちに春が来て、受験生になってしまった。

いまだ僕はどうすればいいのか、答えが出てこない。

達弥さんとも気まずいままだった。



そんな夏の懇談で担任に東北の大学を勧められた。

僕の成績なら家の事情もあるし、この大学の特待生も狙えるという。

大学は近くの国公立大学をと考えていたから驚いた。

すっかり寝耳に水で目を白黒させている僕に、担任は「あとは家で話しなさい」といくつか資料をくれた。


次の休みの日。達弥さんは僕が出かけに行かないことに「今日はいいのか」と声をかけた。

僕はそっけなく生返事を返した後、貰った資料を思い出して達也さんを呼び止めた。

今思うと、だいぶぎこちなかっただろうと思う。

そんな風にして懇談でのことを話すと、達弥さんは僕がやりたいことがやれるところへ行けと言った。

別に特待でなくてもいい。学費は全部俺が持つから気にするな、と。



やりたいこと………正直、そこもあやふやなままだった。

ただ茫然と男だから理系、大学は近くて安く済むならそれに越したものはないか、くらいでしかない。


ただでさえ家が気まずいのに、進路もこんなに悩まないといけなくなるとは。

選択肢の広がりに、一段と頭を抱えることになった。




そういえば、昨年の夏――まだ何もなかった頃。

達也さんと一緒にジオラマを作っていると、聞かれたことがあった。

建築関係の道に行かないのか、と。


僕にとって晴天の霹靂であったことは確かだが、まったくそのつもりはなかった。

模型は好きだが現物を設計しようと思ったことはないし、達也さんと同じく、一時の趣味として嗜むつもりだった。

その答えと気持ちは、今でも変わらない。


ただ、友達の一人がバイクの形だのについて語っているのを見て、素材を研究するというのは面白いかもしれない、とぼんやり思った。



そんな感じのことを担任に聞いてみると、そういう研究をする学部があった。

自分でも調べてみると、なるほど。オープンキャンパスの時期はとうに過ぎていたため、大学の様子を自分の目で確かめることはできそうにない。

が、とても興味惹かれるもののある大学だった。それに、この大学なら……。

達弥さんや友達の様子も見て、これはいいかもしれないと考えた。


夏が過ぎ、秋らしくなる頃のことだった。





結局僕は


「ずっと世話になりっぱなしも申し訳ない」


「僕を育ててくれた3人へ恩返しがしたい」


そんな大義名分のもと、北の方の大学への進学を決めた。寮もあり、施設だって古いが整っている大学だ。

受かったとき、みんな僕を祝福してくれた。が、純粋とは言えぬ進路決定だったことに少し後ろ髪を引かれ、喜びに浸ることはできなかった。



そして19歳の春。

少しのわだかまりを残したまま、僕は達弥さんの家を出た。




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