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お母さん! ハンヌと対面!

【ホワイトシーフ城・内部】


 正面玄関には普段立っている傭兵の姿はなく、扉を開けても人の気配がない。

 赤い絨毯が扉の開けた先に一直線に広がっているのだが、この日はそれがどこにあるのか分からないほど、床全体が赤く染まる。

 床には死体はおろか、割れた花瓶や傭兵が所持しているであろう武器の一部も残されてなく、まるで、波のない血の海を歩いているかのようだ。


 長い廊下の先にはシルフがいつもいる王の間がある。

 ここに来るのは二度目か。

 一度目に来た時よりも王の間の扉は何故か重厚に見えた。

 

 _______ギイっ。

 

 不気味な音を立て、勝手に扉が開き、俺に中に入るように促す。

 確か、前にも同じような状況が... ...。

 そうか。ゴーレムマンションにあるハンヌの部屋の前でもこうやって扉が開いたんだった。

 どうして、俺はあの時、逃げたんだ... ...。

 消せない過去と罪を受け入れるかのようにゆっくりと足を前に出す。



【ホワイトシーフ城・王の間】



「やぁ、やっと来たね」


 女のような黒くて長い髪、死体のような白い肌、黒くて大きな瞳を輝かせながらこの最悪な状況を作り出した張本人が俺の姿を見るなり、余裕に満ちた態度で語りかけてくる。

 恐らく、こいつからしてみれば俺は会話が出来る虫けら程度の認識しかしていないのだろう。


「... ...」


 ある一定の距離を保つ位置で俺は立ち止まる。

 周囲を見るとこの王の間だけは血痕もなければ、荒らされた様子もなく、不自然に静まり返った空間はこの可笑しな世界の中にあるオアシスかと思った。

 ハンヌは魔女が着ているような黒いマントを右手でひらひらとなびかせながら、シルフが座っていた椅子に我が物顔で腰掛けている。


「異界の勇者は僕の芸術にどんな彩りを見せてくれるのかと想像してたけど... ...。ぷっ!」


 突然、ハンヌが話の途中で吹き出す。


「... ...」


「いやー。傑作傑作! こんなにも良い顔をしてくれると思わなかった! やっぱり、異世界から連れて来た甲斐がある!」


「... ...は? 連れて来た?」


 予期せぬ発言に噤んでいた口が開く。


 「うん! そうだよ! やっと喋ってくれたね! 僕のアートを見てどう思った? ねぇ! 感想を聞かせてくれよ!」


 ハンヌは興奮気味に俺に感想を求めた。

 容姿は20代の成人男性に見えるが、話し方はまるで小学生のよう。


「ちょっと待て! 俺の質問に答えろよ!」


 どこにそんな力が残っていたのか、腹から声が出た。


「え~。どうしようかなぁ」


 指を咥えながら話すさまは小学生というよりも幼児にも見え、彼の猟奇性を強調させる。

 俺が「あーだのうーだの」言わないからか、ハンヌは小さく舌打ちをし、俺の質問に応え始めた。


「僕が君をこの世界に招いた張本人さ。この状況... ...。いや、僕のアートの最終ピースとして連れて来たんだよ」


 頬杖を突きながら話すような内容ではない。

 こいつは何を言っている?

 まるで、こいつが最初からこの状況を全て作ったような口ぶりじゃねえか。


「これは僕が作り出したんだっっつ! 君が森でエルフの王女に会うこともゴーレムの少女と一緒に塔を作り出すこともミーレとレミーの中からリズの魂を引き出すことも全部! 全部! ぜんっぶ!」


 ハンヌの頭の中では観客達がスタンディングオベーションで彼を賞賛しているのだろうか、彼は理想的に自分に酔っていた。

 そして、それを見た俺はハンヌの瘴気に当てられたのか、ハンヌの存在を正反対の存在だと錯覚してしまう。


「... ...じゃあ、お前は神なのか?」


 ハンヌは”神”という言葉が気に入ったのか、口元から大量の涎を垂らしながら、両手を広げ。


「確かに! これまでの私の行いは全知全能! そう! 私は神! この世界は私にとってキャンパスでしかない!」


 と水を得た魚のように全身を使って喜びを表現する。


「...そうか。じゃあ、仕方がないな。そんな奴に勝てるはずもない。清々しい程にヤル気を削がれたよ」


 俺は疲れがたまっていた事もあり、その場に座り込んだ。

 それを見たハンヌは嬉しそうに手を叩く。


「君でよかった! 前の奴は相当なクズだったからね! 君のように操りやすい人形は大好きだ!」


... ...前?

それは誰のことを指しているんだ?

まぁ、それも関係のないことか。

俺はどうせここで殺されるんだ。

... ...そうであって欲しい。


「いやー。最悪の魔女の片割れの死に様も美しかったし、巻き込まれる形になった巨人の兄妹もエキセントリックだった! でも、一番はエルフの王女! 彼女は両親も良い作品になってくれたから!」


 聞いてもいないのにハンヌは皆が死んでいった様子をまるでアナウンサーのように事細かに、役者のように感情的に語りだす。

 聞きたくない! 

 知りたくない!

 俺は子羊のように震えながら、狼が去るのを耳を塞いでジッと待つ。


「さぁ! そして、ここからがフィナーレ! 君の仲間が死んでいった映像を僕が君の脳内に直接送ってあげる!」


「え。嫌だ... ...。そんなの見たくない!」


 プライドを捨て、顔を強張らせて敵に懇願するが、それはハンヌにご褒美をあげたような形になってしまい逆効果だった。

 狂気というのはこんなにも大きくになれるのか、ハンヌはその場でピョンピョンと飛び跳ねる。


「見たくない! そんなの見たくない!」


 必死に抵抗してみせるがそれはハンヌをさらに楽しませるだけのこと。


「最悪の魔女の足を無理矢理引きちぎるのは格別だったよー! そんなに力を入れてないのに簡単に取れるんだもの! ねえ? ねえ? あの綺麗な足、どこにあるか分かるかな? ねえ?」


「ヤメロォ!!! 聞きたくない!!!」


 耳を塞ぎ大声を上げて少女のように泣き叫ぶがハンヌは俺の頭の中に直接話しかける。逃げ場を作ろうと床に頭を打ち付けるが効果はない。

 まるで、便器につくクソのように頭の中に纏わりつく。

 

 俺の精神も限界だったその時________。


「... ...大丈夫?」


妖精のような小さな身体という特徴を除けば一見、そこら辺にいるオジサンと見分けがつかない小さなオジサンは俺の膝に手を乗せ、話しかける。


「大丈夫な訳あるかよ!!!」


 初めてみせるオジサンへの反抗。

 まさか、怒鳴られると思っていなかったのか、オジサンはビクッと肩を強張らせた。

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