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お母さん! シルフの思いを背負います!

 ◆ ◆ ◆


「花島!!!! 戻って来なさい!」

 

 なんだろう。

 シルフの声が聞こえ、目を開ける。


「うおっ! 顔近けえ!」


 キスされるかと思う程にシルフの顔が近かったので瞬時に手で払った。

 傍から見てれば頬を叩いたように見え、シルフの目にも涙が溜まる。

 それを見た俺は慌てて弁明の言葉を並べ。


「す・スマン! ワザとじゃないんだ!」


 殴られる!

 顔を手で覆い、防御姿勢を取るが何故かシルフのアイアンクローは炸裂しなかった。


「... ...良かった」


 シルフは目頭に溜まっていたものを男の子のように強引に袖で拭うと安堵した表情をこちらに向ける。


 いつもと違う雰囲気に違和感を抱くのと同時に殴られない事にホッとしたのも束の間、その涙をぬぐった右手は流れのまま、ハンマーのように俺の腹部に叩き込まれた。


「ぐふっ! いてえ!!!」


「自業自得よ!」


 そういえば、白髪の幼子に全身をズタボロにされたはず... ...。

 シルフに殴られた際、確かに痛みが伴ったのだが、強烈なものではない。

 違和感はまだあるがしっかりと四肢も動く。

 ゆっくりと上体を上げると少し離れた所で白髪の幼子とゴーレム幼女が戦っているのが見えた。


「... ...これは?」


「あんたが全く帰って来ないって言ってゴーレムはここにたどり着いたみたい。あたしは何故か巨人の村で寝ていて、大きな音がしてここにきたのよ」


 まあ、シルフはマンドラゴラの白濁したエキスを飲んでへべれけになっていたからね... ...。

 あの状況を思い出したら君は発狂するだろうよ。


『花島、そこのエルフのお嬢さんに感謝しなよ。自分の魔力を送り込んで瀕死のあんたを助けてくれたんだからね』

 

 頭の中でリズの声が。

 どうやら、先程の一撃でリズの意識は消失していなかったようだ。


「... ...そうか。シルフ。ありがとう。命拾いした」


 感謝の言葉を面と向かって言われたことがない人のようにシルフは顔を赤面させ、尖がった耳まで真っ赤になる。

 え... ...。

 何その乙女な反応... ...。

 オジサン困る... ...。


「ま、まあ、あんたにはこれからやってもらう事もあるし! こんな所で死ぬなんて許さないんだから!」


 久々に見るシルフのツンデレも可愛らしい。

 でも、生き延びた所でこき使われるのが確定しているので心底喜べない。


「魔法少女達がハンヌって奴に洗脳されて、俺を襲ってきた... ...」


 事の経緯を説明しようと簡単ではあるがシルフに説明をしようとしたのだが、ハンヌの名を聞くと息を吞むような大きな声を出して驚くシルフ。


「ハンヌ!?」


 ハンヌの名を耳にすると一気にシルフの顔色が曇る。


「... ...知っているのか?」


「知っているもなにも父さんと母さんを陥れた奴よ!」


 シルフは唇を強く噛みしめ、手をきつく握り、感情を押し殺しているが殺気は消せていない。

 確か、シルフの両親は病死したはずじゃあ... ...。


「ハンヌは何処にいるの!? 殺してやる!」


 一国の姫様が言うような言葉ではないものを口にするところを見ると、シルフの悔恨の深さが読み取れる。


「分からない... ...。このマンションの中にいるのは確実だと思うんだけど」


「そう。じゃあ、あたしが見付けて殺す」


 シルフのギラギラした目は戦場の第一線で戦う戦士のようでに何か使命感を感じさせた。


「お、おい! どこに行く!?」


 ゴシルフはゆらゆらと酔っ払いのようにふらつきながら歩みを進める。

 進行方向には熱戦を繰り広げる白髪の幼子とゴーレム幼女。

 このまま突き進めば確実に巻き込まれてしまう。

 俺は歯を食いしばり、体にムチを打って、目の前のシルフに歩み寄ると突如、シルフは膝から崩れるようにして瓦礫の上に倒れ込む。


「シルフ! 大丈夫か!?」


 シルフの顔を見ると風邪を引いているのではないかと思う程に赤く、額に汗をまだら模様に掻いている。


『このお嬢さん。魔力を殆どあんたの為に使ったんだろうよ。動けるような体力も残しておかないなんてバカな子だよ』


 冷めた言葉を使うリズに反論。


「リズ。それは違うぞ。シルフはバカじゃない。ただ、目の前の事を解決しようといつも全力なだけだ」


『... ...歳行った奴はそういう奴をバカと一括りにすんだよ。そういう意味ではあのゴーレムやお前も一緒だ』


 リズはまるで呆れたように言葉を発するが、どことなく何か嬉しそうだ。


「... ...ハアハア。花島。ハンヌを倒して。父さんと母さんの仇を討って... ...」


 自分で宿敵を討ちたかったのか、今まで隠してきた涙を溢れんばかりに流しながらエルフの王女はプライドを捨てて俺に懇願する。

 ミーレとレミーを洗脳し、リズを殺し、シルフに悲しい顔をさせるハンヌってやつはどうやら顔面に一発お見舞いするどころでは済まないようだ。

 ケツの穴から右腕突っ込んで奥歯をカタカタ言わせないと俺の気は収まらない。

 

「ああ。出来る限りの事はする。お前は黙って寝て、俺の勝利宣言を楽しみにしてろ」


 安心したのかシルフはそのまま、気を失い、俺は着ていた服を枕のように丸めて頭が痛くならないようにシルフの頭の下に据えた。


「行こう! リズ! あいつを倒しに!」


『でも、何処に居るのか見当も付かないからねえ... ...』


「... ...何か探知魔法みたいなものはないのか?」


『あるけど、こう、魔力の強い空間じゃあ、正確に居場所は分からないよ』


 決意したもののどうやら八方ふさがりになってしまった。

 倒したい気持ちはあるが居場所が分からないとなるとしらみつぶしに探すしかない。

 しかし、このマンションは自分で作っておいて何だが迷路のように複雑で場内マップを正確に理解出来ていないのだ。


 俺がその場で呆然としていると、ゴーレム幼女が白髪の幼子にフッ飛ばされて俺の足もとまで転がってくる。


「ふうっ... ...。やはり強いね。ブラック... ...」


 特殊な鉱石で出来たウエディングドレスのようなものに身を包むゴーレム幼女の姿もさることながら、口元についた血を舌で舐める姿は普段の雰囲気とはまるで違うものだった。

 そして、やっと俺の姿に気が付いたのか。


「あ! 花島!!!! てめえ、何やってんだみそ! 心配させるな!」


 何故かそう言われて殴られる俺。

 戦闘モードに入っているゴーレム幼女のパンチはいつもよりも重く、それはじゃれ合いというよりも完全な攻撃だった。


「す・すまん。しかし、凄いな。あの白髪の幼子と互角だなんて」


 俺は少ない時間だったが攻防を繰り広げる二人を見ていた。

 ゴーレム幼女が剛の拳とすれば白髪の幼子は柔の拳。

 ゴーレム幼女が攻めて、白髪の幼子はそれを受け流しながらカウンターを狙う戦法で傍から見ていればそれは良い勝負にも見えるのだが、ゴーレム幼女の見解は違うものだった。


「互角? このど素人が! 地の利があっても私は若干押されているみそ。魔力の量もあいつには敵わない。あいつの方が私よりも数段上みそ」


 頼みの綱であるゴーレム幼女から珍しく弱気な発言を聞き、不安になる。

 確かにゴーレム幼女は肩で息をしており、体力の限界も近そう。

 全力で打ち込む攻撃スタイルではやはり長期戦になると不利なのか... ...。


「ハンヌってやつを探している。お前なら場所を特定出来ないか?」


 そう。

 ここは言わずもがなゴーレム幼女が作った場所。

 彼女であれば分かるはず。


 そして、彼女は考える素振りも見せずに指を顔の脇でパチンとはじく。

 すると、床は意思を持つかのように集まり、瓦礫を避け、アーチ状の橋を作り出した。


「あいつまでの橋を架けたみそ。こいつは私が食い止める」


 小さな背中の金髪の幼女の背中は大きく見え、戦闘中でなければしがみつきたいほど。

 俺はゴーレム幼女が作ってくれた道を全力で駆け、目的であるハンヌまで向かう。


「そこの子! 行かせないわよ」


 白髪の幼子はハンヌのもとに向かおうとしている俺を見て、銀色の矢のようなものを瞬時に生成し、放つが、ゴーレム幼女が指を再び、パチンと弾き、白髪の幼子と俺の間に壁を作って攻撃が及ばないようにしてくれた。


「... ...随分とその人間を気に入ってるわね。あいつと重ねているの?」


「そうじゃないって言えば嘘になるみそ」


「恋する乙女は可愛いわね~。で、いい加減、その鬱陶しい石の鎧を脱いで本気を出しなさいよ」


「... ...」


 走っている途中に微かに聞こえる。二人の会話。

 ゴーレム幼女にも誰にも言えない過去があるのか... ...。

 しかし、それは今、気にすることではない。

 目前にいるであろう狂気を消し去らないとこの混沌とした争いは終わらないから。

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