第九話 真竜の秘策
臨時のバイトのせいで木曜更新できませんでした。申し訳ありません。更新できなかったお詫びというわけではないですが本日は文字数多めで御座います。
86
大空を飛ぶ。これはオニキスの想像を遥かに超える爽快感であった。大きく高度を取れば遥か地平を睥睨し、低く飛べば、流れる景色は楽しく興奮を掻き立てる。人の身では味わえない、見たこともない景色にオニキスの心は弾んでいた。
「ゼルザール、竜と言う者はいつもこのような景色を楽しんでいるのですね。素晴らしいです」
「ぐぁうがう!!」
機嫌良さげにつぶやくオニキスに、こちらもまた機嫌よく答える真竜。機嫌が良すぎて言語を失う辺りは、所詮野生動物と言った所か。とりあえず全力で走破しなくてはならなかった道程が、空路で楽々になったのはオニキスにとって僥倖だった。
「さてゼルザール、日が傾いてきましたし、そろそろ寝床の確保をしましょうか」
「ん?お嬢様は野宿をされるおつもりなのですか?」
首を器用に後ろに向けると、不思議そうにゼルザールはオニキスに訪ねる。竜であるゼルザールにはよく分からない事だが、人間というものは街と呼ばれる場所で寝るものだと認識していたからだ。
「恥ずかしい話ですが、着の身着のまま出てきてしまいましたので、私現在無一文なんですよ」
しょぼしょぼと答えたオニキスだったが、主のその悲しい現状を聞いた竜は顔を輝かせた。
「無一文、なるほど金と言うやつですね!お任せ下さい、私はドラゴンですので巣にはそれはもう大量の財宝を蓄えておりますよ!」
「おぉ、それは有り難いですね!流石は伝説の真竜、御剣山脈の主ですね。で、あなたの巣はどこにあるのですか?」
一転して花が咲いたような表情に変わったオニキスの問に、何かをしばらく考えたゼルザールは視線を外しながら小声でつぶやいた。
「……御剣山脈の中央デス」
「……今日稼いだ距離を対価にせよと?」
「はぅ!」
ドヤ顔から青ざめた表情(鱗に覆われているので色は見えないが)へ急転直下の野生動物、爬虫類の類は表情がわかりにくいものだとおもっていたが、こうしてみると中々に表情豊かだなとオニキスは思った。
その沈黙を主の怒りと捉えた真竜は、青い顔をしたまましばらく押し黙っていたが、突然何かを思いついたように顔をあげ、ガサゴソ胸のあたりで何かを始めた。オニキスの座っている場所からはよく見えないが、何やら座っている真竜の体が強張り、小刻みに震え始める。
「そうだ!ふんぎぎぎぎぎ、オゴォッ!?」
苦痛の声を上げながら小刻みに震え、呼吸を荒くする真竜。流石にただ事ではなさそうなのでオニキスも心配になり声をかけてみる。
「ゼ、ゼルザール?な、何やってるんですか!?」
「こ、これを……」
「え?」
ゼルザールはガクガク震えながら何かを取り出し、それをオニキスの目の前に置く。ドチャリと、なにか粘るような音を立てて置かれたそれは、血が滴る肉が根にたっぷりと付着した状態の鱗であった。
「……こ、これは」
「私の龍鱗です、これを売れば数年は遊んで暮らせるほどの金銭を得られますよ!!」
「グロイ!グロイですよゼルザール!?あとなんだか重いです!」
「えぇ……が、頑張ったのに喜ばれていない!?」
「い、いえいえ、貴方の心付け、有り難いとは思うのですよ?ただ、貴方これ思いっきり肉片付いてるじゃないですか。痛くはないのですか?」
「ハァハァ、大丈夫ですよ、我々真竜は強靭な体ですからね。この程度、全くダメージなど負っておりません、痛くも痒くも、ンギィッ!……ございません!」
「どう見てもやせ我慢ですよね?貴方が飛んだ跡に赤い線が見えるのですが……」
「気のせいで御座います、気のせいで御座います」
頑なにダメージを認めない真竜、一体何がそこまでゼルザールを頑なにさせるのか。なんとも言えない罪悪感がオニキスを襲う。
「……強いて人間規格で言えば」
「言えば?」
「指のささくれを引っ張ったら、1~2cmくらい思いっきり裂けたような痛みでしょうかね!」
「めっちゃ大惨事じゃないですか……」
何故か突然の忠誠を誓われた上での自傷流血プレゼントにはドン引きだったが、流石にここまでされて邪険にする訳にもいかず、とりあえずゼルザールの背を撫でてみる。こんな巨大な生き物の背を撫でた所でなにか意味があるのか?とも思ったが、嬉しそうに「クルル」と鳴くゼルザールを見ていると、どうやら喜んでいるようだったので安心する。このような巨体で鱗に覆われているにもかかわらず、真竜という物は意外と神経が鋭敏であるらしい。彼らの生態には謎が多い……。
「取り敢えずこれで街に泊まることが出来ますね、貴方はどうします?街の近くで隠れる事が出来ますか?」
「ご心配には及びませんよ、お嬢様。私に秘策ありです。お、ちょうどいいことに少し大きな街が見えてきましたね、今日はあそこに泊まる事と致しましょう」
ゼルザールは上機嫌に一声鳴くと、地上に向けて滑空し、うまく足を曲げることで、その巨体からは想像もつかないほど静かに着陸をした。その衝撃の少なさには流石のオニキスも感嘆の声をあげる。
「凄いですねゼルザール、目を瞑っていたら、着地したことに気が付きもしなかったかもしれません。貴方体が大きいのに色々細かいところが器用ですね。――で、秘策というのは何なんです?」
ゼルザールから飛び降り街を見る。壁で覆われた内側には所狭しと建物が見えていた。クティノス式の建造物は背が低いのでよく見えないが、恐らく目の前の街はかなりの規模の都会である事が伺えた。流石にこんな巨大な竜が入っていったら軍隊が出てきそうな大きな街並みだった。
「まあ見ていて下さい、フンヌ!!」
オニキスから少し距離をとったゼルザールが体に力を込め踏ん張ると、鱗の隙間から光が漏れ出し、見る見る内にゼルザールの全身を覆っていく。まばゆい光に包まれたゼルザールは大きく咆哮を上げると見る見る縮み、オニキスと同じくらいの大きさになっていった。
「なるほど竜人化の秘術、噂には聞いたことがありましたが、本当に行使出来る竜が存在したとは。てっきり御伽話の類かと思っていました」
「これが出来る竜は数が少ないですからね、見たこと無いのも仕方がないかと。私こう見えて中々に高位の竜なのですよ♪」
体が小さくなったせいか妙に甲高い声になったゼルザール。その姿を見たオニキスは息を呑む。
「あ、貴方その姿は……」
「ふふふ、驚きましたかお嬢様、これが私の人間形態です」
光が収まり驚くオニキスの目の前に小柄な影が立っていた。
光り輝く雪ような見事な白髪、小柄で華奢な体。肌は透き通るように白く、それでいて唇は血色のよい桃色に染まり、瞳は燃えるように赤い。服は黒く、ひと目見ただけで良質な物だと分かるシンプルで洗練されたデザインの物を纏い、この人物の育ちの良さを証明していた。そう、そこに立っていたのは竜が変身したとは思えないほど完璧な……くたびれた中年男性だった。ちなみに頭頂部はまばらに禿げ上がっている。
「凄く気色悪い容姿をしていますね……」
「いきなり酷い言われようですな」
「何で声はそんなに愛らしい高音なんですか、あと唇だけ妙に血色が良いのも恐ろしいですね」
「いやー、実は人化をあまりやったことが無いので加減が良く分からないんですよ。しかも、我々からすると、人間の美醜の基準はいまいち良く分からないというか、ぶっちゃけオスメスの区別と、個体の見分け程度しかできないんで、自分がどういった評価を受ける容姿なのかは良く分からないのです。あ、ちなみに頭頂部が剥げているのは先程剥がした鱗のせいです」
「う、鱗の、それは流石に申し訳ない気持ちになります。ごめんなさい。――それにしても中々にインパクトがある容姿ですね、何とか他の姿に変えられないのですか?」
「可能ですけど、一からデザインし直しますんで、多分夜が明けますよ?」
「よし、このまま街へ向かいましょう!」
「お嬢様のそう言う面倒くさがりな所、嫌いじゃないです!」
薄っすらと笑みを浮かべるゼルザール(中年男)本人はにこやかにしているつもりなのかもしれないが、その笑顔は禍々しく、何かを企む悪魔のような笑みだった。桃色の唇が艶めかしい。
「うーん、協力しますんでそのうち貴方の容姿については改革を行いましょう……」
「そんなに酷いですかねえ、美白という言葉があるから真っ白にしましたのに」
「残念ながら、そこが致命的に気持ちわるいんですよねぇ……ん?」
ゼルザールと話している内に夜の帳が下り、辺りは薄暗く染まり始めていた。街から離れた街道であるこの場所にはもう人影はなく、静寂が辺りを支配していた。が、いつの間にか街の方角から大勢の人間の歩く音と、手にした松明の光が近づいてきていた。ざわめくそれらの気配は、剣呑な空気を漂わせており、とても友好的なものには感じられなかった。
「あー、これは面倒なことになったかもしれませんね」
「アレは人間の……軍隊でしょうか?」
「間違いないですねー、貴方の姿を見られたのかもしれません」
「あー、私さっきメッチャ吠えましたしね」
「それだ!」
取り敢えず、この怪しさ満載の白面中年男を交渉に当たらせてしまっては、恐らく話は拗れに拗れてしまう事だろう。そう感じたオニキスは、自らがこの状況を収めなくてはならないと感じていた。
「うぬ等、そこで何をしておる!!」
(よし、なるべく穏便かつ友好的な態度で「貴様らこそ何用だ!!」って、うぉぉぉい!?)
荒々しく話しかけてくる軍隊と思しき男たちの前に、即座に躍り出る美白親父。しかも何故か軽く喧嘩腰である。
「ぬ、なんだ、胡乱なやつめ!?者共、囲め!囲め!此奴まともな人間ではないぞ。先程の竜と言い、一体何が起こっておるのだ!」
突然の色白中年男の登場により、一発で怪しいもの判定をされてしまった為、慌ててオニキスも姿を見せ、誤解を解こうとする。ここ数ヶ月の学園生活で、オニキスは自分の容姿が他人に好感を与えるのかもしれないと学び始めていた。自信はまったく無いが、少なくともこの中年男と違い、いきなり化物判定は食らう事は無いと思っての行動だった。
「あわわ、違うんです、私達は怪しいものでは……」
「な、何と美しい……ハッ!見ろ、この世のものとも思えぬ美女を連れておる!間違いなく怪生の者、各方惑わされてはなりませぬぞ!!」
一瞬呆けたような素振りを見せた獣人の団長だったが、即座に気を持ち直し、部下に向かって檄を飛ばす。
「御意!御意!!」
部下たちも団長の声に我に返ると、統率の取れた動きで陣を組む。実に洗練された淀みのない動きに指揮の高さが伺える。
「うぬ等、痛い目に会いたく無くば、無駄な抵抗はするなよ?」
(えぇ……なんで私も怪しい化物みたいに言われているのでしょうか、あ、そうか。最近割と褒められていたので、もしかして私、容姿はそれなりに整っているのでは?などと増長してましたが、やはり冷静な第三者から見たら女装した不気味な男という事なんですね!――うぅ、恥ずかしい勘違いです。しかし、男として見てもらえるのはちょっと嬉しい。しかしこれはまずいですね、すっかり勘違いしていたせいで状況が悪化してしまいました)
自分の勘違いのせいで状況は悪化してしまったが、流石に何の罪もない兵士を相手に暴れるのも気が引ける。
「ゼルザール、決して手向かってはいけませんよ」
「え~、でもこのままだと私達殺されたりしません?私殺されるのは嫌なんですが……」
「だ、大丈夫です。多分。あのー、私達抵抗は致しませんので武器を下ろしては頂けませんか?」
なるべく穏便に、ニコリと微笑みながら無抵抗の意を伝えるオニキス。その甲斐あって、獣人の何名かはほうけたような表情を浮かべ、武器を握る手から力を失う。犬型の獣人に至ってはゆっくりと尻尾を左右に揺らし始めていた。
「ぬ!?貴様、魅了の妖術とは面妖な!正体を現したな、この毒婦め!ワシにそのような色仕掛け、通じるとは思わぬ事だ!」
「えぇ!?ち、違っ!?」
「問答無用!!」
先頭の兜を被った団長の男が抜剣する。それを見たゼルザールは恐怖に腰を抜かし、ガクガクと震えながらオニキスの後ろに回り込んだ。
「……おい真竜。貴方一応伝説の魔物でしょうが!何で私を盾にしてるんですか?」
「それがですねお嬢様、私この姿だと、くたびれた中年男程度の力しか出ないんですよぉ~」
「貴方本当に訳わからない生き物ですね!?」
「何をごちゃごちゃ言っておる?ヌゥン!!」
「ひぇっ!?」
思いの外鋭い剣閃に、オニキスは咄嗟に手に持った竜鱗で応戦した。が、不完全な体勢であったため、その剣戟の威力に耐えきれず、オニキスの体が僅かに吹き飛ばされた。体勢が悪かったとはいえ、自分が吹き飛ばされた事にオニキスは驚愕する。眼の前の男はただの雑兵ではない、と。
「な、わたしの龍鱗が欠けた!?」
「貴方の龍鱗モロすぎません?カルシウムが足りていないのでは!?」
「お嬢様、竜の鱗はカルシウムではございませんぞぉ!!」
「ワシの初撃を防ぐとは、やはり怪生の者。ここで滅する!」
「貴方、私が何しても怪生判定しますね!?」
無駄口をたたきつつも、なんとか獣人の剣を龍鱗で受ける。うまく受け流してはいるが、それでも偶に力を流しきれずに龍鱗が削られていく。ここに至ってオニキスの顔からは余裕が消えていた。この鱗は真竜ゼルザールの物、先程、愛用のミスリル釘バットをして、傷一つつけることが叶わなかった伝説の魔物の鱗である。獣人は確かに優れた身体能力を持ってはいるが、目の前の男の戦闘力は異常であった。
「ぬぅ、男を誑かす毒婦でありながら、その剣の腕前。さては貴様、傾国の毒婦。大妖金毛白面九尾の狐か!」
「だ、誰ですかそれは!?ひぇっ!」
男の振るう剣はいよいよ鋭さを増していく。先程まではなんとか鱗を削らせずに受け流せていた斬撃も、今は殆どを流しきれずに鱗はどんどん薄く削られていく。
(この膂力と流麗で巧みな剣技、この男まさか……)
「ぬぅ!恐ろしいまでの剣技よ。最早出し惜しみをしている場合ではないな!」
「この構え、やはり!」
「喰らえぃ!奥義 剣雲鬼炎斬!!」
「やはり、卍丸。ならばこちらも出し惜しみをしている場合ではありませんね!!」
男が奥義を放った瞬間、オニキスは角を開放する。
「……ぬ、その角、まさか!?いや、しかし性別が」
「すいませんね卍丸。後で説明しますので取り敢えず眠っていて下さい!全力轟雷召喚」
「グァァァァァッ!?」
天を揺るがすような轟音。かつてミルコに放たれた照れ隠しの一撃とは違い、全力で放たれた轟雷召喚は卍丸と呼ばれた男を容赦なく飲み込んだ。即座に彼が纏った甲冑が自動的に障壁を展開し、一瞬だけ轟雷召喚の電撃を霧散させたが、ガラスの割れるような音が鳴り響き、障壁ともども鎧が弾け飛ぶ。おそらくは相当高位の魔防具だったのだろうが、それを見越して放たれた魔王の一撃に、甲冑は為す術無く敗北した。甲冑を砕かれた卍丸に轟雷召喚を防ぐすべはなく、豪雷に全身を焼かれ、力なくその場に崩れ落ちた。
周りの兵士は信じられない光景にへたり込み、無敵と信じていた自分たちの団長が丸焦げになり、倒れる様を呆然と眺めていた。
「……あー、すいません卍丸、ちょっとやりすぎました。だ、大丈夫ですか?大丈夫、ですよね?」
「こ、このでたらめなお力と杜撰な性格。間違いなくオニファス陛下、ぐふ……」
力尽き倒れ込む卍丸。そして近くに居たために余波で感電したゼルザールも白目で気絶をしていた。泡を吹いて白目を剥いた不気味な顔の中年男性というのは中々にインパクトのある光景だったが、全てやりすぎた自分のせいであった為、これには流石のオニキスも罪悪感を覚えるのだった……。
3章はシリアスなシナリオ。良いね?
感想などございましたら是非下さいませ。
何よりの栄養で御座います。
只今新作 先輩勇者やるんですか?じゃあ僕回復職やりますよ
~最上位回復職が聖女だったなんて聞いてない!~
も執筆しております。TS物なので読む方の好みが分かれる物かもしれませんね。
第一章書き終えたら順次UPしていく予定でございます。
主人公ラフはこちら
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=72730154




