第8話 お前そんなキャラだったのですか?
年明け風邪を引いてしまい投稿できませんでした。
申し訳ありません。
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ゼルザールは薄れる意識の中、自らを倒した女の姿を見つめていた。黒く艷やかな角をはやした女。取るに足らない小さき者。そう思い尻尾で甚振ることに愉悦を感じていた、事実女の展開する魔法陣は、ゼルザールの尾撃に吹き飛ばされるたびにその存在を保つことも出来ずに消えていった。
だが、最後の瞬間、それは誤りであることに気がついた。あれは術を保てず消滅していたのではなく。隠蔽され、そこに留まり続けていたのだ。気がついた時には前後左右からの超高熱魔法の斉射によって意識を保つのも難しく、最後に自らを潰した巨大ななにかに至っては知覚することも叶わなかった。潰されてから感じる硬さと重さから、どうやら自分は岩に潰されているらしいということが理解できた。かろうじて開く目で女を見据える。このような状況になってしまっては、自分にできる抵抗など殆ど無い。
女は、何の感情も感じさせない顔で近づいて来た。
……――あぁ、我はここで死ぬのか。
悠久の時を生きる真龍であるゼルザールだったが、同族の死を見た事はある。彼らは偉大な種族であるが、その最後は大概人間の手によってもたらされる。それが自分にも訪れたというこ事なのだろう。1000年、何をするでもなく生きて来たが、果たしてそれは長かったのか短かかったのか、ゼルザールには分からない。ただ、長かった自分という存在が今ここで終わる、それだけは理解できた。
「イ……」
「む?」
「イィィャアヤヤヤヤダアアァァァァシニタクナイ~~~~~!!!」
「えぇ……」
突然甲高い声で喚きだす真龍。岩に潰されたまま、体の割に短い手足と長い尻尾を無様に振り回し、甲高い声で命乞いをする御剣山脈の主。流石にこの状況にはオニキスも驚きを隠せない。
「ドウカ命バカリハ、オ助ケヲー!!」
「いきなり喋りだしたと思ったらやたら卑屈になりましたね。真龍の誇りとかはないんですかあなた……」
「ヤダナー、誇りトカソウ言ウのワカンナイヨー!真龍ナンテ言ッテモ、所詮野生動物。ソンナ大シタモノデハナイデスシ、ソレヨリナニヨリ」
「何より?」
「野生動物殺シチャ可哀想デショオオオォォォ!!ヒトデナシッッ!」
「えぇ……」
いよいよ真龍としての挟持などかなぐり捨てて、全力命乞いを始めるゼルザール。体を巨岩に潰されているのに短い手足をばたつかせ、独特の発声で話しかけてくる。その姿は最早、真龍というより巨大な陸ガメと言った感じになっていた。
「ていうか貴方話できたんですね、だったら最初に問答無用で襲ってきたのに、いまさら命乞いは都合が良くないですか?話し合いで済まそうとした私を思いっきり尻尾で殴ってくれましたよね?」
「殺ス気ハナカッタンデスウウウ、本当デス!」
「まぁ、襲ってこないならこれ以上攻撃をしようとは思いませんが……」
オニキスが手をかざすと岩葬潰の巨岩は消え去り、押しつぶされた体が自由になる。あれだけの質量に潰されても一応無事なのは流石の真龍である。巨岩が消えた瞬間首をもちあげ動き始めたゼルザールに、オニキスはいつでも反撃をできるように身構えたが、真龍はその巨体を器用に折りたたむように土下座をする。
「……その土下座どうやってるのです?」
「コレハ、真龍ダカラコソ出来ル、奥ノ手デゴザイマスオ嬢様!!」
「お嬢様って何ですか、貴方いくらなんでも卑屈な小物になり過ぎじゃないですか?」
流石にここまで綺麗な命乞いをされては、オニキスにはもうゼルザールの命を奪う気力も無くなっており、もうどうでもいいかなと言う気もしてきた。この小物ぶりでは殺すつもりがなかったという証言も本当なのかもしれない。
「ひょっとして貴方、15年前にもその見事な土下座したんですか?」
「ウヒィ、何故ソレヲ……ハッ!?ソノ角ハ……マサカ」
オニキスを見つめる卑屈な瞳に今度は明らかな恐怖の光が灯る。巨大な体をガタガタ震わせて、土下座の体制のままズリズリと後ずさる。ゼルザールの脳裏を埋め尽くすのは恐怖と屈辱の15年前の記憶。笑いながらゼルザールを素手でタコ殴りにしつつ、鱗数枚と角の先端をへし折って強奪していった大男の記憶。それはまさにゼルザールが土下座を手に入れた瞬間の記憶。
「アババ、アバババ」
「そこまで怯えなくてもいいですよ、私は彼ほどメチャクチャなことはしませんし、貴方をこれ以上傷つけるつもりもありません」
「ホ、本当ニゴザルカァ?」
「何ですかその喋り方は……」
「命ヲ助ケテクダサルナラ、ナンデモシヤスゼ。ウヘヘ」
「じゃあ、まずはそのへんな喋り方やめてください」
「はい、畏まりました!!」
「流暢だな!?」
「元々普通に話すことはできたんですが、こう、命乞いするなら動物らしい可愛らしさを演出しようかと」
「いらない演出する真龍ですね!もう私の真龍のイメージはめちゃくちゃですよ?」
もともと真龍にそれ程なにかの固定観念などは持っていなかったオニキスだったが、流石に目の前に居るこのダメダメに生き物は想定を超えていた。これが伝説に謳われる御剣山脈の主、真龍ゼルザール……。オニキスは最早、呆れを通り越して悲しみを感じ始めていた。
「それでぇ、お嬢様は一体何の御用があってここにいらっしゃったのでしょうか?……まさか、真龍素材の剥ぎ取りに!?」
「違いますよ!!」
「嘘だー、だってさっき翼竜解体してたじゃないですかぁ!?」
「あー、あれはそうですね、お腹が減っていたものですから」
「ヒィッ!?」
出会った順番が逆だったら自分がそうなっていたかもしれない。翼竜を食料とした少女はそう言っているのだ。何が”彼”程無茶はしないだ、あの男ですら龍をその場で調理して貪り食うような無法はしなかった。今、目の前に居る女は、気が向けば自らを捕食しうる化物なのだ、いまゼルザールにはそれが分かった、分かってしまった。まあ実際にはオニキスは意思疎通の出来る相手を捕食することはないのだが、ゼルザールにはそんなオニキスの心の内など分かる訳もない。
ジョバァッドボボボボ……
恐怖で白目を向き、気絶したゼルザールの足元に勢いよく水流が放たれる。どうやら失禁をしたらしいが、そこは流石の真龍。その水圧の強さはまさに超越者……。
「って汚いですね!!!」
失神からの失禁コンボをきめた真龍。しかし、そこは腐っても真龍。ゼルザールは数秒で意識を取り戻した。強者である真龍は、意識を失ったとしても即座に回復が出来るのだ。が、そこに立つオニキスの姿を見て再び失神する。そして即座に意識を取り戻し、また失神。それを何度か繰り返し、ついにはこの現実から逃れられないと悟ると、何かを達観したかのような表情を浮かべた。
「それで、我はお嬢様の糧となる運命なのでしょうか?」
「何かを悟ったような表情で物騒な事言い始めてるんですか。流石に言葉が通じる相手を食べたりはしませんよ。私はここを通ってクティノスに向かっているだけです!」
「なんとなんと、そう言うことでしたら私にお任せ下さい、だから食べないでください」
「む?」
「我……私、実は龍なのです」
「見てわかりますよ!?」
「ですので私の背に乗っていただければ、目的地まで一飛びというわけで「嫌ですよ」何で!?」
「えぇ~、だって貴方さっき大量におしっこ漏らしていたじゃないですか。そんな龍汚くて乗りたくないですよ……」
さも名案のように自分を使えという真龍だったが、先程の滝のような失禁を見たあとでは触るのは少々気が引ける。そもそも何故この龍はここまで必至に自分に媚びているのかも良く分からない。
「じゃ、じゃぁ、すぐに水浴びしてきますんで、ちょっとここで待っていて下さいぃぃ」
(恐ろしいならそのまま逃げればいいのに、何なんですかね……)
何故か頑なに騎竜になろうとする真龍。ものすごい勢いで飛び立つと、遠くに見える湖に頭から突っ込んでいき、五分後には御剣山脈に戻ってきていた。早い……。
「さぁ、お嬢様、私の背中にお乗り「嫌ですよ」何故ぇっ!?」
「貴方ビッチョビチョじゃないですが、そんなに濡れた爬虫類の背中に乗りたくないですよ」
「な、しかし、私は炎などは使えないので、乾かすこと出来ないんですよねぇ」
ブレスを吐けばいいじゃないかと思ったが、考えてみたらあれを自分に放つのは無理そうだ。
「うーん、乾かすだけなら空をぐるぐる飛べばいいんじゃないですか?」
「なるほど!では早速」
勢いよく飛び立つゼルザール、陽の光をあびて山脈上空を大きく旋回し、体を乾かしていく。
「ささ、お嬢様今度こそ乾きましたよ!!」
「何で貴方はそんなに頑なに騎竜になりたがってるんですか……」
よくわからないが、確かにこの龍に乗れば移動が楽そうなのは事実なので、オニキスはこの訳のわからない状況を享受することにした。
――――……同刻、クティノス国境
「報告です、真龍ゼルザールが活発に行動をしております!!」
「なに!?しかし山脈から出てきたわけではないのであろう?」
「それが、先程物凄い勢いで仙連湖に突っ込んでいった後、山脈の上空を高速で旋回した後、クティノス方面へ飛び去りました!!」
「なにぃ!?」
「早馬を、いや、通信魔法の用意をせよ!!急報!急報!!」
クティノス国境関所は混乱を極めていた。数百年前から御剣山脈から外に出ることのなかった真龍が突然行動を始めたのだ。先日の謀反による王位交代に続いて真龍の謎の行動。衛兵達に緊張が走る。一体この国はどうなってしまうのかと。
「何か騒がしいですね。何かあったんでしょうか~?」
「どうせどっかの王様が無茶な事やらかしたんだとおもうですよ」
「シャマちゃん随分と具体的な想像だね……」
「おかーさん、みてみて、ソラにでっかいトカゲがいるよ!」
「まぁ、シャマはなんとなく何があったか分かっちゃいましたが、何であの人は普通に関所を通らなかったんでしょうねえ。身分証の偽装はしてあるから普通に入っても問題ないですのに」
「ん?シャマちゃん、なにか言ったかい?」
「いえ、なにも」
眠そうな目を御剣山脈に向けながら、恐らく真龍と何かをやらかしたであろう主人を想像し、普通に関所を通過するシャマ。後にこの事実に気がついたオニキスがとてもションボリすることになるのだが、それはまた別のお話。
「一応隠密行動を取るために山脈超えをしたんでしょうけど……」
既にそのことは頭から抜け落ちているのだろうと従者は思った。
みんなアホになる……。




