第三話 忘れ去られたモノ……
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傷ついた二人を医務室に運び込んだオニキスたちに、意識を取り戻した菊正宗と六甲の口から語られた話は、俄には信じがたいものだった。しかし、目の前の二人の傷だらけの体と表情から、それが偽りとは考えづらい。
「何とかオニキス様にこの事を伝えようと走ったのですが、途中で件の”影”と呼ばれていた男に追いつかれてしまい……」
「私も月詠様のご命令どおりに、大和殿下の下に向かいたかったのですが~」
「私達二人では件の影から逃げる事もままならず、二人で死に物狂いで抵抗したのですが一緒に逃げるのが精一杯で……」
「申し訳ありませぬ~、大和殿下をお助けする事ができませんでした……」
「大和は……右腕を切り落とされた上に脇腹を天羽々斬で斬り裂かれ、更には二人が太刀打ちできなかった影の片割れにしがみつかれたまま、肩を槍で貫かれ崖下の荒波に飲まれてしまったのですね……」
「はい……」
「更に月詠は王殺しの罪で処刑が決まったと……」
「そちらは確認はしておりませんが、私達が逃走する前に夜藝殿下がそう言っておられました……」
「ふむ」
二人の話、オニキスの知る夜藝と言う人物の行動として違和感は拭えないものの、月詠の処刑が事実であるならオニキスの取るべき行動は決まっていた。
「シャマ、私はこれから単身でクティノスに向かいます。貴方はこちらの監視を続けてください、あとマリアへの報告をよろしく」
「うーん、シャマ的にはオニキスちゃんの護衛で付いて行きたいのですが?」
「ダメです、余程のことがない限りこちらの仕事を全うしてください。あと、隣で盗み聞きしてるリーベが無謀な行動に出ないように監視もお願いします」
「ふぇっ!?」
カーテンを開けるとそこにはベッドから降り、こちらに向かって聞き耳を立てるリーベが立っていた。
「リーベ、盗み聞きははしたないですよ」
「あうあうあう……」
「取り敢えず、リーベが医務室にいるのを忘れていたのは迂闊でしたが、私が暫く居なくなる説明をする手間は省けましたね。そう言うわけで私は暫くクティノスに行って来ます」
「あの、お姉さま、ちゃんとは聞こえなかったのですがその、大和くんに何かがあったのですか?それに月詠ちゃんを、その、聞き間違えでなければ処刑とか聞こえたような気がするのですが」
部分部分しか聞き取れなかった上に不穏な言葉と知人の名前が上がった事にリーベは顔を青くしていた。
「はい、大和はちょっと片腕をなくして、お腹を斬り裂かれた上に、槍で刺されて崖から海に落ちたそうです、全く何をやっているんでしょうねあのバカは……」
「ふぇっ!?」
「オニキス殿……様、立派に戦われた大和殿下にその様な言い方は余りにも!」
「オニキス様と言えど~、ちょっとそれは聞き捨てならないかな~。」
自らの主の死を、あっけらかんと語る主の友人に憤る二人だったが、傷の痛みのため動くこともままならない。しかし、当の本人は何も悪びれる素振りすら見せない。
「何を言ってるんですか二人共。まさかあの馬鹿がその程度で死んだと思っているのですか?……大和を、あの馬鹿をその程度のことで殺せるのなら。私はもう何度もあいつを殺していますよ」
辺りは薄暗く、オニキスの表情はよく見えない。が、薄く笑っているはずのオニキスから感じる気配は、穏やかではないように感じられた。放たれる重圧に、憤っていた二人の口が自然に閉じる。
「オニキス様……?」
「故に、今はそんな馬鹿に構ってる暇はないんですよ。今は一刻も早く月詠を助けに行く事が肝要です。私はこのまま準備をしてすぐにクティノスに向かいます。シャマ、後の事はよろしくお願いしますよ。くれぐれも付いて来ないでくださいね」
「わかりました、余程のことがない限りシャマたちはここで待っています」
「菊正宗、六甲」
「は、はい!」
「はい~!」
「私は夜藝殿下に事の真相を問い質した後、月詠とあの馬鹿を必ず連れて帰ってきます。だからあなた達はここで安心して養生していてください、無理をしてはいけませんよ」
そう告げるとオニキスは着替えもせず即座に釘バットを持ち、校舎の外へと走っていった。その動きは非情に素早く、そこにいるほとんどの人間が反応すら出来ないほどだった。
「オ、オニキスお姉さま、何も持たずに行ってしまわれましたけど大丈夫なんでしょうか?」
突然の行動についていけず、目を丸くしていたリーベが呟く。シャマは暫く何を考えているのか分からない表情を浮かべ、オニキスの立ち去った方向を見つめていたが、徐に両手を上げて驚いたと言う様なリアクションを取ると、抑揚のない声で話し始めた。
「わー、それはたいへんだー、シャマはーオニキスちゃんの動きが早すぎてー、何も教えてあげられなかったなー」
「シャ、シャマちゃん?」
「シャマは別にオニキスちゃんがシャマの事を置いていった事とか、あの陰獣を助けるために血相変えて飛びして行った事とかに怒ってなんていないのでー、とっても素早く出て行っちゃったオニキスちゃんが、あんな派手な格好で行ってしまったことも、お金も持たないで行ってしまった事も、釘バットしか装備してないことも、何も教えてあげることができなかったなー」
「すっごい棒読みだよ!?」
「でも困ったなー、シャマは余程のことがないとオニキスちゃんを追いかけられないから、きっとオニキスちゃんはご飯も買えずにお腹空かせちゃうんろうなー、宿屋にも泊まれないだろうし、夜になったら心細くなって「シャマー、シャマー」って泣くんだろうなー」
「な、何というか、うちも相当なものだが、お前の所も歪な主従関係なんだな……」
抑揚のない声であったが、シャマが怒り心頭なのだけはこの場にいる全員が理解できた。いつも通りの無表情であるのだが……。
「取り敢えずシャマは、事の顛末をマリア=トライセンに報告してきましょう。休学届とか出さないとオニキスちゃん退学になっちゃいそうですし。ピンクはどうしますか?」
「と、取り敢えず、お姉さまがいない間、シルエラちゃんの面倒も見てあげないといけませんし、とりあえずお姉さまの部屋に行こうかと思います」
「ん~、シルエラは普段、私の部屋にいるのでオニキスちゃんが居なくても取り敢えずは問題ないんですよねすよね。でもまぁ、確かにオニキスちゃんが居ない間、シャマ一人で面倒を見るのは大変なので手伝ってもらいましょうか。それじゃあピンクは先に部屋に行っていてください」
「はーい」
「それではシャマたちは行くので、クティノス”負け犬ズ”はそこで休んでやがるが良いですよ」
「何だとフォティア!誇り高き虎人の私を愚弄するなら、それなりの覚悟をしてもらうぞ!!」
「キャインキャイン~!!」
「六甲!貴様は豹人の誇りはないのか!?」
「だってな~、私達は実際ボロボロだからな~、影とかいうヤツに手も足もでなかったものなぁ~。それに傷が癒えるまでは起きることも出来ないものな~。菊正宗だって動けないのであろう~?」
「うぐ……」
「シャマ=フォティア~、行くときは声をかけるのだよ~?」
間延びした声でシャマに語りかける六甲に、肩だけを竦めたシャマはいつもどおりの無表情でこう言い放った。
「シャマはオニキスちゃんの言いつけを守って、余程のことがなければ追いかけませんよ」
「まぁ、それならそれで構わないのだけどね~」
先程まで悲壮感に包まれていた二人だったが、オニキスに言われた”大和が死ぬわけがない”と言う言葉に、少し心が軽くなるのを感じていた。
あの場に居た二人から見たら、あれは助かる訳がない状況だった、しかし、オニキスが言うのなら、殿下と常に過剰な死闘をしていた彼がそう言うのであれば、信じられるような、そんな気がするのだ。
二人とシャマの会話はそれで終わり、リーベと二人部屋を出るとシャマは学長室へ向かった。リーベはその後姿を見送ると、オニキスの部屋に向かって歩き始めるのだった。
――リーベが異変に気がついたのは、オニキスの部屋の近くまで迫ったときだった。
もう時刻は夕刻を過ぎ、夜の帳も落ちようという時間帯だったが、女子寮の廊下が騒がしい。普段であればこの時間は各々自室で休んでいたり、食事や風呂に行く時間なので、廊下に人が溜まるようなことはない。
リーベはこのいつもと違う雰囲気を多少訝しんだが、目的地はこの人混みの奥なので何とか人の間を進んでいく。
すると、リーベの耳に幾つかの会話が入ると同時に、この異常事態の原因が徐々に分かってきた。
「なんか、黒姫様の部屋……寒……」
「何か……魔力……あと声が……」
(黒姫?お姉さまの部屋が原因~?それに声?お姉さまは居ないはずなのに……って寒い~~!?)
目的地が近づくに連れて、リーベの肌に鳥肌が立つほど辺りの気温が下がっているのが感じられた。そして、それは確かにリーベの目的地から流れ出ているようだった。
(なに!?何なの?これは冷気……怨念?いえ、そんなに想念の強いものじゃない?でも、とても強い魔力と、確かに恨みの波動を感じる……)
果たして、オニキスの部屋の前に立ったリーベは戦慄する。冷気の原因は確かにオニキスの部屋から流れ出ており、そのあまりの冷気の強さに、逆に部屋の前にはほとんど人は居なくなっていた。これほど禍々しい雰囲気など、ダンジョンでも早々お目にかからない。まるで夜の墓場にでも迷い込んでしまったかの様な気分だった。そして、その部屋の前にいる僅かな人の中にリーベは見知った顔を見つけ、あちらもリーベに気がついた。
「あ、リーベちゃん、君も来たのかい?」
「リコスさん!」
「丁度いいや、リーベちゃん、オニキスちゃんを連れてきてもらっても良いかな?」
「あ、あの~、お姉さまは少し外出をなさっているのですが、これは一体どういうことなんですか~?」
「うーん、それが僕にも詳しい事はわかんないんだけど、どうやらちょっと前から急にオニキスちゃんの部屋から謎の声と冷気が漏れてきたらしいんだ。ドアに耳を着けてご覧?」
リコスに促され耳をつけると、中から漏れ出る声にリーベの背筋を怖気が走った。
『……るさない……ゆ……ない……許さない」
それは確かな怨嗟の声、地の底から漏れるようなそんな声だった。
「一体何が……!?」
「うーん、困ったね、このままじゃ埒が明かないから思い切って開けてみよう」
「え!?」
「君が来て良かったよ。君が居てくれれば怨霊のたぐいとも戦えるからね。もし、相手が人間だったら僕が前衛になる事もできるし。これ以上皆を不安な気持ちにさせるわけには行かない。こういうのはSクラスの僕らが解決するべきだと思わないかい?」
「うーん……わかりました~、ちょっと怖いですけど~、ドアを開けましょう~」
リーベの言葉に頷いたリコスが、息を潜めながらドアノブに手をかける、すると内側から漏れていた怨嗟の声が治まり突然ドアが開け放たれた!
「……っ!?リーベちゃん!!」
「きゃぁっ!?」
凄まじい速さで部屋から飛び出したそれはリーベを押し倒し、その頭部に覆いかぶさるのだった……。
シリスダヨー
シリアスが好まれてるのか不安なので感想がほしいのですDEATH




