第三十九話 終わらない戦い
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「良いですか?黒姫様、これは戦争です。ですので今すぐそのメイド服を脱いで、こちらの服にお着替えください」
「……これは?」
「戦いの装束です。これでなければ如何な黒姫様とて、苦しい勝負になると思われます」
「それほどの……」
ヴェスティの真剣な眼差しが、これからオニキスの向かう戦場の過酷さを雄弁に語っていた。
「ヴェスティさん、お手数ですがシャマさんを探してきていただいても良いですか?それほどの戦場であれば、念の為彼女の力も借りる事になるかもしれません」
「もちろん白姫様にもお声をかけさせていただきました。彼女も会場にいらっしゃってます。白姫様は既に準備を終えられ、一足先に会場に向かわれました。さぁ、髪型と頭部装備はお一人では大変でしょうから私がセットしてさし上げます、こちらへどうぞ!」
「ありがとうございますヴェスティさん、シャマさんが居るなら私も安心して戦いに挑めます!」
「……はい、頑張ってください」
ヴェスティは素早くオニキスの髪をほどき、魔力を込めて髪を梳く。するりと真っ直ぐになった髪を今度は両サイドに纏めリボンを付けていく。やがて綺麗に髪型を整え終わると、真剣な目でオニキスの姿を確認し、納得した表情を浮かべた後に、用事があるので自分は席を外すと言い残し何処かへ行ってしまった。何が何やらよく分からなかったが、更衣室に通されたオニキスは覚悟を決め、渡された服に袖を通す。
服と呼ぶにはあまりに布面積が少ないようだが、おそらくは動きやすさを追求したということなのだろう。さすがヴェスティ、測ったわけでもないのに体にピッタリとフィットする。オニキスは釘バットを掴むと戦いの場へと足を踏み出した。
薄暗い更衣室から出ると、人々の息を呑む声が聞こえてくるのだった。
――――――とある狂信者
――私はここ聖サントアリオ学園魔法科に通うごく普通のエリート。世間で天才と言われる若者たちの中でも一握りしか入学できないという当学園に於いても、更に一握りのエリート中のエリートSクラス。私はそのSクラスの一人に選ばれた。その名誉は私に自分が他者より優れているという優越感を与えてくれた。そして私はそれを当たり前の事と、疑う事もなく満喫していた。……あの時までは。
正直、過去の私は愚かだったと言わざるを得ない。井の中の蛙大海を知らず。私の鼻っ柱は入学早々ペッシャンコに潰されることとなる。クティノス代表学生との交流戦。そこで目にした一人の少女。いや、女神によって、私は見ていた世界の狭さを知る。
ともすればか弱くも見えるその可憐な少女は、見たこともない魔法と、これまた見たこともないほど洗練された体術を以て、私では勝てぬと確信を持てるような怪物”天津國 大和”君を正面から叩きのめしたのだ。その戦う姿は最早芸術としか呼べないものであり、私は彼女の一挙手一投足に目を奪われた。更に勝利後、彼女が執った神々しい程に可愛らしいポーズは私の心臓を鷲掴みにした。私は今まであんなに美しいものを見たことがなかった。
――以来、私は彼女の姿を追い、常にその御姿を網膜に焼き付ける仕事を生業としている。聖学祭に於いてはメイド姿で接客なされる黒姫様の御姿に危うく肉体ごと魂を消滅させられるところだった。
危ない、危ない。
そして今、私が何をしているのかと言うと、ある筋より、かの黒姫様がこのイベントに出場なさるという
情報を仕入れたので慌てて最前列の席を確保していたところだったのだ。
このイベント……そう、この”ミス聖学祭”の席を!!
もし、この情報が本当であれば偉いことになる。
あの……あの”黒姫”が、水着姿をなさるということ!!それは天地開闢以来の大事件である。これを見逃すことは、最早神々に対する冒涜と言っても良い。
更に情報はそれだけではない。”黒姫様”と対をなす存在”白姫様”もまた、ミス聖学祭にご出場なさるのだという。私はもしかしたら神話の世界に入り込んでしまったのかもしれぬ。こんな奇跡がこの世にあるとは……。
私がそんな事を考えていると、司会者が拡声補助の魔道具を持ち、小指を立てつつ大声を上げた。ずいぶん儚げな印象を受ける少女だったが、見た目に反して声は荒っぽくてデカイ。ずいぶん見た目と印象がちぐはぐな少女だ。
「れでぃーすえんじぇんとるめぇん!!今年もやってきやがりました!表のメインイベント魔狩祭に対して、裏のメインと言われたこの祭り!ミスせいがっくさぁぁぁぁい!!盛り上がってやがりますかこのやろー!!」
ウォォォォォォッ!!
大地を揺るがす野郎どもの咆哮。これぞミス聖学祭!熱気が上がり野郎どものボルテージも上がっていく。
「エントリーナンバー1……」
番号を読み上げられ名前を呼ばれた美少女たちが可愛らしい装いで舞台を歩く。何時もは見慣れた女性達も、水着という戦闘服を纏い戦闘準備完了状態!その姿は普段の3割増しで美しい。最早我々にできることは、その姿を網膜に焼き付くまで凝視することのみだ。
「ウオォォォ、シルトォシルトが死んだ!!」
「血が!!鼻血が止まらない!?救護班急げ!!」
「う……食い込みが……反則……ガクッ」
「シルトォォォォ!!」
どうやら刺激が強すぎて殉職したものが居るようだな、さもありなん、彼女たちの可憐さはまるで湖面で戯れる妖精のごとし。覚悟なく挑めば魂ごと引き抜かれることは必至。だが、私の本命はこんなものではない。こんな所でダメージを負うわけにはいかないのだ。私は鼻頭を抑えつつ”本命”の登場に備える。まだか……まだなのか、このままではもう保たんぞ!!
「シルトテメェェェ女なら誰でも良いのかクソヤロウ、後でぶち殺すからしぬんじゃねえぞぉ?……それでは気を取り直してー、いよいよ祭りも佳境に入ります!!次は優勝候補ど本命!エントリーナンバー20番、魔法科はSクラスにして、学園のアイドル!”黒姫”、オニキス=マティちゃんでっす!!!」
ウォオォォォォォォォオ!!!ヒーメ!ヒーメ!!
何やら司会者が何かに怒っているようだがそんなことはどうでも良い。ついに、ついに現れる大本命に会場の男達が空気を震わせる!!私も負けるわけにはいかない、喉が張り裂けるまで叫ぶぞ!!私の想いよ、姫に届け!!
「ヒーメ!!ソウッリャ!ヒーメ!ヒーメ!!ソウッリャ!ヒーメ……な!?」
姫の登場を盛り上げようとしていた男達だったが、彼女の入場と同時に会場がザワつき、一瞬の静寂が流れる。現れたのは髪の毛をツインテールにし、可愛らしいリボンを頭に飾った水着姿の黒姫様だった。胸元はひらひらとボリュームのあるレースをあしらったセパレートタイプの水着を纏い、腰にはパレオを巻いた彼女、顔はうっすらと桜色に染まり、耳の先まで少し赤くなっている。私の眼に飛び込んできたのは、普段はゴスロリ調の服に隠れてほとんど拝むことのできない彼女の肌色、いや、肌色と呼ぶにはあまりに白く美しすぎる肌、おヘソ!太もも!鎖骨!二の腕!!
……そして釘バットが!!!!
なぜ?
まあ、とにかく人間というものは予想を超えたものを見た時、一瞬白痴の如く呆けるものであるらしい。一瞬の静寂の後に押し寄せるのは先程までとは比べ物にならない程の大歓声。否、最早これは絶叫である。
「うおおおおおっと、凄い!さすがは押しも押されもせぬ優勝候補!”黒姫”オニキス=ムワァティィィウィッ!!怯えて縮こまっている姿もキャワァァユイ!!あざとい!さすが姫様あざとすぎる、だけどそこに痺れる憧れるぅゥゥ!!手に持つ凶器ですら、何処かあざとさを感じさせます!!ちなみに私、彼女とは戦友と書いて戦友でございます、ウラヤマシイだろこの野郎供!!」
何やら司会者の少女が騒いでいるが、それどころではない。ウォォォヒメエエエエエクンカクンカしたい!!!
――男達の視線に姫が怯えてたじろぐ。
「ひえっ!?」
怯える姿いただきましたッッッッ!!!
ヒーメ、ヒーメ!!
大興奮の坩堝。男達の野太い声。否、そこにはいつの間にか女性との黄色い悲鳴も混じり始めていた。どうやら黒姫様の魅力は同性であっても虜にしてしまうようだ、流石黒姫様!!尊い!
そしてそんな中、負けじと声を張り上げ司会の少女が叫ぶ。本当に見た目とギャップがあるな……。
「さてさて大本命の後はもちろん対抗馬、忘れちゃいけないこの人を!常にその傍らにありながら、”黒姫”とは対極とも言えるキャラクター、しかしこちらも超絶美少女!普段から眠たげなその目に輝きや表情は乏しいが、その口から溢れ出す毒素は河豚毒の如し、”白姫”シャマアアアア=フォティアちゃんの入場DAAAAAAA!!!」
もうこれ以上はないと思っていたのに、さらなる絶叫が響き渡る。もう何人か成仏したやつが出ているんじゃなかろうか?
やがて壇上に美しい水着姿が現れ……。
ウオォオォォォオオオオオオ……お……ぉお!?
先程以上のざわめきが会場を支配した。いや、これは……恐怖?
「…………メェエェエェエェぇェェ」
現れたのは赤い、燃えるような赤いビキニを着た……山羊の頭骨。なぜ、会場に魔物が……しかし体は妙にプロポーションが良い……。
「……ッは!?あまりのことに意識を失いかけておりました、何だ何だあのクリーチャーは!?……あのう、貴方はシャマさんですかー?ふーあーゆー?」
「……」
「うぉぉぉ……怖い!!怖いです!無言です!!!最初に嘶いた後は無言です。え、大丈夫ですか?あれ討伐しなくて大丈夫ですか?あ、山羊が、いや、シャマ(?)選手が、オニキス姫の元に走ったァー!!これは宣戦布告、一触即発なのかぁッッッ!?」
鼻から炎をチロチロ出しつつ、黒姫様の前に立つ白姫(?)様。
――可怪しいなぁ、わが校の美少女ツートップのダブル水着姿を拝んでいるのに尊さを感じない……。
「……萌メェ~」
「ひぇぇぇ……」
「あー、違う!違うぞ!!これはオニキス姫の匂いを嗅いでいる!!水着姿の姫に欲情してるだけだああああ!!スタッフー、スタッフー引き離して、あの山羊を引き剥がしてくださいー!!」
あ、山羊が黒姫様を攫って逃げた!スタッフが制止するけど止まらない、山羊止まらない!!あ、黒姫様が涙目、可憐だ……。
「ヒエエエェェェェ」
「メェェェエエェエエ」
――結局山羊頭モンスターは黒姫様に討伐されたそうで、少し焦げた白姫様と黒姫様が戻ってきたためミス聖学祭は問題なく聖学祭を盛り上げることになった。黒姫様が「騙されたー」と泣いていたのが印象的だった……可憐だ。
思ったより難産でしたメェ。
司会者はシーカ=ブニャウです。シルト君はこのあと彼女に鼻を潰されました。
ちょっと他の人視点が続いてしまったので読みにくかったらごめんなさい。
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感想は何よりの栄養でございます。




