第三十五話 窮地
久しぶりにちょこっとグロイかもです。R-15タグさんが仕事します。
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「え、あ……?」
一人を除いたその場の全員が、何が起きたのか理解できないといった表情を浮かべる。そして誰よりも早く動いたのは、刺された当人であるシーザーだった。
胸から突き出た刃が動かないように右手で掴み、背後に向かい剣を薙ぐ。
「フ、フヒ、すげえ、やっぱすげぇな、シーザーさん。フハッ、普通胸刺されて即座に反撃するもんかね?」
傷が広がらない様に慎重に振るわれた横薙ぎは、普段のシーザーの鋭い斬撃と違い大きく精彩を欠く物だった。しかし、それでも並の剣士を遥かに上回る速度を誇るその斬撃を、ローガンは余裕を持って躱した。その顔には先程まで共に戦っていた彼とは別人のような醜悪な笑みが浮かんでいた。
「ロー……ガ……なん……で?」
「ふ、フヒ、なんで?何でだろぅなあ?あ?アッハハハハ、あのシーザー=トライセンが、何時も上から目線で余裕なツラしてたアンタが、どうしたんだ、その様は?――ああ、あ?そうかそうか、俺がぶっ刺したんだったな、アヒャヒャ」
「ローガン=ヒュージャ!」
「ッ!!」
奇怪な声で笑うローガンの声に正気を取り戻したヴィゴーレが、シーザーとローガンの間に体ごと割って入る。巨漢でありながら素早いヴィゴーレの動きにローガンは反応出来なかったようで、笑い声を上げている最中に不意打ちの体当たりをくらい、壁に向かって吹き飛ばされていった。
「グリュック、トライセンの回復を、急げ!」
珍しく焦りを感じる大声を上げるヴィゴーレ。それほどにシーザーの状態は危険だということなのだろう。
遅れてシーザーの元に駆けつけたリーベは、治癒術をかけつつゆっくりと胸の刃に手をかける。
「痛いかもしれませんが少し我慢してください」
「ッッッ……!!」
小さくうめき声をあげたシーザーの胸からゆっくり抜かれた剣が床に転がり、胸に当てたリーベの手から癒やしの光が溢れる。シーザーの傷は徐々に小さくなっていくが、ここでリーベの表情が変わり、顔色が見る見る青くなっていく。理由はシーザーたちにもすぐに理解できた。彼女の手から発せられる光が徐々に弱々しい物に変わっていたのだ、青く輝いていた光はその色を黄色く変色させ、徐々に光量は減って行く……これは魔術師であれば誰もが身に覚えのある兆候、魔力切れの前触れだった。
「そんな、さっきの障壁のせいで魔力が……ヴィゴーレ君!」
「すまん、リーベ=グリュック。俺の魔力も先程の戦いで殆ど尽きているし、俺には元々内蔵にまで達する深手を癒やすほどの治癒魔法は無い」
やがて完全にリーベの手から光は消え失せ、リーベの意識も朦朧とする。多少マシにはなったが、シーザーの胸には依然深い傷が残っており、そこから少量とは言え止まる様子のない出血が見られた。
「ごめん、なさい、シーザー君、ごめんないさい……」
光を失ってしまった手を、それでも必死に傷に翳し呪文を唱えるが、全く傷が癒える様子のないシーザーに、リーベは涙を流しながら謝罪をする。
「いや、大分良くなったよ、有難うリーベ君。これなら布で縛ればなんとか暫くは持つはずさ」
辛そうに少し眉を顰めつつも笑顔を浮かべ、何とか強がるシーザー。その様子に更に涙を流し謝罪するリーベに、シーザーは困り果ててしまう。そんな二人を見て少し安堵の表情を浮かべたヴィゴーレだったが、先程吹き飛ばしたローガンが動く気配を感じ、慌ててそちらを注視する。
「……――いやいやいや、何々?何してくれてんだ、巫山戯んなよお前ら?折角シーザーさん動けなくしたんだから、一方的に俺のおもちゃになってくれなきゃダァメでしょぉ。ダメダメダメ!駄ぁ目!!」
起き上がったローガンの様子は先程までとも全く違うものになっていた。瞳は紫に輝き、胸には禍々しい赤い光が宿っていた。目線はこちらを見ているのに何も見ていないような印象を受け、とても正気には見えないが、その口だけは異様に流暢に回り続ける。
「シーザー君、ローガン君ってあんな人だっけ?」
「いや、どちらかと言うと物静かな人だったはずだ、今の彼は異常だよ……」
「ん~どっから見てもぉ、普通じゃぁ無いのだけは分かるんだけどねぇ。なんかヤバそうじゃァないかね?」
普段とかけ離れたローガンの姿に驚きの目を向けるシーザーだったが、そんな視線もお構いなしにローガンの喚きは続く。
「最近変わっちまったシーザーさんもムカつくけどさぁ、今はぶっ刺した快感ですっげぇハイになったからよぉ、そんなに怒ってねぇんだわ。でもさあ、何なの?お前ら。無関係なくせに割り込んでくるんじゃ無ぇよぉ。萎えるだろうがぁ。特にお前だよリーベちゃんよぉ、なぁにせっかく開けた穴塞いでくれてんのよ?あとそこのデブゥ、今のはちょっとビックリしちゃったぞコラ?あのお方に貰った力がなかったら痛いじゃ済まなかったろうが、危ねえ事してんじゃねえぞ?いい年なんだからよぉ?常識を考えろよ。んじゃ、お前ら反省な?まずお前だ、雌豚 、魔力指弾!」
「!?」
「伏せろ!グリュック!!」
異常な魔力の収束に気がついたヴィゴーレが叫んだが、直後、リーベの小柄な体は吹き飛ばされ、そのまま地面を何回もバウンドして転がっていく。薄暗い部屋の中、床に倒れピクリとも動かないリーベの体から黒っぽい液体が染み出したのが見える。
「リーベ君!?」
「ディアマンテ、そいつを抑えろ!!」
「任せろ。斬撃!」
普段の何処か巫山戯た雰囲気を消したディアマンテの斬撃がローガンに向けて繰り出され、直後ヴィゴーレがリーベの元に向かう。本気を出したディアマンテの斬撃は一切の加減や慈悲もなく、普段の数倍の鋭さで真っ直ぐにローガンの首を薙ぎに行く。
しかし、剣術科Sクラスの本気の斬撃をローガンは苦もなく躱し、そのままディアマンテを無視してヴィゴーレと同じ方向へ走り抜けようとした。すれ違いざまにディアマンテの剣閃が数本走るが、これもローガンは紙一重で躱す、そんなローガンのありえない身のこなしに、ディアマンテは驚愕の表情を浮かべ目を見開いた。少なくとも学生でこのような動きができる人間は殆ど居ない、ディアマンテの記憶にある、ローガン=ヒュージャと言う学生はこのような動きをできる男ではなかったはずだった。
「すまん、ヴィゴーレ君!横を抜かれた。気をつけて」
「む……」
ヴィゴーレは一刻も早くリーベの元に向かいたかったが、ディアマンテをあっさりと振り切った男に警戒し、足を止め迎撃の構えをとった。
――が、ローガンはそんなヴィゴーレをあざ笑うように、彼の事をまったく相手にもせず、その脇を全力で走り抜けていく。
「アヒャヒャ、バーカ、お前らなんか相手するよりもっと、面白い遊び方があるでしょうが、お仕置きはまだおわらねえよぉ?」
ヴィゴーレの全身が泡立つ、ローガンの言葉の意味に気が付き、全身を悍ましい寒気が駆け抜けた。
「な、貴様ァッ!」
ローガンのやろうとしている事に気がついたディアマンテが叫ぶが、すでにローガンは倒れたまま動かないリーべを蹴り飛ばす体勢に入っていた。
「あっひゃぁ、リーベ=グリュックちゃあん!一緒にボールあそびしましょうねぇ、お前ボールな?」
「――させると思うかい?」
「あ?グァ!?」
蹴りの体勢に入っていたローガンに赤い風が襲いかかる。常人であれば視認することすら難しい速さの剣閃、シーザートライセンの剣がローガンの左足を薙ぎ払う。しかし、速さこそ普段と遜色ないように見える一撃だったが、胸の傷は致命的に重く、シーザーの剣にはいつもの力がなかった。結果ローガンの体勢は崩せたものの、その剣はローガンの脚甲を斬り裂くには至らなかった。
「痛ってぇ、てめえ、死にぞこないがなんて動きしやがるんだ、あ?」
「強斬撃!!」
「危ねえ!?」
しかし、シーザーの一撃は無意味ではなかった。彼の足止めのお陰で、ディアマンテとヴィゴーレが何とか追いつき、ディアマンテの渾身の一撃がローガンを襲う。辛うじて強斬撃を受け止めたローガンだったが、その威力は受けきれず、受けた剣はへし折られ、そのままの勢いで左腕を斬り飛ばされる。
「ンギィアアッァァァグヒィッ!?」
「――ディアマン君、リーベ君は!?」
「……大丈夫だ、全身の骨折はあるが、魔力を流した感じでは内蔵や脳に大きな傷はない。」
「フ、ヒッ。ディアマンテ=エヴィエェェェェニス。お前ひどいじゃないかあぁああぁ?あああああぁぁぁぁ俺の腕ぇぇぇ!!」
リーベの状態を確認し、とりあえず安堵の表情を浮かべる一同に、狂人の喚き声が降り注ぐ。左肩から鮮血を撒き散らし、切り落とされた左手を顔に近づけたローガンは、子供のように泣きわめく。
「あんまりだろぉぉぉこんなの、こんな、こんな?あ?あ、そっか、取れたなら喰えばいいじゃん。喰って材料にしたらまた生えるだろ。何だよ、俺また冷静さを欠いていたな。悪い癖だ」
突然泣きわめいたと思ったら、また突然静かになるローガン、その異常性に怯え、誰もが口をつぐむ。
「すいませんね、シーザーさん。ちょっと待っててくださいね、むぐ、クチャ」
「ッ!?」
虚空を見つめるような視線をこちらに向けたローガンは、一瞬普段どおりの口調に戻ったかと思うと、自らの切り落とされた腕を食べ始めた。なんでもない日常の動作のように、ごく当たり前といった表情で行われる名状しがたい光景は、とても現実のものとも思えず、戦闘中であったにも関わらずシーザー達は動くことが出来なくなってしまった。
「あぁ、今まで食ったことなかったけど、腕って意外と美味いものなんですねえ、シーザーさん……ぬ、グッ!?」
うっすら笑みを浮かべていたローガンだったが、突然その顔は苦悶の表情に染まる。
「ウ、アアアガアアアアア!!」
「ロ、ローガン君……?」
やがてローガンには劇的な変化が訪れた。胸の赤い光が脈動し、そこから禍々しい魔力が吹き出す。激しく痛みを感じているのか、ローガンの双眸からは涙が流れ、口からは泡立った唾液が吹き出している。
「ハ、ハハハ、あのお方の言うことを聞いて良かった、お陰でこんな酷い目にあっても……」
室内に骨を砕くような音が響く。続いてぐちゃぐちゃを柔らかいものをかき混ぜるような音が鳴り、目を覆いたく成るような悍ましさを伴いながら、ローガンの左肩の肉が隆起する。
「……――なぁんとも無い」
やがて盛り上がった肉は大きく形を変え、左肩から伸びると巨大な手のような形を形成する。しかし、形造られたその腕はあまりに醜く禍々しい。顔中を体液で汚し、泥で汚れ、吹き出す鮮血に赤黒く濡れ、しかし今、彼の浮かべている表情は満面の笑顔であった。
膨れ上がった魔力は最早人のものとは思えないほど膨れ上がり、ディアマンテ達に向けて威嚇するかのような波動をぶつけてくる。今やローガンと向かい立っているだけでディアマンテたちの心は折れそうになっていた。
「あー、シーザー君、聞きたいことがあるんだけども。今、君どのくらい動けるかぁい?」
「すまないディアマンテ君。今の僕はせいぜい普段の3割り程度の動きしかできない……」
「……それはぁ、困ったねえ」
「まぁ、だからといって、諦めるつもりはないんだけどね」
「……流石ぁ、勇者様だぁね」
今すぐ逃げだしたいほど悍ましい光景だが、意識の無いリーベを置いて逃げるわけにも行かない。背後でリーベの治療をするヴィゴーレを見た後、ディアマンテとシーザーはお互い視線を合わせ頷きあう。二人は死を覚悟しつつローガンに向けて剣を構えた。
「あぁぁ、よかった、逃げないでくれるんだぁ?あ、あ~、シーザーぁさぁぁぁんまだ遊んでくれるんだ、ねぇぇぇぇぇぇっ!!」
構えをとった二人に、濁りきった笑顔を向けローガンが吠える。直後二人が目にしたのは、高速で回る天井と床だった。全身に痛みを感じ、そこでようやく自分たちがローガンの左手に薙ぎ飛ばされたのだと理解した。
(なんだ、あの腕は……振ったのが全然見えなかった)
ローガンが左手を振り切った体勢になっていたから理解できた一撃、これはシーザーが万全の状態だったとしても、勝てるのかどうかわからない程の相手であると二人は感じた。ゆっくりと体勢を戻し、こちらを振り向いたローガンに、二人は今度こそ確実な死を覚悟する。
「シーザーさぁん、意外と力の差がついちゃって楽しめなかったですねぇ。まぁ、でもあの雌どものせいですっかり変わっちまった今のアンタなんてそんなもんですかね。もう興味も無くなっちゃったんで、これで死んじゃってくださいよ」
恐ろしい程の魔力がローガンの左腕に集中するのを感じる。最早体を動かすことの出来ないシーザーにはこれを防ぐ力も躱す力も残ってはいない。
(あぁ……もう姉さんにもシャマネキにも会えないのかぁ、すんません姉さん。お食事券渡せなかった……)
目の前に死が迫るこんな時に、何を呑気な事をと、シーザーは自嘲する。
「瘴気魔砲……」
赤黒い光が放たれ、シーザーの視界を埋め尽くす。光は床を破壊しつつ凄まじい勢いでシーザーに向かい、轟音を響かせながら目の前に迫る、そして凄まじい衝撃とともに天井を突き破って爆発した。
「……な!?」
「――たく、初任務でいきなり死にかけてるんじゃねぇですよ赤犬ぅ」
「あ、……え?」
顔をあげるとそこには赤い大剣を振り切った体勢の白いメイド服と、釘バットを片手に持った黒いメイド服を着た、山羊の頭骨顔と、般若面が立っていた。
「……お前、ウチの舎弟共に愉快なことしてくれたようですね、落とし前はキッチリ取らせてもらいますよ?」
「「舎弟”共”!?」」
面を被った二人の頭部にはそれぞれ巨大な角が輝いていた。
先週はネットつながってなかったのでお休みしちゃいました、すいません。
主人公が出てきたのでもうシリアスは終わりが近いです!!
第二部ももうすぐおわりますです、第三部はシリアス(予定)
感想お待ちしております。
シャマ「メェェエェェェエェェエ!」




