第三十二話 人間、後ろ暗いと早口になるものです。
お盆でしたので木曜日更新できず申し訳ありませんでした。
何とか今日はまにあいました。
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日が昇り、鳥たちが朝の歌を歌い始める頃。障子から薄く差し込む朝日を浴び、机に突っ伏していた少女は、頭から生えた形の良い三角耳をピクピクと動かした。
「う……ん、はっ!?妾としたことが」
政務に追われ、はしたなくも机に突っ伏して寝てしまっていた事を恥た彼女は、顔を赤らめながら、乱れてしまった髪を整え、よれてしまっている服を正し、最低限の身だしなみを整えた。クティノスの姫巫女たる自分が、このような弛んだ事では、下の者に示しがつかないと月詠は自嘲気味の溜息を吐く。
出来ればこのまま朝の入浴など楽しみたい所であるが、激務に追われる彼女にそのような余裕は無い。学生である彼女は休日になれば、溜まってしまった政務をこなさなければならないのだ。入浴は一日一度、それですら烏の行水である。
「うぅ……オニ様、オニ様成分がたりませぬ……」
うわ言のようにオニキスの名を呼びながら、月詠は机の引き出しから一枚のハンカチを取り出す。月詠はそれを鼻に添えて深く深呼吸を始めた。ハンカチを通過し、彼女の鼻を通る空気には、獣人にしか感じ取れない程度の微かな香りが含まれている。
「すぅ~……はぁ、オニ様ぁ……」
月詠が手にしたハンカチには、彼女の愛する女性の香りが僅かに残っている。そう、彼女の鼻に当てられたハンカチは、オニキスの私物なのであった。何故、彼女の手にこれがあるのかは謎であるが、これさえあれば彼女は4日ほどの徹夜業務ですら軽々こなす事ができるのだ。
……しかし
「……お前ぇ、なにやってんだぁ?寝不足で頭いかれちまったのかぁ?」
「rtちゅgひおッ!?」
突然かけられた声に驚き、思わず謎言語で悲鳴を上げてしまう月詠。後ろを振り向くと、いつの間にそこに居たのか、大和が憐憫の眼差しを向けている。見たこともない表情を浮かべる兄に、月詠の羞恥心が刺激されて行く。
(見られた、見られた!?)
――乙女の秘密を見られた月詠の反応は早かった。懐から取り出した符に魔力を通し、即座に大和に向けて解き放つ。
「破邪!木生火。木気を持ちて火気を生まん!」
「ちょ、お前ぇっ!?」
顔を真赤にし、涙目になった月詠の手から強烈な殺意を持った陰陽術が繰り出され、不意を突かれた大和の顔面は容赦なく焼かれていく。
「ノックもせずに乙女の部屋に押し入る外道、滅ぶべし!!」
「熱ぢい、阿呆がぁ、障子張りの部屋ノックできるわけねぇだろうがぁ!!」
「そもそも、兄様がちゃんと政務をなさってくだされば、妾の負担も減るのでございます!」
「だからってお前ぇ、兄の顔面全力で焼くやつがあるかぁ」
常人であれば死んでいてもおかしくない炎を、顔面に受けつつもケロリとしている大和。当然、実の兄に死んで欲しい訳では無いのだが、あまりにも平然と耐えられてしまった事に月詠は釈然としない物を感じていた。
「取り敢えず、落ち着いたら風呂入って着替えてこいやぁ、兄上が俺たちを呼んでっぞぉ」
「夜藝お兄様が?」
「何か重要な話があるみてぇだぞぉ」
月詠だけが呼ばれることは度々あったが、大和も一緒にと言うのは珍しい。
「一体何のお話で御座いましょう?」
「さぁなぁ?兄上が何考えているのかは俺にはちょっと分かんねえや」
むしろこの兄は、どう言った話なら理解できるのかと突っ込みたかったが、そんな問をしても時間の無駄であると思い、月詠は早々に身支度を整えることにした。恐らくだが、今回の話は面倒な話なのであろうと月詠の勘が告げていた。間違いなく増えるであろう政務に思いを馳せれば、月詠の心は暗雲が立ち籠めるかのように暗く重いものになるのだった。
「はぁ……次にオニ様に会いに行けるのは何時頃になります事やら……」
「あぁ?お前ぇあいつに会いてぇのかぁ?」
「当たり前でございます!もし変な虫が付いていたらと、妾、常に気が気でないので御座います」
「案外もうガキとか出来てたりしてなぁ?」
「兄様……兄様は心臓を潰されるのと、その質量を感じさせない頭部を切離すのと、どちらがお好みで御座いますか?」
「怖ぇよ!?」
笑えない冗談を言う兄に、自らも剣呑な冗談を飛ばしつつ、月詠はため息混じりに空を見つめる。
(はぁ、本当に気が気では御座いませぬ。オニ様……月詠は必ずや貴方様にふさわしい妻に成ります故。どうか、変な女に誑かされませぬよう……)
憂いの表情で兄の胸部と頭部に風の刃を飛ばしつつ、ため息を吐く。その姿は楚々として可憐であった……。
「てぇ!?おい、さっきのは冗談じゃねぇのかよ!?これ死ぬぞお前ぇ!?」
常人なら即死級の攻撃符術が直撃したにも関わらず、殆ど無傷で転げ回る兄。
「はぁ、兄様は元気でございますなぁ……」
月詠は再びため息を吐いた……。
――――――――
リーベたちにTOPを譲り、順調に三位への道を進むシーザーであったが、ここで一つの問題に直面していた。
「むう、このままでは二位になってしまう気がする」
シーザーの焦りの原因は3位以下のポイントの差だった。すでに三層を突破し、後半とも言える四層に至ったのだが、三層ボスもリーベ達が倒してしまった為に、二位のシーザーと三位のローガンの差が埋まっていないのだ。
「まずい、まずい、弁当作ってもらいながら、二位になんて成った日には……」
シーザーは嘗て自分を叩きのめした山羊頭の美少女と般若面の美少女の姿を幻視する。
……一瞬思い出しただけでも震えが来る。
「やばいやばいやばい、このままではお仕置きをされてしまう。オニキス姉さんは許してくれるかもしれないが、シャマネキは間違いなく嬉々として折檻するに決まっている」
……いや。
「むしろ食べ物関連の場合は姉さんのほうが怖いかもしれない」
何れにせよ、彼女たちの自分に対する評価が下がってしまうのが恐ろしい。今のシーザーは真の舎弟王と成る事が目標なのだから。
「む?」
何もいい案が浮かばず、只管にバルーンスライムやゴブリンから逃げ回るシーザーの眼前に、一筋の光明が射し込んだ。そこに立つ人物は、まさに今、シーザーにとって最も会いたかった人物だったのだ。
「ローガン君!!」
「……シーザーさん?」
何たる偶然、シーザーにとって、ここでローガンに会えたのはまさに僥倖と言えた。
「ローガン君、調子はどうかな?」
「はぁ、まあまあって感じですね」
このチャンスを逃すことは出来ない。彼に悪印象を与えないためにも、なるべく不正と思われないように言葉を選ぶ。実際不正を働くわけではないのだが、なんとなく騙しているような罪悪感から、シーザーは後ろめたさを覚えていた。
「よかったら暫く一緒に進まないかな?もちろん僕等はパーティではないから、ボスのポイントは止めを刺した方に入ってしまうけど、道中協力し合うことで、一位の白鳥王子チームに迫れると思うんだ。」
「……」
ローガンは何かを思案するような仕草を見せるが返事はない。
「あー、なんだったら四層のボスは君に譲っても良いよ、君に手伝ってもらって素早く進むことが出来れば
彼らにこれ以上のポイントを与えなくて済むからね。五層のボスはもちろん早いもの勝ちにさせてもらうけどね。大丈夫、大丈夫だから、本当に全然怪しくなんてないんだ、そう、安全に1位を狙おうって取引なのさ。安全、安全だから、ね?」
悪い事をしているわけでもないのに、何故か早口でまくしたてるシーザー。その様はまるで不慣れな押し売りのようだった。しかし、四層ボスのポイントをローガンが奪ってくれれば、四位以下が五層ボスを倒さない限り、シーザーの三位は硬い。ここで彼を逃すわけにはいかない。そんな使命感がシーザーをどんどん胡散臭い人物に仕立て上げて行く。
「こうしている間にも白鳥王子はどんどん進んでしまう。お願いだよローガン君、協力してくれないか?」
「……確かにこちらにもメリットが多い話ですね。それに何か奥の方から嫌な気配も感じますし、分かりました、とんでもなく胡散臭いですが、シーザーさん一緒に行きましょう。」
暫く思案したローガンは笑顔を浮かべると、シーザーの提案を受け入れた。
「有難う、ローガン君!助かるよ」
「いえいえ、こちらこそ。自分にも都合が良い提案でした。勧誘の仕方は最悪でしたが、久しぶりに一緒に戦いましょう」
「えぇ……」
少しシーザーが悲しげな表情をしていたが、二人はガッシリと握手をし、すぐに真面目な顔になると、ダンジョンの奥に向けて走り出した。道中出てきたゴブリンやバルーンスライムはなるべくローガンに倒させ、ポイントの底上げも忘れない。バルーンスライムは素通りし、ゴブリンは一撃で弱らせた後、ローガンの方へ向かうように仕向けていく。
(うーん、この接待ダンジョン攻略。意外と辛いなあ。加減が難しい)
「……シーザーさん」
「うん?」
「なんだかんだありましたけど、正直また一緒に戦えてちょっと嬉しいですよ」
「……ッ!」
何気なく言われた言葉がシーザーの胸を打った。正直、彼には友情のようなものを感じたことはなかったし、シーザーが変わってからはむしろ疎遠になってしまっていた。元々彼は友人というより、自分を利用し用としているのだと思っていた。だが、アビディと同じように、彼もまた自分を慕ってくれていたのだと思った瞬間、シーザーは彼に対しての無礼な印象を持っていた自分を酷く恥じ、同時に、今現在彼を利用している自分に後ろめたさを感じた。
「ローガン君」
「はい?」
「なんというか、その、僕もまた君と戦えて嬉しいよ」
「はは、シーザーさんにこんな事言われるなんて光栄ですね」
どこか照れくさそうに笑い合いながら彼らは順調に進んで行くのだった。
――しかし、暫く進むと、先行している白鳥王子達の姿が見えないことに徐々に焦りが生まれる。ひょっとしたら彼らはすでに四層ボスを撃破してしまったのではなかろうか?そうなると非常にまずい、その場合ローガンが二位になるには五層ボスを確実に彼が倒してくれないと届かなくなってしまう。
焦りつつもボスが居るであろう階段前まで突き進む。果たして、そこには白鳥皇子たちの姿があった。
「よし、追いついた!ボスはまだ生きているかな?」
「シーザーさん……何か様子が可怪しいですよ」
ローガンの言葉に前方を良く見ると、そこには必死の表情で戦う白鳥王子と愉快で華麗な仲間たちチームの姿が見える。
「確かに可怪しい、彼らはかなりの実力者だ。こんなお祭りの召喚モンスター程度にあそこまで必死になるようなパーティではないはず、路地になっててよく見えないが、彼らは何と戦っているんだ?」
「……ッ!!シーザーさん、あれは、やばい!」
近づくにつれて通路の奥が見えてきた。階段前の広場、その威容が徐々に見えてくると、流石のシーザーも頬を嫌な汗が伝う。白鳥王子達を睥睨する”それ”は鼻から大きく息を吸うと口から激しい炎を吐き出しす、鉄をも溶かすと言われるブレスは、”それ”の代名詞のような攻撃である。何とかリーベが障壁で受け止めているが、その表情は苦しげだった。
「なんでこんなところに」
聞いたことはある、確かに”それ”はこのダンジョンに元々出現するという話は聞いたことはある。だが、それはこんな浅い階層ではなかったはずだった。
「火竜……」
奈落の洞の底、崖の下の主がそこに居た。
シルエラ「おとーさん」
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