第五話 美味しい倶楽部
今回は殆ど食べているだけのお話です。
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ゴブリン退治も無事終え無事帰路についた生徒たちは、
くたびれながらも初の討伐成功に誇らしげな顔をしていた。
「さて、それではゴブリンの耳を提出してきましょうか。」
「そうだね、今日はこの後予定はあるかい?
無いようだったら今夜は外に出て、4人でご飯を食べないかい?」
サントアリオ学園は全寮制である。
しかし、外出などは基本的には自由だった。
生徒によっては授業がないときには外でアルバイトをするものもいるほどだ。
ただし、それは相当に特殊な例であり、
基本的に生徒たちは空いた時間を訓練で過ごす。
怠ければ死に直結しかねないこの世界では当たり前のことだ。
「ええ、喜んで。私とシャマさんはまだこの街に来て日が浅いので、
おすすめのお店を教えていただければ幸いですね。」
「シャマは、お酒が美味しいお店を所望します。」
「わ、私も良いのですか?ありがとうございますぅ~。」
もうすでにご飯モードの二人。
なぜか感動の涙を流すリーベ、友達少ないのだろうか?
「決まりだね、それじゃあボクのとっておきのお店を紹介するよ。」
――――
サントアリオ学園を出て大通りを西へ行くとそこには繁華街が広がっている。
ここは昼は出店が並び、夜は飲み屋で賑わう実に賑やかな場所である。
しかしリコスはその繁華街を抜けて少し寂れた地域へと足を進めていた。
「リコスさん、繁華街を過ぎてしまいましたけどこっちにお店があるのですか?」
「オニキスちゃん、気をつけて下さい。これは変態の仕掛けた罠かもしれません。」
「シャマちゃん?今、私の名前何か変じゃなかった!?
べ、別に変なところに連れて行こうってんじゃないよ。
所謂”隠れ家的なお店”ってやつなのさ。」
自信満々のリコス。
訝しげにリコスを睨みつつオニキスの手を握るシャマ。
迷子にならないように必死についてくるリーベ。
オニキスは魔王の頃に味わえなかった同年代とのお出かけにニコニコと笑顔が止まらなくなる。
その可憐な笑顔に魅せられ、すれ違う人々がみなオニキスに振り返るが本人は気がついていない。
「着いた、ここだよ。って……シャマちゃんそろそろ警戒を解いて。」
苦笑いを浮かべるリコスに警戒しつつ、彼女の指し示す方向に目をやる。
古い作りではあるがしっかりした店構え。
年季を感じさせる木の看板には”鶫の止り木亭”とある。
古く落ち着いた色に染まった看板は実に鄙びた良い味をだしている。
――これは期待できそうだ。オニキスの目が輝く。
元々おしゃれな流行りの店よりも、こういったこぢんまりした店のほうが
オニキスは好みなのであった。
「いらっしゃい。あら、リコスちゃん!久しぶりね、こちらへどうぞ。」
店内に入ると同時に元気な女将さんの声が響いた。
40代くらいの恰幅のいい女性で、笑顔と赤い巻き毛がチャーミングだ。
可愛らしいエプロンがとても似合っている。
店内は外から見た印象と違い意外と広く、年季は感じるが実にキレイに清掃が行き届いていた。
客席は割りと埋まっているし客も満足げだが、酒場独特の喧騒と言った者は無かった。
皆が皆、静かに食事を楽しんでいる。
そして、店内に充満する香りは嗅ぐだけで空腹感を刺激する。
間違いない、ここは相当アタリの店だ……。
オニキスの直感がそう告げている。
「ゴクリ……これは……期待できますねオニキスちゃん……。」
「うわぁ、いい匂いですね~。私、こういうお店初めてです~。」
シャマも心なしか興奮気味である。
リーベは口を半開きにしながらキョロキョロと辺りを見回す。
いつまでも立っていると邪魔なので四人は席につくことにした。
「はい、こちら突き出しの山菜の和物です。」
席につくと早速女将さんが小鉢に入った料理を4つ出してくれた。
このお店はサントアリオ北部、獣人族との境の地域の料理をだしてくれるらしい。
北部地域は少しではあるが獣人国との交流がある為、
その食文化は獣人国クティノスの影響が強い。
彼の国の料理は米を主食とした食文化が基本で、
主菜も肉類より魚類が主である。
海のないサントアリオ北部では川魚が主流となるが、
クティノスでは海の魚中心に食べられている。
また、新鮮な魚の身を生のまま調理する”刺し身”が有名である。
実はこのクティノス料理はオニキスの大好物であった。
「リコス先輩、すごいです!
この街で北部の料理が食べられるなんて。
私、大好物なのです。」
オニキスの好物は厳密に言えば北部料理では無くクティノス料理なのだが、
流石にそれは言えないので北部料理ということにする。
表情をキラキラさせるオニキスを見てリコルが微笑む。
持って帰ってしまいたいくらい可愛い。
「ひょっとしてクティノスのお酒もあったりするのですか?」
いつもの無表情ではあるが鼻息荒くシャマが尋ねる。
「はいはい、ございますよ。お米のお酒ですね。」
「「ッッ……!!!」」
オニキスとシャマの顔が更に笑顔になる。
シャマは指で口角を押し上げている……。
リーベは初めて見る料理に興味津津だ。
突き出しの山菜はアクを抜いて茹でた山菜に甘く味付けした味噌、
更にすりつぶした胡桃が和えてあった。
苦味のある山菜と素朴な味の味噌が実によく合う。
それでいて混ぜてある胡桃のお陰で油分もあり、
後味にはなんとも言えない濃厚な味が広がった。
これをよく噛み、味わいながら、
飲み込んだ後にキリっと冷えたクティノス酒で洗い流す。
「ん~~~~♪」
幸せとはこういうものなのであろう。
オニキスの口から思わず声が漏れる。
シャマは無言で黙々と食べては飲んでいる。
どうやらお気に召したようだ……。
「ふぁあぁ、これは、なんというか
素材の味がそのまま料理の味になっている感じですね。
ソースが全く素材の味の邪魔をしていません。美味しい。」
初めて食べるようだがリーベも満足のお味らしい。
「はは、クティノス料理は好き嫌いもあるから心配していたけど、
どうやら気に入ってもらえたようだね。
あとオニキスちゃんとシャマちゃんはクティノス酒の飲み方が堂に入ってるね。
ちょっと驚きだよ。」
突き出しをチビチビやりながら冷酒を楽しむ二人は
もはや美少女の皮をかぶったおじさんと言った風情だったが、
作法はしっかりしているので違和感はない。
「さていつまでも前菜をチビチビやっていたらもったいない。
女将さん、じゃんじゃん持ってきてね!!」
「はいよ!」
二品目は椀物だった。
乾燥させて発酵させた魚と海藻、所謂”鰹節と昆布”で取った出汁に、
エビのすり身とお麩と三つ葉が入っている。
お酒を飲んだ後にちょうどいい薄めの味付けが嬉しい。
「さあ、いよいよメインディッシュだよ!」
三品目は鯉の洗いだった。
数日泥抜きをした鯉を薄く切ったものを氷水で締める。
しっかりと水を切った後これを酢味噌と辛子でいただく。
泥臭さを徹底的に抜く調理法によって旨味だけが残り、
キュっとしまった身がなんとも言えず美味しい。
「セントアリオはどうしても海がないからね。
純粋なお刺身は無理だけど、こういう調理法で楽しむことは出来るのよ。」
四品目は天ぷら
季節の野菜やきのこ、川魚、さらに海老。
これもシンプルに塩のみの味付けであるのに、得も言われぬ旨味がある。
胡麻油の香りが実に香ばしい。
素材が良いとそれだけで料理はここ迄美味しくなるのかとリーベは驚いた。
オニキスとシャマは今度は常温にしたクティノス酒を楽しんでいた。
クティノス酒は温度によって味が変わるのも楽しみの一つなのだ。
酒が語りかけてきます、美味い、美味すぎる!
五品目には川魚の塩焼きが出された。
淡白な白身魚に、これも塩のみでの味付けされているが普通の塩では無い。
塩に海藻の粉末を混ぜることによって魚の旨味を引き出せるのだそうだ。
この料理が出てくるまでに時間がかかったのにも理由があるらしい。
この料理は高く積み上げた炭を囲うように串に刺した魚を配置し、
遠くから長時間かけて炙るように川魚を焼く。
そうすることによって骨の水分まで抜け、身と骨の硬さが均一となる。
つまり、魚なのに頭から丸ごと食べられるということだ。
骨ごと食べる事によって、噛みしめるたびに何とも言えない旨味が染み出す。
これはまたクティノス酒が進む、今度は熱燗だ。
リーベは白ワインをちびちびと楽しみ、
リコスはエールを豪快に飲んでいた。
「それでは最後にご飯とお味噌汁。それと香の物で〆ですよぅ。」
〆に出てきたご飯と味噌汁はほっとする味であり、香の物も程よい塩梅で漬かっている。
パリパリと程よい歯ごたえにほろ酔いの気持ちよさも相まって、
四人はとろけた表情になっていた。
最後は干した果物を甘く漬け込んだ物とお茶を頂いてフィニッシュ。
お茶はサントアリオ風ではなく緑色をしたクティノス風である。
「はふう、美味し過ぎて、ついつい食べすぎてしまいましたぁ~。」
至福。まさにそういう表情を浮かべてリーベがお腹のアタリを擦っている。
背が低く胸部装甲の厚い彼女のお腹は上から見ることは出来ない。
悔しいわけではない。
「凄くおいしかったです。リコス先輩、ありがとうございました。」
「ここは……通う価値がある場所。幸福……。」
「はは、相当気に入ってもらえたみたいだね。
しかし、二人がこんなにお酒好きだっていうのは意外だったよ。」
ほんのり赤く染まったオニキスは普段と違った色気のようなものを放っており、
普段以上に周りの目を集める美しさになっていた。
――中身と行動はかなりおじさんだったが……。
「「「「ごちそうさまでした」」」」
「はいはい、また来てねぇ。今日はコースだったから今度は一品料理も試してくださいね。
お肉の料理も色々あるんですよぉ。」
「!?」
オニキスの表情が変わる。
この上まだ一品料理や肉料理を揃えている……だと……?
「是非また来ます!!」
ガッシリと女将さんの手をにぎるオニキス。
常に清楚な印象を受けるオニキスが見たこともないほど興奮している。
キラキラと目を輝かせながら未だ見ぬごちそうを想像するオニキスの表情は、
まるで恋する乙女のように可憐で切ない印象を周りに与えるのだった。
実際にはただの食い意地にまみれた欲望の表情であるが……。
そして、興奮するオニキスを見て興奮するリコス。
収集がつか無くなる前に空気を読んだシャマに引きずられ
オニキス泣く泣くは帰路につくのだった。
――――――――
四人は校門をくぐったところで別れ、それぞれの部屋に向かう。
オニキスは帰りの間ずっと上機嫌でくふふと笑い続けていた。
所謂酔っぱらいである。
「この酔っぱらいはシャマが責任持って部屋に投げ入れるですからご安心下さい。」
同じ量を飲んでいたのにシャマは普段と変わったところはないようだ。
「それでは、私は治癒術科なのでここでお別れです~。
また見かけましたら声をかけてくださいね~。」
おっとりとした喋り方で笑みを浮かべながら別れの挨拶を済ませ、そのまま宿舎に向かう。
「またね、リーベちゃん。また実地訓練のときは一緒にやろう。」
「リーベしゃん、またでしゅぅ~。」
「ばいばい。」
どうやらオニキスは後から酔いが回るタイプらしく、今は大分呂律が怪しくなっている。
しかし、前後不覚になるほどではないので三人はそれぞれに部屋へ向かって歩いていった。
――今日は楽しかったですねぇ。
皆さん優しかったし楽しい人達でした。
私は生まれが生まれなので治癒術科では浮いてしまいますから、
ああいったお付き合いをしてくださる方々はとてもうれしいものですねぇ~。
またご一緒していただけれると良いのですが……ッ……!?
突然目の前が真っ暗になる。
攻撃!?
後頭部を強打された?
状況把握が追いつかない。
「……だ、誰……。」
消え行く意識の中でリーベが最後に見たのは、
刈り上げ頭にカールのかかった前髪の金髪男が、
嫌らしい笑みを浮かべながらロープを持っている姿だった。
ここ迄読んでいただきありがとうございます。
ブックマークしてくださった方も少しずつ増えてきて大変励みになっております。
コメントも……いただけるともっとよろこびますのよ?
作中の食材の名前ですが、現地の言葉で表記するといちいち味の説明が必要になるので、
基本的に現実にあるのと同じ食材で表現することにしました。
次回はゴミ野郎こと、スクデビア=ミュル=デトリチュスくんのお話です。
「くっころ」展開はありません……。