第二十九話 魔狩祭
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――魔狩祭
会場となる奈落の洞前はすでに参加者でごった返していた。入り口には魔狩祭のために呼ばれた召喚士達が数人がかりで、イベントのために下級のモンスター召喚の儀式を行っているのが見えた。如何に奈落の洞がモンスターの跋扈するダンジョンとは言え、この人数で狩り始めればあっという間にモンスターは駆逐されてしまう。一応ダンジョン内は一定の時間が経てば再びモンスターがあふれかえるのだが、流石に数分で湧くものでもない。故に魔狩祭開催時には召喚士によってバルーンスライムと言うモンスターが大量に召喚される。
ただでさえモンスターが溢れるダンジョンにモンスターを召喚するとなると危険に思われるが、バルーンスライムは名前の通り体内に空気の詰まった動く風船のようなモンスターで、基本的に人に危害を加える力は持っていない。そのためいくら呼び出しても特に危険はない、この祭にうってつけのモンスターなのである。
召喚術師が手をかざし、次々にバルーンスライムをダンジョンに送り込むのを見ると、いよいよ開始時刻が近づくのを感じ、参加者の緊張が高まっていく。そんなある種殺気立った集団の中に、ある意味異質な一団が居た。
「ん~、ヴェゴーレくぅん。こうして君とここにくると、あの日の授業を思い出すじゃぁないかねぁ?」
「……。」
「ふぇぇ~……。」
虹色に輝く冠羽、目元を覆う紫色の蝶の仮面。白くぴっちりと美脚を飾る白タイツ。股間から天に伸びる白鳥の首は今日も彼の体調が絶好調で有ることを周りに知らしめている。剣術科Sクラス、ディアマンテ=エヴィエニスは今日も平常運転だった。横には巌のような大男、ヴィゴーレ=ボテスタースと顔を青くしたリーベが立っていた。
「んぅ~?どうしたのかな?リーベ嬢。周りの空気に飲まれてしまったのかぁい?」
「あうあうあう……。」
「……。」
先日リコスに呼び出され、魔狩祭に参加する兄を手伝って欲しいという願いを快諾したリーベだったが、まさか彼女の兄がこのような人物だとは思っていなかった、恐慌状態に陥ったリーベは、最早言語を話すこともままならない状態になっていた。もう一人のパーティメンバーであるヴィゴーレは、リーベと同じ治癒術科の生徒であったが、授業中ですら一言も声を発したのを見たことがない人物であるし、何よりもその風貌が恐ろしい。
「安心したまえリーベ嬢、妹の友人である君ぃのことは、僕が命に変えても守ってあげるからねぇ~?」
「ひぇぇっ!?」
自然な流れでリーベの手をとるディアマンテだったが、その行為が更にリーベの精神をガリガリ削っていく。意識が揺らぎ倒れそうになったリーベだったが、即座に巨大な手がリーベの頭を掴み、地面に倒れるのは避けられた、しかし頭を捕まれぶら下がった状態のリーベは、真っ青な顔で涙を浮かべ、震えながら現実逃避を始めていた。
「ふえぇぇぇ~、助けてくださいお姉さま~。」
……――――
「――はっ!?」
「どうしたんですか?シャマ。」
紅茶を入れていたシャマが突然電気に打たれたようにビクンと身体を震わせる。
「――今、誰かがすごく面白い事になっている気がするのです……シャマは……とっても美味しい場面を見逃した、そんな気がします……。」
「貴方は相変わらず何を言ってるのかわからないことがありますね……。」
突然真顔で訳の分からない事を言い始めた駄メイドは放置してオニキスは真面目にオムライスにケチャップをかける作業に戻る。ケチャップで絵を描くなど、今まで想像もしたことがなかったのでオニキスはやや興奮気味である。
「いきますよー、おいしくなーれ、おいしくなーれ、もえもえ~……。」
「……オニキスちゃん順応しすぎじゃないです?」
黒姫ケチャップサービス、あまりに盛況なため整理券が配られていたが、自分がサービスを受けられないまでもせめてその姿を拝もうと、大量の狂信者達が教室を埋め尽くしていた。最早ここは喫茶店とは呼べない魔境と化していたが、当のオニキスはケチャップで絵を描くのに夢中で全く気がついていなかった。鳴り止まない姫コールは、怒り狂ったグレコの乱入まで延々と続くのだった。
……――――
「さて、姉さんとシャマネキの期待に応えなければ。」
ディアマンテに手を握られ、ヴィゴーレには頭を握られ、リーベが意識を失いかけている頃、シーザーは魔狩祭参加者達の最前線で祭の開催を今か今かと待ち構えていた。ざっと見渡した限り、彼ほどの実力をもつものは見当たらず、やりすぎて2位以上にならないようにすれば、今回のミッションは容易く行えるとシーザーは確信していた。
幸い、上位10名の討伐ポイントは各所に置いてある魔導ボードに表示されているので、随時確認をすることができる。
「各フロアのボスのボーナスポイントはとっておきたいけど、やり過ぎて一位になっちゃまずいからなあ。狙うのは4層のボスかな。5層ボスのボーナスは流石に大きすぎて差がついてしまいそうだしな。」
「あ、シーザーさん。」
「ん?」
声の方を向くと、そこには見覚えのある盾使いの青年が立っていた。
「やあ……アビ、アビディくん。君も魔狩祭に参加するのかい?」
「ひでぇなあ、シーザーさん。今、俺の名前微妙に忘れてたっしょ。」
「いや、ははは……。」
先日オニキスに叩きのめされるまで増長しきっていたシーザーにとって、彼の取り巻きをしていたアビディ達は、顔は分かるが興味がない人間だった。それゆえに名前など覚えるつもりもなかったのだが、あの日オニキスに向かって共に戦った時、シーザーは初めて彼らをちゃんと見ることができた。自分より弱いが意思があり、共に戦う人間なのだと痛感したのだ。あれほど、過去の自分を恥ずかしいと思ったことはない。
「ごめんよ、今度は完璧に覚えたからもう大丈夫だよ。」
申し訳なさそうに苦笑いするシーザー。アビディはそんなシーザーを見て思わず笑ってしまった。
「へへ……シーザーさん変わりましたね。」
「そうかい?」
「はい、俺は今のほうが良いと思いますよ。」
自分では分からないが、自分が良い方向に変わったのだとしたら、そのきっかけは間違いなく彼女たちと知り合えたからだろう。シーザーは照れくさいようなむず痒い感覚を覚えたが、それはなんとも言えず清々しく、気持ちのいい感覚だった。
「それじゃあシーザーさん、俺は俺のパーティがあるんでこれで失礼します。」
「パーティ?ローガン君達かい?」
シーザーの問に、先程まで笑顔だったアビディの顔に少し影が差す。
「あー、いや、連携術の授業で組んでるあいつらですね、最近はずっとあいつらと連携の練習してましたから。それに、実はローガンもそうなんすけど、前にシーザーさんの周りに居た連中、最近ちょっと変なんですよ。」
「変?」
「何ていうんですかね、俺も人のことは言えないんですけど、俺らシーザーさんの威を借りてやってきたじゃないですか?なんで、最近それができなくなったせいで繋がりは無くなっちまったんで、詳しくは分かんないんですけど……。」
「ふむ。」
アビディはここまで言ってからこの先のことを話すかどうか、逡巡するような素振りを見せたが、意を決した表情になり、小声でシーザーに告げる。
「……シーザーさん、今から話すことは確証がある訳じゃないんで、話半分に聞いてほしいんですけど。最近あいつらマジで可怪しいんですよ。最初はシーザーさんが変わっちまったせいで逆恨みしてるのかな?て思ったんですけど。どうもなんか違うような気がするんですよ。実際ちょっと前までは明らかに逆恨みで怒ってるって感じたんですけどね……。」
シーザーがどうこうされるとは流石に思っていないが、アビディが先日見かけたローガンは顔色も悪く、何やらブツブツ独り言を言っており、非常に危うい空気をまとっていた。突然豹変した知人にアビディは底知れない不安をいだいており、その対象かもしれないシーザーを心配しているのだと言う。
「――ふむ、わかった気をつけるとしよう。忠告ありがとう。僕も彼に会ったら少し話をしてみるよ。アビディ君も気をつけて。」
「はい、お互いがんばりましょう。俺も今日は仲間と連携しますからね。シーザーさんにも勝たせてもらうつもりですよ!」
「はは、面白い。僕も気を引き締めるとするよ。」
笑顔で仲間のもとへ走っていくアビディ。彼は自分が変わったと言っていたが、彼の方こそ随分変わったもんだなとシーザーは思わず笑みをもらす。
――直後。
氷を心臓に差し込まれたような感覚がシーザーを襲った。しかし、それは一瞬のことで、シーザーが気配の方向を向いたときにはすでにその視線は消えていた。
(……――これは本当に気をつけたほうが良いか?)
「まあ、気にしても仕方ないな。姉さん、待っていてください!必ず3位賞品を持って帰りますよ!」
気持ちの悪い感覚はあったが、そんなものは振り切りシーザーは気合を入れ直す。今の彼にとって、オニキスとシャマに褒めてもらう以上のものなど存在しないのだから。
……――――
「見てください、見てくださいシャマ!!すごくきれいなハートが書けましたよ!!」
「う~ん、何だかシャマ達こんな事してる場合じゃない気がするんですよねえ?……あ、おいしくなーれ、おいしくなーれ、もえもえ~……」
「うおおおお、姫のオムレツ!!姫の卵!!尊いッッッ!!!!」
「「「うおおおおお!ヒーメ!ヒーメ!!」」」
次回はちゃんと話進みます……。




