第二十八話 不穏な一団
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パンッ パンッ
乾いた破裂音が響き、空にはカラフルな煙が広がる。続いて聖学祭開会の宣言とともに学園の正門が開かれた。学園内にはすでに前日から準備された出店等が並び、呼び込みの声があちらこちらにあがっていた。しかし、雑多とした人混みのなか、明らかに目的を持って進む一団が居た。
「おい、お前らどこに向かっているんだ?」
「……。」
不審に思った男が問いかけるが、彼らは立ち止まろうともしない。一種の訓練を受けたような規則正しい列をなし、彼らは迷うこと無く校舎の中に進んで行く。流石に不穏な空気を察した男は、この事実を近くの学園教師に伝える。しかし、教師はその一団を一瞥しただけで、何かを悟ったような表情を浮かべ「気にしないで下さい。問題ありません。」とだけ答える。
これにはいよいよ異変を感じた彼は、この一団がどこに向かっているのかを確かめることにした。彼はどこにでも居る平凡な男だったが、嘗ては勇者に憧れ、この学園の試験を受けたこともある。残念ながら彼に才はなく学園に入学することは出来なかったが、彼はそれでもまっすぐとした正義感を胸に懐き生きてきた。おそらく、この一団の目的を特定したところで彼に出来ることは少ないだろう、しかし、この学園の学園長はかの英雄マリア=トライセン。彼女に伝えることさえ出来れば、如何なる異変であってもまたたく間に解決してくれるに違いない。
気合を入れて尾行を開始した男であったが、その任務は驚くほど容易く行うことが出来た、件の一団は、何かに集中しており、周りの人間に何ら関心を示さなかったので、唯後ろをついていくだけで済んだのだ。
「一体何があるんだ、この先に……。」
やがて、彼らの行先が見えてきた、室内からは数人の男女の悲鳴にも似た絶叫が聞こえてくる。明らかに普通ではない。男はゴクリと唾を飲み込んだが、ここから眺めていたところで何も確かめることは出来ない。彼は意を決して教室の中をのぞき見た。
「!!」
果たして、そこには信じられない光景が広がっていた。黒髪の美しい女性を取り囲み、数名の男女が奇っ怪な踊りを踊っている。女性はそんな異様な状況の中、座席の上に置かれた鉄板に何かを乗せて焼いていた。
「うわあああああ!黒姫様手ずから焼いてくださるフレンチトースト!!神よ、私が生まれたのはこの日のためだったのですね!」
「可憐だ!ただ料理をしているだけなのに、なんて可憐なんだ!」
「うおおお、黒姫様のメイド姿!尊い、尊くて目が潰れてしまう。我が目よ、もう少しだけ踏ん張ってくれ!!」
「黒姫さま!ケチャップはハート型でお願いします!!」
「うわぁぁぁぁぁ、黒姫さまの萌え萌えキュン、いただきました!!!」
「うおおおおヒーメ!ヒーメ!ヒーメ!!」
「ひえぇ……。」
男は「ふむ。」と一言吐き、この一団の目的を察し列の最後尾に並んだ。確かにこれを知ってしまえば他のことに現を抜かしている暇はないし、何時間でも並ぶことが出来る。こうして今日もオニキスファンクラブはその数を増やして行くのだった。
――――
「なんで貴方は働かずにお客をしてるんですか?シャマさん。」
「失敬な、シャマはちゃんと接客してますよ。あ、そこの貴方、ケーキを買ってきてください。」
「はい、白姫様!注文お願いします。ショートケーキ一つお願いします!」
甲斐甲斐しく各席でサービスをするオニキスと対象的に、シャマは店の中央にある席から動くことはない。何故か店を訪れた数人の客がシャマの望むものを与え、シャマの足元に傅いていたからだ。シャマの注文に身銭を切りながらも、彼らは幸せそうな表情を浮かべている。彼らは白姫親衛隊と呼ばれる一団で、白姫様に尽くす事に至上の喜びを見出した狂人の集まりであるらしい。本来ならこんな接客をするシャマを問答無用で叱りたい所なのだが、困った事にこんなメチャクチャな接客であっても、その売上は中々に凄まじい。
「とは言え、流石にオニキスちゃんだけを働かせるのはシャマの本意ではありません。シャマの給餌スキルを見せてあげましょう!」
「シャマさん!」
駄メイドの頼もしい一言に明るい表情になったオニキスだったが、直後その表情は怪訝なものへと変わる。
「あの、シャマさん?これは一体……。」
「~♪」
シャマは鼻歌交じりにオニキスを座席につかせ、テキパキとフレンチトーストの準備を始める。トーストの準備を行いながら茶葉も蒸らし、同時進行で進めるその手際は、流石フェガリの王付きの従者と思わせる。
「シャマさん、私を接客するのではなくてですね……。」
ジュワッ
「……!!」
食欲をそそる音とともに、焦げたバターの香りと甘い香りがオニキスの鼻孔をくすぐる。
「オニキスちゃんはフレンチトースト食べたくないですかー?」
「あうあぅ……。」
「それではひっくり返しますよー。」
ジュワワッ!
「はぅ……。」
裏返すことで再び香りと音が広がり、最早オニキスの目はフレンチトーストから視線を外すことすらできなくなっている。
「さぁ、焼き上がりましたよー。」
焼きあがったフレンチトーストに少量のメープルシロップがかかり、その上からシナモンをふる。焼きあがったバターの香りにシナモンが加わり、更に蜜によって光沢を増したそれは、暴力的なまでにオニキスの五感を刺激する。最早オニキスは正常な思考を放棄し、シャマの切り分けるフレンチトーストに思考を支配されていた。
「はい、あーん。」
「あーん。」
シャマの手で差し出された一欠けを、周りの視線も気にせず何の抵抗もなく口に含む。わずかに表面に付いた焦げ目がカリッとした小気味よい食感を与え、バターに含まれる塩味が舌を震わせる。直後、ジュワっと溶け出した卵が舌の上に踊りだせば、そこには至福としか言えない甘みとクリームの濃厚なコクが広がっていく。
「あ、ふぁ。」
恍惚の表情を浮かべるオニキスに周りの狂信者達が色めき立つ。未だかつて見たこともないオニキスの表情と、白姫と黒姫の「あーん。」を見せつけられた彼らのボルテージは限界を超えていた。
「うううううおおおおヒーメ、ヒーメ!!」
最早地響きとも言えるそれは、物理的に校舎を揺るがしたかのような錯覚を覚えるほどの物となっていた。何事かと集まった野次馬は、そこに広がる百合々々しい光景に目を奪われ、新たなファンクラブ会員と成る。横では今回のオニキスのプロデュースをしたリコスとヴェスティがドヤ顔仁王立ちをしていた。最早喫茶店と呼べるものではなくなっていたが、二人にはそんな事は関係ないようだった。
「うわ、これ何の騒ぎです?って、オニキス姉さん、その顔は人前でしちゃダメなやつじゃないですか?」
大勢の狂信者をかき分け、見覚えのある赤い頭と黒髪の少女が現れる。先日の般若仮面のお仕置きがよほど面白かったのか、あの日以来、シルエラはシーザーに懐いており、度々シーザーの跡をついて回って遊んでもらっているようだった。
「シルエラしってるよ、あれは”あへがお”って言うんだよ。」
「シルエラ!?誰にそんな言葉教わったの!?」
「おかーさん。」
「シャマァツ!」
「ヒェッ!?」
咄嗟に逃げようとしたシャマだったが、背後に般若のオーラを纏ったオニキスにガッシリと頭を掴まれる。
「あ、痛い!だめ、でちゃう、出ちゃいけないものでちゃいまひゅうう。」
「シャマさん良い機会です、ここは一つ悪いものを全部出しちゃいましょうね?ちょっとだけパァンしましょ。パァン。」
「それ、鳴らしちゃいけない音です、おぉぉヲおおォぉ、おたすけぇ。」
「――……………………んーと、おとーさん、おかーさんいじめちゃ、メッだよ?」
シャマの頭部から聞い慣れない音がなり始め、シャマの身体が痙攣をはじめて口から泡が出そうになった所で、シルエラから助命のお願いがなされ、オニキスのアイアンクローは解かれた。
「シ、シルエラちゃん、助かりました。でも次からはもうちょ~っと早く助けてくださいねぇ~。」
「はーい。」
ビシっと敬礼の形を取るシルエラ。一体こういう物をどこで覚えてくるのか。取り敢えず可愛らしいその動作にオニキスの怒りは霧散していく。
「ところでシーザーは何をしに来たんだい?お客さんとして来たなら順番を守ってもらわないとならないよ?」
「あぁ、いや。例の魔狩祭前に姉さんとシャマネキに挨拶をと思ってね。今回は連携術の仲間たちも参加するらしいんで気合入れていこうかなと思ってね。」
「赤犬、パーティで行くんです?」
「いえ、パーティで挑んで連携の練習成果を見せたいってのはあるんですけど、今回は姉さんのために3位に入賞しないといけないんで、個人で点数稼ぐ事にしました。」
魔狩祭はパーティ申請をしていれば4名までのパーティで参加することが可能であるが、その場合撃破数は4名で山分け、更に賞品も4人で分ける形になってしまう。リスクが減るた代わりに旨味も減ってしまう制度であるが、何が起きるかわからないダンジョンでの祭であるため、大半の参加者はパーティで参加をする。しかし、これではオニキスの願いは叶えられないため、今回シーザーはあえてソロで挑むことにしたのだった。
「ふむ、その忠心誠に大義である。」
「シャマさんは一体何様何でしょうか?」
「おかーさんはおかーさまだよ?」
何故か尊大な態度のシャマだったが、それをシルエラが何故か肯定する。どうも自分の預かり知らない場所でシルエラに悪い教育がなされているように感じられたオニキスは、こっそりこの件について捜査のメスをいれることを心に決めた。
「取り敢えず赤犬、その殊勝な心がけに免じて褒美を取らせましょう。これを持っていきなさい。」
「これは?」
そう言うとシャマは懐から何かを取り出した。それは赤く小さな炎をモチーフとした飾りだった。上部から紐が伸びており、結びつけることでぶら下げることができそうだった。それを見た時、オニキスは意外なものを見るように目を見開き「ほぅ……。」と小声を漏らした。
「お守りですよ。赤犬には頑張ってもらわないとですから。」
オニキスの視線に気がついたシャマは少しバツが悪そうな表情を浮かべると、照れを隠すように乱暴にお守りをシーザーに投げつけた。
「とと、アザッス、シャマネキ!必ず姉さんの望む物をもぎ取ってきますよ!それじゃあ行ってきます!」
「その意気です、がんばりなさい!」
「がんばれあかいぬー。」
爽やかに挨拶をして立ち去るシーザー。それを見送りながらオニキスは笑顔でフレンチトーストを一口運び、紅茶を口に含む。口の中にじんわりと幸福があふれるのを感じる。
「……めちゃくちゃ寛いでるけど、そろそろ働こうねオニキスちゃん。」
「あ、ハイ……。」
リコスに笑顔で言われ、そこではじめて自分の仕事を思い出したオニキス。慌てて立ち上がるとせっせと働き始める。
――程なくして外から拡声魔法でアナウンスが流れた。
魔狩祭が始まる。
フレンチトーストにシロップは甘すぎて嫌いな人もいるかも?
オニキスは甘いものも大好きでございます。




