第二十三話 お仕置き
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――学長室。
連携術講習に於けるオニキスとシーザーの一連の騒動は、学長であるマリアの耳にも届いていた。自らの血縁、直系ではないにせよ、幼い頃から見知った青年の行動にマリアは軽い目眩と頭痛を覚える。
「まったく、あの坊やは……才能だけなら私と同等だと思うのだけどね……。」
ため息混じりに呟く彼女の横顔は、心底困り果てたと口にしながらも何処か余裕が見られた。自らの上司の、このトラブルを好む体質に苦笑しつつ、グレコは現在見過ごすことのできない問題児たちの行動に本気で頭を痛めていた。
「シーザー=トライセン……彼は人々の希望となりうる潜在能力を確かに持っています、彼が勇者の自覚を持って邁進すれば間違いなく次期勇者は彼でしょうな。しかし、”勇者”とは最強の存在であると同時に人類の導き手ですから、適正と言う意味であれば彼の勇者としての資質はあまりに低い。今現在彼は自分より劣るものは仲間と認識できないようですので、組ませるとなると、オニキス=マティやシャマ=フォティアといった、これまた別の意味で問題児達を充てがうしかなさそうですな。彼らが連携を取れるかどうかは分かりかねますが……。」
「ふむ……。」
マリアはこめかみを押さえる手をおろし、今回の一連の騒動について思案する。しばらく瞑目すると、その口元に笑みを浮かべ、グレコの方を向き、嬉しそうに目を細く開く。悪戯を思いついた少年のような顔は、グレコに不安を掻き立てさせ、その額に冷や汗を流させた。
「案外……。」
「は……。」
「このまま放って置けば魔王がなんとかするかもしれんぞ?」
「オニキス=マティがですか?」
確かに戦闘におけるオニキスの規格外ぶりは理解できるが、それはあくまで彼女の個人的な戦闘力が高いというだけの話である。しかも、オニキスはその正体を隠すため、有角人の力の根源とも言える”角”を封印している。それでも相当な戦闘力であるが、今の状態ではシーザーに勝つ事すら困難と思われる。そんなオニキスが、シーザーに何の影響を与えられると言うのか。グレコには全く見当もつかない話であった。
「そんな顔をするなグレコ、まったくお前は真っ直ぐすぎる。私はお前のそんな可愛らしい所を好ましく思うが、教育者としては良くない傾向だぞ。……まあ、駄目なら駄目で私が何とかするさ。でも、私は何となくあの魔王ならなんとかする気がするのだよ。」
「そういうものですか……。」
マリアのからかいに顔色一つ変えず、気のない返事をするグレコを見て「お前のそういうところは好かんな。」と笑うマリアの顔には、すでに余裕の表情が浮かんでおり、グレコは今日の授業で起きるかもしれない問題児達の行動を想像して胃を痛めるのだった。
―――― 連携術講習当日授業開始直前。
普段であれば授業開始前の雑談などで盛り上がる時間帯であったが。今日はいつもとは空気が違っていた。ヒソヒソと囁くようなざわめきはあるが、普段のそれとは明らかに違う。彼らの視線はA班とE班の二班に注がれていた。
先日のシーザーとオニキスのやり取りは衆目の的であり、この上ないゴシップとして学生たちの興味を唆った。しかし、噂の的であるシーザーはニコニコと微笑みながら、オニキスに手を振っている。彼の心臓には剛毛が生えているのは間違いない。
「やぁ、オニキス姫!今日も相変わらず美しい。貴方の美しさの前には光り輝く宝石ですらくすんで見えるほどですね。」
「御機嫌よう、シーザーさん。」
「うっひぃ、黒姫ちゃんの声が低いッス!!」
朗らかな微笑みのシーザーと対象的なオニキスの冷笑は、周りに居る人間全員の胃を締め付ける程のプレッシャーを放っていたが、当の本人は意にも介していないため、全く意味をなしていない。オニキスは小声で「ごめんなさい。」と班員に謝罪しつつ、怒りの空気を緩めた。
「今日はシルエラちゃんのお父上には覚悟をしていただきたい。正直、我ながら短慮にすぎるとは思うが。貴女の為なら、私はどんな誹りを受けようとも構わない。」
「……もちろんそちらの決闘も致しますが、まずは私の友人達と戦う事をお忘れなく。独りよがりな貴方に、団結の強さというものをお見せします。」
オニキスの言葉にE班全員は引き締まった顔を見せる、が、相変わらずシーザーの目には彼らは映っていない様でオニキスから視線を逸らさない。軽い寒気を覚えるシーザーの視線にため息を吐きつつ、オニキスはA班のメンバーの方に目を向けた。彼ら(盾役を除く)は一様に覇気のない表情をしており、明らかに意気消沈していた。A班に振り分けられた当初、彼らの表情は希望とやる気が漲っていたのをオニキスは覚えている。その事がオニキスを更に苛立たせた。
「必ず、シルエラちゃんの父上を倒してみせますよ。」
「貴方は”シルエラの父”と戦う前に敗北しますよ。」
「なーんか噛み合って無い気がするッスね……。」
「ふえぇ。」
勘違い内容を知っているリーベだったが、それを正すタイミングを見つけられず只管にオロオロする。そんなリーベに対して、遠くから「フェエェえェェエぇ」とヤギに似た禍々しい鳴き声が聞こえてきていたが、リーベはそんなものを気にしている余裕はなく、なんとかオニキスの誤解を解こうと更にオロオロする。そうこうしている内に、いよいよ授業が開始され、A班 E班は示し合わせたとおり同じ壇上に上がった。
E班の面々は武器を構え、陣形を組み、着々と戦闘準備を進めて行くのに対し、A班はシーザーを先頭に立たせただけで構えすら取らない。否、一応、杖や剣を抜き、それぞれに構えはとっているのだが、それはこれから戦闘を行う人間とは思えない弛緩しきった無気力なものであり、立ち位置も陣形などとは呼べない酷く雑な物だった。
「さて、男性が二人、どちらが我が宿敵なのかな?まぁ良い……まずは……。」
シーザーは鞘から剣を抜くと、切っ先を真っ直ぐシルトに向けて構える。
「君だ。」
「ッ……!!」
「それでは、はじめ!!」
直後、開始の合図が場内に響き、シーザーの姿が消える。目で追うことさえも許さないシーザーの高速の踏み込み、今まで彼と対峙した生徒たちは、皆この初撃に為す術無く倒されていた。シルトも今までの対戦者達と同じく、シーザーの動きを全く追えていないようで、一呼吸遅れて盾を動かし始めた。
「遅い!!」
背後からシーザーの一撃が叩き込まれる。常ならば、ここで盾役を一撃で倒され、連携を取れなくなったパーティは崩壊していく所だった。が、一撃を放ったシーザーは今までにない感触に顔を顰める。信じ難い事に、シルトは背後に向けて盾をかざしており、シーザーの神速の一撃を一瞥もくれずに防ぎきっていた。
「盾撃!!」
「泥繭。」
「グハッ!?」
いつもと違う手応えに狼狽えていたシーザーはまともに二人の攻撃を受けてしまった。
……慢心、それはまさに慢心だった。幼き頃より今に至るまで、シーザーは戦闘に於いて己と同じ速度で動ける相手と対峙したことなかった。故にいつしか彼は、どうすれば強くなれるのか、どうしたら相手に勝利できるのか、と言う当たり前の思考を持てなくなっていた。それ故彼は、どう言った攻撃をすれば相手が最も意外な顔をするのか、また、どう攻めれば最も相手との戦力差を浮き彫りに出来るのか。そういった無駄な事にのみ注視するようになっていたのだ。
「流石に毎回「遅い」とか言いながら背中を狙って来ていたら、多少自力で劣っても攻撃を防ぐぐらい訳ないですよ。」
「んでも、流石にあんな動きしてる人間の癖とか、単調でもなっかなか気が付かないッスよ?」
「く、これしきのことで……。」
泥繭に手足の動きを阻害されつつ、それでも動こうとするシーザーにシーカとカマラダが迫る。
「斬撃!!」
「兜割り!」
「甘い!!」
シーカの斬撃に対し、シーザーは悠々と剣で迎撃をする。まずはその双剣を打ち砕き、後から来るカマラダの兜割りを容易く受け止めた。ここでまたシーザーは違和感を感じ、その背筋を冷たいものが走るのを感じていた。
「な!?」
「はい、また引っかかったッスー♪」
「……。」
「更にいくぜぇ、盾撃!!」
「なっ!?」
シーザーの迎撃で容易く砕かれたシーカのショートソードだったが、砕かれた直後、その中から黒い粘液が飛び散りシーザーの剣を覆う。更にその直後放たれた兜割りは防御することは出来たが、シーザーが反撃に移ろうとする前に、カマラダは斧をあっさりと手放し素早く後退していた。突然重量を増した剣に戸惑い手元を見ると、彼の剣には巨大な両手斧がべったりと張り付いており、重量を増した自らの剣に戸惑うシーザーは、続くシルトの盾撃を無防備に浴びてしまう。
「今です、リーベ!!」
「は、はいですぅ。聖者の静寂!!」
「ッッッ……!?」
万全の状態であったなら、容易く回避出来たであろう聖者の静寂を直撃され、シーザーは一定時間”発声”が出来ない状態になってしまった。武器は両手斧と貼り付けられ、手足には泥が纏わり付き、更には声も失った。この一瞬に起こった出来事にシーザーは混乱する。状況が理解できない。彼は今、生まれて初めて窮地というものに立たされていた。
「これも慢心ですね。貴方は相手の攻撃をわざと誘って武器破壊やカウンターをしたがりますから、シーカには予めタールスライム入りの脆いショートソードを使ってもらいました。受けにまわると必ず回避ではなく、正面から技を受ける貴方ですから、必ずその剣に両手斧を貼り付けてくださると思っていましたよ。」
「うーん、攻撃の癖がほとんど虚栄と慢心とか、指摘されてから見てみると、こいつかなりのバカだな……。」
「……シルト、流石に言い過ぎッス。でもまあ、黒姫ちゃんに言われた時は冗談だとおもったッスけど、本当に言ったとおりに動いてるのを見た時は逆に怖くなったッスよ。」
言いたい放題の二人だったが、シーザーからの反応は特になかった。身動きが取れなくなったシーザーは混乱の境地にあり、未だ自分の状況が理解出来てなかったからだ。しかし、呆然としていたシーザーだったが、突然前方に発生した高熱に無理やり意識を現実へ引き戻される。目線を向けた先には、氷よりも冷たい表情を浮かべたオニキスが立っており、その左手には青い炎の矢が形成されていた。その炎から感じる魔力は、シーザーを以てして、何の防御も無しに受ければただでは済まない魔力を内包しているのが見て取れた。
「さて、それではお仕置きを開始します。覚悟は宜しいですか?」
何の感情もない声で話しかけると、オニキスはゆっくりとその指をシーザーに向けた。
「ひぃっ!?」
「ていきゅう魔法……。」
会場内には無慈悲な爆音が響き渡った。
お仕置きだべぇ。
散々引っ張ったけど、何のことはなくて、シーザーさんが頭悪いってお話。
連携術”講義”だと座学になってしまうので、連携術”講習”に致しました。
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