第二十二話 私の娘
昨日はすいませんでした。
絵を書いていたら日にち勘違いしてしまいした。
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遂にその日はやってきた。
「やっと決戦の日が決まったようですね!二週間後、いよいよ対人連携術の授業のようです。」
「おおー、けっせんだー!たいじんじゅつくんれんだぁ!……おとーさん、たいじんれんけいじゅつってなぁに?」
廊下に張り出された授業内容の張り紙を前に仁王立ちするオニキスの横には、同じく仁王立ちするシルエラの姿があった。凛々しく立つオニキスと、全く同じポーズで有りながらあまりにも可愛らしいシルエラの二人は衆目を集めていたが、オニキスから漂う剣呑な雰囲気が周りに振りまかれており、二人に近づくものはいなかった。
しかしそんな中、周りの空気を全く読まずにオニキスに接近する赤い影があった。
「やあ、オニキス姫様、本日も大変お美しい。」
「……御機嫌よう、シーザーさん。シルエラ、対人連携術というのはこの方を叩きのめす授業のことですよ。」
「おぉー、そーなのかー。」
得心がいったと手を打つシルエラに、流石のシーザーも苦笑いを浮かべる。空気を読まないこの男も、ここまで露骨に素気なくされれば、流石に多少の気まずさを覚えるようだ。
「いやぁ、手厳しいですね。でも、そんなご機嫌斜めなお顔ですらお美しい。そちらのお嬢さんはオニキス姫様の妹様ですか?よく似ておられますね。」
気を取り直し、手厳しいと言いつつも朗らかに笑みを浮かべるシーザーであったが、オニキスの次の言葉でその笑みが再び凍りつく。
「いえ、シルエラは私の娘です。」
「え……な……!?」
(おぉ、なんとなく嫌がらせになるかと適当に答えてしまいましたが、これは思いがけずいい表情になりましたね。何を言ってもヘラヘラと堪えない方でしたので困っていましたが、こんな顔になる事もあるのですね……。)
娘と紹介されたシルエラはニコニコとご機嫌になり、オニキスの腰にギュッと抱きついた。そんな二人を見つめ、表情を固まらせていたシーザーであったが、いくらなんでも年齢が符合しないことに気が付き冷静さを取り戻した。これはオニキスの質の悪い冗談であるのだろうと判断したシーザーは、即座にシルエラ懐柔策を練りこれを実行する。
一瞬驚きはしたが、考えてみればこのような幼い少女であれば、こちらの味方につけることも容易い。見たところ彼女はオニキスにとって、たいへん親しい間柄であるようだし、かえってこれはチャンスなのではないか?勇者の決断は早く、そして正しかった。だが……。
「は、はは、それじゃあ、私のことはお父さんと呼んでもらおうかな?」
「や、おとーさんはおとーさんが居るもの。お前なんかおとーさんじゃない!!」
そう言いながら更にギュッとオニキスにしがみつくシルエラ。たった一言でシルエラのヘイトを稼ぐシーザーに、オニキスは逆に感心してしまう。
「シルエラは私の娘ですもんねー?」
「ねー?」
そう言いながら顔を合わせる二人。シルエラは一度も娘であることを否定しない。しかも彼女たちの容姿は、他人と呼ぶにはあまりにも……。あり得ないと思いつつも、シーザーの中の疑念が現実味を帯び、彼の頭を再び混乱させていく。
「は、はは、お二人は、ご冗談がお上手……だ。はは……。」
「本当だもん!!シルエラは本当に娘なんだもん!!」
「グフッ!?」
きっぱりと答えるシルエラに、嘘を言っているような素振りはまったく無い。こんな年端もいかない少女が、ここまで迫真の演技を出来るとも思えない。まさか彼女は見た目よりも幼いのでは?まさか彼女は見た目より大分歳上なのでは?「あぁ……。」と思わず声が漏れる。シーザーは、彼の叔母である年齢不詳の元勇者の顔を思い浮かべていた……彼女の年齢は……。
「まさか、まさか……く、も、もしそれが本当なら、私はシルエラちゃんのお父上と決闘をさせていただきたい!!」
「けっとうってなあに?」
「決闘は……まあ喧嘩みたいなものですかね。」
「おとーさん、このおじさんとけんかするの?」
「ゴフッ……おじ……。」
「そうですねえ、喧嘩とは違いますが、対人連携の授業で白黒つける話ですので。そこで決闘すればいいんじゃないですかねえ。」
「……な!?」
シルエラの言葉の暴力にさらされ、凹みきった表情を見せていたシーザーであったが、オニキスの一言で表情が変わる。今、彼女は何と言ったのか……シーザーの目にメラメラと炎が巻き起こった。
「今度の対人連携術講習……そこにシルエラちゃんのお父上が参加なさるのですか?」
「んー?何言ってるの?おとーさんが出るのはあたりまえじゃない?」
「ッッ!!と言うことは、オニキス姫の純血を奪った外道は、E班にいるのか!」
「……ん?……んー?そうですね、私は出ますよ?」
「おとーさんがお前なんかぼっこぼこにしちゃうんだからねー。」
「くっ……!」
シーザーは何故か憤怒の表情を浮かべ、シルエラは何故か得意顔でぺったんこの胸を張る。オニキスは何かこの会話が噛み合っていないような違和感を覚えたが、そもそもシーザーとはいつも会話が成り立っていないので、気にする程の事もないかと違和感を捨て去ることにした。
「く、今度の決闘、もし私が、そのシルエラちゃんのお父上に勝ったなら、オニキス姫、あなたには私のものになっていただきたい!!必ずその輩を完膚無き迄に叩きのめしてみせます!!」
「……なんですって?」
(この男、ひょっとすると私に気があるのでは、と思っていましたが……シルエラのおとーさんを叩きのめして私を手に入れると……?意中の女性を手に入れたいという目的のために、完膚無き迄にその意中の女性を叩きのめすと……?)
オニキスの目が見る見る座り、今まではシーザーに対し、ただ苦手な人物に対しての余所余所しさしかなかったその態度を一変させた。それは憤怒であり、シーザーを見つめるオニキスの目には侮蔑の色が宿っていた。
「なるほど、今まであなたは力に振り回されただけの、愚かな子供に過ぎないと思っていましたが、どうやら最低な行動を平気で行う獣だったようですね!!」
「く、確かに褒められた行動ではないかもしれない、貴女が怒るのも無理はないだろう。しかし、私はそれでも貴女を諦めることはできない、必ず、シルエラちゃんのお父上を降し!貴女を私のものにしてみせる!!」
その一言を聞き、遂にオニキスの怒りは完全に燃え上がった。
(授業ではみなさんと協力して連携で負かせるだけのつもりでしたが……これは個人的にも徹底的に叩きのめす必要が出てきたようですね。この男、決して許す訳にはいかない外道のようですから!)
「おとーさん頑張ってね!」
シルエラの可愛らしい応援に、怒れるオニキスの怒気にあてられていた野次馬たちはホッコリと癒やされたが、哀れな羊の悲惨な未来には何の慰めにもならないのであった。
「ボッコボコにして差し上げますよ!!」
珍しく憤慨するオニキスの背後には、青い炎を纏った般若の顔が見えていたという。
――――
「――……面白いことになってますねえ、ピンク、アイツ死ぬんじゃないですか?」
「うーん、流石にちょっと可哀想な気もするなあ。シーザーは僕の元クラスメイトだしなぁ……。せめて誤解だけでもといてあげたほうが良いんじゃないかな?」
「うーん、面白そうだからこのまま放置で!」
「ふええ!?」
「オラ、ワクワクしてくッゾ!」
「なんだい?そのへんなセリフは。あぁ、シーザー死んでくれるなよ……。」
シーザーさんは死ぬのかもしれない。




