第二十一話 尋問官
前半と後半で場面が違います。
わかりにくかったらごめんなさい。
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―――― サントアリオ学園地下特別隔離室 ――――
月詠襲撃から数ヶ月が過ぎたが、ミルコと名乗っていた男は未だ学園地下に監禁され、尋問を受けていた。
「ふむ、数ヶ月もの間この様な場所に居ても、未だ口を割らないとはなぁ。思ったより忠義者じゃあないか?」
「……。」
気安く話しかけるマリアに対し、ミルコの顔には何の表情も浮かんでいない。恐怖も、怒りも、焦りも、何の表情も浮かべず黙り込むこの男に、正直な所学園側は手詰まりとなっていた。一般教員に、特殊な訓練を受けているであろうこの男に、過度の接触をさせることは危険だったからだ。一応鎖などでつないではいるし、部屋の壁と扉には逃走防止の術と、対魔法の強力な結界がはられているが、例えば捕らえられている人物がオニキスクラスだった場合、そんなものは何の安全の保証にもならない。
故にグレコが直接この場に来る事になったのだが、こういった尋問や拷問が大好きという理由から、無理矢理にマリア当人がこの場に出張ってきたのだ。グレコは現在授業中であり、マリアがこの場に来ていることは知らされていない……。
「黙りかね?全く君も強情だな……仕方ない、君の手の内が分からないから、出来ればこの扉を開けたくはなかったんだが、私自ら拷問にでもかけてあげようか。」
仕方ないなどと口にしながらも、マリアの顔は心底嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「……ッッ。」
――マリアの言葉が終わった瞬間、部屋の中の空気が変わる。
突拍子もないマリアの提案に監視役の教員はどよめいた。が、他でもない学園長自らがそう言うのであれば彼女に口出しできるものなどこの場には居ない。そして、空気が変わったのは監視達だけではなかった。
――ミルコはひたすらに、この扉が開かれる瞬間を数ヶ月も待っていたのだ。
オニキスに破れ監禁されたこの部屋は、正直学園の地下にあるのが不思議なほどに強固であり、幾度か投獄先から脱獄した経験のあるミルコであっても全く歯が立たない堅牢さであった。故に彼は無駄にあがくことを辞め、この時、この一瞬のためだけに力を練り続けていた。そして待ちに待ったその瞬間は来た。
「我が身、我が力既に人に在らず、我一陣の風也。不可視の凶刃、何人も防御能わず。千刃結界!!」
数ヶ月練り続けた魔力が満ち、ミルコの身体を人外の域へと至らしめる。烈帛の気合とともに駆け出したその体は、詠唱の内容のままに風となり、やがてその風は威力を強め嵐となった。装着者の魔力を封じる鎖も、数ヶ月練られていたミルコの魔力の一斉開放の前には何の抵抗もなく砕け散った。マリアに迫るミルコの速度は凄まじく、その様は正しく千の刃の嵐、逃げ道を塞ぐかの如き全方向からの襲撃。魔力をまとった手刀は刃となり、嵐の中心にいるマリアを引き裂く。
……はずだった。
「ふむ、やっと声を出したかね。しかし、これだけの魔法を操るとは、感心したぞ小僧。流石に月詠姫暗殺の実行犯というところか。まあまあだ、まあまあの強さだなお前。」
「な……!?」
不可視の速度で振るわれたはずのミルコの両手は、あっさりとマリアの手に捕らえられていた。直後、足払いをされたミルコは、まるで素人が達人にされるかのように容易く地面に組み伏せられていた。信じがたい展開にミルコの細い目が大きく見開かれる。
「何だ、糸目なのかと思っていたが、中々に大きく開くじゃないか?その方がいい男だぞ?」
自身の限界を超えた必殺の一撃を受けたばかりとは思えない気楽さでマリアが笑いかけてくる。嘗てこれほどの無力感をミルコは感じたことがなかった。あのオニキスの一撃にでさえである。
(これが、勇者マリア=トライセン……想像以上なんてもんじゃない化物じゃねえッスか……。)
地下ダンジョンにて対峙した、もうひとりの化物も恐ろしかったが、今目の前に居る化物にはオニキスにあった何処かゆるい空気のような物がまったくない。ミルコの背筋を冷たいものが走る。
「まあ、お前は大事な情報源だからな。あまり酷いことはしないよ。壊れないように遊んでやるさ。」
「へ……?」
マリアはミルコの拘束をあっさり解くとニコリと微笑んだ。
「仲良くしようじゃないか。私はあのポンコツ魔王と違って、仲良くなる方法をたくさん知っているからな。お前も直ぐに私が好きになるよ。きっとね。」
「ひっ……!?」
この日この時より、月詠襲撃から数ヶ月の間、一度も開くことのなかった学園の地下室の扉は開いたままとなる。
「――……私のことを好きになってくれたんだ。ならばここを閉じる必要はもうない、そうだろう?」
――――――
「ははは、遅いッッッ!!」
連携術教室では、相変わらずの光景が繰り返されていた。
「うおおおお、シーザー様流石です!!」
シーザーの高笑いと共に高速の剣が振るわれ、召喚されたオークの群れを次々蹂躙していく。背後にはシーザーと同じA班の班員達が並び、一応の陣形らしき隊列を組んでいる。一応授業の単位のために補助魔法を飛ばしては居るものの、シーザーにとってオークを相手にそれらの補助魔法が意味を成すことはない。班員になる前からシーザーの取り巻きをしていた盾術科の重戦士の男などは補助魔法すらもほとんど使わずに声援を送る事に専念しているほどである。
元々取り巻きだった男はともかく、残りの班員達の顔には困惑の色が見て取れた。元々、勇者候補であるシーザーと組まされる位なので、彼等の能力は極めて高い。それこそシーカ達と比べても、遜色無いどころかやや上を行く程の実力者達である。当初、彼等はシーザーと同じ班になれたことを心の底から喜んでいた。
しかし、現実は彼等の理想とはかけ離れた物であった。英雄になるであろう人物。シーザーと共に戦えるという栄誉は、彼等には許されなかった。
シーザーは彼等を必要としない。
シーザーは彼等を見ていない。
いつしか憧れは失望へと替わり、シーザーを見る彼等の目は光を失い、冷たいものへと変貌していた。そして、シーザーが唯一固執するオニキスに複雑な感情を持つに至る。
「うーん、オニキスちゃん、大分逆恨みの熱視線を集めてますねぇ。」
「うぅ、あれってやっぱりそうですよねえ。私、何も悪くないのに。」
オニキスにとっては全く謂れなき恨みなのだが、彼等にとってシーザー=トライセンという人物はそれだけ大きな存在だったのだろう。
「いっそ。彼奴等全員を黒姫ちゃんが誘惑して、シーザーの背後からブッ刺させるっていうのはどうッスか?」
「お、剣子良い事言いました!さぁ、オニキスちゃん、彼らに向けておっぱいチャレンジしてみましょう!」
「ふぇぇぇ、お姉さまぁ。そ、そんなの……だ、駄目ですよぉ!!」
「やりませんよ!?」
喜々として主の胸元を開けさせようとする駄メイドに全力チョップを見舞いつつ、周りを見渡すと、A班の班員達は相変わらずオニキスを見つめていた。心なしか視線がさっきよりちょっと下になった気もするが……。そして、乱れる呼吸音に気が付き横を見れば、そこには両手で顔を隠しつつ、指の隙間からオニキスの胸元を注視するリーベが姿があった。
「……リーべ、そんなに見つめても服は開けていませんよ。」
「ふ、ふぇぇぇ、ごめんんさい。」
バレていた事にパニックになるリーベは放置し、気を取り直してシーザーを観察する。彼は相変わらず笑いながらオークを蹂躙していた。間もなく単独でオークを狩り尽くしそうなシーザーを見つめ、グレコがこめかみを抑えているのも見える。
「それにしてもあのシーザーって奴の動きはとんでもねえな。確かに黒姫ちゃんがこの間言ってた通りの動きしてっけど、あれって俺達で何とかなるもんなのか?」
「そうですね……正直な所、弱点をついて漸く五分と言った所ですかね。最初の一撃をミスしたら勝ち目はありませんねぇ。」
「ええー、それってかなりヤバイんじゃないッスか?」
負けた場合奪われるのはオニキス自身と言う事もあって、班員達の表情は硬い……。しかし、当の本人は特に緊張するでも無く、何時も通りのふわふわした雰囲気をまといつつ、顎に指を当て、コテンと首を傾げるようなポーズをとっていた。
「んー、でも。私は皆さんを信頼してますから。大丈夫ですよ(いざとなったら私、全力でシーザーさんをぶっ飛ばしますし)!」
何ともあざとい仕草に衆目を集めているが、本人は全くの無自覚だった。末恐ろしい黒姫様(♂)である。
「オニキスちゃん……シャマは最近、起こしてはいけない恐ろしい”もの”を目覚めさせてしまったのではないかと少しだけ恐れを抱いてます……。」
「何の話です!?」
良く分からないが何時も以上に駄メイドが死んだ魚の眼をしている。しかし、彼女が何故そんな事になっているのか、皆目検討もつかない上、どうせ碌でもない理由だろうと即座にシャマを放置をする事にした。
それよりも今は、何故か少し顔を赤くしながらも憎しみの籠もった視線を(何故か先程までより弱くなっている気もするが)オニキスに向けるシーザーの班員達。そして、そんな班員達には一瞥もくれない独善的な戦闘を続けるシーザー。何とも歪な彼等の方が問題だった。
「――皆さん、必ず勝ちましょうね。あのままではシーザーさんも、彼の仲間も不幸過ぎますから……。」
「うッス!」
「……うむ。」
「おう!」
「が、がんばるましゅ!ふぇぇ。」
「ふエえぇェぇえええエェえ。」
「も、もう!シャマちゃぁん!?」
オニキスの言葉に頷く彼等の顔には、数週間前オーガに恐れ慄いていた頃の面影は最早無い。決意に満ちた力強い光を湛えた瞳は、一心にシーザーを射抜いていた。
……一部の者を除いて!
「ふえええ~!?」
ちなみにオニキスはマリアの依頼のことは勿論すっかり忘れています。
ミルコのことも大分忘れてます……。
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