閑話 メイドのエプロン
本編は木曜日更新の予定だったのですが、折角レビューいただいたので閑話を一つ。
短めです。
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放課後の特訓を終えたオニキスは、自らの部屋に戻り扉のノブを回す。抵抗なく開く扉に、おそらく部屋を訪れているのであろう来訪者の顔が浮かぶ。
「おかえりなさいませ、オニキスちゃん!」
声のする方向に顔を向けると、そこには想像通りの人物が笑顔で立っていた。一瞬彼女の服装に目が行き、驚きで動きを止めてしまったオニキスだったが、直ぐに立ち直ると何事もなかったように挨拶を返す。彼女は食事の支度をしてくれていたようでエプロンを着用していた、その白いエプロンは、なるほど彼女の本来の職業であるメイドらしい物と言える。
……全裸に装着しているのでなければ。
「……ただいま。ご飯の用意をしてくれていたのですね。ありがとうシャマ。」
「先に戻ってお風呂をいただきましたので、そのままお邪魔して作っておきました。それよりオニキスちゃん、このままご飯にします?それともお風呂に入ります?そ・れ・と・も?」
「ご飯を頂きましょう。今日の献立はなんですか?」
「今日はシャマちゃん謹製ハンバーグですよぉー。」
言いながらシャマはテキパキと手慣れた感じで具材を混ぜていく。
「よく炒めた玉ねぎを、牛豚の合いびき肉に混ぜましてー牛乳卵パン粉にナツメグをパッパッパっと♪」
何やら機嫌よく変な歌を歌いながらハンバーグをこねているシャマ。その間もオニキスのことをチラチラと観察している。が、オニキスは相変わらずシャマのことを一瞥もせず、部屋着に着替え始めていた。
キャッチボールの要領で空気を抜くと、真ん中にくぼみを付けてフライパンに乗せていく。ジュワァっと肉の焼ける音と、食欲をそそる香りが室内に充満した。
「あ、あっつい!熱いですよ~、なんでかなー?オニキスちゃーん?なんだかとっても跳ねる油が熱いですよぉ?」
「そうですか。気をつけてくださいね、私はサラダを用意しますよ。」
跳ねる油を熱がり、悲鳴をあげながら必死のアピールをするシャマに一瞥もくれずに、オニキスもサラダの準備に取り掛かる。やがて焼き上がったハンバーグを皿に盛り付けると、フライパンに残った脂にケチャップと中濃ソース、更に砂糖を少々加え、ハンバーグのソースを作り上げていく。煮詰められていくソースは音も香りも両方共刺激的だ。オニキスはハンバーグの味を想像し、自然とあふれる出てしまう唾液を飲み込む。
予め作っておいた人参のグラッセと飾り付けのクレソンを添え、テーブルに並べると、オニキスも完成させたサラダとパンを持って席に座る。
「オニキスちゃん、シャマは白ごはんを所望致します!!」
「メイドなのにそこは自分でやらないんですか。」
ブーブー言うシャマのためにご飯をよそい、今度こそ席に座ると二人は両手を合わせ、待ちに待った食事を開始する。
「「いただきます。」」
シャマのハンバーグを頬張ると、あふれるほどの肉汁が口の中に広がり、濃厚な旨味を甘酸っぱいソースがさっぱりと包み込み幾らでも食べられそうな気がする。巷では牛肉100%や、肉のみを使ったハンバーグ等もあるが、オニキスにとっては、このツナギの入った牛豚合い挽きのシャマハンバーグこそが至高の一品だった。
「とっても美味しいです。シャマのハンバーグは最高ですね。私、シャマのご飯”は”大好きですよ。」
ニコリと微笑みながら黙々とハンバーグを食べて行くオニキス。勿論その目は真っ直ぐにハンバーグを見つめており、シャマのことは全く見ていない。
「オニキスちゃん……。」
「なんでしょうか?」
「そろそろ服着てきてもいいですか?」
とうとう根負けした駄メイドは涙目でオニキスに懇願したが、彼は何も言わずにハンバーグを食べ続けるのだった。
色仕掛けとウケ狙い療法を狙ったものの、どちらも完全にスルーされました。




