第二十話 シーザーの欠点
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――放課後
泥まみれになったシャマは泣きながらお風呂に向かい、ほとんどの生徒たちも帰宅した連携術訓練場に5人の男女が集まっていた。
「皆さん、巻き込んだ形になってしまって申し訳ありません。」
深々と頭を下げ、流れるような黒髪を下へと流す少女、オニキス=マティ。
「い、いや、黒姫ちゃんは何も悪くないッス。私もあの勇者ぼっちゃんにはちょっと腹たったッスから。それより今回は私のせいで怪我させちゃってごめんなさいッス。」
「俺も一番しっかりしないといけない盾役だったのに真っ先に崩れちまって申し訳ない……。」
成り行きでシーザーとの決闘じみた約束をしてしまったオニキス。頭に血が登っていた為、その時は何とも思っていなかったが、時間を置いて冷静になった時、自分が原因でE班を巻き込んでいた事に気が付き、青い顔で慌ててE班に謝罪をする羽目になっていた。
「もしよろしければ、私に皆さんの力を貸していただけないでしょうか?」
「私もあの勇者君にはちょっとカチンと来てるから、力を貸すのは良いッスけど……正直私らじゃあの勇者君には歯がたたないと思うッスよ?」
「そうそう、黒姫ちゃんの口ぶりからして、タイマンで勝負決めようって話じゃないんだよね?」
シルトとシーカの言葉にオニキスはうなずく。
「はい、彼は……シーザーさんは、皆さんを侮辱していました。いえ、侮辱ですら無い。視界にすら入れていないかの様な態度……私、それがとても悔しくて。彼に皆さんの力を見せてやりたいと思ったのです。なので、大変申し訳無いのですが、これから暫く皆さんと放課後に特訓をさせていただけないかと思いまして。お願いします、私の我儘なのは承知しています。どうか、お願いします。」
「でもお姉さま、シーザー=トライセン様は勇者候補とされてるだけあって、ものすごく強いですよー。」
「そうッスよ、こう言っちゃなんなんッスけど、アイツの態度もある程度は納得行くって言うか、正直、ちょっと特訓したくらいじゃ勝負になるとは思えないッスよ?」
悔しい気持ちがないわけではないが、それでもシーザー=トライセンの強さは突き抜けている。彼等もその強さを間近で見ていたため、オニキスの言う特訓をした所で、彼に対抗できるとは全く思えなかった。が、オニキスはそんなことはないと首を横に振る。
「確かに彼は強いです。私がクティノスとの交流試合で戦った大和さんと比べても、遜色ない強さを持っておられると思います。特にあの素早さは彼が本気で攻めてきた場合、対処のしようがない程だと思います。」(まあ、あくまで交流試合の時の大和と比べての話ですが……。)
「じゃあ、やっぱりどうしようも無いじゃないッスか?」
「いえ……。」
オニキスの宝石のような黒い瞳がシーカーを真っ直ぐに見据える。その強い眼差しに思わず”同性”で有りながらシーカの体温が上昇し、ドキリと胸が高鳴ってしまう。
(って、ヤバイっす。イケナイ道に目覚めちゃいそうッス。)
シーカが新たな道に片足を突っ込み、己の倫理観との葛藤に苦しんでいる間にもオニキスの説明は続く。
「確かにシーザーさんは、素晴らしい才能と人の域を超える程の素早さを持っておられれます。しかし、その素早さと才能こそが彼の弱点ともなりうるのですよ。」
「ほぇっ?」
「取り敢えず、彼ほど素早くはないのですが、私が仮想シーザー=トライセンをいたします。彼の戦法そのままに動きますので、まずは皆さんで自由に対応してみて下さい。攻撃は竹刀で行いますから怪我はさせませんので安心して下さい。」
「へ、え、はいッス!」
「お、おう……?」
交流試合は見ていたものの、あの時のオニキスは魔法を中心に戦いを展開していた為、その近接戦闘の印象は残っていない。オニキスの戦闘をオーガ戦でしか間近に見たことのないカマラダ、シーカ、シルトの三人は、オニキスの”仮想シーザー”の言葉が持つ意味を今ひとつ理解できでいなかった。強いとは思っているが、彼女の所属は魔法科。確かにその戦闘力は学年でも上位であることは間違いないだろうが、あのシーザーの動きを模倣できるとはとても思えない。しかし、オニキスの実力をよく知るリーベは即座に反応し、全員に祝福を付与し、オニキスの強襲に備えた。
「み、みなさん、本番だと思って構えて下さい。お姉さまは多分本気で来ますです~。」
「行きますよ、魔力循環……。」
……――――数十分後、
床には息も絶え絶えに倒れ込む4人の姿があった。全員頭を抑え、痛みを堪えながら唸っている。この数十分、彼等は高速で襲い来るオニキスの竹刀に、ひたすら打ちのめされ続けていたのだった。
「ぜぇ、ぜぇ……しゃ、洒落にならないッス。」
「う、おげぇ、オーガの何倍も怖ぇぇ……。」
「ふええええ~。」
「ッッ……ッ……。」
そんな中、ただ一人息も乱していないオニキスは、4人のためにタオルと水を用意し、それを配ってまわる。4人はそれを受け取りながら、改めて黒姫の規格外の力を認識させられるのだった。
「みなさん、お疲れまさです、以上が私の見たシーザー=トライセンの戦い方です。」
「いや、いやいやいや、やっぱり歯が立たないじゃないッスか!?」
「いやー……申し訳ないけどシーカの言う通りだわ、これはちょっとやそっとの特訓でどうにかなるもんじゃないと思うぞ?」
オニキスは汗だくで弱音を吐く二人に、憤るでも憤慨するでも無く静かに微笑んだ。
「皆さん気が付きませんか?彼の欠点に。」
「え?」
「へ?めっちゃ早くてどうにもならないって事しか分かんねえよ?」
「うーん、分からないですか?それではもう一回行きますよ、シルトさん構えて下さい。」
休憩時間かと思い、完全に緊張を解いていたシルトは、突然の言葉に慌てて盾を構える。シルトが盾を構えたのを確認した瞬間、オニキスは魔力循環を展開し、姿がブレる程の高速で間合いを詰めた。何とか反応したシルトは、後方に飛び退きつつ盾を構え衝撃に備える。が、構えていたところに衝撃は来ず、代わりに後ろから竹刀で頭部を叩かれた。
「遅い!!!」
「うへぁ!?」
ベシッと乾いた音が鳴り響き、シルトが頭を抑えて蹲る。シーカを倒したオニキスは構えを解かずに次の獲物へ視線を向けた。視線を向けられた哀れな獲物は小さく悲鳴を上げ、慌てて双剣を抜く。
「シーカさん!!呆けてる場合じゃないですよ?」
「う、うぁぁぁ!斬撃!!」
声をかけられたシーカは一瞬パニックになりかけたが、先程の授業のような無様は見せられないと気を取り直し、オニキスへと斬りかかる。スキルまで発動させてしまったのは、彼女がまだ平常心とは言い難い状態であった為だが、同じ失敗を繰り返すまいとする彼女の姿勢にオニキスは感嘆の息を漏らす。しかし、今は仮想シーザーとして動かなくてはならないため、即座に気持ちを切り替え、シーカの斬撃を迎撃する。
「甘いっ!!」
オニキスはシーカの剣をあっさり受け流し、体勢を崩したシーカの背後に回り込み竹刀を振り下ろす。
「あ痛ッス!!」
幾度も後頭部を叩かれ、シーカが涙目になりながら蹲る。その様を見ていたリーベが手をパタパタと振りながらオニキスに向かって声を上げた。
「お姉さま、分かりましたぁ~!!」
「わ、私も分かったッス~。」
「なるほどなるほど。」
漸く全員がこの練習の意図に気が付いた為、オニキスも満足げな笑みを浮かべた。
「分かってくださった様ですね。これを利用して、シーザーさんの機動力を初撃で削ぐことができれば、皆さんならきっと勝てると、私は信じています。」
皆を見つめ小さくガッツポーズを取るオニキスの表情は、シーカー達E班の力を完全に信じきっているのが伝わってくるかのようだった、そんなオニキスの信頼は彼等に自信とやる気を与えた。そしてその自信は、先程までは別次元に存在すると思われていた”勇者”シーザー=トライセンに、ひょっとしたら勝てるのではないかという気持ちをE班全員の心に満たして行く。
「ここまで言われちゃやっるしか無いッスね。」
「おう、黒姫ちゃんの為にがんばっちゃうぜ俺!」
「……ッ! 皆さんありがとうございます!!それではこのシーザーさんの欠点を踏まえて、もう一度行きますよ!」
「「「「オウッ!!」」」」
全員の顔つきが替わり、やる気のみなぎったE班、そんな彼等に再びオニキスの竹刀が振るわれる。
「あ痛ッス!!」
「うへぁ!?」
「ふええぇぇぇ、分かっててもどうにもならないですぅ~。」
「……。」
しかし、オニキスの容赦ない竹刀は、やる気だけで直ぐにどうこうなるほど甘いものではなかった。
……――数十分後、再び床には息も絶え絶えの彼等が横たわることになった。
再びレビュー頂きました、感謝感激です。
次は木曜日のひる12時にUPすると思います。




