第十九話 その日が楽しみです。
前回オーガの振り下ろしでオニキスが吹っ飛んでいた部分を、横薙ぎの一撃に変更いたしました。
話自体は変わっておりません。
ご指摘ありがとうございます!
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会場のボルテージは上がり、舞台は整った。オニキス達は当初予定していた隊列を組み、改めてオーガと対峙する。連携で戦うために魔力循環を使っていないオニキスは、オーガの一撃によって正直立っているのも辛いダメージを負っていたが、ミスリル釘バットを杖代わりにして仁王立ちをする。オーガもシーカによって負った傷とショックから完全に立ち直ったらしく、シーカに向かい一直線に駆けてきた。
「シルトさん、盾撃用意……今っ!!」
「お、おう!盾撃!」
オニキスの合図に合わせ、オーガとシーカの間に入ったシルトの盾撃がオーガの上体を浮かせた。恐慌状態の解けた彼の動きは先程とは見違えるほど鋭かった。
「土槍(最小威力)!今です、シーカさん、カマラダさん、大きいの叩き込んで下さい!!」
体勢を整えようとしたオーガの足元から数本の土の槍が飛び出し、オーガの体を地面に縫い止める。痛みと共に動きそのものを阻害されたオーガは、続くシーカとカマラダの攻撃を避けることが出来ず、咄嗟に両手を交差して受け止める。
シーカの斬撃がオーガの腕を削ぎ斬り、続くカマラダの兜割りがオーガの頭部に迫る。しかしその一撃は肉を削がれたはずのオーガの左腕によって防がれ、腕の骨を砕きはしたものの致命傷とはならなかった。カマラダは即座に戦斧を引き抜くと、それを横薙ぎに振り牽制しつつ、オーガとの距離を取る。
「く、……硬い。」
満身創痍になりながらも力ずくで土槍をへし折りながらオーガは腕を振り回す。しかし、闇雲に振り回す腕は、シルトの的確な盾術とリーベの障壁に阻まれ、尽く無力化されていった。更に折られる端から新しく生えて来る土槍に動くを阻害され続け、オーガの動きは見る見る鈍いものになって行った。
「もう少しです、シーカさん、カマラダさん、今からオーガの動きを一瞬止めますので、大きいの叩き込んでください!!」
「はいッス!!」
「行きますよ、泥繭!」
オニキスの魔力が広がり地面から泥が溢れ出る。その泥はみるみる量を増し、生き物のようにオーガに纏わり付き、手足を包み更には体を包んで行く。オーガは地上に有りながら底なし沼に嵌った状態になり、必死に腕や足を動かすが、全く這い出すことが出来ない。
「強斬撃!」
「強縋斬撃!」
掛け声とともにシーカとカマラダの二人からほぼ同時に放たれた大ぶりの一撃は、本来であれば動く相手に当たるような技ではないが、その分威力は非常に高い。オーガは腕を上げることも出来ずまともに強力な連撃を頭と肩口に喰らい、大量の出血をする。頭部に大きな裂傷を受けたオーガが力なく瞼を下ろし、漸く勝利を確信したカマラダとシーカは安堵の息を吐きその構えを解いた……が。
「残心、気を抜かないで!!」
「ッッ!!」
弛緩した空気が流れ始めた瞬間、凛とした声が響き、二人はオーガの方を向く。
頭部から大量の出血をし、事切れたと思われたオーガの目。だがしかし、その奥には微かな光が灯っており、瞳はシーカを見据えていた。シーカはまたしても自分の油断が致命的な隙を生んでしまったことを理解する。あまりに迂闊な自分に嫌気がさし、今度こそ強烈な反撃を受けるのだと覚悟した。オーガはその声帯の無いはずの喉から雄叫びを上げるかのように大きく口を開け、死に行く体の底に残る力で拳を振り、シーカに向かい、最後の攻撃を敢行した。が……。
「させるかよ!!盾撃。」
最初の失敗を教訓に、最後まで気を抜かずオーガの動きに注視していたシルトが即座に反応し、オーガの腕を弾き飛ばした。最後の攻撃を弾かれたオーガはその勢いのまま後ろに倒れ、今度こそ立ち上がる事はなく、光の粒子となって消えていった。
「や、やった!やったぞぉッッ!!」
「……よし!」
「ふぇぇぇ~。」
シルトが勝鬨を上げ、カマラダが小さく拳を握り喜びを示す。シーカはバツが悪そうにしつつも微笑み、リーベはふえぇーと鳴く。オニキスは……。
「うぅ~、やりました~痛い~。リーベ私にも治癒術おねがいしますー。」
「ふぇぇ~、お姉さま痩せ我慢してたんですかぁ~!?」
「だって、私の治癒してたらリーベも私も手が埋まって、オーガに対処する後衛がいなくなっちゃってたじゃないですかー。うぅ~痛い……。」
魔力循環を使っていないオニキスのフィジカルは10歳の少女に匹敵するほど貧弱である。咄嗟に障壁を展開したとは言え、その余波で吹き飛ばされて地面を転がったからには無事で済むわけが無いのだ。
「ちょ、お姉さま、これ肋骨折れてますよー!?」
「うう~ん、やっぱり……痛いと思ったんですよねえ。」
青い顔で涙目になるオニキスに先程までの凛とした空気は最早存在せず、いつものふわふわした何処かポンコツな空気が漂っていた。そしてその背後に襲いかかる影が一つ……。
「オニキスちゃーん、かっこよかったですよ~。」
「ぬ、泥繭!!」
「ゴボボボボ……。」
抑揚のない声を発しながら飛びつこうとする影に気が付き、オニキスは咄嗟に拘束魔法を放つ。誰が飛びつこうとしていたのかも判っていたので、先程のオーガの時と違い、泥繭を通常出力で放った。呼び出された大量の泥はオニキスに飛びつこうとしていたシャマの全身を包み込み、その動きを阻害するだけでなく、その息の根をとめるべく顔をも覆って行く。
「ゴボボ、オニキスちゃん、ひど、ゴボボボボ……シャマが何をしたっていうんですかーゴボボ……。」
「白々しいですよシャマ、貴方今、私が怪我しているのを承知で抱きつきに来たでしょう?」
「ソ、ソンナコトナイデスヨー。」
泥の塊となったシャマは器用に泥から顔だけ出した状態で目を泳がせる。「ちょっとつついてみようかなーって思っただけですよー。」などと小声でブツブツ言っているので暫くこのまま泥の中を泳がせておくことにする。
「おめでとうございます。黒姫様。」
背後から不意にかけられた声に、オニキスの目が少しだけ細くなる。振り返るとさわやかに微笑みながら拍手をするシーザーが立っていた。
「ありがとうございます。トライセンさん。」
「はは、シーザーと呼んで下さい。しかし、流石は噂の黒姫様です。魔法の発動も早く、使える術の幅も実に広い。ほとんどの魔法が見たこと無い物で驚きましたよ。」
シーザーはさわやかな笑顔を浮かべたまま一方的にオニキスを褒め称える。しかし、オニキスは何かこの男の言葉には素直に喜ぶことが出来なかった。何が可怪しいのかはよく分かっていないが、人当たりも良く、自分に好意的に近づくシーザーに、何とも言えない違和感を感じていたのだ。
「ただ、やはり貴方のような美しい女性が傷つくのは見ていられない。貴方は私と同じパーティにはいるべきだと思うんですよ。」
「はぁ……。」
「僕の班に入ってもらえれば僕が守ってあげますから貴方は何もしなくても良くなりますよ。貴方のように美しい方に戦いは似合わない。戦う僕のそばで、貴方にはずっと微笑んでいてほしいのです。」
「……はぁ?」
オニキスの目に剣呑な光が宿る。しかし、シーザーはそんなオニキスの気配など全く気にも留めていないのか、微笑みを湛えたまま一方的に語り続ける。
「先程も言いましたが、僕は勇者です。その力は魔王をも凌ぎ、いずれは5国全てを統べる王となる予定です。貴方はそんな私の横にいてくれればそれで良い。先程の様に、足を引っ張られて怪我をするような事は、二度とさせません。どうか僕に貴方を守らせて下さい。」
オニキスはシーザーの班員を見つめ、問いかける。
「その場合、彼等はどうなるのですか?班員の入れ替えは自由ですが、人数は規定数が決まっているはずですが?」
「……?彼等?ああ、僕の班に入っている人たちの事ですか?そうですね、彼等はまあ、適当に一人抜けていただいてE班に移って貰いましょうか。まあ誰に移動してもらうかは……ジャンケンでいいですかね。E班のレベルなら彼等の誰が移動しても調度良いクラスだと思いますよ。うん、彼等にもきっとその方が良い。」
「……。」
シーザーはさわやかな笑みを絶やさずそう言い切った。ここでオニキスには今まで感じていた違和感の正体が解った。彼は確かに悪人ではない。オニキスに向ける好意も本物だろう。班員のことも、驚異から守ることはするだろうし、おそらく何があっても見捨てはしない。しかし、そこに弱者に対しての思いやりなどは存在しない。シーザー=トライセンにとって、自分以外の全ての人間は庇護対象であるが、それは対等な人間に対する感情ではないのだ。故に自分の技の余波で彼等が軽症を負ったとしても気にならない。オーガーと言う驚異からは守るが、彼等の命を脅かさない軽症を負わせることはどうでも良いのだ。
班の移動に対しても、自分と釣り合わない彼等が、彼等にお似合いのクラスに移ることは良いことだと本気で思っている。故にそこには悪意はなく、むしろ彼は良かれと思ってこの言葉を吐いていることが分かる。オニキスは自分の心が一気に冷えていくのを感じていた。この男には教育が必要だ……。
「良いでしょう……。」
「本当ですか?いやぁ良かっ「但し……。」え?」
喜ぶシーザーの言葉を遮りオニキスは条件をつける。
「但し条件をつけます。」
「条件ですか?」
「そうです、私が貴方の班に入る条件は、連携術対人戦授業の時に、貴方が私達E班に勝利することが条件です。」
「へ?なんでそんな条件を?」
「私、弱い男性はキライなのです。」
「はぁ……。」
「つまり、私達に勝てないような方の班には入りたく無いと言う事ですよ。」
オニキスはにっこり微笑みながらシーザーを挑発する。しかし彼は、そんな慇懃無礼なオニキスの態度など意にも介さず嬉しそうに笑みを浮かべた。
「なるほど、黒姫様は僕という王子様にE班から攫ってほしいと思っているわけだね?任せてよ。対人授業まで待つのは辛いけど、君と一緒になれるのならその程度なんてことはない。待っていてね姫。僕が必ず君を攫って行って上げるよ。」
背筋を走る怖気に耐え、何とか笑みを絶やさないオニキス。顔は確かに笑っている。しかし、その心は、共にオーガと戦った仲間達を侮辱したこの男への、底冷えのするような憤怒で染まっていた。
「そうですね、私もその日が楽しみです。”魔王”をも凌ぐと言うその力を私に見せてくださいね……。」
震えながら事の成り行きを見守るE班メンバーの目には、微笑むオニキスの後ろに”般若”が見えたという。
「ゴボボボボb……。」
実際に後ろに居たシャマは今正に”仏”になろうとしていたが……。
感想もらえた~うれぇしぃ~うへへへぇ~。( ꒪﹃꒪)




