第十八話 E班
54
「――オニキスさん、貴方の声援のおかげで普段以上の力を出すことが出来ました。ありがとうございます。貴方は僕の勝利の女神に違いない。」
「……はぁ。」
さわやかな笑みを浮かべながらオニキスに話しかける、燃えるような赤色の髪の青年、シーザー=トライセン。整った顔に浮かぶ笑顔は、女性であれば誰もが見惚れる程のものだった。が、今現在その顔の半分は大きく腫れ上がり、彼のイケメンスマイルの魅力は半減。……それどころか、間抜けな雰囲気とさえ呼べる代物になってしまっていた……。
C班の暴走に続いてD班のシーザーも連携を無視した暴走をしたため、グレコによる教育的指導が行われた為だった。反省を促すために、明日まで治療は行われないとの事。この状況でも女性を口説きに行く神経の太さは、さすが勇者候補といったところか。
「出来ることなら、貴方には何時も僕の傍らで見つめていて欲しい。そうしたら僕は魔王だって屠ってみせる、君のためだけにね……。」
「……はぁ。(私の為に私を殺すと言われましてもねぇ……。)」
腫れ上がった顔でオニキスを口説きにかかるシーザーだったが、当のオニキスはシーザーではなく、彼の班員たちを見つめていた。そこにはシーザーの煉獄破斬の余波によって軽い火傷を負った班員達が治療を行っているのが見えた。
「……――申し訳ありませんが。そろそろ私達の番になりますので失礼致します。シーザーさん、御機嫌よう。」
「あ……。」
オニキスに近づきその手を取ろうとしたシーザーだったが、あっさりと躱されその手を所在なげに宙に漂わせる。遠のくオニキスの後ろをリーベが小動物のような走り方で付いて行き、更にその後ろを他の班員が付いて行く。
「……うん、黒姫様はずいぶん恥ずかしがり屋さんみたいだね!」
すげなく躱されたというのに、彼の表情は一切陰りを見せない。赤く燃えるような髪をかき上げ即座に笑顔になると、今度はシャマの方へと歩いていった。シーザー=トライセンと言う男はどこまでも底抜けにポジティブなのである、良くも悪くも……。
……――――
「あ、リーベ見て下さい。シャマさんがシーザーさんを燃やしてますよ!!」
「凄い楽しそうですねオニキスお姉さま、ひょっとして怒ってらっしゃいますか~?」
「そ、そんな事ないですよ?」
でも……。
とオニキスは呟き、E班のメンバーを見渡しガッツポーズを取りながら言い放った。
「皆さん、この授業。頑張りましょうね。絶対今日一番の連携を見せてやりましょう!」
「おー!」
「よっしゃ!きばるッスよぉ!!」
オニキスの号令でE班が戦闘準備を整えると、目の前に召喚用の魔法陣が展開した。
「来ます、皆さん準備して下さい!」
戦闘中の指示は中衛を務めるオニキスが受け持つと、予め決めていたので全員がスムーズに陣形を整える。シルトは盾を前に構え最前に立ち、その両サイドにカマラダとシーカが立った。最後方にはリーベが立ち、祝福の詠唱を開始する。
祝福とは、リーベが扱う治癒術とは別の信仰系の魔法である。これはサントアリオの主教に仕える者たちのみが扱える特殊な魔法であり、自らの魔力で術を行使する他の系統の魔法と違い、主神への祈りを捧げることによって神の奇跡を顕現する。他系統とは発想が根本からして違う魔法体系、サントアリオにのみ伝わる秘術なのであった。
「主よ、全能なる主よ、彼等愛し子に大いなる祝福を。神の祝福中級光鎧!」
リーベの詠唱が終わるとシルト達の体を薄い光が包み込み、体の奥から力が湧き出すような感覚を覚えた。
直後、目の前にオーガが召喚され、荒々しい巨躯が目の前に突然出現する。見学をしていた先程までとは違い、己に向かって直接殺気を向けるその巨躯は、先程まで見ていた物とは比べ物にならないほどの恐怖を振りまきE班を震え上がらせた。間近で感じるその息遣いは、シルトの心臓を恐怖という触手で鷲掴みにし、冷静な判断を失わせていく。
「……う、あ……あ、やべぇ!!」
呆気にとられた時間は一瞬だった。シルトの戦士としての胆力は、初めて目の当たりにする巨大な魔物への恐怖心を1秒にも満たない時間で正常に引き戻した。しかし、実戦に於いて、たとえコンマ1秒であっても隙を見せることは致命的であった。結果シルトは不完全な体勢でオーガの初撃を受けることとなる。
「ぐぇっ!?」
「シルト!?このぉ、デカブツがぁぁぁ!!」
シルトが勢いよく吹き飛ばされ、それを見たシーカが逆上する。
「駄目です!シーカさん、下がって!!カマラダさん!シルトさんが復帰するまで戦斧で攻撃を受け止めて下さい。リーベはシルトさんの元へ、早く!」
「はい!」
「……ん。」
オニキスのよく通る声が響き渡り、カマラダとリーベが即座に指示に従い動いた。
が、逆上したシーカが止まらない。彼女は両手にショートソードを構え、真っ直ぐにオーガの元へ走って行く。逆上しているためにフェイントも何もない真っ直ぐな特攻ではあるが、それ故に鋭く最短距離を詰める動きにオーガは反応ができなかった。
「斬撃!」
下から斬り上げた斬撃が右頬からオーガの顔を裂きながら右目へ抜けていく。召喚されたオーガには声帯など無いので悲鳴をあげる事はないないが、痛覚が無い訳ではないのでこの一撃に大きく体勢を崩す。その隙を逃すまいとシーカは右腕を振り抜いた体勢をそのままに、今度は左手に持ったショートソードを斬り上げる。しかし……。
「危ない!!シーカさん!」
隙を突き、死に体となっているオーガにトドメを刺そうとしていたシーカだったが、目の前に迫った巨大な拳に気がつくと、自分の認識の甘さに気が付いた。確かにオーガは不意に顔を引き裂かれた為、驚き仰け反っていた。だが、それは別に戦闘意欲を失ったわけでも、戦闘不能になったわけでもなく。”痛かったので少し驚いた”それだけの事。普段のシーカであれば、オーガのような強力な魔物を相手にここまで深入りはせず、一撃離脱を繰り返し、確実にオーガの体力を削ぎ落としていっただろう。しかし、半恐慌状態だった上に、目の前でシルトが吹き飛ばされ逆上した彼女は、自分で思っている以上に冷静な判断力を失っていたのだ。大きな隙を見せたシーカに横薙ぎのオーガの拳が容赦なく振るわれる。
(やられるッス……。)
間もなく来るであろう衝撃に怯え、シーカは目を閉じる。しかし強烈な衝撃は訪れず、代わりにグシャリとシーカの耳に嫌な音が響いた。
「え……?」
教室がどよめき悲鳴が上がる。恐る恐る目を開くと、目の前には腕を振り抜いたオーガ、そしてその視線の先には黒いドレス、長い髪……そしてその下に見えるのは赤い……。
「あ、うぁ……。」
今度こそシーカは完全なる恐慌状態に陥った、完全に動けなくなった彼女をオーガはゆっくり睥睨し、その拳を振り上げた。時間の流れが異様にゆっくりと感じられ、世界から音が消える。緩慢とも思える速度でオーガの拳が振り下ろされたが、シーカは何の反応もすることが出来なかった。
「シーカ!下がれ!!カマラダ、オーガの腕を弾け!!シルト、そろそろ動けるな?戻れ!!!」
凛とよく通る大きな声が響き渡った。直後、シーカの時間が元に戻り、再び喧騒が耳を突く。振り下ろされたオーガの拳は既の所でカマラダに弾かれシーカには届かなかった。
「え、今のは……オニキスお姉さま?」
聞き馴染んだオニキスの声をリーベが聞き間違えるわけもないが、先程響いた声は、普段のゆったりとした優しげな声ではなく、もっと勇ましく力強い響きだった。声の方を見れば、額を割り流血しながらも真っ直ぐに立ち上がるオニキスの姿があった。
「シーカ、もう大丈夫ですね?」
「え、え?」
「返事ッ!!!」
「は、はいッス!!」
突然の事に、ある意味先程より混乱するが、熱せられていた頭がどんどん冷めていくのが分かる。
「だ、大丈夫ッス。迷惑かけちゃってごめんなさいッス!」
「……良し。」
シーカの瞳にしっかりと理性が戻ったのを確認すると、オニキスは嬉しそうに笑った。その顔は普段の暖かな慈愛に満ちたものとは少し違い、好戦的で妖艶な笑みだった。
「さぁ、皆さん!反撃しますよ!E班の実力を見せつけてやりましょう!!」
「「「はい(ッス)!!」」」
教室内に狂信者達のヒメコールが鳴り響いた。
感想を……くだしゃぁい……。




