第十五話 シーザー=トライセン
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聖サントアリオ学園、広大な広さを誇るこの学園は、その学ぶ内容の特殊性から各目的ごとに特殊な教室が点在していた。故に生徒たちは授業と授業の合間に移動をする必要があり、時には別の学科の生徒同士が合同で授業を受けることもある。そんな移動をする生徒たちから少し離れた校庭に、一人の少女がしゃがみこんでいた。
「……ト・……ルテ。」
小声でつぶやいた後、少女は何かを地面に落とし、タバコの吸殻を踏み消すような動作をしていた。
「……ふむ……。」
「オニキスちゃん?何してるんですか?隠れて喫煙非行少女です?」
「なんですかその絶滅動物みたいな呼び名は。なんでもありませんよ、次の時間は教室の移動がありましたね。遅れないうちに私達も移動しましょう。」
オニキスは立ち上がるとシャマの手を引き、次の授業の教室へ移動を開始した。彼女たちが立ち去った後には何か煤をこすりつけたような後が残っていた。
……――――二、三時限目 連携術講習
戦闘に置いて魔法による攻撃というのは非常に強力なものであるが、これが1対1の戦闘となると魔術師というものは非常に脆い。故に前衛職が存在し、後衛職を守り切る練習を行うわけであるが、こういった連携というものは、後衛と前衛が別々に授業を受けた所で上手く機能させることは難しい。そのため、サントアリオ学園は前衛後衛合同の連携術の講習を月に一度は行う。今期はスクビデアの騒動や、ミルコによるクティノス要人襲撃騒動があったために例年より遅くなってしまったが、本日は初の連携術の授業。生徒たちはそれぞれに普段と違う空気感を味わっていた。
ガラッ
そんな生徒の喧騒で賑わう教室の扉が開き、直後教室は静寂に包まれた。
「……シャマ、シャマ、凄い見られてますよ?」
「そうですね。」
「え、あれ?……まさか角が!?」
慌ててオニキスは頭をまさぐる、当然角はちゃんと収納されてた。
「もしかして男だってバレてませんか?シャマ?」
「シャマも驚きですよ。まさかこの後に及んで天丼をするとは思いませんでした。」
オニキスとシャマが扉を開いた瞬間、魔法科生徒を除く全ての生徒の視線が彼女たちに注がれていた。魔法科生徒のみが絶叫をしているようだが、それ以外の大部分の生徒はオニキスを凝視したまま固まっている。当然それはオニキスの容姿に見とれているだけなのだが当の本人は未だその自覚はないようだ。
「ここまで来ると、最早只のアホの子の様な気がしてきます……盗賊の格好してても誰一人男と思わなかったのに今更何を言ってるんですか。」
「シャマさん、なんでそんな死んだ魚のような目で私を見ているんです!?……って、いつも通りですね。」
「ははは、噂通りお二人はとても仲がよろしいのですね。」
「ん?」
聞き慣れない声に振り向くとそこには薄い笑みを浮かべた赤い髪の青年が立っていた。見覚えのない青年にシャマの顔は少し強張り、オニキスを守るような位置へ移動する。
「ああ、突然声をかけてすまない。僕はシーザー=トライセン。先代勇者の血族にして、次代勇者候補筆頭です。」
「はぁ……。」
気のない返事をするオニキスに、少し意外なものを見たと言う反応を見せるシーザー。その容姿は整っており、所作も優雅な感じがするが、何処かキザな印象を受ける。更にオニキスたちが警戒するのはその名字。トライセン。確かにその燃え盛る炎を彷彿とする赤い髪はマリアのそれを思わせる。
「おいおいおい、お前ら魔法科だからあまりこっちのことは知らないかもしれないが、シーザーさんの事も知らねえのかよ?」
「マジかよ?次期勇者様だぜ!?」
「うわぁ、なんか湧きましたね……。」
シーザーの影からぞろぞろ現れる男女数名、それを見たシャマの表情が露骨に歪む。何故こういった手合は必ず取り巻きを従えているのかと。
「おいおい、止めてくれ。僕はまだ勇者というわけではないよ。それに君たちのせいで彼女たちが怯えてしまっている。女性にそんな態度を取るものではないよ。」
前髪をかきあげ気取った態度で男達を諌めるシーザー、その際もその目はじっとオニキスの目を見つめており、オニキスの背中を怖気が駆け上っていく。
「はぁ……あの、そのトライセンさんが何の御用でしょうか?」
「用というほどの事でもないんだけどね。噂の黒姫にひと目会っておきたいと思ってね、こうして挨拶にきたわけさ。」
「はぁ……黒姫?」
「噂通り、いや、噂以上に可憐で美しいね。ぐぉっ!?」
徐にオニキスの手を取り口を近づけたシーザーだったが、その唇が手の甲に触れる前にシャマの手が伸び、シーザーの顔面を鷲掴みにした。
「何をしようとしてやがるのですか?」
「う、ぐ、ふ、ふふふ、どうやら白姫様の不興を買ってしまったようだね。君のことをな蔑ろにしたわけではないのだけど。勿論君もとても美しいとグァァァァァッ!!」
「お、おい、テメェなにしてんだ!!」
「シーザーさんに何してるのよ、この白女!!」
「や、止めたまえ、女性にはやさしく、んぐぉぉぁぁぁ、シャマさん、君は、とても握力が強いんだね。ぐぉぉぉ。」
ミリミリと音が鳴りそうなほど顔面を締め付けられながらも、キザな態度を取り繕おうとするシーザーは非常に間抜けな姿ではあるのだが、シャマのアイアンクローの威力を知っているオニキスは、この状況でもキザな振る舞いを貫くシーザーに少々感心する。
「シャマさん~その辺で止めてあげませんか?」
「ダメですよーオニキスちゃん、こいつはここで殺しておかないといけません。それにこいつ勇者ですしね。良いですよね?」
「お、お、ぉっ……。」
「シャマ~……。」
「チッ……仕方ないですね。」
露骨に不満そうにしつつもオニキスに頼まれては断れない。シャマは小さく舌打ちをした後ゆっくり指の力を抜く。
「命拾いしたですね、チンピラァ!!次は無いですよ!!」
「どうみてもチンピラは貴方ですよシャマ!?大丈夫ですか?トライセンさん。」
「あ、あぁ、君はとても強いのだね、シャマさん。」
一瞬白目を向いていたにも拘らず直ぐに正気に戻り、再びキザスマイル。この男、性格はどうだか分からないが、とにかく自分を格好良く見せることに並々ならぬ拘りがあるらしい。
「それで、なにか御用があるのですか?」
「あぁ、あ、そうだった。あまりの事にすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。」
「はぁ……。」
「今日からいよいよ合同の連携術の講習が始まるからね、噂の黒姫と白姫にアピールをしておこうと思ったんだよ。」
「黒姫?白姫?」
「オニキスちゃん、あちらをご覧ください。」
「ん?」
シャマの指差す方向には見慣れた魔法科の面々。彼等はオニキスの視線に気がつくと突然口々に”姫”と連呼し始め、訓練された動きで謎の群舞を踊る、魔法を駆使し、光と音を操る彼等のそれは異常な練度を誇り、見る者全てを圧倒する。これには鈍感なオニキスも流石に黒姫の正体を知り、その瞳からは見る見る生気が失われていく。横にはそんな黒姫の様を見て、ゾクゾクと身を震わせながら恍惚の表情を浮かべる白姫が居た。
「うん、噂には聞いていたけど凄い人気だね。オニキスさん、僕は学園卒業を同時に必ず勇者になる、その時のために君とは是非、学生のうちから連携の訓練をしておきたいと思っていてね。突然こんな事言われても戸惑うかも知れないが、君は魔法科随一の実力だと聞いている。是非僕のことをずっと支えてほしい。取り敢えず直ぐに返事を貰おうとは思わない、今日の実技を見て判断してほしい。考えておいてくれたまえ。」
そう言うとシーザーは取り巻きを連れて剣士科の生徒のもとに戻っていった。キザな笑顔に刻まれたシャマの指の跡が痛々しい
「あれが、現勇者筆頭候補で、あのマリア=トライセンの息子ですか……?」
「息子、ではないらしいですね。マリアは確か独身です。そもそもマリアとあのチンピラが親子では年齢に違和感があります。」
「そうでしたね、見た目が若いので忘れていましたが、マリアの年齢は……ヒィッ!?」
突然、心臓を鷲掴みにされる様な殺気を感じ振り向くと、連携術訓練場の窓の外に壁が消滅した学園長室が見える。そこには燃えるような赤い髪と眼をした獣が、こちらを睨み仁王立ちしていた。
「……シャマ、この話は二度としてはいけません。あのマリアは無理です、私でも勝てる気がまったくしません。」
「シャマも生まれて初めて死ぬかと思ったです。」
顔面蒼白で窓を見つめ寄り添う白姫と黒姫、その儚げな姿に魔法科生徒達のボルテージは高まり、さらなる熱を以て群舞は最高潮に盛り上がる。延々と続くかと思われる熱狂は、授業開始直後、肉体派治癒術教師の拳によって鎮圧されたのだった。
来月にはまた週2ペースに戻れると思います、暫くお待ち下さい。
来週は博麗神社例大祭原稿の進捗次第ではUP出来ない場合があるかもです。
なるべくがんばります。




