第十四話 死の魔法
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ざわ…… ざわ……
日頃から生徒たちの喧騒で賑わう廊下に、明らかに異質なざわめきが巻き起こる。彼等の視線は一点に注がれており、その中心には黒髪の幼女を抱きかかえた黒髪の美少女が歩いている。そこはかとなく似ている雰囲気をまとった二人であったが、姉妹と呼ぶにはいささか歳が離れているように見える。さりとて親子と呼ぶにはあまりにも……。
「おとーさん、人がいっぱいいるよ?」
――おとーさん
幼女の一言に一瞬辺りは静まり返り、直後、周囲のざわめきが更に強まる。
「え、おとーさん?オニキス姫の子供?」
「いやいや、おかしいだろ、どう考えてもあの子10歳前後だぞ!?」
「それ以前にお父さんじゃ性別もおかしいでしょ!?」
「いや、逆に考えろ、あの子が姫の子供って事は、オニキス姫は9歳以下でこう、アレをだな……。」
「よぉし、ロリコン野郎……今すぐ目と口を縫い合わせるからそこ動くなよ?」
「怖っ!!」
色々と危ない内容も聞こえてきたが、彼等の目は一様にオニキスの説明を待っていた。集まる視線に流石に色々鈍感なオニキスと言えども、何とかこの状況を説明しなくてはとは思うが、遺跡で拾ったと正直に言う訳にもいかず。困り果てたオニキスは……。
……にこり
苦しまみれの苦笑い。
「うおおおおー女神様のほほえみイタダキました!!!」
「尊い!尊いわぁ!!ご飯何杯でも行ける!!」
「「「ヒーメ!!ヒーメ!!!」」」
しかし、そんな苦し紛れの苦笑いも狂信者達にとってはご褒美らしく、最早シルエラの”おとーさん発言”など記憶の彼方に吹き飛んでしまったらしい。彼等は今日も平常運転である。結局その日は、授業の間もシルエラは常にオニキスの傍らに居たが、誰もが特に言及することもなく、むしろ幼いオニキスと言えるような風貌のシルエラは、狂信者の第二の信仰対象へと昇華し、その熱狂的な視線を一身に浴びていた。シルエラはそんな狂信者達と目が合うとニコリと微笑みながら手をふるので、その人気はうなぎ登りである。
授業中、グレコが一度だけシルエラを見つめていたが。特に咎めるでもなく。
「オニキス=マティ、放課後学園長室に来い。要件は分かるな?」
とだけ告げた。
……――――放課後
「で、色々説明を貰おうか、オニキス=マティ。」
放課後、学園長室にはグレコ、マリアの二人が待っていた。グレコはいつもの通りのラフな服装をしているが、マリアはよく見ると座っている椅子の横に剣を立て掛けていた。過去、マリア=トライセンが帯剣するのを見たことがなかったオニキスとシャマに緊張が走る。彼女がどういうつもりで剣を用意したのか分からないが、帯剣した彼女の戦闘力は先代ファガリ王に匹敵するはずである。
剣呑な雰囲気の中、一連の遺跡の騒動をマリアに伝える。話をしている間も、決してシルエラから視線を外さないマリアから守るようにシャマが一歩前に出るが、それでも彼女から出される”圧”はじっとシルエラを圧迫していた。怯えるシルエラを安心させるためにオニキスがシルエラの小さな手を握ると、その手は小さく震えており、普段はニコニコ笑顔を浮かべている彼女の顔は、不安の色に染まっていた。
「……――以上が今回の顛末です。シルエラは見ての通り普通の少女と変わりません。私が預かってもよろしいですね?マリア=トライセン。」
「ふむ、危険が無い……何故そんなことが言える?」
目を細め一層強い”圧”、最早殺気と呼ばれるそれを真っ直ぐにシルエラに向けるマリア。その間に立ち、マリアを見つめるオニキス。シャマも出方のわからないグレコを注視している。オニキスからは殺気は感じられないが、その脱力した立ち姿には一切の隙がない。自然と室内には緊張が走り、グレコ、シャマ共に何時でも動ける体勢をとる。
「あ、あの、あの、シルエラ何かしちゃったのかな?」
怯えながらも自分に原因があることは理解できるようで、シルエラは恐怖に震えながらもマリアに話しかける。マリアは怯えながらも勇気を絞って自分に話しかけたシルエラに「ほう。」と、短く感嘆の声をあげるが、直ぐに無表情に戻り、シルエラを真っ直ぐ睨みつける。
「シルエラといったな。お前も、そこのバカ共も、全く判っていないようなので、あえて言おう……。シルエラ、お前は危険だ。古代遺跡に封印されていたと言う異常性もそうだが、何よりその魔力は何だ?量だけで言えば、私を上回るほどの魔力だぞ、しかもその質は何とも禍々しい……。幼い子供のようなフリをしているが、お前……一体何者だ?」
「ひ、ぃっ……。」
シルエラはオニキスのスカートの裾をギュッと掴んだままマリアの圧力に飲まれ、声も出せなくなってしまった。その姿は完全に普通の幼女のそれであり、マリアの言うような危険性は全く見て取れない。暫く静観していたオニキスであったが、マリアの真意がどうあれ、シルエラを怯えさせる彼女の事をそろそろ看過できそうにない。
「その辺までにしていただきましょうか、マリア=トライセン。それ以上この娘を怯えさせるのであれば、私も少し抵抗をさせていただきますよ?」
「おとーさん……。」
「抵抗?図に乗るなよ小娘……いや、フェガリの小倅……やれるものならやってみるが良いよ。」
瞬間、空気は凍ったかのように温度を下げ、室内に殺気の暴風が吹き荒れ、椅子に座っていたはずのマリアの姿がかき消える。否、消えたのではなく目で追えぬ速度で立ち上がり、一息でオニキスへ肉薄したのだ。その動きを目で追えたものは、この場にいる者たちでさえほとんど居なかった。シャマですら、殺気が膨れ上がったことで身構えることは出来たが、マリアの動きを目で追うことは出来なかったほどだ……。しかし、オニキスともう一人は違った。
「おとーさんを、いじめないで!!!」
「ッ!」
身構えたオニキスがマリアを迎撃する前にマリアとオニキスの間に小さな黒い影が躍り出た。その小さな影は先代勇者であるマリアの抜刀よりも早く魔力の障壁を展開し、竜族ですら屠るその一撃を完全に受け止めていた。
「闇よ、闇よ、吾が眷属よ。吾に歯向かう脆弱な愚者に滅びの祝福を。」
直後、幼いシルエラから、普段とは違う底冷えをするような声で呪文の詠唱が口遊まれる。そこに集まる魔力異常性にグレコの顔が蒼白になった。が、しかし、グレコが動くより先にその詠唱は終わる。
「いかん、マリア様!」
「直死、『こら、止めなさい。』うぎゅっ!!」
突如別人のような動きでマリアに魔法を放とうとしたシルエラ、その手に集まる禍々しい異常な魔力は、たとえ勇者であったとしても無事で済むわけがない威力を持っていると推察された。しかし、その戦闘の速度にグレコとシャマは反応できず、マリアは至近距離であったため回避が難しかった。が、シルエラに庇われる形だったオニキスはだけは別だった。シルエラの腕を掴み、標準を逸しつつ、その頭をちょっと強めにペシッと叩く。
シルエラの集中が途切れたため、直死と言う未知の魔法はマリアを逸れ、部屋の壁を真っ黒に変色させつつ飲み込んでいった。
「これはとんでもないですね、ダメですよシルエラ。これは人に向けちゃダメな魔法です。」
「ふぇぇ、でも、あのおばさんがおとーさんをいじめようとしたから……う、うぐぅ……。」
「そうですね、私を守ろうとしてくれたことは感謝しています。ありがとう、シルエラ。」
「おとーさぁん……。」
オニキスは泣きそうになったシルエラを抱き上げ背中を軽く擦りながら抱きしめた。子供特有の高い体温を感じつつ、今振るわれた力の異常性を考える。”死”そのものを具現化したような異質な力。やはりシルエラの力は普通では無い。しかし……。
「ふぅ、今のは、素直に助かったよ、オニキス=マティ。流石にあんな物を食らっていたら私でも無事では済まなかった。」
変色した壁を剣で突きながらマリアが冷や汗を浮かべる。変色した壁は、彼女が軽く剣で押すだけでボロボロと崩れていく。それはまるで、無機物である石壁が死んでいるかのようだった。
「さて、どういうつもりであんな茶番をしたのか説明してくださいね?マリア。」
「ふむ、気が付いていたか。オニキス=マティ。流石だな。」
そう言われてニヤリと笑うマリアからは先程までの殺気は消え失せ、逆に悪戯を見破られた少年のようなバツの悪い表情を浮かべているのが見て取れた。
「……シルエラちゃんを試したのです?」
「半分正解だよノーブルフランム。正確にはシルエラの性根と危険度。それと保護者の管理能力を見ていたんだ。」
「まったく、心臓に悪いですよ学園長……。」
青ざめながら冷や汗を垂らすグレコの巨体は、心なしか何時もより一回り小さく見える。突然攻撃を加えてきたマリアに対してシャマは怒り心頭らしく、今は角も剣も開放している。オニキスとシルエラに怪我の一つもあったら、今からこの学舎は崩壊する羽目になっていたことだろう。まあ、学長室の壁は崩壊してしまい、今は沈みゆく美しい夕日を眺めることの出来る、眺めの良い部屋になってしまっているが……。
「それで、貴方にはシルエラはどう映りましたか?」
「ふむ、そうだな。正直最後の魔法は洒落にならなかったが、その力を自分のためには使おうとしなかったな。シルエラ、お前に向けて私が殺気を放った時、何故君は私にあの魔法を撃ち込まなかったのだ?自分で言うのもなんだが、あの時君はかなりの恐怖を感じていたはずだ。」
「……おばちゃんキライ。(つーん)」
オニキスにしがみつきながらマリアと顔も合わせないシルエラ。どうやら先程のやり取りですっかり苦手意識を持った上に、オニキスに怒られたのもマリアのせいであると感じてるらしく、すっかりシルエラはご立腹のようだった。これでは取り付く島もない。
「シルエラ、私も気になります。もしよかったら教えてもらえませんか?」
「おとーさん……うん。あのね、シルエラね、あのおばちゃんが怖かったの。あのおばちゃんが怖いからシルエラはおとーさんのそばにいたんだけど、あのおばちゃんがおとーさんをいじめようとしたのね。シルエラはおとーさんにイジワルする人はキライなの。だから怖かったけどおばちゃんいなくなっちゃえって思ったの。」
子供らしい辿々しい説明だったが要するに、マリアが恐ろしかったので隠れていたが、オニキスが襲われたので勇気を出して手向かったらしい。可愛らしい行動ではあるが、取られた手段がシャレにならない。これはしっかりと教育していかないと行けないなと、オニキスは少し頭が痛くなるのを感じた。が……。
「……聞いての通り、貴方がいじめたのはとても良い子のようでしたよ、マリア=トライセン。」
「ふふ、そうだな。力の方は大問題だったが、確かにこの娘の心根は優しいようだ。……お前が管理するというのなら特別に寮での生活も認めよう。なにか入り用な物があればそれもこちらで用意しよう。」
流石にやりすぎた自覚はあるようでマリアからは割りといい条件が下された。まあ、マリアとしても彼女を野に放つぐらいならここで監視していたほうが安心できるという気持ちもあるので、そも、今回の件に関しては、出来ることなら最初からオニキスに押し付けたいという打算があったのだ。
「オニキスちゃんは最初から気が付いていたのです?」
「まさか、ただ先代からマリア=トライセンの質の悪さは聞き及んでますからね。なにか企んでいるんだろうとは最初から思ってましたよ。それでは話も済んだようなので私達は部屋に戻らせてもらいますよ。」
「ああ、シルエラ、済まなかったね。そのうちお詫びはさせてもらうよ。オニキス=マティ、彼女のことはくれぐれも頼むぞ。もしもの時は、わかるね?」
「大丈夫ですよ。うちの娘は良い子ですから。」
帰れると解るとシルエラの顔にも笑顔が戻りニコニコとオニキスの手を握る。反対側の手をシャマに握ってもらうとバンザイのような格好で満足気に歩き始めた。
「バイバイおじちゃん、おばちゃん。もう悪い事しちゃダメだよ?」
機嫌の直ったシルエラはマリアにも挨拶をして部屋を後にした。
あとに残された二人はため息をつくと、部屋の惨状に目を向けて頭を抱える。
「学園長、これはやりすぎですよ……。」
「言うな、私だってこんな事になるとは思わなかったんだよ。それにな。」
「それに?」
「あんなに何回もおばちゃんと言われたのだぞ。泣きたいのは私の方だ、シルエラめ……。」
「あ、やっぱり気にしてたんですね……。」
学園の秩序を守るためとは言え、そこに悪戯心があったのは事実なので、オニキスたちを糾弾するわけにもいかず、壁のなくなった学園長室で少し後悔の念に苛まれる先代勇者。惚けるマリアなど珍しいものが見れたとグレコは思っていたが、流石に少し同情もするのだった。
「嗚呼、いい眺めだな……グレコ……。」
先週遂に拙作もレビューをいただけるに至りまして、そのおかげで一瞬ではございますが日間ランキングに乗ることが出来ました。ありがとうございます。
見切り発車で始めた拙い作品ではございますが、これからも頑張って更新していきますのでよろしくおねがいします。
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